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少女と竜は今日も旅をする。  作者: 白浜ましろ
Episode 2.灯火、その温度
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来訪者


 腹這い姿勢のまま寝そべるアーリィは、やわらかな雰囲気をまとう二人を見やった。

 近頃は居心地の良さすら覚えはじめたそれだが、今はむず痒さを覚え、ふすうと息をもらした。

 焚火の方を確認すれば、熾火の赤い光が弱まってきている。

 そろそろ二人を翼の内へ突っ込んで暖を分けてやる頃合いだろうか。

 そう思い身体を起こすも、はたと気付いて動きを止めた。

  トールは言わずもがなだが、ティシェまでも己の懐、翼に入れてやろうと思っているなど、少し前までは思わなかったのに。それも自然とそう思っていた。

 いつの間にか生じていた己の変化に、ふんっと鼻を鳴らす。

 天色の瞳を二人に向け、もう一度だけふんっと鼻を鳴らした。そして、ふすっと息をもらす。

 嫌な変化ではない。なによりトールが笑っていられるのならば、あの二人が(つがい)になろうがどうなろうが、アーリィとしては構わないのだ。

 ただ、そう。起こった変化というなれば、ティシェはアーリィにとって旅の一行(群れ)の一員だと思うようになっただけ。それだけだ。

 ふぅうと大きな息を落としてから、アーリィはむくりと身体を起こした。

 やわらかな雰囲気が本格的に痒くなる前に、さっさとそれらを散らしてしまおうと、アーリィは笑い合うトールらに呼びかけるため声を発した――が。

 その声が途中で止む。

 気付いたトールとティシェがアーリィを振り向いた。だが、当のアーリィは異なる方向を見上げている。

 空を睨む天色の瞳に険が宿り、ぐるると苛立ちが混ざった声をもらす。

 異変を感じ取ったラッフィルが、トールの懐に潜り込む。

 トールは火かき棒から手を放すと、素早く側に置いていた革水筒を掴んで焚火へ水をかけた。

 周囲はすぐさま夜の闇に包まれる。一気に静寂が押し寄せたようだった。

 燻った焚火からは煙が立ち上る。ティシェは足で土をかけて焚火を覆い隠した。

 煙も収まると二人は目配せし、トールが革水筒を投げ捨てると、二人揃ってアーリィの方へと身を寄せる。一つどころに集まり、場の空気は張り詰めていく。

 ティシェは常から腰に提げている短刀に手を添える。トールはアーリィの羽毛をまさぐり、弓矢に手を伸ばした。いつでも掴めるように。

 アーリィはトールに羽毛をまさぐられても、それを気にすることなく空を注視したまま。ゆえ、自然とアーリィは上を、ティシェとトールの二人は周囲を警戒する形になる。

 それからややし、ティシェの耳が音を拾った。空を睨むように仰ぐ。


「――竜だ」


 ティシェが落とした低い声に、トールも空を仰いだ。

 彼の耳にも届いた、ばさりという羽ばたきは確かに竜のもの。

 アーリィがもらす声が、グルル、と低いそれに転じ、その警戒の度合いを高める。ティシェとトールはより警戒を強めた。


「自然竜だと思う? ……それとも、野性竜かな?」


「……わからない。さすがに羽ばたきの音で判別はできない」


 自然竜ならば、アーリィの声で存在に気付いて迂回してくれる可能性が高いが、野性竜ならば本能的なそれで向かって来る可能性が高い。

 後者だった場合が厄介だ。

 グローシャとカロンがこの場に居ないのも、気がかりであり不安要素だった。

 やがて、夜空から一際濃い影が見えた。

 アーリィの周りで空気が渦巻き、その空気が二人の肌を撫でる。それが揶揄でなく痛い。それだけ彼女が気を昂らせている証拠だった。

 次第に影は大きくなり、羽ばたきの音と共に真上に位置した。ティシェらに影を落とす。

 影は竜としての形を持ち、その背に――。


「君らは旅の者か?」


 人の姿があった。

 夜闇でその姿は窺い見れないが、声は男のものだった。

 竜騎士か、とティシェは小さく呟きを落とし、トールも、ぽいね、と同意の声を落とす。


「……こちらに戦う意志はないのだが」


 言外に鎮めろということだろう。何を、とは問わずとも解る。

 二人はグルルと唸り続けるアーリィに目を向け、互いに目配せすると頷いた。

 肌に触れる空気が痛い。まるで質感を持っているようだ。

 トールの手がアーリィに触れる。やわらかな白の羽毛を滑り、その首筋を撫でる。


「アーリィ」


 天色の瞳がトールを見た。

 グルルと声は変わらず、けれども、その声が段々と小さくなり、痛かった空気もその質感を和らげていく。

 ぐるる、という小さな唸りを最後に、ふすっと不服そうな息をもらして黙った。

 先程はグローシャとカロンが居ないのが気がかりで不安要素だと思ったが、この場においては居合わせなくて良かったのかもしれない。


「ありがと、アーリィ。守ろうとしてくれて」


 天色の瞳がトールから外される。

 警戒の色は消えず、アーリィは頭上に留まる影を捉えたまま。その視線が下りていく。

 降下した影が地に着し、人影が降りた。

 風が吹く。雲が流れ、星明かりを落とす。

 照らされた人影が見えた。この国の騎士が着る騎士服。

 やはり騎士だった。それも、竜騎士。


「旅の者と見受けるが」


「だとしたら、なんですか」


 応えたトールの声は硬く、少しだけ尖る。

 緊張が侵食してくる。


「私は竜騎士団に所属するボワという。君らは……ああ、移民とその血筋の旅人か」


 ボワと名乗った竜騎士は、星明かりの下、蜂蜜色の瞳でトールとティシェを見る。

 移民、と言ったその声音は、蔑むような響きはなく、ただ事実を述べただけのようなものだった。

 けれども、その顔つきは厳しいもので、より一層二人の緊張を強くさせ、そこに警戒をもはらませる。

 その中で、トールがちらりとティシェを見る。竜騎士の言葉が引っかかった。

 移民というのは、この場に置いてはトールを示すものだろう。だが、その血筋、というのは。

 ティシェはその視線に応え、ちらりとトールを見やった。


「私の一族をたどれば、もともとは北から南下してきた者達が祖にあたる。この髪色は、トールほど珍しくは映らないだろうが、そういう意味合いも持つ」


「……それで『その血筋』ってことか」


「その上、私のいた一族はもうないからな。どこかで生き残りや、分かれた血筋の者もいるのだろうが」


 そこまで言って、ティシェは口を閉じた。

 トールほどではないにしても、ティシェの髪色も珍しいとされるものだということだ。

 対するボワの髪色は茶の色。動きやすさを重視してか、その髪は後ろに撫でつけられている。

 濃淡はあれど、この国では茶系の髪色の者が多い。ようするに、珍しくもないということだ。


「目立つな、私達は」


 そこに混ざるのは、憂いか諦めか。

 己の出自を嘆いたことはなくとも、時折煩わしく感じることはある。

 移民――それだけで厄介事に巻き込まれる。

 今のように、それだけのことで厳しい顔を向けられるのだから。

 と。一歩、前へと踏み出した存在があった。

 ティシェも、トールも、弾かれたように視線を向ける。

 相対するボワも、驚きを混ぜて蜂蜜色の瞳を丸くした。

 ぐるると小さく唸り声を上げ、アーリィがティシェとトールを庇うように足を踏み出して前に出る。

 空気がちりちりと肌を擦る。

 天色の瞳に宿るのは、明らかに敵対する色だ。

 ボワの傍らに寄り添う竜――軍竜が、アーリィを注視しつつ、彼の前に立ちはだかる。

 トールが腕を持ち上げてアーリィの視線を遮った。

 アーリィは鋭くトールを見返し、天色の瞳を細めた。なぜ、と問うているようで、トールは静かに首を横に振った。


「争いになっても、僕達に益はないよ。……それに、君だって傷付くじゃないか」


 トールの鳶色の瞳が揺らぐ。その瞳を前にして、アーリィは仕方ないなとばかりに大人しくなった。

 だが、前に踏み出した位置はそのままで、下がる気はなさそうだった。


「うん。ありがと、アーリィ」


 トールがアーリィを撫でる。

 アーリィは二人の気持ちを感じ取って動いてくれた気がして、ティシェもそっと彼女を撫でてみると、満更でもなさそうに息をもらした。


「トューリーもだ。問題ない、下がれ」


 軍竜が静かにボワの隣まで下がる。

 人の言葉に従順なのは軍竜の持つ特性だが、少しだけこの軍竜は違うようだ。

 人の言葉に対し、機械的に従順な軍竜が多いのに、トューリーと呼ばれたこの軍竜にはぬくもりを感じられた。

 自然竜であるアーリィに怯えることもなく、気遣う眼差しをボワに向け、鋭い眼差しをアーリィに向ける。

 警戒されているらしい。

 体格はそれほどグローシャやアーリィと大差ない。

 だが、頭に抱く二本の角は鋭く、茶の鱗は星明かりを弾いて尾がひょんと横に振れた。


「誤解をさせてしまったようで申し訳ない」


 そう言いつつも、ボワの顔つきは厳しいままだ。

 緊張と警戒が入り混じったものを緩める理由にはならない。

 ――だが。突として、ボワが口の端をくいっと指先で持ち上げた。

 無理矢理に笑おうとしている風にも見て取れたが、突然すぎて気は緩まない。

 ティシェは小さく眉を寄せ、トールは思いっきり顔をしかめる。それだけでなく、アーリィもぐっと姿勢を低くして構えた。

 その中でトューリーだけが、少し呆れた様子でボワを見やった。

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