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少女と竜は今日も旅をする。  作者: 白浜ましろ
星の章 Episode 1.繋ぎ紡いだ縁のその先を
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少女と竜は星を追う


 街をぐるりと囲う外壁を背にして、ティシェは空を見上げる。頬を撫でる湿り気を帯びた風が気持ちよく、目を細めた。

 降り注ぐ日差しは暑いが晴れた空は清々しく、ほどよく空に浮かぶ雲が風に流されていく。

 ピルルゥ――。隣に並ぶグローシャが、同じように空を見上げて心地よさげに声をもらす。

 すでに彼女の背には鞍と荷が積まれ、いつでも出発ができる状態だ。

 さわぁ、と周囲の草花が風に揺れた。


「旅立ち日和だな」


 一人呟けば、側でトールが「だね」と同意の声を出す。

 トールの準備もそろそろ終わる頃だろうかとティシェが見やれば、ちょうど彼はアーリィの鞍に、よっこらせ、と最後の荷を積んだところだった。


「よしっと。アーリィ、また今日からよろしく」


 トールがアーリィの首を撫でる。

 アーリィは久々に感ずる背の重みに気合は十分なようで、まかせなさい、と言わんばかりに鼻を鳴らした。

 その姿はどこか誇らしげで嬉しそうで、トールも思わず笑みをもらした。

 そして、さて、とトールがティシェの方へ身体を向ける。


「僕の方も準備完了だよ」


 ね、とトールがアーリィと、その彼女の角に留まるラッフィルを見やる。

 アーリィはフルッと短な返事で応え、ラッフィルはピィイと元気に返した。


「私達もいつでも大丈夫だ」


 その言葉に応じるように、グローシャがティシェの隣に並び立つ。

 そして、その隣にとしとしと軽い足音で並び立つ竜がいた。

 カロンだ。やる気いっぱいという感じに、皮膜ある前足をばたばたとさせる彼に、ティシェは少し屈んでカロンとの目線を近づける。

 抱き上げるにはもう大きく、けれども、抱き寄せられるくらいにはまだ小さい。

 カロンがティシェを見上げた。その眼差しは、いつの間にか子供特有の可愛さは抜け、竜の強さをはらむ凛々しさを持ち始めている。


「無理はするなよ」


 少しずつ変化は起こっているもので、彼が自分も飛んでみたいと言い始めたのも、その変化の一つ。成長の一貫だろう。

 竜の中ではなく、人の中で育っていく彼が、どのような過程で成長していくのはわからないが、大人の庇護から出ようとしている兆しなのかもしれない。

 少しだけさみしさを抱きながら、カロンの頭を一つ撫でる。彼は嬉しそうにカロロと小さく声をもらした。

 思いっきり甘えることはなくなったけれども、こうした懐っこいところは変わらない。

 そこはまだ変わらないでいてと思うのは、ティシェのわがままだろうか。

 一つ瞑目してから立ち上がると、びゅおっと一つ強く風が吹いた。まるで空へと誘うように、草花を絡め取って空へと巻き上げる。

 風に誘われるまま空へと視線を投げて。


「行くか」


「行こうか」


 ティシェとトール、二人の声が重なった。空へと駆けた風が合図だったかのように。

 二人は顔を見合わせ、ぱちりと互いに瞳を瞬かせたあと、ふっと表情を緩めて笑い合う。と。


「――間に合ったっ!」


 そこへ一つの声が飛び込んだ。

 声がした関所の方を振り返ると、何かを抱えて駆け寄ってくるケイトの姿が見え、思わず瞳を瞬かせる。

 すでにケイトとの別れは、仕事があるからという彼女を気遣って、家を出る際に済ませていたはず。

 二人の前で足を止めたケイトは、上がる息を整えつつ、抱えていたそれを差し出した。


「これ、小腹空いたら食べな。今の季節だと腹を壊しちまうから少量で申し訳ないけど」


 差し出されたのは、大きな葉に包まれた小さな包み。ふわりと甘さが香る。

 薄く香ったそれは、爽やかさをまとった甘さの中に、どこかスパイシーさもある独特な香りだった。

 どうにも食欲を刺激されそうなそれだ。

 これは、と視線でケイトに問えば、彼女は少しだけ包みの葉をめくる。

 ふわっと、ほんの少しだけ強く香ったそれに、竜達が鼻をすんすんと鳴らした。

 

「油を引いて、ハーブと一緒に少し炒ってみたスライスパンさね。香り焼きをしただけだからね、味付けも何もされてないパンだけど、風味はあるから案外いいもんだよ」


 包みを戻したケイトは、ほれ、とティシェとトールにそれぞれ包みを押し付けるように手渡す。

 早速グローシャが、ティシェが受け取った包みに鼻先を寄せた。すんっと鼻から香りを吸い込んだのち、くわっと口を開く。


「こら、早速食うやつがあるか」


 包みをグローシャから離せば、開いた口は空を噛み、彼女は不満げな声をもらす。だが、それ以上を追うことはしなかった。


「食い意地が張ってるのはお前だけだぞ」


 ちらりとトール達の方へ視線を投げる。

 アーリィはトールの頭に顎を乗せ、ふんふんと香りを楽しんでいる様子だ。

 カロンだって、鼻先を向けてすんすんと鼻を鳴らしているだけだ。

 グローシャは橙の瞳を不機嫌そうに細め、体内の灯を淡く明滅させた。


「あとでな」


 なぐさめるようにグローシャを一撫でし、ティシェはグローシャの背に積んだ荷の中に詰めると、ケイトを振り返った。


「ありがとう。有り難く道中でいただこう」


「でも、お店の方は大丈夫なんですか?」


 トールの問いに、ケイトは「それなら問題ないさね」と笑う。


「ちょうどご近所さんが通りかかったからね。店番をまかせてきたから問題ないさね」


 快活に笑うケイトに、トールは一度ぱちりと瞳を瞬かせたあと、一泊遅れて苦笑を浮かべた。

 そのご近所さんの戸惑いが思い浮かぶ。


「やっぱり、見送りは最後までしたいと思ってね」


 笑ったままのケイトの声に湿り気が帯びた。


「誰かと過ごすのは久々で……あたしの方こそ、ありがとうだよ」


 ケイトの腕がティシェとトールへと伸び、二人の肩に回されたかと思えば、そのまま引き寄せられる。


「楽しかったよ、本当に」


 湿り気を帯びた声。きゅっと、回された腕に力が込められた。

 その腕に触れ、ティシェも彼女の方へと頭を寄せた。


「……私も、誰かと同じ屋根の下で過ごすのは久々で、あったかいものなんだと思い出せた気がする」


「僕も、かな。誰かと暮らすっていうのは、こういうものだったなあって、懐かしかったです」


 ケイトの腕がさらに二人を引き寄せる。


「また立ち寄った時には、あたしのとこに顔を出しとくれよ」


 また――との言葉に、ティシェとトールはぴくりと小さく反応した。

 その言葉は、次を、未来(さき)を示す言葉だ。

 いつかの時、ティシェはトールに言った。未来(さき)を約束するのは嫌いだ、と。自分にも相手にも、その()があるのかどうかはわからないから。

 そしてトールも言った。わかる気がする、と。

 ティシェとトールは互いにちらりと見やる。

 確かに今も好きではない。けれども、たまには一つの縁を繋いでみるのも、悪くはないのかもしれない。


「――ああ、また」


「――はい、また」


 未来(さき)を示す言葉を。



 皮膜と翼を打つ音が耳朶に大きく響く。

 髪を収めた飛行帽がきちんと顎下で留まっていることを確認し、ゴーグル越しに眼下を見やる。

 ケイトの姿はもう豆粒みたいに小さくなっていた。それでも彼女が、大きく手を振り上げていてくれているのはわかって、ティシェは足でグローシャへ合図を送る。

 グローシャが一際強く皮膜持つ前足を打ち付けた。ぐんっと急上昇する。その後をアーリィが続き、少し遅れてカロンが続く。

 竜三頭がぐるりと円を描いて飛んだのを別れの最後にし、一気に速度を上げたのだった。




 街が見えなくなってからしばらく、ティシェはちらりと横を見やる。

 グローシャにやや遅れる形であるも、カロンが並行して飛んでいる。

 ティシェと目が合った彼が、カロと弾む声を上げて、その場でくるりと横捻りを加えて飛んでみせた。

 余裕ある飛びっぷりだ。ティシェは小さく口の端を持ち上げて、前へと視線を戻す。

 無理をしているようならば、影に潜むように促そうと思っていたのだが、杞憂だったようだ。

 同じくカロンを見ていたグローシャも、やわく橙の瞳を細めて視線を前へと戻した。


「――ねぇ、ところでティシェ」


 トールを乗せたアーリィがグローシャに並ぶ。

 彼の懐からはラッフィルが顔を出していた。


「ん、なんだ」


「あのさ、今更ではあるんだけど、一つ聞いてもいいかな」


 ばさり。竜達の羽ばたきの音が響く。


「……ケイトさんに、どう言って部屋を用意してもらったの?」


 そこでティシェはトールを見やる。

 話の内容が全く見えなく、小さく顔をしかめた。

 飛行帽やゴーグル越しでよく見えないのに、トールは敏感にティシェの変化を感じ取る。

 彼は言いづらそうに少しだけ言い淀み、けれどもティシェの顔を見て口を開く。

 その頬が少しだけ色付いて見えたのは、ティシェの気のせいだったろうか。


「……いやだって、ずっと二人で同じ部屋で寝泊まりしてたじゃん。ていうか、そのことについてケイトさんに何も言われてないの、今更ながらになんか……」


「何を言いたいのかはわからないが、部屋を用意してくれると言われたから、一部屋でいいと言っただけだが?」


 ティシェは小さく首を傾げた。


「何を気にしてる?」


「何って、まあ、その……そう、その時にさ……」


 トールがまごつく。視線が少しだけ忙しなく動いている。

 が、アーリィはさっさと言葉にしろとばかりに、わざとらしく翼を強く打った。

 わっ、と彼から声が上がり、姿勢を少し崩す。ラッフィルが慌てて顔を引っ込めた。

 もぉと呻きつつ姿勢を戻し、トールは逸らしがちにティシェを見る。


「そう、その時にケイトさんは何も言わなかった? いくら旅仲間とは言っても、部屋に余裕があれば分けるものな気がするんだけど。いや、そもそもそれを当たり前に感じて、今になって、そういえばって思い至る僕もどうかと思うけどさ……」


 だって、トールとティシェとでは明らかに違うものがあるから。

 この場でそれを口にするのは、気恥ずかしさが先立ってできないのだけれども。

 口を緩く結びながら、トールはゆっくりとティシェを見た。

 対してティシェは、変わらぬ常の表情でいつもように答える。


「私は分ける必要性を感じなかったからな、だから一部屋でいいと言った。普段から野営する際も一緒なのだから、私とお前は気にしない仲だとケイトに言えば、そーいう仲なのかと納得した様子だったぞ」


 さらりと答えれば、トールはほんのり色付いていた頬を今度はしっかりと熟れさせた。


「…………たしかにそーいう仲かもだけど、そーいう仲じゃないじゃんっ!」


 トールが身を乗り出し、思わずといった様子で叫ぶ。

 ティシェは騎乗中に身を乗り出すのは危ないぞ、と口にしようとしたが、その前にアーリィがわざと身体を揺らしてトールの姿勢を正させる。

 トールは口をへの字にして姿勢を正したが、すぐに足でアーリィへ合図を送った。アーリィはそれに従い、飛ぶ速度を上げてグローシャの先を行ってしまう。


「トール?」


 突然の彼の行動にティシェは首を傾げた。

 けれども彼の行動はそれきりであり、何度かその背に声を張って呼びかけてみたが、振り返ることはなかった。


「なんだ、あれは」


 ぽつりと呟けば、グローシャが顔だけで振り向いた。けれども、何も言わぬままに軽く嘆息して前を向く。


「なんだ、お前まで」


 竜がどこまで人の感情の機微を感じ取れるのかはわからないが、わりと敏感に感じ取れているのだろうなとは、付き合いが長ければわかってくる。

 皮膜を打つ音がした。カロンはどこか嬉しそうで楽しそうで、アーリィを追いかけるためにグローシャを抜いて行く。

 グローシャも遅れぬようにと、飛ぶ速度を少しだけ上げた。

 ティシェはその竜の背で言葉をこぼす。


「私はお前を大事にしたくて、お前も私を大事にしてくれるんだろ? ならばそれは、そーいう仲だろうに」


 なにを当たり前のことを、と。ティシェにはやはり、何を気にしているのかはわからなかった。

 そーいう仲だが、そーいう仲ではない。けれどもやっぱり、ティシェとトールはそーいう仲だ。

 まだこの関係がどこに行き着くのかはわからないが、今はそれだけで十分だ。

 口の端をやわく持ち上げ、小さく笑った。

 ばさりと羽ばたく音を空に響かせ、三頭の竜は二人を乗せて空を駆けていく。




 これは、旅と旅の間に紡がれた休息のひとこま――旅の一頁である。そして、星を追う旅のはじまりである。

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