第8話 元魔王軍の女幹部
「おーい勇者―! 戦おうぜー!」
後日、本当にヴェロニカは大きな包みを片手にやってきた。
この前戦っていたのが嘘のように、腹が立つぐらいフレンドリーな調子である。
玉遊びに誘いに来た親友か。
「お帰りください」
遊び感覚でしょっちゅうあんな戦いを繰り返していたら、こっちの命が幾つあっても足りない。
「つれない事を言うなよ。あれだけ激しく殺し合った仲じゃないか」
その関係性のどこに親しくなれる要素があるというのか。
「おお、そうだそうだ。これ差し入れ」
思い出したようにヴェロニカは後ろの大包みを広げる。
シャインアップルとレッドボア、アイアントードにダイヤシェル。
どれも珍味として知られていたり、武器にしたら一級の素材になるような上級魔物の素材だ。
「なんだその顔は。私とて礼儀ぐらいは弁えている。土産ぐらい持って来るさ」
いや、ありがたいのだけれども。
素直に礼を言うのか逡巡していると、ヴェロニカはさらに広げた包の奥の樽を持ってきた。
「さあ。飲もう!」
「一人で飲んでろ」
ちょっと感謝したらこれだよ。
昼間から酒を飲むわけにはいかない。これから畑仕事なんだし。
「いいじゃないか。一日ぐらいサボッても」
「このダメ竜人め」
無視して僕は鍬を振るい始める。
するとヴェロニカの方も座り込んで一人で酒を飲み始めた。
もしかしたら、僕の隙を伺っているのかとも思ったが、殺気のようなものは感じられなかった。
「……前にも言ったが、僕は魔王を倒した人間だぞ。思う所はないのか?」
「ないな。戦争なんだ。命を取った取られたするのは当たり前だろう」
サラッと返す。
戦いに身を置く部族の価値観という奴だろうか。
「そもそも奴が死んだのは自業自得だ。なにせ、この私を別の拠点に移したんだぞ」
だいぶ根に持っているなあ。
まあ、ある意味自分らの敗因の一つであるからしょうがないか。
「今度は私が問うがね。お前の方こそ私が憎くはないのか? 私とてお前らの敵だったのだぞ。数多の人間の戦士を手にかけている」
「それは……」
戦争だったからしょうがない。――と言いかけて、僕は思わず彼女と同じ考えに至ってしまった事に、ちょっと憂鬱になる。
彼女自身はそう言っているが、少なくとも僕が見た時点では彼女は敵を吹き飛ばすだけで明確に命を奪う事はしなかった。
人間を必要に痛ぶり嬲るような真似はせず、むしろそういった事に及ぼうとする同胞らを諫めていたようにも見えた。
ひたすらに強者との戦いを求める無頼。
いずれは倒さねばならない敵だと認識していたが、本気で嫌悪感や敵対心のようなものは沸かせられないのだ。
しかし、もしも彼女がシスカたちや共に戦った戦友……僕の知り合いの誰かの命を奪っていたら、こんな風に会話ができただろうか。
「また小難しい事を考えているなあ。まあ、そこがお前の良い所でもあるわけだが」
ヴェロニカは面白そうに僕の様子を眺めているが僕としては面白くもなんともない。
こっちはこんなにも悩んでいるというのに。
「しかし、王都の連中も見る目がないな。お前のような戦士を放逐とは。私だったら皆殺しにしているぞ」
不快気に鼻を鳴らすヴェロニカ。
彼女も彼女で王都で勇者となったレイダー公爵を見てきたらしく、事情は察しているようだ。
公爵を見た時、怒りと失望で激昂しかけたらしいが、とりあえず彼女が王都で暴れなくて良かったと思う。
「全くこれだから人間は。武功に対して相応の褒賞を与えるのは常識だろうがよ。魔王軍だってそこはちゃんとしていたぞ」
「別にいいよ。僕にはこっちの生活の方が性に合っているし」
王族や貴族の暮らしとか窮屈そうだし。
「……貴様は本当につまらなくなったなあ」
「いや、前からこんな感じだったし」
ヴェロニカはガッカリしたように溜息をつくが、元々僕は誰かと争ったりするのは苦手なんだよ。
「いやいや、もっと魔王に挑んでいた頃のお前は血気盛んで情熱的だったぞ。こう……おりゃりゃー! みたいな」
その頃を思い出したのか、興奮したように彼女は両腕を振り回す。
危ない。
その時の僕が血気盛んというか必死だったのは当たり前だろう。
なにせ、当時の僕ら人間は魔王に攻め込まれて、滅ぼされる直前だったんだから。
「なるほど。つまりまた人間が大ピンチになれば――いや冗談だ。そんな目で睨むなってば」
ふざけんな。
その冗談笑えないぞ。
それやったら、本気でこの場で滅すからな?
「ひぇえ~」
しかし、戦いたいと言っていた割にはこうして凄むとあっさり身を引かせるんだよな。
この違いは何なのだろうか。
……しかしまあ、この女も仇敵であるはずの僕にこんなフレンドリーに話せるものだ。
「やっぱりあの最終決戦で戦えればなあ。あの魔王め。偉そうな髭と角をしている癖に変な所で器が小さいさかったんだよなあ」
かつての主に酷い言い草である。
彼女曰くその昔、魔王は竜人族と古い盟約を結んだ。
争いに敗れた竜人族は魔王から新天地である土地……今の隠れ里を貰った。
代わりに大きな戦いが始まる折、一度だけ自分に力を貸すという約束だ。
彼女はその盟約として援軍として送られてきていたのだそうな。
たった一人の援軍。だが、彼女は竜人族の中でも最強の戦士。
戦力としては充分過ぎた。
「むしろ力を貸すという義理は充分に果たしたぞ。何度貴様の前に立ちはだかったと思ってる?」
「そうだね。君には何度殺されそうになった事か」
毎回、作戦とか無しで単身で騎士団や軍を薙ぎ払いながら、本陣や砦に殴りこんでくるのだ。
こちらからすれば悪夢以外の何物でもない。
「――あれだけ貢献してやったのに、魔王の奴はこちらの事は全然信用もせずに最終決戦は魔王城どころか重要拠点からも私を外してくれやがったんだ。これはもう自己責任だろ」
当時を思い出したのか、当の本人は味方である魔王にも思い出し怒りを向けていた。
味方との連携ゼロどころか、余波で吹き飛ばしてたからなあ。
信用とかゼロだったのは想像に難くない。
だが、こっちとしては正直助かった。
これで彼女は直接戦闘だけなら魔王並の猛者だ。
もしも最終決戦前後で彼女とまで戦う羽目になっていたらと思うとゾッとする。
思えばよく魔王に勝てたものだ。
「しかし、本当にお前らよく魔王に勝てたな。あんなメンバーで挑むとか自殺行為だぞ」
向こうも思い出したのか、その話を振ってくる。
そうだなあ……。本当に苦難の連続だったよ……。
勇者パーティー。
勇者である僕を中心に集められた精鋭。
――と言うのは上辺だけ。
ほとんどが僕の武勲のおこぼれに預かろうとする貴族子弟。もしくは勇者である僕の寵愛を受けようとする貴族子女ばかりだった。
後者はおそらくは僕を繋ぎとめる餌の役割もあったのだろう。
そんな連中だ。
ぶっちゃけ役に立たなかった。
魔王が差し向けた、王国へ向けて進軍するオーガ軍団。
僕は近辺の獣人族や冒険者たちと連合を組み、国境での死闘にてなんとか撃退できた。
なお、途中でパーティーの世間知らずの騎士のお嬢様が勝手に突っ込んで捕虜にされてたけど、懇意となった傭兵の重戦士と一緒に何とか救出した。
……何がしたかったんだ、あの子。
数多の魔法使いや賢者の卵が集まる学術都市。
なんと学園長が魔族と入れ替わっており、都市の奥深くに貯蔵されていた国宝級のマジックアイテムを奪おうと目論んでいた。
陰謀に気付いた僕らはその魔族と戦いになったのだが、パーティーの自称エリートの魔女さんは最初に繰り出された精神魔法で泡を吹いて気絶してしまっていた。
……勇気を振り絞り一緒に戦ってくれた都市の新米魔法使いの少女の方が遥かに心強かった。
大教会の聖女様が巡礼中に突然消息を絶った。
捜索の結果、魔王と繋がっていた邪神官によって、彼女は封印されていた悪竜を復活させるための生贄にされかけていた。
ギリギリの所で僕らは乗り込んで阻止できた。その聖女様は生贄にされかけながらも、必死にこちらへ回復魔法や結界をかけたりで抵抗してくれていたおかげだ。
……ちなみにこっちの修道女は乗り込む際に、急に腹痛を訴えて宿の方で休んでいた。
「……お前、本当によく我らに勝てたな」
「すごく頑張った」
そんな簡単な一言で済ませるなよ、と自分でも思うが実際そうだったから仕方がない。
必死にレベルアップと修練を積んで、王国と険悪な他国や冒険者ギルドに獣人族との仲を取り持ったり、魔王軍と内通していた貴族や腐敗してた教会の上層部を聖女様と一緒に退治したり……。
毎回毎回が逆境からの大逆転の連続。
正直彼女の言う通り、勝てたのは今でも奇跡だと思ってる。
決戦当日だって、パーティー連中は使い物になるわけがないので、適当な理由で外れてもらって(――と、こっちが言うまでもなく半数位は既にトンズラこいてやがっていたが)、先に挙げた頼れる兄貴分の傭兵お兄さんガンズや神童と呼ばれるまで成長してた魔法使いアンジュ、すっかり付き合いが長くなった聖女様シスカが合流してくれて、魔王とは彼らと共に戦ったのだ。
もう実質そっちが勇者パーティーと言っても良かった。
「懐かしいなあ」
「おっ。昔を思い出して血肉沸き踊って来たか? やるか?」
「やらないよ」
すると向こうの方から賑やかな声が聞こえてくる。
「おーいラッシュ兄ちゃん、いるー? 遊びに来たよー!」
村の子供たちだ。
僕は笑顔で手を振る。
「――うわっ。竜の姉ちゃんだ」
「空飛んでよ!」
「火ぃ吐いて火!」
しかし、皆ヴェロニカの姿を確認すると、こぞって彼女の方に集まっていく。
「はいはい。今私は忙しんだ。遊ぶなら後でな」
そう言って、酒樽を一人担いであおり始める。
その豪快さに子供たちは力持ちーと歓声を上げる。
いつの間にか子供らに慕われていたヴェロニカ、なんだか釈然としない……。
いや、別に羨ましいとかじゃなくてさ。
「ふっふ。羨ましいか」
「誰が」
僕は鍬を振るう力を強くする。
兄ちゃん掘り過ぎ、と後ろから突っ込みが入るが聞こえない。
聞こえないったら聞こえない。
「はあ。仕方ない。それじゃあ今日はもう帰るとしよう」
よしよし、帰れ帰れ。
塩でも撒いてやる。
「また差し入れでも持ってきてやるさ」
「うぐっ」
思わず塩を探す手を止める。
このスローライフに満足こそしているが、やっぱり食事はたまに豪勢な方が良いのである。
「……人間は極力傷付けるな。それが約束できればたまになら来てもいい」
「おう。わかっているさ」
絞り出すような僕の言葉に、どこか勝ち誇ったような笑顔で空へと消えていくヴェロニカがとても腹が立った。