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やさしい家族ごっこ  作者: Mariko
爪切り
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2

 奴の名前は清水健吾。シミズと呼び間違えられることが多いけど、キヨミズと読む。小学校からの同級生だ。

 といっても、同じクラスになったのは今年が初めてだ。

 小学校の中学年頃までの健吾の印象は、ピアノを弾くのが上手な子、というもので、それ以上でもそれ以下でもなかった。ピアノの先生をしている母親に小さい頃から教えこまれていた健吾は、学校で式典とかがある度に、ステージの前でピアノを弾かされていたのだ。

 それがどうして私の犬になったのかというと、話は6年前に遡る。


 私たちが小学5年生の時だった。

 私の弟の陽介(ようすけ)が、健吾の妹の明里ちゃんと仲良くなって、家に連れてくるようになった。

 健吾は昔からシスコンだから、妹の遊び相手が気になったのだろう。ある日、明里ちゃんに付いてきた。


『家族ごっこしよ』


 いつものように明里ちゃんがそう言い出した。

 それは明里ちゃんがうちに遊びにきた時の定番で、私も毎回付き合わされた。最初は、小学生にもなって随分子供っぽい遊びが好きなんだなと思ったけど、理由はすぐに分かった。陽介と夫婦ごっこがしたかったのだ。

 配役は決まって、陽介が明里ちゃんの旦那さん、犬のぬいぐるみが二人の赤ちゃん、私は明里ちゃんのお姉さん役だった。時々、当時うちに居候していた(さとし)さんも巻きこまれて、陽介の会社の上司の役をさせられていた。


『お兄ちゃんは、じゃあ……』

 そこに健吾が加わったものだから、明里ちゃんはしばし考えこんだ。

『お兄ちゃんは、じゃあ……澄麗ちゃんの犬ね!』

 少し悩んだ後、明里ちゃんはそう言い放った。 

 その配役が予想外すぎて、私は思わず吹き出した。失礼だと思いながらも、ツボに入ってしまって、悶絶した。

 後々までその配役を引きずることになるとは、夢にも思わずに。


 それから健吾は、明里ちゃんと一緒にしょっちゅう家に遊びにくるようになった。そのうちに、作曲家だった智さんとも仲良くなって、明里ちゃんがいなくても来るようになった。

 やがて、陽介と明里ちゃんが付き合いはじめて、家族ごっこをしなくなっても、健吾はたまにふざけて私の飼い犬のふりをした。


 でも、中2の冬にーー。


「……らさん。河村さん」

 名前を呼ばれているのに気づいて、私はハッと我に返った。

「大丈夫ですか?この問題、解けましたか?」

 見ると、いつの間にか黒板に方程式が書かれている。

 私は自分の机の上に目を落とした。

 爪切りと、爪のかけらが散らばっているだけで、教科書のたぐいは置かれていない。もちろん、問題なんか解いているはずもない。

 一番後ろの席だから、先生からは私の机の惨状は見えていないようだけど、ここは正直に申告するほかない。

「すみません……、ぼんやりしてました」

 隣で健吾がフハッと吹き出す。

 奴の机の上には、教科書とノートが広げられていて、その手にはシャーペンまで握られている。

 ムカつく。誰のせいでぼんやりしていたと思っているのだ。

「清水くんを睨んでいてもしょうがないでしょう。次また当てますから、聞いていてくださいね。では、睨まれている清水くん。前に来てこの問題を解いてもらえますか」

 ざまあみろ。そう思ったけど。

 私のとばっちりを受けた格好の健吾は、スタスタと黒板に行って、あっという間に問題を解いてしまった。

 数学は苦手だったはずなのに。


 疎遠になっていた2年間のうちに、健吾は変わった。

 ピアノをやめてボクシングを始めたらしく、そのせいで、華奢だった身体つきはガッシリとして、しなやかだった手の甲には拳タコができている。

 それだけじゃなくて、私に対する態度も変わった。昔は、ふざけてくることはあっても、からかってきたりはしなかった。

 だから、健吾とどう接すればいいのか分からなくて、先週2年ぶりに話しかけられた時から、私はずっと戸惑い続けている。



「ホント仲いいよな、お前ら」

 授業が終わった後、私の前の席の遠藤がこちらを振り向いて言った。

「授業中もずっとイチャイチャしてる気配するしよ。望月センセーの言う通りバカップルだよな」

「なっ、変なこと言わないで」

 慌ててそのとんでもない勘違いを訂正する。

「爪切り貸しただけで何も、何もないから」

「そうだぜ」

 さすがの健吾も同調した。

 と思ったら。

「バカップルじゃなくて、俺はこいつの犬なんだ」

と、さらにとんでもないことを言い出した。

「うーわ。そんな変態プレイしてんのかよ」

「してない!あんたも誤解招くような言い方しないでよ」

「あはは、顔真っ赤」

 遠藤が私の顔を覗きこんでニヤつく。

 赤くなんかなってるわけないし。

 遠藤のことを睨みつけていると、ひとつ結びにしている髪を健吾に引っ張られた。

「いたっ。何すんーー」

「爪が引っかかってたからよ」

 絶対嘘だ。

 そう思って反論しようとしたけど、健吾が何だか怒ってるように見えて、思わず言葉に詰まった。

「あんまし人の飼い主、からかうなよ」

 私の髪から手を離して、健吾が遠藤にやんわりと抗議している。

「やっぱ付き合ってるだろ、お前ら」

 後藤は呆れたように笑って、前に向き直った。

 

 そもそも、バカップルだと勘違いされるようなことをしたのは、健吾だ。

 高2に進級した始業式の日、教室での席順を決めるくじ引きの場で、健吾が『澄麗の隣ならどこでもいい』と発言したのだ。それまで2年以上喋っていなかったにもかかわらず、だ。

 クラス中で歓声があがって、私たちは付き合っているものと認定され、否応もなしに隣の席にされた。

 1週間経った今日に至るまで、いくら否定しても誰も信じてくれない。

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