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第5話 魔王軍の女幹部だった人

 天険の山々に囲まれた集落。

 そこに竜人族は住んでいた。


 数ある亜人族の中でも竜の血を引き屈指の戦闘力を持つ一族。

 その中でも“彼女”は神童と呼ばれる程の才を持っていた。


 十にも満たぬ齢で、里に伝わる竜人の技のほとんどを習得していた。

 十を過ぎた頃には、里の大人たちがまとめてかかってようやく狩れる魔獣を一人で狩った。


 その圧倒的な才から畏怖と敬意を込めて神童と呼ばれた。

 だからこそ、強すぎる彼女にとってこの里は狭すぎたのだろう。


 人一倍我儘になってしまうのは仕方がなかったのかもしれない。


 毎日が退屈だった。里が窮屈で仕方がなかった。


 いっそ出て行ってしまおうかと思ったが、里の周囲には結界が張られており、大人らの許可が下りなければ出入りする事は出来ない。

 こればかりは彼女でも破る事が出来なかった。


 次第に彼女は鬱憤を溜め続けて、我儘や悪戯は度が過ぎたものになっていく。

 彼女をどうにか諫める事が出来る者は長か妹を始めとした肉親たちぐらいなもので、里の者はほとんどお手上げ状態だった。


 そんなある日、彼女の前に一人の女は現れた。


「あらあら竜の里に凄い子が生まれたって聞いたけど、随分と聞かん坊ね」


 初めて見る顔の女だった。


 よく見ると頭から生えた角の形も、纏っている魔力の質も自分らとは違う。

 お前は誰だ、と興味本位で尋ねてみる。


「私は魔族よ。里の人たちから聞いたことはない?」


 魔族。

 確かに大人たちから受けた授業で聞き覚えのある言葉だった。

 身に宿す魔力量だけなら自分らよりも強い種族らしい。


 なんでも、外から来たというその魔族の女は何でも里長と大切な話をするために訪れたそうだ。

 ……驚いた。

 てっきりこの里は余所者は誰であろうと受け入れる事はないと思っていたのに。


「ふふ。時代は変わるものよ。その件でもここの長たちと話をしてたんだけど、そのついでにあなたの話題が出てね。最近かなりお転婆らしいから、こちらの要望を飲む代わりに少し稽古をつけてあげてほしいって頼まれちゃったの」


 何やら聞き捨てならない言葉が出てきた。


 稽古。

 今さら自分に何を教えようというのか。

 つまりこの女は自分にそれができるだけは強いというわけか。


 いや、確かにこの目の前の魔族の女から尋常ではない気配を感じる。

 彼女の身の内からさらに濃い魔力の奔流が溢れ出していた。


 面白い。彼女は久しぶりに己が高揚しているのを感じた。


「あら。もうやる気なの? 気が早――」


 魔族の女が言い終わる前に彼女は既に襲いかかった。


「……筋はいいけど、直情的過ぎるわね」


 そしてその数刻後、彼女は魔族の女の足元に叩き伏せられていた。


 彼女にとっては初めての敗北だった。


「まあ、稽古の形はこんな感じでいいでしょう。いつでも挑んできていいからね?」


 それからも彼女は毎日毎日勝負を挑んでは返り討ちに遭った。


 なんなら、動けなくなった状態で説教や世間話を聞かされる。


 だが、不快ではない。むしろ楽しかった。

 今回はどこが駄目だったのか、次はどうしようか。

 久しく忘れていた。挑戦という感覚。


 悔しくはあるのだが、不思議な感覚だった。


 また、その魔族の女の話には外界についての話もあったから。


 彼女の話を聞く度に、心が沸き立つのを感じられた。


 外の世界へと憧れはさらに強くなっていった。

 だが、自分は里の外へ出ることを禁じられている。

 叶わぬ夢だ。


「大丈夫よ。その内出れるようになるわ」


 事も無げに言う女に彼女は目を輝かせる。


「この里を守る結界も絶対じゃない。これは里長たちとも話したのだけれどもね」


 魔族や人間も魔法技術が向上しているらしい。

 だからこそ、外の者らとの交流を考えるべきであると彼女は話していたらしい。


「いつか大手を振って外へ出るようになれるわ。それまでに今よりも強くなっておきなさい」


 そう言い残して、魔族の女は去っていった。


 それから、どれだけの年月が経っただろうか。

 彼女は魔族の女から貰った言葉を胸にひたすらに鍛え続けた。


 そして遂に始まった魔族と人間たちの戦い。


 その知らせを受けて、彼女は魔王側の客将として参戦する事となった。


 長曰くかつて人間たちに追い立てられた時に当時の魔王の一人に住む場所……この里を見繕ってもらった。それと引き換えに戦いが起きた時、竜人族は力を貸すと約束したのだ。


 今の魔王は当時とは別人だが、魔王という称号を持つ以上は盟約は適用された。


 どちらにせよ、彼女は外に出れれば何でもよかった。

 もっとも、違う勢力なのかあの時の魔族の女はいなかったが。


 そして念願の外界。

 初めて見る景色。生き物。人。

 初めて見る世界に感動を覚えた。


 そして、始まる魔王軍として人間と戦い。

 単騎で敵軍を薙ぎ払うその姿に人間たちには恐怖を、魔族には畏怖を抱かせる。


 意気揚々と斬りかかって来る雑兵を欠伸混じりに蹴散らしながら、彼女は失望した。


 なんだ。この脆弱な連中は。

 自分を倒した魔族の女どころか、子供の頃の自分の足元にも及ばない。


 つまらない。退屈だ。欠伸が出る。


 こんなものだったのかと、周囲のものが急速に色褪せていく。


「そこまでだ、魔王軍!」


 そんなある日、彼女は彼と出会った。


 彼こそは勇者と呼ばれる人間の戦士……英雄だった。


 当時は実力は他の人間よりも少し強い程度。

 実際彼女はあっさりと彼を叩きのめした。

 だが、なぜだか彼女はその男から目を離せなかった。


 眼だ。

 今まで自分と戦った連中は一度打ち合っただけで絶望して怯えていた。

 しかし、その男はあきらめなかった。


 必死に勝利への糸口を探そうとしていた。

 結局、その日はその男は味方の軍が撤退すると引き上げてしまった。


 次に、別の戦場。

 彼は以前よりもはるかに強くなっていた。

 鍛錬は勿論、自分と対策を組んできたのが見て取れた。


「人々のためにお前たちに勝つ!」


 その高潔な精神。それがこの男をここまで高みに導いたのだ。


 自分には無いものを持った者。彼女は男……勇者と呼ばれる存在に興味を持つようになった。


 勝敗の分からない互角の戦い。


 勝利か格上との圧倒的な敗北。

 その二つしか知らなかった彼女にとってその戦いは初めての者だった。


 彼女は勇者との戦いに焦がれ続けた。

 以降も彼女は幾度となくぶつかり合った。


 しかし、人と魔族の最終決戦。世界各地で軍と軍がぶつかり合い、魔王城にも人間たちの決死隊が乗り込んできている中、彼女は城の防衛から外されてしまった。


 暴れる事しかできない彼女に、ひとえに人望が無かったからだ。

 納得などいかなかった。しかし、約条がある以上は魔王には逆らえない。


 渋々、彼女は納得した。


 そして決戦。相変わらず単身で獅子奮迅の活躍をした彼女は、撤退を始める人間たちを尻目に急ぎ魔王城に戻る。


 しかし、戻った時には廃墟となった魔王城しか残っていなかった。


 呆然とした。

 まるで置いてけぼりにされたような気分だった。


 里に戻るつもりはなかった。

 既に里とは戦いに赴く代わりに好きにするように言質を取っていた。


 ならば彼女がすることは一つ。


 ――勇者との決着。


 また激しくぶつかり合いたい。


 我慢できなくなった彼女は勇者を探しに人間の世界へと向かう。


 それはずっと探していた。


 王都と呼ばれる特に人が集まる場所へと見に行ったが、勇者の気配を辿ってみたら、そこにいたのは全く違う男。


 煌びやかな男が勇者が持っていたはずの剣を掲げながら、女を侍らして聞こえの良い言葉を並べ立てていた。


 それを受けて崇め喝采する群衆の中、彼女は一人冷たい目でそれを見ていた。


 ――なんだ。あの偽物は。


 纏っている魔力こそ似通っているが、自分が会いたかったのはあんな紛い物ではない。


 暴れる気すら起きず、冷めきった彼女はそのまま王都を出た。


 前の勇者はどこへ行ったのか。

 彼女は国中を回った。

 勇者ではなく、人としての気配を辿って。


 そして、遂に見つけた。感知した僅かな魔力。


 彼の存在を掴んだ彼女は空を駆ける。


 逃がさない逃がすものか。

 今度こそ決着をつけるのだ。


「待っていろ。勇者ー! 今度こそ決着をつけてくれるわー!」


 高笑いしながら、元魔王軍幹部ヴェロニカは真っ直ぐにそこへ向かう。

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