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少女と竜は今日も旅をする。  作者: 白浜ましろ
星の章 Episode 1.繋ぎ紡いだ縁のその先を
85/90

ごめんねと、ありがとうも


   ◇   ◆   ◇




 夕食を終え、夜のはじまりの時間帯。

 家々から灯りがもれでる中、ティシェとトールの二人は並んで街の大通りを歩いていた。

 夏も勢いをつけてきたとはいえ、周囲を森に覆われたこの街は、夜には森で冷やされた風が吹き込み、過ごしやすい温度に包まれる。

 ティシェもトールも近頃は、ティシェは脱いだつなぎの上部を腰で結んだ半袖姿、トールも同じく半袖にベストを着た姿で過ごすことが多い。

 竜を連れた二人が街に滞在しているという話は、大きくはないこの街では、一週間と少しもあれば街人に広まるには十分な期間だ。ゆえに、訪れた当初は髪を隠す意味合いで頭巾(フード)と外套を頭に被っていた二人だが、今はもうそれも必要ないだろうと被ってはいない。

 今も湿気を帯びた夜風が、ティシェとトールの白銀と黒の髪で遊びながら二人の間を吹き抜けて行った。

 夜の空気に靴音はよく通る。

 大通りに沿って建ち並ぶ民家から、住人の話し声がもれ聞こえてくる。どこからか漂ってくる美味しそうな匂いは、建ち並ぶ家々からの夕食の匂いだろうか。

 吹き抜けてくる森からの夜風に、大通りの街路樹が揺れた。

 そんな暮らす人々の気配を感ずるあたたかな夜。二人はそれぞれ、紙に包んだそれを両手に抱えて街の外へと向かう。

 包みからするのは、これまた別の美味しそうな匂いで、夕食を終えて腹は満たされているはずなのに食欲を刺激される。

 どこかの影に潜んでいるであろうカロンが、カロロと物欲しそうな声をもらした。

 だが、すでに夕食を腹いっぱいに平らげている彼は、ティシェにだめだとたしなめられている。

 そのやり取りを横目に、香草焼きかなあと、口内に唾液が滲むのを自覚しながら、トールは隣のティシェを振り向いた。


「――で、ティシェは何かしたいことある?」


 その問いに話の流れを察したティシェは、考えを捻り出すように視線を大通りへと落とす。

 ケイトとの夕食を終え、食器類の片付けの手伝いも終えたあと、ティシェとトールはケイトから言い渡されてしまった。


「明日から休め、と言われてもな……」


「だよね。僕にも休めって言われるとは思わなかったし」


 トールは視線を前に戻して言葉を続ける。


「僕としては、ずっと寝込んでたからそろそろ身体動かしておこうかなって、慣らしのつもりで店の手伝いをしてたからなぁ。あれも仕事と思われてたなんて……」


 働き分は何かの形で還元できるように見当しとくよ、とのケイトの言葉に、トールは「え、あれ仕事カウントだったの……?」と思わず言葉繕うことなく素で返してしまい、意味が伝わらなかったケイトに首を傾げられてしまった。


「気を遣わせちゃって、悪いことしたなぁ」


 その時のやり取りを思い出し、トールは苦笑をもらした。

 それからはぽつぽつと、日中は何をしていたのかと二人で言葉を交わしながら歩いていく。

 ティシェはまかされた仕事の様子を、トールは起き上がれるようになって、暇で伸びてきた髪を整えたことなどを語っている間に、ほどなくして関所の前に着く。

 まだ夜のはじまりの時間帯だ。関所の門は閉められる時間ではないが、二人が関所に近付くと、中から灯籠を手にした見張り番が姿を見せた。

 見張り番は灯籠を持ち上げ、夜闇の中からティシェとトールの姿を照らし出すと、ああ、と声をもらした。


「あんたらか」


「外に出ても構わないか?」


 ティシェが問えば、見張り番は「構わんよ」と軽く笑って答える。


「いつものなんだろ?」


「ああ、竜達に夕食だ」


「あ、そうだ。これ、よかったら」


 トールが抱えていた紙の包みを一部めくると、この場にほわんと美味しそうな匂いが立ち上った。


「香草焼き……肉、か?」


「ケイトさんからです。少し多めに包んできたので、お夜食にどうですか――っていうには、まだそんなに夜も更けてないんですけど」


 包みの中を覗き込んだ見張り番の顔が、それは嬉しそうに崩れる。


「まだ温かそうだ」


「冷める前によかったら」


 トールがあらかじめ切り分けられていた肉の香草焼きを包みから取り出し、ティシェがそれを別で持ってきていた紙に包む。そして、その包みを見張り番の彼に差し出せば、彼は有り難いと笑顔で受け取ってくれた。

 ほくほく顔の見張り番と礼を交わして別れ、二人は関所を抜けた。




 街の外へと出ると、真っ直ぐ街から伸びる街道を逸れ、街を囲う外壁に沿って歩を進める。

 適当なところで足を止めれば、ばさりと羽ばたきの音がしたのはすぐだった。二頭の竜が舞い降りる。

 待ち構えていたかのようなその頃合いに、ティシェとトールは苦笑した。


「待っていたな」


「君達、これ気に入ってるもんね」


 二人が抱えていた包みを持ち上げると、グローシャとアーリィは鼻先を寄せ、ふんふんと鼻息を荒くする。

 グローシャに至っては、もう待てないとばかりに口先で包みを開き、肉の香草焼きを一切れ咥えてぱくりと口に入れてしまった。


「お前はまた……食い扶持だけは……」


 小言をもらすティシェは気にせず、グローシャはもう次の一切れに手を――否、口を伸ばしている。

 乏しい表情下ながらに、ティシェの顔が渋面になる。

 その横ではトールがくすくすと肩を震わせて笑う。


「実際に美味しそうだし、グローシャの気持ちもわかるよ」


 と。そんなトールの頭に重さが乗った。

 フルルと不機嫌な声が落ち、トールはごめんごめんと包みを開く。

 彼の頭から顎を離したアーリィは、一度グローシャを一瞥してから、丁寧に肉の一切れを咥えて口に入れる。ゆっくりと咀嚼し、ふうと鼻から息をもらす様は、じっくりと味わっているように見えた。


「美味しい?」


 フルッ。トールの問いに短く応え、次の一切れに口を伸ばす。


「今日は鶏肉の香草焼きだって。……いいなぁ」


 目の前で広がる美味しそうな匂いに、ついトールは口内で滲む唾液を飲み込んだ。

 が、そんな些細な動きに気付いたアーリィが、天色の瞳を細め、次の瞬間にはトールから包み事肉を奪取する。そして彼に背を向けて食事を再開させる。

 トールは何もなくなった己の腕の中を見、えぇぇ、と声をもらした。


「いいなって思っただけで、べつにちょうだいとか言ってないじゃん」


 思わず抗議すれば、ややしてから紙の包みだけを返された。

 ふんっ、と鼻を鳴らされ、アーリィは飛び立って行く。

 飛び去る彼女を見上げ、トールは呆然とする。


「なに、あれ。ちょっとこの頃の態度あれじゃない?」


 紙の包みをたたみ、トールは息を落とした。

 その様子を横で見ていたティシェは、肉を食べ終えて顔を寄せてくるグローシャを構いながら「明日」と呟く。


「明日、竜達と飛びに行かないか?」


「え、明日って……明日何しようかって話の続き?」


 そうだ、とティシェはトールに一つ頷いた。


「何かしたいことはあるかと訊いてきただろ? それとも何か、トールには用事があったか?」


「いや、それはとくにないけど。でも、なんで急に?」


「それがいいと今思ったから。トールの病み上がりの()()()()とやらになるし、それに……」


 ティシェはグローシャに目を向ける。ん、なに、とグローシャは小首を傾げた。

 そんな彼女の顎をするりと撫で、ティシェはまたトールを見やった。


「体調が快復してから、まだトールはアーリィと飛んでいないだろ?」


「あ……」


 トールも何かに気付いたように声をもらす。


「本当に大丈夫なのか、アーリィも測りかねているんじゃないかと思う」


「……そういえば僕、まずは体調戻さなきゃって思って、それから星願の竜のことも考えたいことがあったから、アーリィのこと後回しにしてた」


 まだ彼女に、もう大丈夫、を伝えていなかった。


「もう大丈夫だよって、アーリィに言わなきゃだよね。心配させてごめんねと、ありがとうも」


 アーリィの飛び去った夜空を見上げるトールに、ティシェとグローシャは顔を見合わせて静かに笑った。

 

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