その想いを
顔を出した陽は天頂へ向かって登り、外からは起き出した鳥の声がする。ざわざわと揺れる木々の葉擦れの音は、朝からお喋りを楽しむ話し声のようにも聞こえた。
仮眠から目を覚ましたトールは、寝台上であぐらをかき、膝に肘を付いて頬杖をついていた。
鎮痛剤はまだ効いてるために、背に痛みはない。
トールが向き合うのは、同じく寝台上のラッフィルだ。
「みんなで一つ所に暮らすっていうのもいいよねって、昨夜言ったじゃん?」
ティシェの気持ちが軽くなればと、冗談混じりに言った『もし』の話だ。そう、『もし』なのだけれども。
ラッフィルは「ピィ?」と小首を傾げる。
「……でも、途中で何言ってるんだろうなって、咄嗟に冗談っぽくしてごまかしちゃった」
はぁ、と大きく息を落として、姿勢悪く身体を深く沈めて項垂れた。
ラッフィルも「ピィー」と真似るように声をもらす。
「一つ所ってつまり、一緒に暮らすって意味合いも含まれたりするじゃん? そーいうのも、ありかもなぁって思っちゃったんだよね。……そろそろ認めるべきかなぁ。べつに、あがいてたわけでもないけど。でもさ、なんか僕だけ自覚するっていうのも悔しいじゃん?」
ね、ラッフィル。とトールがラッフィルに問うてみれば、彼は「ピッ!」と元気に返事をした。
問われた意味が解っているのか、そうではないのか。判断は難しい。
トールは身体を起こし、窓に目を向ける。薄く開いているカーテンからは、外からのやわい朝の光が差し込む。
「でも、そろそろ認めなくちゃね。僕はそーいう意味でティシェのことを想ってるって」
好きだなんだと熱に浮かされ焦がれるような、そんな熱情のものではない。
けれども確かに灯る熱として内に存在している。穏やかな灯火に似たそれ。
そんな未来もありかもと、自然と思い描いてしまうくらいには。
たぶんティシェも、そーいう意味でトールを想ってくれている。
少しだけ自信はない。だって、彼女の気持ちが掴みきれていないところがあるから。
これで単なる自分の自惚れだったら、それはすごく恥ずかしいなと苦笑混じりに小さく笑った。
ラッフィルがトールの肩へ飛び移り、その頬に身を擦り寄せながら小さくさえずる。そんな彼と指先で戯れる。
――と。指先と絡んで遊んでいたラッフィルが、ふいに部屋の扉の方に顔を向けた。
トールもそちらへ顔を向けてしばらくすると、軽く扉を叩く音がした。
「起きているか?」
扉の向こうから声がかけられる。ボワの声だ。
「起きてますよ」
「入ってもいいだろうか。朝食を持ってきたのだが」
「ええ、どうぞ」
トールが姿勢を正していると、静かに扉が開き、盆を持ったボワが部屋に入ってくる。
ボワは部屋にある卓に盆を置くと、トールの方を向いた。
「薬が効いているようでよかった」
よかった、と口にしつつ、ボワの表情は変わらず厳しい顔つきのままだ。
けれども、蜂蜜色の瞳に気遣う色がある。
トールもそれが見えたから、今度は素直に言葉にできる。
「薬と、朝食までありがとうございます。……それと、昨夜は――」
そこでトールは寝台から降りて立ち上がろうとしたが、ボワにやんわりと押し止められてしまう。
だから、仕方なく寝台上で頭を下げた。
「昨夜は、ありがとうございました。その、いろいろと」
はじめは面食らったように蜂蜜色の瞳を小さく見開いたボワだったけれども、トールの『いろいろ』の部分を汲み取ってくれたのか、じんわりと瞳を細めて小さく笑った。
「いいんだ。それが騎士の務めなのだから。だが、君の礼はきちんと受け取ろう」
やわらかな声にトールは顔を上げる。
その彼の顔にもう一度だけ、ありがとうございました、と告げていると、その後ろからひょこりと顔を出した人物がいた。
「お話中に失礼しまぁーす」
茶の髪を頭の高い位置で一つに結んだ女性が、盆を手に髪を揺らしながら部屋に入ってくる。
ボワが先程盆を置いた卓に彼女も盆を置くと、蜂蜜色の瞳をトールに向けた。
昨夜は暗がりでよく見えなかった面差しが、今は明るいためによく見える。
ボワと似た面差しの彼女は、昨夜に世話役として紹介された女性だった。
「隣室にティシェさんの姿が見えなかったのですが、どちらにいらっしゃるかご存知ですか?」
「こら、シロワ。無作法だろう」
シロワと呼ばれた女性は、はあ、とあからさまなため息をついてボワを振り返った。
「お兄ちゃん、しっかり聞いてた? あたしはちゃんと、失礼しまぁーすって言って入室したんだけど」
「しっかり聞いてたし聞こえてたし言葉は伸ばすな」
「うわぁ、早口ぃー、聞き取れなぁーい」
「シロワ」
ボワの眉間に小さくしわが寄り、シロワはシロワでしかめっ面で彼を睨みつける。
目の前で行われる兄妹による些細な口喧嘩に、トールはそろりと片手を上げて割り込んだ。
「……あの、ティシェなら竜舎に行ってます」
不機嫌な顔のまま、二人がトールを振り向く。
そっくりな不機嫌顔に気圧されてしまったのか、肩に留まるラッフィルがトールの方へ身を寄せた。
「あたし、ティシェさんをお呼びしてきます」
シロワは身を翻してボワの横を通ろうとするも、その彼女の手を「よせ」とボワが掴んで引き止める。
「今は竜を刺激する。昨夜の今日だ、ゆっくり休ませるべきだ」
厳しいボワの声に、シロワはぴたりと足を止めた。
彼女は「でも」と、表情に苦しげなそれを滲ませて兄を振り返る。
「ティシェさんの部屋、荷物が置いてあるだけで使われた様子がなかったんだよ? 彼女、ちゃんとお休みになられてないのかも」
「……あれからずっと、竜舎に居たというのか……」
それほどに竜を心配しているのか、とさすがのボワも、シロワと同じく表情に辛そうなそれを滲ませ、共に黙り込む。
それを聞き、ぎくりと肩を小さく跳ねさせたのはトールだった。
身体の揺れたラッフィルは、首を傾げて不思議そうにトールを見やる。
「あの、僕、ティシェを呼んできます」
「君が?」
ボワの問いに、はい、とトールは頷いた。
「グローシャの反応を確かめたいのもあります。一緒に旅をしているとはいえ、僕はティシェと違って乗り手ではないので……」
もしかしたらトールも、グローシャにとっては警戒すべき対象になってしまっているかもしれない。
場合によっては、アーリィを別の場所に移すことも考えなければならない。
ボワは思案するように蜂蜜色の瞳を細め、一つ頷いた。
「私やシロワが行くよりは、竜への刺激は少ないか。お願いしてもよろしいだろうか?」
「では、すぐに呼んできますね。食べられる時に食べておかないと、身体も休められませんし」
そう言って、トールはそそくさと部屋を出た。
「不自然じゃなかったよね、ラッフィル」
やわらかな陽が窓から差し込む廊下を歩きながら、トールは肩に留まるラッフィルに同意を求める。
ラッフィルは、ピッ、と返事をした。意味が解っている上での返事かどうかの判断はやはり難しい。
「グローシャが心配なのは本当だし、彼女の反応次第ではこの先の旅のことも考えなくちゃいけないし。……けど、ちょっと個人的に居づらい空気っていうか……」
人のいない建物は静かで、一人で喋る声は響いて広がってしまう気がして、声は次第に小さくなっていく。
「……さすがに言えないじゃん? 昨夜はあのまま二人で寝落ちちゃったから、そのまま同じ部屋で寝ちゃってたなんて」
今回は以前ケイトの家に泊まった時とは違い、部屋は一人一部屋だ。となれば、寝台だって一部屋一寝台。
それはつまり、どこで眠ってしまったかと言えば――。
「……まぁ、言えるわけないね」
ふっ、と乾いた笑みがもれる。そして、ため息を一つ落とした。
好きだと気持ちを認めた以上、本来ならば距離感を改めるべきなのかもしれない。
なのだけれども、それはできそうにないなぁとトールは思う。
自分はもう知ってしまったから。彼女のぬくもりを。
「――けど」
トールは廊下を歩きながら頭を振り、両手で頬を軽く叩いた。
驚いたラッフィルが肩から飛び立ち、数度周りを旋回したのちにトールの頭に着地する。
「今はグローシャのことと、この先のことをティシェと話さないと」
顔を上げれば、廊下の先に竜舎へと続く扉が見える。




