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少女と竜は今日も旅をする。  作者: 白浜ましろ
星の章 Episode 1.繋ぎ紡いだ縁のその先を
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星が流れたから


 水桶を持ったトールが外へと出れば、夜風をふうわりと肌に感じた。

 森の空気を薄らと感じ、トールの肩に留まるラッフィルが、ピィ、と小さく鳴く。それに小さく笑って空を見上げた。

 空は夕食の間にすっかりと夜へ塗り替わり、星々が瞬いている。

 よいしょ、と水桶を下に置くと、張った水がちゃふんと揺れた。

 直接外と通じている炊事場の戸口から、ティシェが顔を出す。その手には重ねられた木皿がある。


「皿を持ってきたが」


「ん、ありがとう。そこに置いてもらっていいかな」


 トールが指し示したのは、戸口の直ぐ側に置かれた台。

 ティシェは重ねて持ってきた木皿をそこへ置く。


「洗い物はまかせてもいいだろうか?」


「うん、まかされた」


 とんっと笑って胸を叩くトールに、ティシェは小さく笑う。


「では、卓の片付けは私にまかせてもらおう」

 

「うん、まかせた」


 そう言ってトールが手を持ち上げるものだから、ティシェは一瞬きょとりとするも、その意図をすぐに察してティシェも手を持ち上げた。

 ぱんっ、と軽い乾いた音が響く。ラッフィルが驚きで、ピッ、と小さく鳴いた。

 手を互いで打ち鳴らして笑い合うと、ティシェは炊事場の方へと戻っていった。

 その背を見送り、トールは皿を洗うためのタワシ――蔓植物の果実の乾燥させ、皮や果肉を取り除いたもの――を片手に持つと、水桶の前に座り込み、置かれた木皿を取って洗い始める。


「……すっかり慣れちゃったものだよね」


 肩のラッフィルが不思議そうに首を傾げた。


「だって洗剤なしの洗い物なんて、油汚れどうするのとか、感覚的な違いに、なんかいろいろと気持ちが落ち着かなかったんだけど」


 石鹸は高価ゆえに、日常生活においてあまり馴染みがない。貴族などの富裕層ならば馴染みはあるのだろうが。

 せっせとタワシで木皿を洗う己の手元を見下ろし、トールは苦笑する。


「これで案外汚れは落ちるんだよね」


 タワシをきゅっと軽く絞って、洗い終わった木皿を水から引き上げた。ぽたぽたと滴がしたたる。

 ラッフィルに見せるように傾けると、指の腹を木皿の内側で滑らせた。


「ほら、油汚れも落ちてるでしょ?」


 だが、見せられてもラッフィルにその良し悪しはわからない。

 ピィ、と鳴いた彼の声の調子が上がる。疑問符をつけたような声だった。


「ははっ、わかんないか。そうだよね。いいんだ、それで。僕ももう、あんまり違いは気にしてないから」


 ラッフィルの身体が揺れる。それはトールが身体を揺すって笑っているから。


「気にしなくなるくらい、僕の中で馴染んで普通になってるってことなんだろうなぁ」


 ぼんやりと夜空を見上げ、トールは夜の空気に溶かすようにそう呟いた。




   *



 

 水桶の水を街の定められた場所に流し、空になった桶を籠代わりに洗い終えた木皿を入れて戻る。

 桶を抱えてトールが炊事場に入ると、どんっと目の前に突き出されたそれに鳶色の瞳を瞬かせた。

 ピィ、と肩に留まったラッフィルの声がその場に抜ける。


「えっと……?」


 戸惑いを瞳に滲ませ、差し出されたそれを見つめる。

 それが炊事場の片された調理台に改めて置かれた。ちゃり、と何かを擦った音がする。まるでそれは。


「賃金さね」


 それを置いた主――ケイトが言う。

 やはり、金の入った袋だった。


「賃金って……夕食の後片付けの手伝い賃にしては、多くないですか……?」


「話はそれを戻してからさ。水桶は重い上に、皿が多いと何往復かしなくちゃならないし、男手があるのはありがたいんだよ。ありがとさね」


 先に居間に行ってるよ、とケイトが袋を持って炊事場を出て行く。

 そして、入れ違いにティシェが入ってきた。彼女は戸口で廊下を振り返る。


「さっきそこで、ケイトが話があると」


「あ、うん。これを戻してからだって僕もさっき言われた」


 二人は顔を見合わせて首を傾げつつ、片付け作業に取り掛かるのだった。





 居間の卓に着いた二人は頭を突き合わせ、ケイトに渡された袋を覗き込んでいた。

 ちゃり、と擦れる音を立てるそれは、紛うことなき金だった。

 二人はそっと顔を上げる。


「手伝い賃にしては多いと思うんですけど」


 トールの言葉にティシェも頷く。ティシェも口にしようと思っていたことは同じだ。

 二人の対面に座るケイトは、腕を組んで呆れたように息を落とした。


「手伝い賃なわけないだろう。これはあんたらが働いてくれた分――謂わば報酬だよ。街の連中からのね」


「だがそれは、滞在費や医者の訪問費で――」


「言っただろう? 想定以上に働いてもらってるって」


 つまりはこれは、滞在費や訪問費では振り返れなかった分ということだ。

 じぃと卓に置かれたそれを見つめる。


「こんなにか……?」


「こんなにさ」


 その多さにティシェは思わず確認してしまうも、ケイトに断言されてしまう。


「あの鉱山には、もう何十年も奥までは入ってなかったんだ。調査のためには装備の用意はもとより、そのための事前調査も必須だねぇと、街の連中で話し合ってるところだったんだよ。場合によっては、領主さまのとこに話を持っていかなきゃなんないねぇって。街には専門の人はいないから」


 ケイトの言に、隣のトールが納得した様子でなるほどと頷く。

 何がなるほどなのかとティシェは小さく眉を寄せるも、トールは他に気になったことがあるらしく、別のことを訊ねる。


「何十年も奥には入っていなかったんですか?」


 トールの驚きを含んだ問いに、ケイトはそうさと一つ頷く。


「もうずっと、あの鉱山からは屑石しか採れてなかったんだ。そりゃ、わざわざ奥までは行かないさね。必要分の灯煌石はよそから取り寄せて仕入れてたさ」


「それをどうして、今になって奥を調査しようと?」


「星が流れたからさね」


 ケイトの言葉に、二人は小さく目を瞠った。

 だが、二人の様子にケイトは気づかなかったようで、彼女の話は続く。


「街のじいさんばあさん連中が言ってたんだよ。昔、それこそあたしが生まれるよりも前、あの夜と同じように星が流れた夜があったらしいんだ。そのすぐあとさね。とうに枯れたと思っていた鉱山から、質のいい灯煌石が採れるようになったと言うじゃないか」


「今みたいに、か……?」


 そっと訊ねたティシェに、ケイトは、そうさね、と少し興奮気味に答える。


「そんな話があったからねぇ、じゃあ今回はきちんと調査に入って、今後のために記録に残そうじゃないか、となったわけさね」


 まぁ、そしたら本当に質のいい石が採れるじゃないか。街としても沸くもんだよねぇ。

 と、ケイトはうんうんと一人頷いている。

 だが、ティシェとトールはちらりと互いを見やり、なんとも言えぬ表情を浮かべていた。

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