少女と青年と竜は旅の仲間
朝の空気が揺らいだ。竜達が目を覚まし、顔を上げる。
その気配に、壁に寄りかかって座っていたティシェも静かに身を起こした。
竜達の視線が宿舎と竜舎との区画を繋ぐ扉に向けられ、グローシャのまとう気配が少しだけ尖る。
警戒というよりも緊張。些細な変化に敏感になっているようだった。
ティシェも少しだけ緊張した面持ちで扉の方へ視線を投じる。
竜達の反応から誰か来るだろうことは予測できるが、まだこちらの竜舎へは誰も来て欲しくはなかった。
ティシェが苛立ちに小さく蒼の瞳を細めた時、アーリィが立ち上がった。
のそりと扉へ向かうアーリィに、ティシェは蒼の瞳を瞬かせる。彼女が動いたということは――ティシェの考えを肯定するように、アーリィがグローシャを振り返る。
フルルルゥ。穏やかなアーリィの声は、緊張するグローシャを宥めているように聞こえた。
彼女は扉の向こうから伝わる気配や音で、やってくる者が誰なのかを逸早くに察知したらしい。
グローシャが緊張を緩めたのを認めると、アーリィは扉の前に待ち構えるように立つ。
ティシェも身体から力を抜いて、緩く息を吐いた。
カロンはグローシャに寄り添い、じゃれるように彼女へ頭を押し付ける。グローシャもそれに応えて、頭を彼へ擦り寄せた。
それからややし、足音が扉の前で止まる。向こうも緊張しているのかもしれない。数呼吸分の間を置いてから、扉ののぶがゆっくりと回る。
「――うっ、わ」
ゆっくりと開いた扉からトールの驚いた声が上がり、その扉の前に立ちはだかっていたアーリィは、ふんっと鼻を鳴らした。
*
「……なんか、アーリィがすんごい甘えてくるんだけど」
ティシェの隣に座ったトールが、顔いっぱいに困惑を浮かべていた。
腹這い姿勢になったアーリィが、彼の頭に顎を乗せている。
その姿はいつも見るものなのだが、いつもと異なるのは、アーリィが両の翼を器用に使ってトールを抱え込んでいることだろう。
トールが少しでも動こうものなら、抱える翼でしっかりと抑え込む。
「がっつりホールドしてくるじゃん……」
諦めたトールが嘆息する。一方のアーリィは満足そうに鼻を鳴らした。
「グローシャも甘えてきたんだ。きっとアーリィもだったんだな。体調がよくないときは心細くなるものだ。……これなら、一緒に来ればよかったな」
「ううん。グローシャに負担をかけたくなかったのは僕も一緒だったんだ。彼女がどう反応するのかわからなかった以上は、ティシェの判断が正解だったよ。僕も状況次第ではすぐに引き返すつもりだったし」
まさかこうなるとは予想してなかったけど、と苦笑をこぼすトールに、アーリィは不機嫌そうに頭に乗せた顎に体重を課す。
トールの首が少しだけ前に沈んだ。
「アーリィ、トールの怪我に障る」
ティシェが横から注意すれば、アーリィはちらりと彼女を見やってから、渋々と課していた体重をなくす。
トールがほっと緩く息を吐いた。
「アーリィだって今は安静にしないとだし、元気になったらまた空に行こうよ」
トールが手を伸ばしてアーリィの頬を撫でれば、それで気を良くしたらしい彼女は、その手に自ら頬を擦り寄せてトールを解放する。
そしてそのまま、のっそりと立ち上がって自分の仕切り部屋へと戻っていく。その背はどこか機嫌が良さそうだった。
解放されたトールは、少しだけさみしげにアーリィを撫でた手を見下ろす。
「デレも唐突だけど、ツンも唐突だね」
苦笑をもらし、視線を上げる。
「でも、よかったよ」
小さく呟かれたそれに、ティシェはトールに視線を向けた。
「何がだ?」
「グローシャのこと」
トールがティシェを見て小さく笑い、二人は揃って身を丸めて眠るグローシャを見やる。
ちなみにカロンは離れたところでラッフィルと遊んでおり、低く旋回するラッフィルをカロンが追いかけるという、追いかけっこのような遊びをしている。
その一頭と一羽を視界の端に収めながら、トールが口を開く。
「僕のこと、警戒されなくて良かったなと思って」
安堵からか、トールは緩く息を吐いた。
ティシェも静かに息を落として口を開いた。
「気配や物音には敏感になっているようだが、それがトールのものだとわかれば落ち着いたようだったな。カロンやアーリィも気遣ってくれた」
「いろいろ敏感になっているのは、それだけ消耗が激しいってことなんだろうね。アーリィも怪我してるし、僕達も元気ってわけじゃないし、やっぱりどこかで療養地の検討つけないと……」
顎に指を添えて視線を落とした彼に、ティシェはそっとその顔を覗き込む。
「それも考えなければならないことだが――」
どうしたのか、とトールの鳶色の瞳がティシェを見る。
「トール、何か用があったんじゃないのか?」
首を傾げたティシェに、トールは「あ、そうだった」と顔を上げた。
◇ ◆ ◇
ティシェとトールが部屋に戻ると、ボワが壁に背を付け、腕を組んだ状態で待っていた。
部屋に踏み入ったトールが思わず、戸口に立ったままで「遅くなってすみません」と口にしてしまうほどに、ボワの顔は厳しかった。
けれども、当の彼は壁から身体を離すと、緊張する二人に軽く手を振った。
「言ったろう、この顔は俺の仕様だ。気を悪くしているわけではない」
そう言った顔はやはり厳しい顔つきのままだったが、ボワは二人に席へ付くよう促す。
ティシェとトールの二人は、促されるままに椅子に腰掛ける。
部屋にあるのは、食事やその他の目的でも利用できそうな程よい大きさの卓と椅子二脚。二人が対面に座れば席は終わりだ。
ボワはどうするのかと視線を向ければ、察した彼はこのままでいいと再び壁に背を付けて腕を組む。
「……そういえば、シロワさんは?」
部屋を見回したトールがボワにそっと問いかける。
彼女の姿どころか、ボワとシロワが持ってきたはずの朝食が盆事なくなっていた。
「朝食が冷めてしまったから、シロワが温め直してくると一度戻った」
「あ……それは、すみません」
「――いや。君達に話があったからちょうどいい」
ボワの蜂蜜色の瞳が一度瞬くと、ティシェとトールの二人を見据える。
空気が引きしまった感じがし、二人の背筋が伸びた。
数呼吸の間ののち、ボワが静かに口を開く。
「しばらく、こちらで療養するか?」
突然のボワの申し出に、ティシェとトールは互いに顔を見合わせた。
これは旅の最中に危険に遭遇してしまった、旅のひとこま――旅の一頁だ。




