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少女と竜は今日も旅をする。  作者: 白浜ましろ
星の章 Episode 1.繋ぎ紡いだ縁のその先を
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願いの本質


 夜も深まり、皆が寝静まる頃。

 ケイトも眠ってしまったのだろうか。先程まで聞こえていた物音が、いつの間にか聞こえなくなっていた。

 部屋にも隣から寝息が聞こえ――てはいなかった。

 あれ、と思い、ティシェは閉じていた目を開けた。

 聞こえるのは、ラッフィルの微かな息づかいと、部屋の薄闇のどこかに潜んでいるであろうカロンの息づかい。

 そろそろ寝ようと寝台に入るも、なかなか眠ることもできずに目を閉じていただけだったのだが、そういえば隣から寝息が聞こえない。互いに寝台に入ってしばらく経つのに。

 間に立てた衝立を見る。卓に置いた灯竜灯の灯は落とされ、薄暗くほんのりと部屋を照らしている。

 身を起こすと、普段は肩口で束ねている白銀の髪が肩から落ちた。

 肩口で揃っていた長さは、いつの間にか鎖骨辺りまで伸びている。

 その髪先をなんとなく見やってから、ティシェは寝台から身を乗り出すようにして、隣の寝台を衝立越しに覗き込んだ。


「――……ぅわっ」


 瞬、声が上がる。

 ばっちりとトールと目が合い、ティシェが声をかける前に彼の方から声が上がった。

 ぼんやりと天井を見上げていたらしいトールが、鳶色の瞳を見開いてしばし硬まる。

 ティシェもまさか驚かせるとは思っていなかったために、どうすればいいのかわからず、とりあえず乗り出していた身を戻した。

 トールはややして息を吐き出し、のっそりと起き上がった。


「……びっくりした。眠れない?」


 互いに起き上がってしまえば、衝立の上から互いの顔が見える。


「いや。寝息が聞こえなかったから、まだ起きてるのかと思って……驚かすつもりはなかったんだ、すまない」


「つまりは眠れないってことだね」


「……そう、とも言うな」


「何か気になることでも?」


 小さく首を傾げるトールに、ティシェはそっと呟く。


「……星がな」


 そう呟きを落として、今はカーテンで閉ざされた窓を見やった。


「ケイトの話が気になって」


「枯れたと思われた鉱山から、また質のいい石が採れるようになったっていう話のこと?」


 トールも同じように窓を見やる。

 カーテンの向こうでは、今でも夜空に灯竜灯の灯をまぶしたように星が瞬いているのだろう。

 部屋をほんのり照らす灯竜灯の灯が、カーテンに揺れる陰影を映す。


「そうだ」


 夜に浸る部屋にティシェの声が落ちた。


「私が水晶の泉を目指していたのは、星願の竜の伝承が残っていると耳にしたからだ。この街を訪れ、実際に鉱山を目にした時には、伝承というのは『鉱山』のことかと思ったが……」


 誰かが星に願い、その願いに応えたかの竜が鉱山を生み出した、と。

 だがそれが、ケイトの話を聞いて違うのかもしれないと思った。


「前にちらりと話したことがあったかもしれないけど、ティシェと旅をする前は、星落つる跡地の近くを通れば立ち寄ってたんだ」


 立ち寄った数はそんなに多くはないけど、とトールはティシェを見る。

 鳶色の瞳の中で、側の灯竜灯の灯が踊っていた。


「そういった類の話とか伝承って、あの鉱山だけじゃないんだよね」


「そういった類というのは……()()何かが成せるようになったとか、そういう……?」


 例えば、枯れたはずの鉱山でまた石が採れるようになったとか――。

 口を引き結んでトールを見つめるティシェに、彼は頷きをひとつ返した。


「いくつか耳にしたことある中からティシェでも知っているとすれば、僕と君が旅をするきっかけになったあの泉かな」


「静養にいいと聞いて、負った怪我を癒やすために私達が訪れたあの泉か」


 狂った物と対峙し、ティシェもグローシャもカロンも怪我を負ったあの時、対応してくれた騎士隊から教えられた静養の地。

 そこは星の瞬きにも似たきらめきが底から沸き上がる、不思議な泉だった。


「あの地はかつて戦場だった。それも何度も繰り返されて、疲れ果てて荒れた土地だったみたい。草木も茂らないほどにね。なのに、今は緑に茂ってる」


 泉の周囲は、木々が枝葉を伸ばして半球状に覆われていた。

 あそこまでたどり着くのに緑が生い茂り、少し苦労したのも覚えている。

 それが、かつては荒れた土地だった、と聞かされても信じがたいには信じがたいが。


「だが、あの時トールは『みたい』と言ってただろう。記録はないとも。なれば、誰もそのかつての土地の姿など知らない。あそこまで森が成長するまで、静かに途方もなく過ぎただけという――」


「話なのかもしれない。でも、泉に星願の竜の残滓が残っているのは事実だ。癒やす効能があるのも事実――じゃあ、その癒やしの効能は誰のためだろう」


「それは、かつては戦場だったというのならば、その戦いで傷ついた者達が自身を治すため、に――……」


 そこでティシェの言葉が途切れた。蒼の瞳を瞠り、トールを凝視する。


「もしかして、対象は()ではない……?」


「かもしれない、ってだけだけどね。もしかしたら、対象は()()だったのかも、てね。星に願ったその人は、荒れた土地を豊かにしたかったのかもしれない」


「では、あの鉱山は」


「昔の誰かが、ただの()()()()にして欲しいって願ったんじゃなくて、永続的な()()()()()を願ったのかもしれない」


 僕の単なる推測だけど、とトールは肩をすくめた。


「他の星落つる跡地だって、森の実りが良くなったとか、定期的な川の氾濫で土地を追われていたけど、星のおかげでまた人が暮らせるようになったとか、そういう逸話は多いんだ。ただそれらは――」


「記録としては残っていない、ということか」


「うん、そう。あくまで口伝だから」


 静かに言葉を引き継いだティシェに、トールはこくりと頷いた。

 しばし沈黙が降り積もる。

 ゆらゆらと揺らぎを見せる灯が部屋の陰影を揺らす中、ティシェがぽつりと呟いた。


「……星願の竜は、本当に叶えているのだろうか」


「それはどういう意味?」


 トールの問いに彼を見やる。


「私の感覚の話になるが?」


 これは星願の竜と対峙して感じた、ティシェの感覚の話だ。

 それでもいいのかと問い返せば、構わないよと彼は頷く。


「僕の話だって、あくまで推測の話だから」


「……あの夜、気付けば私達は外に居たわけだが」


「そのあたりのこと、僕はちょっと記憶があやふやだけど、星願の竜のおかげなんだよね……?」


「そうだ。かの竜は私が願ったからという口ぶりだったが、私としては随分と己の感覚で語っている印象を受けた」


 今振り返っても、ティシェにはやはりわからない。

 いつ自分が願ったのか、いつ請うたのか。


「……都合よく、願い、と捉えている気がして」


 御伽噺と謂われる竜。星をまとい、願いを叶える竜。

 ティシェが抱いた疑問は、その根底を揺るがすかもしれないものだ。

 なんだが畏れ多い気もして、ティシェは思わずトールから目を逸らした。

 けれども、続いたトールの言葉に顔を上げる。


「それは、あるかもしれないね」


 さらにそれが同意するものだったから、ぱちりと蒼の瞳を瞬かせた。

 ティシェの顔を見たトールが、少しだけ苦く笑う。


「だって、僕の単なる呟きが僕の願いにされちゃったんだよ? もうそんなのって、あの竜が持つ自分の感覚で『願い』にしたってことじゃん。……そこに僕の意志は関わってない」


 ()の竜、ではなく、()の竜、と彼は星願の竜を指した。

 それだけのことだったけれども、彼の心中が垣間見えた気がして、ティシェは目を伏せる。

 自分があの時に願わなければ、彼は今でもあっち側で――。


「――誤解はしないでね」


 その声に、沈みそうになった気持ちと、深みに陥りそうになった思考が引き上げられる。

 顔を上げれば、真剣味を帯びた眼差しが向けられていた。

 そしてティシェを見やると、ふっとそれが和らいだ。


「こっちには連れてこられた形ではあったけど、アーリィやラッフィル、それにティシェに会えたことに関しては、連れてきてくれてよかったなって思えることだよ。素直にあの竜にお礼が言えるかは別問題だけど」


「……それでも、幼い私が願ってしまった『願い』については、確かに私自身が望み、かの竜に願ってしまったことだ」


 それについて考えると、未だに自責が拭いきれずに心の奥が鈍く痛む。

 泣くのはずるいと思うのに、勝手に視界がぼやける。

 トールに見せるわけにはいかないと顔を背けた。

 熱を帯び始めた目頭に、溢れそうになる予感に、それが落ちる前に手の甲で乱暴に拭う。

 そうしていると、隣で気配が動いた。

 ぎしりと軋む音。とたと歩く音。そして、また軋む音。

 ティシェの寝台が揺れる。拭っていた手を止められた。

 はたと、目からそれがこぼれるままに顔を上げる。

 気付けば、彼の方へと引き寄せられていた。

 彼の、トールの肩に顔を埋めると、彼の手が優しく頭を撫でる。


「……すまない」


「いいよ」


 ティシェが何に対して謝ったのか、トールはきっと解ってはいないだろう。

 何に対して謝を口にしたのか、ティシェ自身にだって解っていない。

 もしここで問い返されても、答えることはできなくて困ってしまう。

 彼がそこまで察してくれたのかはわからないが、それでも、彼のその一言はティシェの心を軽くした。


「僕の痛みは僕のもので、君の痛みは君のものだ、なんてお互いに言い合ったりしたけどさ、しんどい時には、一緒に持つことはできるんじゃないかなあ、なんて思ったんだけど、どう思う?」


 一緒に抱える、のではなく、一緒に持つ、と言うところが彼らしいなと思った。

 抱えるということは、それを内に入れるということだ。

 内に入れてしまえば、それぞれの痛みはそれぞれのものだ、と言ったことを違えてしまうことになる。

 だから、抱えるのではなくて持つのだ。


「……私も前に、頼ればいい、と言ったことがあったな」


「それから、気持ちを見せてくれ、ともね」


 ふふっとトールが小さく笑った声が、ティシェの耳をくすぐる。

 それが心地よく、それを感ずることのできる今の距離感がよくて、ティシェは身を寄せるように、さらに彼の肩へ顔を埋めた。

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