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第7話 VSヴェロニカ

 飛竜戦姫ヴェロニカ。


 魔王軍の幹部の一人にして、魔法抜きの単純な戦闘力なら魔王をもしのぐであろうと言われている実力を持つ魔王軍最強と名高い戦闘狂だ。


 そのたった一人で師団一つを壊滅に追い込める一騎当千の戦闘力により、僕らは何度も撤退に追い込まれた。


 それでも最初こそ歯が立たなかったものの、僕は必死に修練を積み重ね勇者の力を覚醒、最終的には彼女と互角に渡りえるようになった。


 だが、それでも彼女は強い。


 例え勇者として全盛期の僕でも正面から打ち合えば、運良く勝利できてもこちらもただでは済まない。


 あの戦争で一番の幸運は最終決戦で彼女と戦わずに済んだことだろう。


 ヴェロニカは毎回一人で敵陣であるこちらに特攻してきた。


 いくら戦士として突出していようと戦場での彼女はひたすら暴れるだけの猪武者だった。

 それ故か、味方からの人望が無く、最終的に重要拠点から外されてしまった。


 なんにせよ。正直こちらからすれば助かった。


 魔王との戦い前後で彼女とまで戦う羽目になっていたら、自分たちは間違いなく敗北していただろうから。

 戦争が終わると、すぐさま消息を絶ったと聞いて心配ではあったが、少なくとも自ら世界をどうこうしようとするような邪悪な存在でもなかったため、少なくとも僕は今まで放置していた。


「なんだ。その惚けた顔は? 私だよ私。久しぶりだなあ」


 そんな宿敵が十年来の旧友のように声をかけてくる。

 決してそんな関係ではなかったはずだろうに。


「ええと、お知り合い?」


 向こうの方まで吹き飛ばされていたリズベルが戻ってきて尋ねてきた。

 ……なんと説明したものか。


強敵ともだ」


 それに答えたのは僕ではなくヴェロニカの方だった。ドヤ顔である。

 いや、その答えは無理がある。

 まあ、この女は本気で答えてるのだろうが。


「……ヴェロニカ、一体何しに来たんだ?」

「用だと? 決まってるだろ。戦いだよ戦い! 私たちの間にそれ以外あるか?」


 楽しそうに薙刀を振り回しているヴェロニカ。

 僕は思わず頭を抱える。

 そうだ。彼女はこういう女だった。


「ねえ。この人本当に友達なの?」


 岩陰に隠れ、器用に顔だけひょっこり出したリズベルは疑わし気な目で見てくる。

 うん。友達ですらないんだよなあ。


 ……とにかくこの女をここから遠ざけなければならない。


「悪いけどヴェロニカ、君の望みには答えられない」

「何?」

「よく見てみるといい」


 彼女の感知能力なら、今の勇者としての能力を失った僕の状態がわかるだろう。


「ふむ。これは……」


 目を凝らしてみたヴェロニカは驚愕に染まる。


「なるほど。どうりで王都の方のアレが聖剣をもっていたわけだ。……ふむ、よくわかった」


 彼女は納得したように頷く。

 よかった。わかってくれたようだ。


「よしっ。私と戦え」


 ……あれ?

 リピートしたぞ?


 これは僕の命で留飲を下げようという事だろうか。

 いや、まあ、周りの人たちに被害が及ばないだけありがたい。受け入れよう。


「勇者。そんな称号ごときで貴様の真価が失われることなどない。私が貴様が力を取り戻すのに手を貸してやろう」


 いや、ちゃんと話を聞いても意味がわからないんですけど。

 得意げな顔で訳が分からない理論を展開してきた彼女にどう説き伏せるべきか。

 僕はもう一度頭を回転させるが……。


「いくぞぉ!」


 こちらの返答など待ってくれずに、思いきり蹴りが繰り出された。

 僕は隣のリズベルを突き飛ばす。


 『ほぎゃー!』と叫びながらでんぐり返しで転がっていく彼女の姿を横目で見送りながら、僕は己に身体強化の魔法を重ね掛け、最後はクロスした両掌で衝撃に備える。


 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!


「がぁあああああああ!?」


 最強の竜人族の戦士の蹴りをまともに喰らってタダで済むはずもなく、僕はそのまま真横に吹っ飛んで洞窟の壁を貫通していった。

 外の森まで吹き飛ばされ、大木によってようやく止まってくれた。


「げほっごほっ!」


 危なかった。

 もう少し対応が遅ければ体の骨がいくつかへし折られて、立つのもままならなかったかもしれない。


「どうした勇者。その程度か?」


 薙刀を振り上げながら、ヴェロニカが近付いてくる。

 既に周りの人間なんて眼中に無いようだ。


 いや、皆から引き離せたと考えれば、かえって良かったかもしれない。


「そりゃあ!」


 振り下ろされる薙刀。

 僕はそれを振り上げた剣で受ける。


 ゴッ。


 ヴェロニカの薙刀の一振りが大地を割る。


「うわあああぁーー!」


 かろうじて避ける事が出来たものの、風圧により弾き飛ばされた僕はゴロゴロと無様に地面を転がる。


「なるほど。大分なまっているようだが、反射神経自体は悪くはないな」


 痛みにのたうち回る僕の姿をヴェロニカは冷静に観察していた。


「何がしたいんだよ君は!」

「力を取り戻すには実戦が一番だろうが」


 本気で言っているようだ。

 もう少し油断なり失望なりしてくれれば、こちらとしてもやりようがあるのだが。


 しかし、と僕は彼女が割った大地を見る。

 このまま彼女の攻撃を避け続けるのは危険だ。


 あっさり負けたとしても、物足りないと感じた彼女の矛先が冒険者たちに向かないとも限らない。


 ……やるしかない。


「おお。ようやくやる気か。嬉しいぞ!」


 うるせーバカ。

 全然やりたくないんだよ、こっちは!


「よし、お次はこいつだ。生き延びろよ」


 言葉と共に、ヴェロニカは大きく息を吸い込む。

 彼女の身の内に膨大な魔力が集まっていくのがわかる。……まさか。


「ガァアアアアアアアアーー!」


 その可憐な唇から紡がれたのは歌声や愛の囁きでもない。

 全てを破壊し尽くす咆哮。竜の吐息ドラゴンブレス


 距離と速度的に避けるのは間に合わないし、うかつに避けたら周囲にどんな被害が出るかわかったものではない。

 ならば、僕のやるべき事は一つ。

 僕は持っていた剣に魔力を込めて、真っ向から相殺する。


「うおおおおおおおおお!」


 力押しで押し勝とうとしては駄目だ。

 力の渦を見極めろ。


 途端にブレスを掻き消される。


 ドッと体中から汗が溢れる。危なかった。ギリギリだった。

 両手の掌が焼けていた。


「見事だ。そういえば昔からそういう小技が得意だったな」


「いい加減にしろよ――!」


 さっきから勝手な理屈を並べたてやがって。

 もう勇者じゃないって言ってるだろうが!


「ほう。ようやくやる気になったか。それでこそ――イダぁ!」


 ヴェロニカに言い終わる前にバチンとビンタした。


 昔、孤児院の先生に女の顔を殴る奴は最低だと教えられたが、既に僕の中でこいつは女としてのカウントしていない。ごめんなさい先――がぁ!?


「やったなこの野郎!」


 ヴェロニカがお返しとばかりに拳が顔面に飛んできた。


 オーガをも殴り飛ばせる勢いの拳を顔面に受け、僕はひっくり返る。


 そのままひたすらに野蛮で泥臭い殴り合いが始まる。


「はははっ! 何が勇者じゃないだ。君の望みには答えられない、だ!」


 それなのに当のヴェロニカは嬉しそうに楽しそうに笑っている。

 なんなんだよもう。


「勇者なんぞ知るか。貴様は依然として貴様だ!」


 向こうもさらに高密度の魔力を練り上げてくる。

 僕もそれに受けて立つ。


 拳と拳がぶつかり、バチバチと火花が煌く。


「ぐぁあ!」

「がはぁ!」


 僕らは共に後方へと吹き飛んでいく。


「まだまだぁ!」


 一早く立ち上がったヴェロニカは薙刀から魔力を集中させる。


 ……あれはまずい。


 僕は再び剣を取る。


「――数多の元素よ。この剣に集え」


 失った光の魔力以外の火水風土の4属性を剣へと付与する。

 今の僕とてこれぐらいはできる。

 それでも、これは相反する属性を強引に反発させてそれを無理やり相手に叩きつける危険な技だ。


 だが、これぐらい無理をしなければこの女は止められない。


「「はぁああああああああああ!」」


 裂帛の気合と共に放たれる正面からの高密度のエネルギーの衝突。


 ゴッ―――ォオオオオオオオオオオオン‼


 最初以上の爆風が巻き起こる。


 僕は精魂尽き果て大の字で寝そべっていた。


「……僕の負けだよ。好きにするといい」


 ヴェロニカの方が明らかに余裕があり、彼女はこちらへと歩いてくる。

 僕は覚悟して目を閉じる。


「何を勘違いしているのか知らんが、私はお前を殺す気はない。今の貴様はハンデ付きのようなものだ。こんなものは勝利とは呼べん」


 言って、彼女は薙刀を肩に乗せる。

 意外だった。

 どこか自分に言い訳しているようにも見えた。


「本気かい? 僕は魔王の仇なんだぞ」

「奴に仇討ちしてやるほどの義理はない」


 言われちゃってますよ魔王様。

 魔王に人望がなかったのか。単にこの女が薄情なのか。


「それにこれからもずっと戦えるのだ。たった一度で終わらせてはつまらないだろう?」


「……は?」


 ヴェロニカの言葉に思わず僕は耳を疑った。

 今この女なんと言った?


「お前の家も知れたからな。これからはちょくちょく遊びに来させてもらうぞ」

「ふ、ふざけんな!」


 というか、また戦いたいだけだろ。


「はっはっは」


 僕の抗議も流しながら、ヴェロニカは空を舞う。


「傷が癒えた頃にまた来る。それまでに腕を磨いておけ」


 遠くへと消えていく彼女を見送りながら、僕は別の意味で気を失いたくなるのだった。

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