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少女と竜は今日も旅をする。  作者: 白浜ましろ
旅の章 Episode 1.傍在るぬくもりに人は何を想ゆるか
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独りと一人


 雨音が遠ざかったことで、ティシェはほっと緩い息を吐き出した。

 けれども、いつもは傍に在る息遣いがないことに改めて気付いてしまう。掛布を抱き込むようにさらに引き寄せる。

 足下で身を丸めていたカロンが顔を上げた。カロロと気遣う声に、ティシェは淡い笑みを浮かべて撫でた。


「大丈夫だ」


 そう告げるも、カロンがじぃーとティシェを見上げる。

 ティシェの奥を見透かそうとする紅の瞳に、やがて根負けして小さく息を吐き出した。


「……グローシャが傍に居ないのは、心許なく思ってしまうな」


 俯き、膝に肘を立てると、額を手の甲をあてがう。


「足元が不安定な感じだ」


 こぼれた声音はなんだか弱々しく聞こえ、情けなさがティシェの中で澱んでいく。

 自分の足でしっかりと立つための強さが欲しいと思った。

 その強さがあれば、かの竜に願うこともなかったのに。あの願いは、願ってはいけなかった。

 薄ら開いた蒼の瞳に、澱んだ翳が差す。――ああ、また足下がぐらつくようだ。

 遠ざかったはずの雨音が耳元で聴こえる。

 と。ぐいっと足に力を感じた。澱んだ瞳が足下に落つる。

 カロカロと声を発しながら、カロンがティシェの足を全身を使って押していた。


「カロン……?」


 瞬く蒼の瞳から翳りが薄れる。ティシェの声に困惑の響きが混ざった。


「支えようとしてくれてるんじゃないかな?」


 トールの声が頭上から落ち、ティシェは顔を上げた。

 支え、と口だけで呟き、カロンへ再び視線を落とす。


「頼っていい、って僕は思うよ」


 トールがティシェの近くに座った。

 アーリィはトールの後ろへ回り込むと、身を伏せて落ち着けあと、片翼を上げて彼を懐に入れる。ふすぅ、と鼻から息をもらし、目を閉じる。

 トールはそんなアーリィを撫でながら、ティシェへ苦笑まじりの顔を向けた。


「僕はこうやって頼りっぱなし。……僕も雨は苦手だよ。とくに雨夜はね。アーリィが居てくれるから、まだ平静を裝えてる」


「……トールも言っていたな。終わりも始まりも、雨で夜だったと」


 カロンに触れながら、ティシェもトールへ小さく浮かべた苦笑を向ける。


「うん。差し伸べてくれる手があるなら、遠慮なくその手を取ってもいいと思うんだ」


 それから、と。

 トールは一度言葉を切ってから、茶の瞳を揺らす。


「独りは、嫌だから」


 (こぼ)れたような声に、ティシェの内の奥がつきんと痛んだ。

 トールの持った声の響きを、想いを、痛みを知っている――気がした。

 ああ、自分たちはどこまで似ているのだろうか。

 カロンを撫でる手がいつの間にか止まっていたようで、彼が自らその手を頭に乗せさせる。その手を再び動かしながら、ティシェは静かに言葉をもらした。


「そうだな。私も、独りは嫌だ」


 けれども同時に、でも、とも思うのだ。


「だが、一人の強さは、やっぱり欲しい。一人で立つ強さは」


 ティシェは傷を舐め合いたいわけでも、誰かに寄りかかりたいわけでもない。


「私は隣で並び立ちたいから」


 トールの口から息がこぼれる音がした。

 アーリィの羽毛に沈んでいた身体を起こし、トールはティシェに問いかける。


「怖く、ないの?」


「怖い……?」


 カロンを撫でる手が止まり、ティシェはトールを振り向く。

 トールの瞳に傷ついた色が見えた。


「だって、それまで積み上げてきたものが壊れるかもしれない。――壊されるかもしれない」


 目を閉じていたアーリィが天色の瞳を覗かせ、懐に抱えるトールを引き寄せる。フルルゥと鳴く声は、彼を元気づけているようにも、甘えさせているようにも聴こえた。

 その様子をティシェは静かに見守る。トールに傷つく何かが遭ったのは察せられたが、それに踏み込めるだけの関係性はまだ築けてはいない。

 だから、今のティシェが言えることは。


「隣に並び立てれば、相手より一歩先を行き、振り返って向き合うことができる。そうすれば、話ができるかもしれない」


 トールがティシェを見る。


「話ができなくとも、相手より先を行くことも、それこそ違う道を行くこともできる」


 ティシェは小さく笑って、トールへ改めて告げた。


「だから私は、一人で立つ強さが欲しい」


 トールはティシェを見つめながら、眩しいものを見るように目を細め、それから同じように小さく笑った。

 そうだね、と小さな頷きを返しながら。

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