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やさしい家族ごっこ  作者: Mariko
爪切り
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6


「姉ちゃん」

 ひと足先に健吾の家を出て、家に向かって歩いていると、陽介が走って追いかけてきた。

「何で先に行っちゃうんだよ」

 怒られるとは思わなかった。

「何でって、陽介の方こそ、もっとゆっくりして来ても良かったのに」

「そういうわけにはいかないよ」

 全然、そういうわけにいくと思うんだけど。

「あんた、健吾に何か弱みでも握られてるの?」

 陽介は昔から健吾に対してやけに従順なのだ。

「別に」

「じゃあ何でそんな健吾の言うこと素直に聞くわけ?」

「そりゃあ、ケン(にい)は明里の兄ちゃんだし」

「自分の姉ちゃんの言うことは聞かないくせに」

 そう言い返したら、陽介は黙ってしまった。

 問い詰めたかったわけではないのだけど。


「あんた、高校どこ受けるか決めたの?」

 受験生の弟に向かってそう尋ねた。

 お母さんに進路をまともに相談しているとは思えない。お母さんは放任主義だし、陽介は反抗期真っ最中だ。

「別に」

 このところ、いつもこれだ。

 ちょっと前までは何でも話してくれたのに、最近は何も教えてくれない。だから、陽介が何を考えてるのか、ちっとも分からない。

「明里ちゃんと同じところ受けるの?」

 明里ちゃんや健吾は知ってるのだろうか。そう思って尋ねてみた。

 そしたら、

「関係ないだろ」

と、怒られてしまった。

 やっぱり陽介のことがよく分からない。

「一人で抱えこまないで、困ったら相談しなね」

 他にかける言葉もなくて、あてもなくそう呟いてみたけど、陽介はそれきりひと言も発しなかった。



 義信さんが作ってくれた夕飯を済ませた後、ピアノの前に座って、鍵盤の蓋をそっと開いた。

 リビングで長らく、畳んだ洗濯物の置き場所になっていたそのピアノは、鍵盤を押すと懐かしい音色を響かせた。

 細見さんに『何とかする』と言ってしまった以上、私が伴奏を引き受けるしかないだろう。小坂先輩はブツブツ言うだろうけど、他にピアノを弾く人がいない現状では、背に腹は変えられない。


「へえ」

 楽譜を見ながらとりあえず最後まで弾き終えた時、横から声をかけられた。

 義信さんが、壁にもたれるように立って、私のことを見ていた。

「澄麗ちゃん、ピアノも弾けるんだ。多才なんだね」

「すみません、うるさくして。合唱部で伴奏することになりそうなんですけど、うまく弾けなくて」

「居候に気を遣うことないよ。そうなんだ、頑張り屋さんだね」

「いや……」

 何としても褒めようとしてくるところが、やっぱりうさんくさい。娘に取り入って、お母さんからより多くの見返りを得ようとしているのだろうか。

 だとしたら、私は騙されない。


「今日は、ここにいるんだね」

 義信さんが、私の後ろに目を移して、ゆるりと笑った。

「何か問題でも?」

 ソファーに座る陽介が、携帯電話を手に、義信さんを睨みつけている。

「あはは、もちろん、何も問題ないよ」

「じゃあ放っといてもらえますか、俺たちのことは」

「陽介」

 反抗的な陽介を軽く咎めた。

 義信さんを怒らせて手を上げられでもしたら、私には守れない。義信さんは割と細身だけど、それでも大人の男だ。とても力では敵わない。

 陽介が勢いよく立ち上がったから、一瞬ヒヤリとした。

 でも、私たちの横をすり抜けて、二階に駆け上がっていった。しばらくして、ドアが乱暴に閉まる音がした。

「すみません」

 陽介の代わりに、義信さんに謝る。

「本当はあんな乱暴な子じゃないんですけど……」

 優しくて、心が繊細で、感受性が豊かな子だ。

「うん、大丈夫、分かってるよ。踏みこみすぎた僕が悪いんだ」

 義信さんが、よりかかっていた壁から身を離して、二階に続く階段に目を見上げながら言う。

「陽介くんも、本当に可愛いね」

 その言葉に、昼間感じた恐怖心が蘇った。

 健吾だけでなく、陽介のことまでそういう目で見ているのかと思ったら、怖くてたまらなくなった。



 一時間ほどピアノの練習をした後、2階にあがって陽介の部屋のドアをノックした。

「ごめんね、姉ちゃん」

 私の顔を見るなり、陽介は謝ってきた。

「ん?何で?」

「あいつと二人にさしちゃっただろ」

 やっぱりこの子は優しい子だ。

「大丈夫だよ私は」

 私に気を遣って、この子が自分を犠牲にしないように。

「だからさ、健吾に言われたからって、さっさとうちに帰ってきたりしなくて大丈夫だからね」


 一番大事な人は誰かと問われたら、私は真っ先に陽介の名前を挙げる。

 ずっと陽介と二人だった。

 お母さんは自由奔放な人で、私たちが小さい頃から、平日は深夜にならないと家に帰ってこなかった。私たちの身の回りのことは、その時々の彼氏に任せていた。お母さんが付き合った人はだいたいみんな優しかったけど、所詮は他人で、だから私はいつも陽介の手を握っていた。 

 側から見れば私が陽介を守ってるように見えただろう。でも、陽介がいたから、私は寂しくなかったのだ。

 

「そっか。俺、余計なことしたね」

「え?」

 陽介はなぜか傷ついた顔をしていた。

「陽介ーー」

「分かった」

 私の声を遮って、陽介は押しつけるように頷いた。

「俺、勉強しなきゃだから」

 そう言って、私を部屋から追い出した。

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