表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女と竜は今日も旅をする。  作者: 白浜ましろ
Episode 2.灯火、その温度
94/100

大事と大事


「こうして、にこやかにするべきだったな」


 口の端を持ち上げたまま、ボワは「どうだ」とトューリーに問うも、彼はただ静かに首を横に振るだけだった。


「……そうか。だめか」


 心なしか、声が沈んで聞こえた気がした。

 ボワが手を下ろすと、持ち上げられていた口角は保たれることなく、すんっともとに戻る。


「この顔は俺の仕様だ。あまり気にしないでもらえると助かる」


 仕様、とボワは言うが、つまりは生まれつきのものだと言いたいのだろうか。

 ティシェは反応に困ってトールを見る。困っているのは彼も同じで、ティシェと目が合うなり肩をすくめた。


「なんか、気が抜けそう」


 それには同意見だったので、ティシェも小さく頷く。


「警戒しないでもらえるとこちらも話しやすい」


「そうは言われても、いきなり騎士様が現れれば誰だって緊張すると思いますけど。僕らみたいな移民なら、なおさら警戒もしますよ」


 そうぼやく彼の横顔は明らかに不機嫌そうで、いつもティシェが見るものとは異なるそれだ。照れも含まれたような、そんなやわらかなものではない。

 初めて見るそれは、どこか少ないながらも嫌悪が含まれているように見えた。


「俺は君らを蔑むつもりはない。ましてや、咎めるためでもない。ただ、騎士の務めの一つとして注意を促しに来ただけだ」


 その言葉の中に聞き流せない単語があり、二人は眉根を寄せてボワに視線を向けた。

 聞く姿勢を見せたことで、ボワも改めて顔を引き締めて二人を見やる。


「俺はこの近くにある駐屯所に属する者だ」


「……この近辺に騎士団の施設があるとは記憶してますけど、屯所でしたよね?」


「確かに実地訓練の際に拠点として使われる屯所がある。だが、現在は駐屯所となって騎士団員が常駐している」


 トールとティシェは顔を見合わせた。

 それは穏やかな話ではなさそうだ。騎士が常駐するようになるとは余程のことじゃないか。

 空気が唸ったように風が吹く。トールの懐に潜り込んでいたラッフィルが顔を出し、きょろりと辺りを見回した。


「ラッフィル?」


 気付いたトールがラッフィルの頭を軽く撫でた。

 だが彼は、しきりに何かを気にするように辺りを見回す。


「大丈夫だよ。風が唸っただけ」


 大丈夫、と再度伝えれば、ラッフィルはピィと小さく鳴いて、自身を撫でるトールの手に身を擦り寄せた。

 そこへ、遠慮がちなボワの声が割って入る。


「……話を続けても?」


 トールは顔を上げる。

 先程からボワの顔つきは厳しいままだが、観察していくと、彼の蜂蜜色の瞳に気遣う色が覗き見えた。

 表情が表に現れにくいだけなのかもしれない。

 誰かと似てるなと、一瞬だけティシェを見やってから、どうぞという意味を込めてボワに頷いた。


「では、続けさせてもらう。が、その前に俺から一つ問いたい。この近辺が野性竜の生息域になっていることは知っているか?」


 ティシェがトールを見る。

 トールは彼女に一つ頷いてボワに答えた。


「知ってます。生息域とされるくらいには繁殖してしまって数が多いことも、それゆえに血が薄くなったからか、比較的に他で見る野性竜よりかは大人しい性質だということも」


 ティシェもトールから聞かされて知っている内容だ。

 野性竜とは、簡単に言ってしまえば軍竜の成れの果てだ。

 人が人でも扱える竜を欲したのが、軍竜の起源。

 その改良される過程で発生した、所謂失敗作が野性竜の祖にあたる。人の手で扱えない竜を持て余し、それを当時の人々は野に放つことで廃棄した。

 自然竜は自然をまとって生まれ落ちた竜であり、そのまとった自然を削ぎ落とし、人の手でも扱えるようにしてのが軍竜だ。

 その過程でうまれた野性竜とはつまり、中途半端に自然をまとったままの竜。人の手に負えるはずもなく、かといって自然竜のように自然の中で生きていくには中途半端。

 自身が持つそれに振り回されてしまうのか、野性竜は気性が荒い個体が多いのだ。

 ティシェらも以前襲われ、近くの騎士団に報告したこともあった。

 時に野性竜はその気性の荒さを理由に討伐対象とさせることもある。

 そっと、ティシェは蒼の瞳を伏せた。

 ある意味、野性竜は憐れな竜だ。


「――その野性竜が、何者かに乱獲されるという事案が近頃発生している」


 ボワの声がするりと思考に滑り込んで、ティシェはやおら顔を上げる。


「何のために……?」


「簡単なことだ。野性竜や軍竜は、自然竜と違って躯が還ることはない。収集家の中には、美品として竜の躯やその一部を欲しがる者もいる」


「……つまりは、金か」


 ティシェは唇を強く噛んだ。

 人が竜を従わせる、ということに少なからず嫌悪を抱くティシェにとっては、軍竜も野性竜も竜といえど好きにはなれない。

 だが、その竜の躯を美品として集める者や、ましてや金目的で事を起こす者は、それ以上に嫌いだ。


「我々も野性竜の躯を素材として回収することはある。あるが、それは野性竜が、人やその地の生態系に害を成すと判じられた際に留めている。ましてや、それ目的で討伐することなどないっ」


 ボワが強く手を握り込んだ。

 眉根も険しく寄せられ、そこに怒りの色が滲み出る。

 トューリーがボワの拳を鼻先で突くと、はっとした様子でボワはすぐにその拳を解き、優しくトューリーを撫でた。


「すまない。取り乱した」


「ティシェもだよ。そんなに強く噛んだら傷になっちゃう」


 トールもティシェの顔を覗き込む。

 唇を噛むのをやんわり止めると、じんわりと鉄の味が口内に広がった。


「――話を戻そう」


 ボワの声に二人は彼を見やる。


「この地域においての野性竜は、すでに生態系の一つになるくらいには個体数が多い。その野性竜が乱獲されているとなれば、その生態系への影響に懸念も出てくる」


「それで駐在するようになった、てことですか」


「そうなる。解っているのは生息範囲だけゆえ、今は個体数の確認が急がれているが、同時に賊への調査と、君らのような者へ注意を促すことも行っている」


 ここまで話を聞けば、何をもって注意を促されるのかは自ずと見えてくる。

 ティシェはトールと共にアーリィを見た。

 当のアーリィも空気で察しているのか、そわそわと落ち着きがない。


「野性竜がいるからだろうが、この辺りに自然竜は生息していない。ゆえに野性竜に慣れた連中は、自然竜も同じものと捉えている場合もある」


「アーリィが目を付けられるかも、ということですね」


「ああ。すぐにこの地域を抜けるというならば、そうすればいいだろう。だが、時間が時間だ。駐屯所の方で夜を明かすことも出来るよう手配することも可能だ」


 ティシェはトールと、もう何度目かもわからないが、また顔を見合わせる。

 こんな話を聞いてしまった以上は、身の安全を優先して駐屯所の方で世話になる方がいいのだろう。

 だが、すぐに決断できない理由もある。

 夜の森に行ってしまったグローシャとカロンだ。

 やはりこの場に居ないのが、気がかりで不安要素になってしまった。


「……すぐには動けないな」


 ティシェがボワにそう告げれば、ボワは、そうか、とだけ言って、身軽な動作でトューリーの背にひらりと跳び乗った。


「駐屯所に来るのならば私の名を出せ。話は通しておく」


 それだけ簡潔に言うと、行け、とトューリーに短く命じる。応じたトューリーが羽ばたくと、あっという間に彼らは星の瞬く夜空へと舞い上がり、すぐにその姿は紛れて見えなくなってしまった。

 ボワを見送ったのち、ティシェはトールを振り返る。


「まずはグローシャ達を呼ぼう」


「そうだね。そしたらすぐに移動しよう」


 このまま野営しても何も起こらないかもしれない。

 だが、身の安全を優先してもやりすぎなことはないだろう。

 ティシェは普段は服下にさげている竜笛を取り出す。

 白銀色のそれを口に当て、息を吹き込――もうとした時だった。

 トールの懐からラッフィルが飛び出す。

 ピィピィと何度も彼は鳴き、何かを伝え受けたアーリィが嘶く。

 その様子に只事でないことを感じ取ったトールが、急かすようにティシェに声を飛ばした。


「早く竜笛をっ!」


 ティシェが慌てて竜笛を口に当てる。

 だが、吹き口に息を吹き込む前に、遠くで光が炸裂して咄嗟に目をつむった。

 辺りが一瞬だけ夜闇からあぶり出される。けれども、すぐに夜闇に覆われて暗くなる。

 が、ティシェは大きく蒼の瞳を見開いたまま、しばし動けなかった。

 今の光には見覚えがありすぎた。


「グローシャの、灯……」


 瞬、かっと思考が灼かれたように白くなり、思考が痺れる。だが、衝動はすぐに身体を駆け巡り、ティシェは勢いのままに飛び出した。

 が、一つの顔が思い起こされてすぐに足を止める。

 脳裏に閃く姿に、次第に思考が冷えていく。


「――っ」


 グローシャとカロンは大事だ。けれども、()のことは大事にしたくて。

 ティシェの身勝手な行動で、その彼にあの時みたいな辛い思いをさせるのは嫌だった。

 どちらも大事だ。どちらも比べられないくらいに大事だ。

 それでも、ティシェ自身が大事にしたいと思うのは彼の方で。でも、グローシャ達を蔑ろにしたいわけでもなくて。

 相反しているようで、矛盾しているようで、そうではなくて――『大事』の形が少し違うだけなのに。


「形が、違う……?」


 そこで、はっ、と息を吐き出した。

 少しだけ『大事』の形が違うらしいことに、ここで初めて気が付く。

 だから、どう扱えばいいのか解らなくなって、動けなくなった。

 だって、どちらも同じくらいに『大事』だから。

 けれども、その『大事』の形は違う。

 でも、急がなくては――それだけが先走って、動けない。

 喘ぐように息をついた時、ティシェの目の前に小さく風が巻き起こった。

 どすっと何かが飛来する音。反射的に顔を上げれば、ティシェを見る天色の瞳と視線がかち合う。

 フルルゥ、と鳴いたアーリィが姿勢を低くした。

 腹這い姿勢になった彼女の背にはトールの姿。鳶色の瞳がティシェを真っ直ぐ見やる。


「乗って」


 ティシェは蒼の瞳を瞬かせた。

 言葉の意味はわかる。けれども、乗り手でもない人間が竜の背に乗ってもいいのかと、少しばかりの逡巡がティシェの反応を鈍らせた。


「ティシェとは違う形でも、僕にとってもアーリィにとってもグローシャ達は大切だよ。仲間だもん」


「向かって、くれるのか……?」


「当たり前。だから早く乗って」


 急かされ促されるままに、ティシェもアーリィの背に乗る。

 しっかり掴まって、とのトールの声に、ティシェは咄嗟に前に乗るトールの腰へ手を回した。

 一瞬だけトールが身体を強張らせたが、すぐに彼はアーリィへ指示を飛ばす。

 それを合図に、先にラッフィルが夜空へと舞い上がる。


「ラッフィルは耳がいいから、さっきも何かの物音に気付いてたのかもしれない」


 先導するラッフィルは、迷いなく小さな翼を打って飛んでいく。目指すべき場所がわかっているようだ。

 アーリィもラッフィルを追うべく、翼を大きく打ち、星の瞬く夜空へと舞い上がる。頬に風を受け、ティシェはきゅっと、トールの腰に回している手に力を込めた。


「ありがとう」


 耳元で唸る風と、飛行帽もないためにばさばさと髪が暴れる中でティシェが呟くと、トールの身体がぴくりと反応する。ちゃんと声が届いたようだ。


「言ったじゃん。僕にとっても、グローシャ達は大切だって。だから、ああいう時は頼ってよ」


 腰に回す手に、トールがそっと手を重ねてくれた。

 うん、と小さく返した声は彼に届いただろうか。

 自分よりも大きな背中に身を寄せた。感じる温度に安堵を得る。

 ティシェが大事に思うもの。それをまた、トールも大切にしてくれることが嬉しかった。

 それからしばらく。ラッフィルと、二人を乗せたアーリィは夜空を泳ぐように飛び続けて――。

 ふいにトールの身体が強張ったのを、触れた背越しに感じ取る。


「――見えた、けどっ」


 トールの声も強張っており、同時に声も詰まらせる。

 彼が息を呑んだ気配も感じて、急かされるようにティシェも視線を下に投じた。そして、ティシェも息を呑んだ。


「グローシャっ……」


 悲鳴にも似た声がもれる。

 暗くてよく見えないはずなのに、すぐにグローシャの姿をみつけられたのは、彼女の身体が灯を発していたから。

 高度が下がるにつれて、その灯に照らし出された姿が鮮明になってくる。

 グローシャの身体から、何か液体のようなものが滴り落ちる――鱗の一部が、溶けているように見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ