少女達と竜は今日も仲良し
切り立った峰々が高くそびえ、その山群へと伸びる轍道にティシェ達の姿はあった。
麓の草原に続くその轍道は、この先の村で暮らす人々が日常的に使っているのだろう。遠目に地竜が引く荷車が見えた。
山群を背にした麓の村。緑の草原と背後の岩壁の対比が目を見張る。
「のどかな場所だな」
頭巾を被ったティシェが、少しだけそれを持ち上げて視線を上げた。岩壁の照り返しに目を細める。
畑が段々になった段々畑も見ることのできる草原は、まさにのどかと感ずる風景だ。
遠くからはカウベルの音も聴こえ、牛がどこかで放牧されているのだろうか。
隣を歩くトールもまた、被った外套から風景を眺める。
「本当だね。山から吹き降りてくる風も涼しいし、麓の村で宿がみつかるといいけど」
そう言って、彼は空を仰ぐ。凪の静かな空気が頬を撫でる。
遮るものもなく、雲もまばらに晴れ渡った空は気持ちいいが、夏をまとい始めた陽射しはじりじりと強い。
日除けにそれぞれ頭巾と外套を被るも、頬や背にたらりと伝う汗の存在には気付いている。
けれども、時折山から吹き降りてくる冷やされた風が、その不快感を少しばかり和らげてくれていた。
点在する背の高い木々の梢の音を耳にしながら、しばしその心地に感じ入った。
ここが谷に位置する場なため、風の通り道でもあるのかもしれない。
「もういっそ、取ってしまうか」
ティシェが頭から頭巾を取る。
やっと息継ぎができた言わんばかりに、ぷはっ、と小さな吐息が彼女からもれた。
隣でトールが息を引く。なんか、かわいいかも、と思うと同時に、トールは胸奥が疼いた気がして、思わず手で胸元をさすってしまう。
そして、すぐにはっとする。
「……いやいや、何が疼いたのさ。ちょっと冷やそう、何かを」
トールも被っていた外套を取る。頃合いよく風が吹き降り、身にまとう外套をはためかせた。
「トール? どうかしたのか」
「ううん。なんでもないよ、ティ……シェ」
少しだけもごついたトールの顔をティシェが覗き込み、その蒼の瞳をぱちくりと瞬かせる。そして、ゆっくりとその瞳を細めて笑った。
「いいよ、ティシェで」
「う、うん……じゃあ、ティシェ、で……」
お願い、します。とトールはティシェから目を逸らす。
ティシェはそんなトールを気にする様子もなく、彼の先を歩く。けれども、その彼女の足取りがいつもよりも少しだけ軽やかな気がして、機嫌がよさそうにも見えた。
些細な違い。でも、それが判るようになった自分にも、トールは正直に驚く。
確実に起こった自分の内面の変化。戸惑いがあるのもわかってはいるが、嫌じゃない。それだけ解っていれば、今はいいような気がした。
と。遠目に見えていた荷車が近付いていることに気付く。
「ティシェ、端に寄ろう」
先を歩いていたティシェの手を引いて道の端に寄ると、トールは彼女の反対側に位置取る。
太い四肢ゆえか、どすと重さある地竜特有の足音が響き、その合間をからからと荷車の車輪の音が絡まる。
地竜が引く荷車には鍬や堆肥などが積まれており、地竜の背に麦わら帽を被った農夫の姿があった。
「お前さん、少し停まろうか」
農夫がべちべちと地竜のおうとつある鱗を叩く。
わりと強い音がしたが、これくらい強く叩かなければ地竜は気付かないのだ。
んー、とゆっくりとした動作で地竜が農夫を振り返り、んーしょ、と声が聞こえてきそうな緩慢さで足を止めた。
ふぅー、と地竜の鼻息で側の草が揺れた。
農夫が麦わら帽を取って会釈する。白髪交じりの髪が風に揺れた。
「やあ、旅人さん」
「こちらこそ。麓の村の方ですか?」
トールがティシェの前に出、にこりと笑顔を浮かべて会釈を返した。
ティシェもトールの後ろで小さく会釈する。ここはこういった場に慣れているトールが適任だろうと、ティシェは少しだけ離れた。
「ああ、そうだよ。こんな麓に旅人さんが来るのも珍しいからね、ついつい足を止めてしまったよ」
朗らかに笑う農夫の空気と、のどかな麓の風景はどこか同じように感じられた。
「旅人さんはどこから来たんだい? 山越えをするにも、人の足で越えるのは難しかろうに」
「僕達は空越えで少しずつ」
「ん、空越え……?」
聞き馴染みのない言葉に農夫が首を傾げた時、空から二つの影が彼らの上に落ちた。
ばさり、ばさり。被膜と翼の羽ばたく音。農夫が空を仰いで目をまん丸にした。
ぬぼぉとしていた地竜が顔を上げ、トルルゥと同胞を歓迎する声を上げた。
ピルルゥ、フルゥ、とそれぞれの応えの声と共に、グローシャとアーリィが空から舞い降りる。
そして、最後にすいっと余分に旋回をして、ラッフィルがトールの肩に留まった。
心なしか、胸を張っているように見えるのは気のせいだろうか。
ちなみにカロンはティシェの影から顕現すると、彼の存在に気付いた地竜から、鼻先を押し付ける挨拶をされていた。
「はぁあー……これは驚いたね」
まあるくした目に、口を開けていた農夫は、やがてくしゃと笑うと、あはっと声を上げて笑う。
「空の旅人さんだったのかい。いや、竜が並ぶと壮観だ。……なるほど、自然竜かぁ」
納得げにうんうんと頷く農夫に、ちょっと退屈な様子のアーリィはトールの頭に顎を乗せた。
のし、と重さをかける彼女に、トールは農夫に向けた笑みはそのままに小さく呻く。
一方のグローシャは農夫と地竜に向け、ピルッ、と挨拶をしっかりとし、アーリィへ社交性を見せ付けていた。
カロンはカロンで、きちんと地竜に挨拶を返せたようで満足げな様子だ。
「ははっ、仲が良さそうだね」
「仲は悪くないと思います」
トールは重さをかけるアーリィを手で押し退けながら、けれどもアーリィが抵抗する中で「ところで」と話を切り替える。
「麓の村に宿はありますか?」
「宿かい? そうだねぇ、あまり旅人さんも訪れないような村だから、ないといえばないかな」
「……そうですか。わか――」
りました、とトールが言葉を返す前に、農夫が話を切り込んできた。
「けど、お願いを聞いてくれたら、泊まるところの提供はできるかもしれないかな?」
トールは瞳を瞬かせる。彼の反応を敏感に察知したアーリィも抵抗を止めた。
トールが窺うように後ろのティシェを振り返る。
振り返られたティシェも話の行方が見えなく、首を左右に振った。そして、二人して農夫を見やる。
二人の視線を受けた農夫は、楽しそうでありながらも、朗らかに笑うのだった。




