第10話 近くの地方都市へ
「――というわけでラッシュ。ウチの収穫祭を見に来ない?」
ある日、村の酒場で食事をいただいていた所、相席していたリズベルからそんな感じのお誘いを受けた。
彼女の他にも以前一緒に仕事した冒険者の人たちもうんうんと頷いていた。
いや、いきなり祭って何さ。
「ああ。ごめんごめん。実は交易都市ラグーン……ウチらが住んでるこの街で久しぶりに収穫祭があるんだよね」
へえ、それは良い事だと思う。
魔王の侵攻でどこもそんな祭とかできる状態じゃなかった。
それだけ国も落ち着いて平和になったという事だろうか。
「それでさあ。この前はクエスト手伝ってもらったり、変な人が降ってきた時も追い払ってくれたし、私らとしてもお礼をしたいなーって」
「本当にそれだけ?」
うぐっとリズベルや他の冒険者たちはバツが悪そうな顔をする。
やがて観念したように狙いを喋り出す。
「えーとね。なんとそこで腕試しの武闘会が開かれるんだ」
「ほうほう」
「優勝金は100万トロン出るんだってさ」
「ああ、そういう……」
うん。なんとなく話が見えてきた。
その大会に僕に出てほしいっていう事か。
「いいじゃんいいじゃん! そんなに強いんだしっ! ねっ? ねっ?」
「うーん。流石にお断りします」
「なんでえ!?」
大仰にずっこけるリズベル。
逆にどうして受けてもらえると思ったのか。
そもそも僕はもう誰かを守ること以外に剣を振るのはやめている。
「いや、守れるよ。むしろ山分けすれば潤うよ! 主に私らの財布の中身がっ!」
――と、伝えたらリズベルの心からの咆哮が放たれた。
もはや取り繕うつもりもないらしい。
それ以前に、なんで僕が稼いだお金を君らに分配するのが前提になってるんですかね。
「そこはまあ……紹介料的なやつ? とにかくお願いしまぁす!」
今度は土下座をしてきた。
忙しいなこの子。他の人たちもドン引きしているぞ。
いや、でもそうだな……。
彼女らが住んでいるラグーンて他国との交流が盛んな分、色んな文化が混ざった名物料理も多いって聞いたし、一度行ってみたいと思ったんだよなあ……。
「とりあえず立ちなさい。周りの目がるから」
「じゃあ出てくれる……?」
「それとこれとは別問題です」
「そんなあ!」
「ふっふっふ。面白そうな話をしているじゃないか」
いつの間にか、隣の席でヴェロニカがニヤニヤしながらエールの入った樽をあおっていた。
隠形でも覚えたのか、一連の会話をずっと聞いていたらしい。
……そのエール、自分で払えよ?
「おい、そこな娘。その大会私が出てやらんこともないぞ」
「は?」
僕らは耳を疑った。
いきなり何を言い出すのか。
「フッ。人間共のレベルってやつを見てやるのも悪くはないな」
どうしよう本気だ。
「よしっ。ヴェロニカお留守番お願いね」
「はあ!? なぜそうなるっ!」
ショックを受けるヴェロニカ。
いや、当たり前だろう。
そこらの武芸者が手に負えるレベルじゃないし、この女に手加減ななんてものを期待するのも無駄だ。
彼女が本気で暴れれば下手をすれば都市が吹き飛ぶ。
「馬鹿にするな。私とて弁えている。竜としての力も能力は使わん。純粋に技で勝負してやる」
いやいや信用できるか。
君は興が乗ったとか言いながら、途中から本気出すタイプだろう。
僕の時もそうだった。
死ぬかと思った。
「なんだよー! なーいいだろぉー! 私も連れて行けよぉー!
ヴェロニカはジタバタと子供のように駄々をこねる。
この女、いつもこれだな。
とりあえず服を離しなさい。君のバカ力だとあっさり破けるでしょうが。
「あっ! そこのお姉さんでも全然いいよ」
リズベルがあっさりとOKを出す。
いや。この女の危険性は君も良く知っているだろう。
「だからじゃん。この人なら武道大会の優勝も夢じゃないよ。是非に大活躍ご期待してます!」
「ははは、そこの娘。話せるじゃないか。どこかで見た覚えがあるし、もしかして魔族系か?」
「ええー。いやあ生まれも育ちも人間っすよー。祖父に育てられて両親の顔とか全然知らんですけど」
二人は肩組んで笑い合ってた。
なんか、いつの間にか仲良くなってるぞ。ある意味凄いなあの子。
しかし、さり気に重い話していたような気がしたけど、触れない方が良いだろう。
一方で、後ろの冒険者のオジさんたちが複雑そうな顔をしている。
それはそうだろう。
彼女は魔族の一部とされている竜人族。
さらには、先日あれだけ暴れ回ったのを見たのだ。
ヴェロニカは勿論、僕も含めて恐怖を抱いていてもおかしくはない。
なんとか彼女らを宥めてはくれないものか。
「みんな、これで賭けの方も大勝ち確定だよっ」
「おお! それもそうだな!」
「まあいいかあ、よろしくなあ!」
リズベルの一声であっさりと他の皆もヴェロニカを受け入れる。
これだから人間って奴はさあ!
「……わかったよ。僕も出るよ」
とりあえず、僕も観念して了承する。
リズベルが意外そうに、そしてヴェロニカは面白そうな顔をする。
「えっ。いいの?」
「なんだ。一人だけだと寂しくなっちゃうか?」
茶化すような物言いのヴェロニカだが、お前みたいな危険な女を放っておけるわけがないだろう。
「そうかそうか。そんなに私と一緒にいたいのかぁ」
「ラッシュさんは素直じゃないなあ。このツンデレー!」
――という旨を伝えるも、この二人は腹が立つほど仲が良いコンビネーションで煽ってくる。
きっと鏡で自分の顔を見たら、すごく疲れた表情をしていただろう。
こうして僕らは交易都市ラグーンへと向かう事になった。