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少女と竜は今日も旅をする。  作者: 白浜ましろ
Episode 2.灯火、その温度
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混戦


 時折聞こえるグローシャの小さな呻き声。カロンは不安げに紅の瞳を向ける。

 だが、そのグローシャは苦痛に橙の瞳を歪めながらも、瞳を細めて動くなと伝えてくる。

 星明かりで影も薄い今ではカロンにできることはないため、グローシャの言う通りに機が来るのを待つしかなかった。

 場が動いたのは、それから少し経ってからだ。

 夜風に紛れて枝葉が揺れる。

 グローシャに馬乗りになった男が視線を向けた。


「お、戻ったなぁ」


 幹の上に立った人影が星明かりの下に姿を見せた。

 顔立ちの似た女と男だった。肩には弓矢がある。


「見てきたよ。あっちに旅人二人。髪色からして移民だろうね」


「あと、竜連れてたな」


 二人の言に、カロンとグローシャは小さく瞳を細めた。

 グローシャに馬乗りする男は、にたぁと嫌な笑みを薄く浮かべる。


「移民の旅人なら、いいもん持ってそうだなぁ。外来品もまた高く売れるし、移民自身も場合によっては……」


「おいおい、それはさすがにやめてよね」


 女があからさまに顔をしかめた。

 嫌悪をまぜたようなそれに、男は「冗談だよ」と笑う。


「けどま、珍しい髪色だと集めてる収集家が居るのも事実さ」


 ま、やんないけど。と肩をすくめつつも、外来由来のものでも持ってたら、それはそれでと何やら画策を始める――が、そこへ制止の声がかかった。


「やめとけよ。あの旅人が連れてるの、自然竜だぞ」


 女の隣に男が並び立つ。

 その女も、やっぱりか、と呟いた。


「となると、そこの二頭も自然竜だろうね」


「あん? これ変異種とかじゃねぇのか」


「違うと思うよ。オレらが見慣れた竜だ」


「あたしらが育った村、自然竜の生息地の直ぐ近くだったからね。竜の恐ろしさを説かれて育つもんさ」


 身を震わせた幹上の二人を見上げた男は、これがねぇ、と自分が馬乗りする竜を見下ろした。

 橙の瞳が揺るがない敵意で睨みあげてくる。

 男は、はっ、と鼻で笑い、幹上の二人を見上げた。


「んでも、竜は竜だろぉ。自然だか野性だか知らねぇけど、どっちも変わんねぇだろぉよ」


 ほらな、と。男は突き刺したままの短刀を、ぐっと力を入れて押し込んだ。

 途端、グローシャはギャッと声を上げ、ぐったりした様子で目を閉じた。

 カロンがキャロと上ずった声を上げてもがき、それを彼に馬乗った男が抑え込む。

 あまりの加虐的な行為に幹上の二人が咎める声を出そうと口を開く。――と、不気味に夜風が吹いた。

 ざわぁと木々が揺れ、雲が流れる。

 厚い雲が流れたのか、先程まで落ちていた星明かりが遮られ、夜闇が周囲を覆った。

 刹那。グローシャの閉じられていたまぶたが瞬時に持ち上がる。

 ――カッ、と光が炸裂した。

 グローシャが体内の灯を、前触れもなく強く発光させたのだ。

 夜闇が一瞬遠退き、強く周囲を照らし出す。

 その隙を狙い、カロンは怯んだ男を身上から振り落とし、すぐに戻ってきた夜闇に身を潜める。

 幹上の二人は苦い顔をしながら木々の中に姿を隠し、地に転がったままだった男は、カロンに馬乗っていた男に担がれてその場を退く。

 グローシャに馬乗っていた男は、突然の光に目が眩んで短刀を落としていた。

 そして、次いで感じたのは己を熱する温度だった。

 触れた箇所から熱を感じ、熱いと知覚する前に痛みが襲う。

 じゅっ、とする音が焼かれていることを自覚させる。否、溶けているのだ。


「――ぅ、あぁ……っ」


 男から言葉にならない呻く声がもれ、グローシャの上から転がり落ちる。

 その時にもグローシャに触れた箇所が、じゅっ、と音を立てた。

 グローシャの口からも堪えるような声がもれるも、彼女は身体の痛みを無視して立ち上がる。

 身体に絡んでいた縄は溶け、どろりと落ちる。()と一緒に。

 グローシャは苦しげに橙の瞳を歪めながら、ピルゥとカロンを呼ぶ。

 カロンは影から身を顕現させ、グローシャの側まで駆けた。

 駆けたけれども、その手前で足を止める。止めざるをえなかった。

 どろりと溶けた彼女の鱗は流れ落ち、その足下の草花や土から煙が立つ。

 カロンが驚愕を滲ませてグローシャを見上げ、その姿をしかと見て、キャロと上ずって掠れた声をもらした。

 グローシャの橙の瞳がカロンを見下ろす。逃げるよ、と彼へ伝えようとした時――木々に隠れた一人が、上空へ向けて矢を放った。




   *




 衝撃は一瞬だった。


「――アーリィっ……!」


 悲鳴にも似た声がトールから上がる。

 横腹に矢を受けたアーリィは、それでも背の二人を落とすまいと気丈に羽ばたく。が、走る痛みにすぐに失墜する。

 投げ出されることを予期したトールは、慌てふためいて飛び回るラッフィルへ向けて叫んだ。


「竜騎士をっ……」


 呼んで。掠れたその叫びを拾ったラッフィルが、ひらりと身を翻して旋回する。飛び去っていく後ろ姿を確認し、トールはティシェを抱えた。

 そしてそのまま、枝葉を伸ばして茂る木々の海に落ちていった。




 枝葉を折る音を耳にしながら、どんっ、という強い衝撃を最後に、ティシェはゆっくりとまぶたを持ち上げた。

 衝撃を受けたわりに身体は痛まない。が、そこですぐにはっとなって、己を抱える()()から抜け出た。


「トールっ!」


 呼びかければ、小さく呻きながらもトールが目を開ける。

 数度瞬いたあと、のろのろとティシェを見上げた。


「……あ、ティシェ。怪我は?」


「私は大丈夫だ。トールが庇ってくれたから」


「でも、ここ切ってる。ごめんね」


 ゆっくりと持ち上げられた彼の手が、赤く筋が走るティシェの頬を擦る。落ちた際に枝先で切ったのだろう。

 ちりっとした痛みが走ったが、そんなもの大したことはない。


「自分の心配をしろ。折れたりとかは……」


「してないと思うよ。背中を打ち付けただけ」


 トールは声を堪えながら身を起こす。

 二人がいる場所は、幹から太く伸びた枝の上だった。

 幾つも枝をへし折りながら落ちたわけだが、それらが落下の勢いを殺し、この場で止まったようだ。

 その際にトールはティシェを庇い、幹に背中を強く打ち付けた。枝先による裂傷が少ないのが幸い、なのだろうか。


「……すま――いや、ありがとうな」


 反射的に『すまない』と口にしそうになるも、それよりも礼がいいような気がして言い直す。

 トールは一瞬きょとりと鳶色の瞳を瞬かせ、そして緩く笑った。


「うん。ごめんって言われるよりも、ありがとうの方が嬉しいね」


 よいしょ、と身を起こす。痛みはあるが、動けないわけではない。


「まずは状況を把握しないと。グローシャ達が気がかりだけど、そのど真ん中に落ちる想定はしてなかった」


 見通しが甘かった。口を引き結び、鳶色の瞳に緊張感が高まる。

 トールが眼下を覗き見ようとした時、その眼前にティシェの腕が出された。彼女のまとう気配が鋭い。

 小声でどうしたのとトールが問う前に、ティシェは腰から短刀を引き抜く。

 それはほぼ勘だった。トールの前で構えると、すぐに、かんっ、と硬いものを弾いた。


「ちっ、弾かれた」


 舌打ちの音。枝葉の隙間から女の姿が見えた。

 だが、女はすぐに木々の茂みに身を隠してしまう。

 ティシェは弾いた矢を拾って折ると投げ捨てた。


「……トールはここにいろ」


 低く呟き、ティシェはトールを残して隣の幹に飛び移る。

 その姿もすぐに茂る枝葉の群れに消えてしまい、トールでは追うことはできなかった。

 ふう、と追うことを諦めたトールは、懐から小瓶を取り出す。小瓶の中は粉末が入っている。

 アーリィが普段から羽毛下に隠し持ってくれている小鞄に入っているものだ。念の為にと抜き取っていた。

 と、トールの顔の前にはらりと葉が落ちた。


「――っ」


 トールは咄嗟に先程ティシェが投げ捨てた矢を持ち、鏃を上に突き出す。

 うおっ、という驚きの声が上がり、トールは矢を捨てて素早く小瓶の蓋を開けて頭上に振りまいた。


「アーリィ!」


 トールが呼びかければ、応えたように風が下方から吹き上げ、振りまいたそれがトールに振りかかることはない。

 それから間もなくして。


「……ど、くか……」


 掠れた声と共に男が上から落ちてくる。

 トールの目の前に落ちた男は、干された洗濯物のように幹にぶら下がった状態で呻く。

 その苦しげな様子に、トールはさすがに頬を引きつらせた。


「……うわ、強く調合しすぎたかも。思ったよりも即効性ありすぎる」


 男を覗き込んでみれば、男は緩慢な動きで睨みあげてきた。身体の自由が効かないらしい。

 呂律が回っていないようで、何事かを口にしているようだが言葉にはなっていない。


「毒って言っても、単なる痺れ薬だから死ぬことはないよ」


 にこやかに告げたトールは、遠慮なく足を使って男をさらに下へと蹴落とした。

 どさり、と地に重い物が落ちた音が響く。

 それを下に居たアーリィが軽く咥えて放り捨てた。

 男は「うっ」と呻くことしかできない。それが痛みからなのか、痺れからなのかは知らない。

 トールが下のアーリィへ向けてひらりと手を振る。

 アーリィはふんっと鼻を鳴らし、己の横腹に突き刺さった矢を引き抜こうと咥える――前に、トールの待ったの声が上がる。


「今は抜かないで」


 慌てた様子の制止に、アーリィは苛立たしげにフルルゥと声をもらした。

 思ったよりも元気そうな様子のアーリィに安堵するも、その態度に苦笑する。

 トールはティシェの消えた方を見やった。


「ティシェ、大丈夫かな」


 瞬、木々の茂みが大きく揺れ、次いで地に落ちる女の姿が見えて、わお、と関心する声が小さくもれた。

 ティシェの方もどうやら大丈夫そうだ。

 ほっと息を吐き出し、トールは現状を把握するために眼下へ目をやった。

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