第4話 その頃の王都
「……今なんと申されましたか?」
「聞いての通りだよ、シスカ・ガーランド。君を聖女の任から解任する」
ルインズ王国王都の中心にそびえ立つ王城。
ナフシア王女から突然に呼び出されてからの解任要求に、聖女シスカは思わず拳を握る。
対して、実際に言い渡したウバク公爵は隣のナフシア王女を侍らせながら、紅茶が注がれた杯を優雅にあおっていた。
第一王女を手懐けたこの男は既に王宮の実権を握っているも同然だ。
国王は現在病床に臥せっており、一部の関係者を除いてロクに謁見できない状態であった。
先の魔王との戦いでナフシアの兄にあたる第一王子は行方不明。
対抗馬としては弟妹である双子の第二王子と第二王女だが、妾腹で幼過ぎる彼らは現在後見人の辺境伯の庇護下に置かれている。
故にウバク……ナフシア王女を諫める者はおらず、シスカの目の前にいる連中はやりたい放題というわけだ。
なんにせよ、当然そんな要求をはいそうですか、と素直に聞き入れられるわけがない。
「失礼ですが、お言葉の意味が測りかねます。いくら公爵といえど教会の人事に関しては介入するのはいささか越権行為に過ぎるかと。陳情ならば正式な手続きをお願いいたします」
内心の憤りを顔に出さぬようにシスカはあえて問い返した。
「勇者に対しなんという口の利き方ですか。身の程を弁えなさ――ひっ!」
とりあえず、口を挟んでくるナフシア王女をシスカは眼光一つで黙らせておく。
「コホン。失礼しました王女殿下。……そして無礼をお許しくださいレイダー公爵。ですが、人事の陳情にしてもあまりに急ではございませんか? 教会と王宮は別です。ましてや聖女という席はそう簡単に入れ替えができる程安いものではありません」
シスカはナフシアに一瞬だけ見せた剣幕でウバクへと向き直る。
だが、彼は特に気にした様子もなく答える。
「ああ失礼。急すぎるのは自覚している。私も心苦しいんだよ。だが、君は今まで改革と称して教会内で無茶をし過ぎた。無論その分だけ教会をここまで立て直した功績は評価しているつもりだ。だが、それだけ反発を招いてしまっているという事だからね。聖女としての立場を乱用していないかという意見も増えてきているんだよ。勇者として彼らの言葉にも耳を聞き入れなければね」
「……」
それはシスカも理解していた。
横暴と取られても仕方ないと自覚はしているし、一通り風通しを良くしたら終えたら、なんなら信用のおける人間なら反対派でも後を任せても良いと思っていた。
そういう意味ならウバクの言う事も納得は出来た。
だが、この男は自分を聖女の座から引き摺り落として、新しく自分の息がかかった人間を据えたいだけだろう。
おそらく次の聖女は取り巻きの女僧侶。
こんな提案、一蹴してやりたい所だったが、彼の言う通り、こちらも魔王とも通じていた間者を見つけ出す際に、お布施を着服して私腹を肥やしていた司教も捕えるなど、色々と無茶な改革を強引に断行してしまったのも事実。
中立であった者らからも不満を与えてしまったのは自覚しているが、まさかこんな形で響くとは思っていなかった。
「国王陛下はまだご存命のはず、勝手にここまで申し立てるのは越権行為ではないですか?」
「とはいえずっと放置しているわけにはいかないだろう? 我々は一刻も早く国を立て直さなければいけないのだから」
――それで最初にやる事が私の失脚ですか。
別に聖女の座に執着はない。
だが、こんな大切な時期に教会の象徴たる聖女が交代、しかもズブズブの王室派の人間が座ってしまえばそうなるかわかったものではない。
「勘違いしているようだが、何も君を教会から追い出し野に打ち捨てようというわけではないんだ。聖女としての力を抜きにしても、君の実務能力は素晴らしい。それは僕も認めている。だからどうだろう。このまま王宮に移り、僕らと共にこの国を支えてはくれないだろうか?」
ウバクは甘い声で囁いてくる。
さっきから不躾に自分の身体を見るその目から下心は最初から見て取れた。
勇者の地位を得たせいか、随分と調子づいているようだ。
――こんな男がラッシュ様の後任だなんて。
「申し訳ありません。いまだ魔王との戦いの傷跡が癒えぬ今、私は今は聖女としての役割を全うするという使命があります」
ナフシアが安堵の息を吐く。どうやら恋敵が増えずに済んで安心しているのだろう。
心配せずとも、こちらだってこんな男はお断りだ。
「それと聖女の位の返還の一件につきましては教会へ正式な手続きを踏んでからお願いしますわ。こちらにも色々と準備がありますので」
そう言い捨てて、シスカは王の間を後にした。
「勇者様に対してあの物言いに態度! これでよろしいのですか?」
「ああ。彼女も辛いんだ。共に戦った先代勇者の本性を知ってしまったのだからね。なに、きっと彼女も最後にはわかってくれるさ」
部屋を出ていくのを確認したナフシアはようやく怒り出す。
それに対して、ウバクの方は相変わらず余裕の態度だ。
それがナフシアには頼もしかった。
「ええ、大丈夫ですわ。勇者であるあなたがいれば怖いものはありません!」
子供のように目を輝かせる。
「ああ、ありがとう。それではそろそろ私は失礼するよ。疲れてしまってね」
ウバクもまた王の間を出て、自分の部屋に戻る。
扉を閉じる。しばらくの間の静寂。
「ククッ――ハハハハハハ!」
やがて、我慢できないとばかりに笑いながベッドに寝転がる。
やった。
やってやった。
「ようやくあのクソ生意気な平民上がりの小僧から全てを奪ってやったぞ!」
身寄りのない孤児の分際で生意気にも勇者なんて不相応な立場に置かれた若造。
付与術という事になっていたが、彼のソレにはもう一つ秘密があった。
人には稀に固有魔法という生まれながらの異能を持つ者が生まれてくる。
いささか特殊だが、勇者の保有スキルもそれにあたる。
ウバクのそれは簒奪というスキル。
対象の実力を一定時間に高めると引き換えに、その代償としてその相手のステータスやスキルを少しずつ奪っていくというもの。
何度も行った結果、戦闘時に勇者という力を丸ごと付与していたのだ。
あとはラッシュが魔王との戦いで相討ち、もしくは敗北したとしても、手負いの魔王を自分が倒せばいい、とウバクは考えていた。
だが、ラッシュはまんまと魔王に勝利してしまった。
倒した直後に口封じに始末してしまうという案もあったが、当時のラッシュは聖女たちや騎士たちといった沢山の仲間たちに囲まれており、あれだけの目撃者や証人を丸ごと始末するなり黙らせるのは無理に近かった。
(ええい。孤児の平民の分際で何故あれだけ大勢の者らに慕われているのだろうねっ!)
ウバクは身勝手かつ理不尽な怒りをぶつけるように地団駄を踏む。
やがてウバクは冷静さを取り戻し、椅子に腰を掛ける。
「落ち着こう。既に勇者としての力は私のものだ。仮に奴が反旗を翻しても、勇者のスキルを失った奴など所詮はただの平民。恐れる事はない」
あの祝いの場での呆けたような顔は笑いが込み上げてくる。
「そうだ。最後に勝ったのは私だ」
権力に力も手に入れた。今の自分は何もかも思いのままだ。
「なんなら、あの美しい聖女も手に入れる事が出来れば……いや、焦ってはいけないな」
ようやくここまで辿り着いたのだ。
焦らずにじっくり行こう。
まず自分が得るべきは功績。そこから得る影響力だ。
今の自分には勇者としての力がある。使わぬ手はない。
肝心なのは敵。
盗賊退治や悪徳貴族の捕縛はいささかパンチが弱い。
ならば、帝国や共和国といった諸外国の戦争。
いや、そちらも現在人間同士の揉め事は論外という風潮が広まっているため無理だろう。
とすれば、やはり魔王討伐だ。
かつての戦いで勇者ラッシュは魔王……双角鬼ゴラゼオスを討伐した。
だが、魔王は他に存在する。
北の魔属領と呼ばれる大地がある。長い間、人が踏み入る事を許されない魔の土地。
そこの国境にかけて大きな領地を持つのは魔王アイシア。
災厄ノ女王という異名を持つ女だ。
狙うならこの女だろう。
何、ずっと侵攻もせずに眷属と共に城に引き籠っている女だ。
自分でも充分に倒せるだろう。
あの聖女も妾に迎えてやるのも悪くはない。
なんならあの孤児上がりの元勇者も披露宴にでも招待してやろうか。
「やってやる! やれるぞ! フフッ。フハハハハハハハハー!」
これから手に入れるはずであろう栄光を疑わず、ウバクは目を輝かせ高笑いを続けた。