第3話 新しい家
「……なるほど。事情は分かりました。この子らを助けてくださりありがとうございます」
老人がペコリと頭を下げる。
彼はこの村の長老で、ここは彼の家である。
隣にはさっき助けた冒険者の少女と子供たちもいる。
話によると、あのヒートベアは以前から村を襲って、畑や家畜に被害を出していたため、人死にが出る前にと冒険者に討伐依頼を出していた。
その依頼を受けてやってきたのが、彼女……リズベルなのだが、現れた所に戦闘中に、丁度村の外へ出ていた二人の子供が遭遇してしまったらしい。
「改めてお願いしたい事があるのです」
「その……できれば衣食住の世話をお願いできないでしょうか」
「ほう?」
村長はこちらを値踏みするような目でこちらを見てくる。
……当たり前だ。
こんな得体の知れない男をあっさりと受け入れてくれるはずはない。
ここからが交渉だ。
「先の通り、僕は戦う事が出来ます。畑仕事でも何でもします。ですから……」
「まあ、良いでしょう」
「はい?」
……あれ。
何だかすんなりと受け入れてもらった。
「ははは。実を言うと、シスカ様から手紙をいただいておりました。もし貴方がこの村に来るようであるならよろしくと」
……あ、さいですか。
そういえばここまでの地図は彼女から貰っていたんだし、彼女と知り合いでもおかしくないか。
「この村はあの方の母君の生まれ故郷。シスカ様も幼い頃よりここにもよく遊びに来ていたのです」
なんとそんな関係があったとは。
「あの方があそこまで言うならばきっと良い人間なのでしょう。実際にあの子らを救ってくれましたしね。拒む理由はありませんよ」
朗らかに笑う村長さん、とにかく良かった。
これで居住権ゲットだ。
「……と、そのつもりだったのですが」
とそう問屋は下ろさなかった。
村長さんはそこで打って変わって歯切れの悪そうな口調になる。
嫌な予感がする。
「その住める場所として、空き家が幾つかあったのですが。大分前に魔王軍によって村を焼かれ逃れてきた者たちを庇護しまして。空き家は彼らへとあてがってしまったのは勿論、家のスペースに余裕がある分は居候させているのです……」
ああ。そうか。そういえば復興の話とかで聞いたことがあった。
なるほど、そういう事情ならばこちらは引き下がるしかない。
そこへリズベルが口を挟む。
「そんじゃーさ。いっそこんな辺鄙な村じゃなくて私の家に来る? ここから馬車で丸一日ぐらいの都市にあるからさ」
やたらと軽い口調でバチコーンとウインクしてくる。
「何が辺鄙だよ。ねーちゃん!」
「……イダダダごめんって」
リズベルは少年……トニトに脛を蹴飛ばされてひっくり返る。
しかし、なるほど。
何もここではなくても良いのか。
僕は一考してみる。
「――じゃあ、あそこがいいんじゃないかな」
そこへ、子供たちの女の子の方……ジニが声を出す。
「こら、ジニ。お客人が考えている最中だろう」
村長の窘める声も無視してジニは喋り続ける。
「あのね。昔、猟師の爺さんが一人で住んでいた小屋があるの。もう引退して村に移って息子さんたちと一緒に暮らしてるんだけど――」
なるほど。
ならよければそこで住まわせてくれるとありがたい。
「……いやワシも前に見ましたが、かなり経年劣化が進んでおりますし」
「大丈夫ですよ。そこら辺は自分でできます」
……というわけで僕らはそこへ行くことになったわけだが。
村から少し離れた山の麓、言われた通りポツンと小屋が建っていた。
「これはなんともまあ……」
想像していたよりも、遥かに酷い状態だった。
至る所がボロボロで穴だらけ、中へと入ろうとすると、バキンと戸が外れた。
ちなみに屋内も埃は勿論、草が生えきっていた。
「……ああ。まぁうん……」
当のジニとトニトが申し訳なさそうに目を逸らす。
「ごめん。お兄ちゃん。ここまで酷くなっているとは思わなかった」
「そういや、猟師のジイちゃんがいなくなって結構たつしなあ」
最後に後ろにいたリズベルは気遣うようにこちらの肩に手を置く。
「まあアレだよ。ドンマイ。やっぱ私が住んでる街の方で借宿でも――」
「いや、大丈夫だよ」
「はい?」
驚いたけど、これぐらいなら修復可能だろう。
「お兄さん、無理しないでいいんだよ?」
ジニちゃんがひたすらに気の毒そうな目で見てくる。
伊達にあの森の中を何日も野宿していたわけではない。
雨露を防ぐことが出来ればそこはもう充分に家だ。
というわけで、その日から僕はリフォームを始める。
まずは村の人々に許可をもらい、周辺の木を何本か切り倒して、木材へと変える。
そこからさらに村の大工さんからも助言を貰い、板や柱として加工していく。
翌日、どうにかボロボロの小屋はそれなりに人が住めそうな一軒家に建て直せた。
余談だが、余った種と古くなった農具を借りて畑も耕し始めた。
まあ成果が出るまでは狩猟や村の人たちからの交換で補うしかないだろう。
うむ、どこからどう見てもスローライフ用の一軒家。我ながら改心での出来だ。
「廃墟がボロ小屋になった感じだね。まあギリギリ人が住めるんじゃね?」
「ーーていうか、普通に大工のオジさんに頼めばよかったと思う。そんなにお金なかったの?」
トニトくんとジニちゃんの忌憚ない意見。
忌憚なさ過ぎて、ちょっと泣けてきた。
……いや、なんにせよ。ここから僕の新しい生活が始まるのだ!
「やっほー。様子を見に来たよー。……まあギリギリじゃない?」
「おお。ボロイですなあ。いえいえ良い意味でのボロさですぞ」
……僕はこの村でやっていけるだろうか。