虹色の魔法をあなたと
※なんちゃって貴族観&世界設定はふんわりしています。
※ファッション業界には人一倍詳しくありません。
3、2、1と指を振る。脳裏に描いたものが、魔力と引き換えに目の前に現れる。
リコリータは創造の魔女。想像を具現化できる、希少な能力を持った魔法使いだった。
一人森の奥の小さな家に住み、たまに訪れる人の依頼を受ける。……あまり、評判はよくない。どこからかリコリータのことを聞きつけた依頼人は、大抵微妙な顔をして帰って行くので。
まあ、いいのだ。依頼がなくともリコリータは一人で生きられる。ある程度の物は自分で調達ができた。具現化できるのは無生物に限るため、魔力のもととなる食料は創造できないものの、そこは普通に栽培したり、罠を作って動物を捕ればいいことだ。
穏やかで、平坦で、代わり映えのしない日々。
静かな水面に時折投げ入れられる依頼人という小石は、その日、かつてないサイズの巨石となって大きな水柱を聳え立たせた。
「お邪魔するわよ! ――うわダサッ!」
ノックもなしに不躾に開かれた扉から聞こえてきたのは、耳に心地よい低音と、相反する女性的な口調。そしてド失礼な叫び。
食事の後片付けを止めて振り返ると、そこにはいかにも貴族然とした男が顔を引き攣らせておののいていた。
絵に描いたような美しい金髪碧眼で、端正な顔立ちをしている。華美な服は森の一軒家には浮いているが、男にはこの上なく似合っているように思えた。
そんな男は更に続ける。
「何よこのダサさ! いっそ芸術的だわ! 紫の絨毯の上に、ピンク地にオレンジの水玉ソファ! その服どうなってるの、なんでそんなに左半分だけフリルに埋め尽くされてるの!? ……何か大きな悩みでも抱えてるなら相談に乗るわよ」
「お帰りはあちらですよ」
「待って待って、頼みがあるのよ」
フリルでびらびらの左腕で扉を示すと、一転猫撫で声で愛想をぶつけてきた。
今更遅いのだ。リコリータのこの溢れるセンスを馬鹿にしておいて。
紫色は優雅で落ち着くし、ピンクとオレンジは気分が明るくなる。服のフリルは可愛らしくとも、アシンメトリーの配置は大人っぽいでしょうが。
「組み合わせが最悪なんだけど、センスの悪さを指摘されたことはない?」
「ありませんね。某画家の方が私のセンスに衝撃を受けて、魔界なる独特の世界観を表した作風で一躍有名になったということならありますけど」
「冒涜的な感性に触れて人生を塗り替えられたって、まさかあなたの感性のことだったの……」
ドン引きしながらソファの触り心地を確かめた男が、荷物を置いて恐る恐る腰掛ける。誰が座っていいと言ったのだ。
仕方がないのでお茶を出すと、コップの形や模様に不満を述べられた後、改まって男は名乗った。
「私はジブリル。王都ではそこそこ有名なファッションデザイナーよ」
自信に満ち溢れた顔の自己紹介に、リコリータは小さく返す。
「リコリータ。創造の魔女です」
「考えたものを具現化できる。間違いないわね?」
「そうですね。魔力が足りれば、まあ、一応」
ジブリルの話は、今までにない依頼だった。
「最近大きな店から独立して、新しい店を開こうとしてるんだけどね、服を作るのってお金はともかく時間がかかるのよ」
リコリータの生活から遠い物作りの話は興味深かった。
デザイン、製図、型紙、資材集めに裁断に縫製。仕上げからの微調整。この間にも色々な作業が入り、ようやく服が一着完成する。
リコリータなら数秒で終わる作業が、普通なら何日も必要になる。ジブリルがメインで作っているというドレスであれば、数か月という時間を必要とするらしい。
「大変なんですねえ」
「そうなのよ。そこであなたに頼みたいことがあるの」
「なんとなくわかったけど、多分難しいですよ」
「私の考えたデザインを、あなたに作って欲しいのよ! 一緒に店をやりましょう!」
「うーん。お店をやるということ自体はいいんですけど……」
魔法による物質制作にはデメリットが色々とある。
まず、魔法使い自体が少ない中、制作系の魔法が使える魔法使いは更に少ない。かつ、各魔法使いの魔力の質は均一ではなく、制作の方法はそれぞれ違う。ゆえにノウハウは引き継がれず、技術は磨かれず、およその場合完成度が低い。
そもそも魔力というのは気紛れで不安定なものだ。球になれと思ったところで、素直に綺麗な球にはなってくれない。ムラが酷かったり、歪であったり、触れると言いようのない違和感があったりする。
イメージ力を高め、技術を磨けば、理想に近い物はできるだろう。リコリータはそれしかできないおかげだろうか、他の魔法使いよりイメージの通りに物を作る能力が高い。しかし、それでも全く同じ物は作れない。だから例えば既存の宝石の贋作を作ろうとしても、確実にプロの目を誤魔化せはしないのだ。
ゆえに、魔法で作った物は信頼度が低いため売れにくい。
そして何より、魔法使い、魔女という存在そのものが人々から胡散臭く思われていて、嫌煙されがちである。
踏まえて、更にもうひとつ。
「こういう物を作ってくれと依頼を受けますけどね、皆さん微妙な顔をしてお帰りになるんです」
「……一応聞くけど、何を作ったの?」
「そうですねえ。最近だと例えば、孫にあげたい世界にひとつだけのオルゴール」
「あら、素敵じゃない」
3、2、1と指を振る。輝く指先から線が伸び、テーブルの上に魔力が集まる。目を覆いたくなるほどに一際強く光を放ち、それは姿を現した。
「やはり魔法で作ったものは不気味なんでしょうね」
「デザインがヤッベエのよッ!」
裏返った声で悲鳴を上げ、ジブリルは素早くジャケットをオルゴールに被せて隠してしまった。
うごうごと蠢く布を、青白い顔をして見ている。まるで目を逸らしたら襲いかかってくるとでも言いたげである。失礼な。ただのオシャレな一点物オルゴールだぞ。
「う、動いてるわよ」
「音楽にあわせて、可愛い人形が躍るんですよ。オシャレでしょう」
「人形? もしかして真ん中に生えてた、スライムをゴミと一緒に煮詰めて手足を生やしたアレが人形のつもり? あなたもしかして魔物にでも育てられたの? 気付かなくてごめんなさいね」
「は? オシャレでしょうが。刮目して見よ」
「イヤー! 目が腐る! 私の培ってきた常識が破壊される!」
なんて失礼な男なんだ。
あまりにも怯えるので、渋々オルゴールを魔力に戻した。リコリータの制作物は、分解すると素材分の魔力に戻ってくるエコな品なのだ。
虫を怖がる乙女のような男に「もう消しましたよ」と告げると、恐る恐る顔を覆った手を外す。潤んだ目でオルゴールの不在を確認し、震える息を吐き出した。
「不思議……心なしか内装がマシに……思えるようなそうでもないような……いいえ、待って私。気をしっかり持って、正気に戻るのよ……」
数秒目を閉じて、開く。乾いた目がリコリータを貫き、男は笑顔を浮かべた。
「うん、ダサいわ! ――ダサいのよ! なんなのあなたの冒涜的なセンス!」
「お気を確かに。ジブリル様、情緒が不安定過ぎるのでは?」
「誰のせいなのよッ!」
少なくともリコリータのせいでないことだけは確かだ。
温かいお茶と、考えうる限り最高に手触りのいい自慢の毛布を与えると、ようやく心の安定を得たようだった。
ダサいダサいと言いながらも毛布を可愛がっている。
「いいでしょうその毛布。サイケデリックな極彩色が、あなたの気分を高揚させてくれますね」
「そうね……見た目以外は最高だわ。魔力のムラは少ないし、ムラを消せない部分も模様に溶け込ませてデザインの一部にしてる。あなた、人の心を破壊する壊滅的なセンスさえどうにかできれば、やっぱり優秀な魔女なのね」
流れるように人のセンスを蔑んで、彼は荷物から一枚の紙を取り出した。
「ちょっと、試しにこれを具現化してみてくれないかしら」
「依頼となりますから、お代をいただきますよ」
「勿論よ」
紙には女性用の手袋が描かれていた。
どんなドレスにも合いそうな、シンプルなレースと花飾り。尖ったところはどこにもないのに、それでいてなぜか目を惹く。なるほど、そこそこ有名なファッションデザイナーと自分で名乗るだけあるようだ。
目に焼き付けるべく凝視して、目を閉じ、頭の中で立体化する。
大切なのは、どれだけ鮮明にイメージできるかである。くるり、くるりと指を回しながら可憐な手袋を組み立てる。サイズは……ジブリルのものでいいだろう。彼の依頼で報酬を貰って作るのだから、リコリータ用を作っても意味がない。
3、2、1と指を振る。
「ギャ――ッ!」
途端に汚い悲鳴が上がった。乙女らしい絹を裂くような悲鳴は上げられなかったものだろうか。
熱い物でも触ったかのように跳ね上げられた両手には、リコリータの想像ピッタリそのまま、見事に具現化された手袋が嵌っている。我ながら上手くできた。
中性的な美貌からは想像できないほど大きく骨張った手は、リコリータなりのアレンジを加えた手袋に彩られて魅力を増していた。
レースには健康を祈願するグルグル模様を取り入れ、少々華やかに。花飾りは彼のややトゲのある内面を表し、びっしりと生えた鋭い牙がプリティーなジョウズフラワーに変えた。白では寂しかったので、温かみのある肉色に。素材は手をしっとりと保護するリコリータオリジナルの布にした。フリルはオマケだ。フリルは可愛い。
「イヤー! ナニコレ、しっとりしてる! と、取って取って!」
「嫌ですねえ。発狂するほど感激してくれなくても」
「早く取れッ!」
「えー」
過不足のないサイズと、しっとりとした布の抵抗で、手から大変抜きづらい。
面倒になって手袋を魔力に戻した頃には、ジブリルは汗びっしょりになって蒼褪め、大袈裟に呼吸を乱していた。
「手が得体の知れない生物に食べられたかと思った……!」
キッチンに飛び込んで手を洗う。保湿力の強いただの布なので、別に動物の唾液や消化液を沁み込ませたわけではないのだが。
何度も手指が溶けていないかを確認して、ジブリルはキッとリコリータを睨み付けた。
「あなた!」
「はい」
しょんぼりと肩を落とす。よかれと思った魔法だが、またもリコリータは何やら失敗をしたらしい。上手くできたと思ったのに。
仕方がない。リコリータはほとんど人と関わりを持ったことがないので、些細な機微には疎いのだ。また評判は下がるだろうが、それで困るわけでもなし。
お叱りを待ち、よくわからないけど期待に添えなかったようでごめんね、と頭を下げようとしたリコリータだったが。
「今日はこれで帰るけど、また明日あなたの壊滅的なセンスを矯正しに来るから、首を洗って待ってなさいよ!」
「はい?」
言い捨てて、慌てた足取りで小屋を飛び出して行ってしまった。荷物はいいのだろうか。また明日来るならいいのかな。
「……またのお越しを」
聞こえないだろう見送りの挨拶をこぼして、リコリータはぽかんと口を開けたまま、しばらく呆然としてしまった。
「早く処置しないと手がべろべろになるんじゃないかと思って慌てて帰ったけど、今朝起きたらむしろしっとりツヤツヤしてたわ」
「いらっしゃいませ、おはようございます」
腑に落ちない顔をして現れたジブリルの手は、確かにやけにしっとりしていた。行った処置とやらと、布の保湿成分が噛み合ったのだろうか。試しに昨日の布を一切れくれというので、小銭と引き換えた。
「いいかしら。何ひとつアレンジをしないでこのデザインで服を作って。アレンジをしないのよ。絶対にアレンジをしないで」
「その色眼鏡どうしたんです?」
「アレンジされた物をうっかり直視したら視力が落ちそうじゃない」
「そんな……目が潰れそうなほどセンスが輝いてるだなんて照れますね」
「息をするようにアレンジをしない! ワカメを付けない!」
「どこがワカメですか。緑のフリルも可愛いじゃないですか」
「あとよく見えないけど、これフリル以外にも絶対余計な色入れてるでしょ」
「可愛いですよ。よく見て」
ちらりと色眼鏡の隙間から完成品を確認したジブリルは、その服を悪魔の正装と題した。きっと誉め言葉だろう。
「……これは怖い物見たさなんだけど、試しにデザイン画なしで、あなたの思うドレスを作ってみてくれる?」
完成した物を、ジブリルは魔物の脱皮した残骸と言い放った。これはわかる。悪口だ。
「人のセンスにケチ付けるのってどうかと思います」
「常識の範疇なら私だって何も言わないわよ!」
やれやれと大きな溜息を吐いて、ジブリルは色眼鏡を外した。リコリータの突出したセンスに少々慣れてきたらしい。
「普通に疑問なんだけど、どうしてこういうものを好きになったの?」
コンコンとテーブルを叩いて、困った顔で首を傾げた。
どうして、と言われると難しいが、リコリータが人と違うセンスを持つと言うのなら、恐らくは育ちのせいだ。
「少し長くなるんですけど」
リコリータは凡庸な平民の家に生まれた。裕福ではないが、食に困るほど貧しくはない家だった。
魔力を持つ者、魔法使いはヒトの突然変異体だ。血筋に関わらず生まれるそれは、大抵その周辺に混乱をもたらす。
リコリータも例に漏れず、感情が高ぶるたびに魔力を暴走させ、家をめちゃくちゃにした。リコリータの魔力は無生物を作るというだけの作用しか持たなかったから、怪我人が出ることがなかったのは不幸中の幸いだ。
けれど理解できない力に家族は怯え、隣人は眉を顰め、六歳の頃についに疎ましがられて捨てられることになった。
あわや山に放り出されるかというときに、救いの手を差し伸べたのは、父の弟であるダニーだった。冒険者である叔父を、リコリータはこの日初めて見た。彼は根無し草の男で、ずっと昔に家を出奔していたそうだ。
三度の飯より旅が好き。長く一人で色々と見て回った彼は、同行者と感想を共にしたくなったのだと語った。それが本心なのかリコリータに対する慰めだったのか、今となってはわからない。
彼はリコリータという足枷をものともせず、あらゆる場所に足を運んだ。
旅をした場所は、安全な人里ばかりではない。魔物はびこる山の奥、ダンジョンの中まで出向いたし、むしろそういう場所にいた時間の方が長かったように思う。ダニーは意味がわからないくらいに強くて、どんな危険な場所に連れて行かれても、命の危機はあまり感じなかった。
多くの文化に触れた。人が紡いだ歴史、滅びた文明の跡地。幼いリコリータの脳は、それらを整理することなく並列に刻み込んだ。引き出しにぽいぽいと放り込んで、ラベルを付けることなく一緒くたにして、複雑に融合した。
「だから、好きというか、私にとってはこれが普通なんですね」
「なるほどねえ。豊富過ぎる知識が取っ散らかってるってことかしら」
節くれ立った骨太の指が、つるりとテーブルの縁をなぞる。
「このテーブルのここら辺の柄、ルヴェール地方のものでしょ。形はカヌレズの伝統的なものかしら。どこかで見たことがあるとは思ってたけど、あまりに組み合わせが斬新過ぎて気付かなかったわ」
「可愛いでしょう」
コメントはなかった。可愛いでしょうが、と再度圧をかけるリコリータを綺麗に無視して、ジブリルは難しい顔で腕を組んだ。
「あなたの作る物、全部が全部悪いわけじゃないのよ。例えば……このカーペットの、この辺りの素材と柄。広い視界だと地獄から手招く死者のように見えるけど、ここだけを注視してみると凄くいいわ」
初めて真っ直ぐに褒められて、思わずニッコリ顔が緩む。そこは特にお気に入りで、ダニーにあげたハンカチの組み合わせを流用したところだ。ハンカチとしては素材が分厚すぎて収納に苦労していたようだが。
「ちなみに……言いたくなければ別に言わなくてもいいけど、どうして森の奥に住むことになったの?」
「ちょっと、人里に定住するのって怖くて」
十二歳のとき、ダニーが病気で亡くなった。旅ができていたのはダニーが強かったからだ。リコリータ一人で旅を続けることはできず、どこかに家を作ろうと決めた。
決めたが……リコリータは家族や隣人に怖がられて追い出された人間だ。人里に住むとなれば、ご近所付き合いというものが発生するだろう。それはとても嫌だった。
ここはダニーが気に入っていた場所だ。近くに澄んだ池があり、弱い魔物しかおらず、半刻も歩けば村がある。
「村から半刻もかけてここまで来るの、結構めんどくさいのよねえ……」
子供のように口を尖らせてボヤく彼は、まだリコリータと商売をしようという気があるのだろうか。
自分ではわからなかったが、リコリータのセンスは世間一般とは大分ズレているらしい。依頼人が微妙な顔をして帰って行ったのも、もしかしたらそのせいだったのかもしれない。
魔法とは万能ではない。特にリコリータの創造魔法は、自由自在なようでそうでもない。
イメージを具現化するという都合上、リコリータが「この方がいい」と思えば変更を抑えられない。アレンジをするなと言われても、勝手に成されてしまうのだ。
六年という時間をかけて蓄積され、ここに住み着いてから四年という時間で熟成されたごった煮のセンス。彼曰くの壊滅的なセンスを矯正するのに、どれほど時間がかかるだろう。
そういうことを踏まえて、改めて考えてみて。
「普通に作った方が早くありません?」
「そんなことないわ!」
丁寧に魔法の説明をして考えを問うたリコリータに、しかしジブリルは力強く否を返した。
あなたは可能性の塊よ、と彼は言う。
「私は色々なことをやりたいの。この頭はなんでも考え付くわ。服だけじゃなく、帽子や手袋、靴にアクセサリー、上から下まで揃えたい。でも、全部作ろうとしたら、ただの一平民が一体どうすればいいの? 資産もコネもある富豪の貴族じゃないのよ」
「えっ、ジブリル様、貴族じゃなかったんですか。その顔で」
「平民よ。そりゃあ私はそこらの貴族より美しいけど」
「へー。じゃあジブリルって呼びますね」
「いいけど……あなた貴族相手のつもりでその態度だったのね……」
ごほん、と咳払いをして話を戻す。
「あなたがいれば、私のやりたいことは全部叶うわ。魔法で作ったから何よ。職人が一から作ったことに代わりはないじゃない!」
職人と並べてくれるのは大変嬉しいが、気がかりなことはある。
「まあ、普通に作るよりお安く提供はできますよね。ただ、耐久度はともかく、耐久年数は魔法の物じゃない方が長いかもしれません」
「そうなの?」
こくりと頷き、リコリータは棚から一振りのナイフを取り出した。
ジブリルは魔法のことをどこまで知っているだろう。
「これは七年前、私が一番最初に『作る気で作った』物です」
リコリータがそれなりに魔法を使えるようになったのは、ダニーと旅立って三年が経つ頃だった。それまでもうにゃうにゃと得体の知れない何かを作り出していたのだが、偶々それを目撃した通りすがりの魔女が、制作魔法という物を教えてくれたのだ。色々と試した結果、自分は想像した物を具現化できるのだと知った。
そうとなれば、ダニーに何かを作ってあげたいと思ったのは当然の流れだった。
何を作るかを考えだして、ダニーの行動を不審がられるほどに注視した。冒険の中で一番役立つように見えたのは、小さくてシンプルなナイフだった。
「魔法で作った物は、そのままでは一週間ほどで消滅します。形作った物に更に魔力を込めることで存在を固定するんですけど、永遠に続くものじゃありません。耐久年数を迎えると、魔力に戻ってなくなります」
盲点だったと目を瞠り、彼は難しい顔をして問う。
「魔力をどれくらい使うと、どれくらい持つの?」
「そうですねえ」
客商売を考えているのであれば適当なことは言えない。
過去を振り返って、あまり気にしたことのない記憶を拾い上げた。何せ消滅したら作り直せばいいことだったので。
「あくまで経験則なんですが」
前置いて、制作物のおよその経歴を挙げていく。ジブリルはそれらを几帳面に書き留めた。
家の中の物には、あまり多くの魔力は込めていない。
食器の類は四年間存在し続けている。大型の家具は一年から二年で消えた。テーブルや椅子はまちまちだが、三年くらいは持っただろうか。服は約半年。布地が多く、模様が複雑で、フリルが多い物ほど早く消えたように思う。
「……小さくてシンプルなものほど長持ちする、のかしら」
「そういう傾向はありますね」
「それなら、ドレスの耐久年数は短そうね……」
「そうですね。ついでに言うと、後から追加で魔力を込めても耐久年数は伸びません」
かなり魔力を込めた家屋の耐久年数は二年。これは間違いない。そろそろまた危ないかなと思っているところだから。
リコリータの魔法は、単純で大きな物より、小さくて複雑な物の方が魔力を食う。自作のこの家は制作物としては飛び抜けて大きいが、完全なるただの四角い箱のため、サイズの割に長持ちするのだ。
ちなみに、いつ家が消滅してもいいように、家の隣には物置のような狭い小屋を併設してある。家を制作するには一気に大量の魔力を消費するため、魔力を使った日に消滅してしまって難儀しないようにと考えた結果だ。
「……そう」
目を瞑るジブリルの口から、やはりこの話はなしだと言われる瞬間を待った。
正直なところ、一人は少し寂しい。リコリータは六歳から十二歳まで、片時も離れずダニーと共に過ごしていた。もう四年経つというのに、未だふとした瞬間に傍らのダニーを見上げようとして、誰もいないことに瞳を伏せる瞬間がある。
だから、二日続けて現れたジブリルの存在は、リコリータの心を躍らせるものだった。いつもはすぐに帰ってしまう客。透明な分厚い壁の向こう側から話しかけてくる、距離感の大きな会話。
ジブリルは物凄く失礼ではあったが最初から近くて、リコリータと一緒に商売をしようと持ち掛けてくれたのだ。
人里で過ごすことは怖い。けれど一人は寂しい。誰に嘆くこともできない身勝手な我儘を、ほんの一時だけとはいえ慰められた。
「じゃあ、少しやり方を考えて見ないとね」
悲しいが、まあそんなものだ。
魔法についてのメリットデメリットを書き留めた紙を見ながら、ジブリルが席を立つ。
うんうんと考え込みながら、挨拶もなく去って行って――あれ、また荷物を置いて行った。
呼び止めたのだが反応なかった。自分の声は小さかっただろうか。もしかしたら、荷物を取りにまた明日来てくれるかもなどと、小狡い考えが働いたのかもしれない。
反省しながら翌日を迎え。
「一週間! 考えてみたら丁度いいじゃない! そのまま行きましょ!」
朝早くに開いた扉の騒音で起こされた。
「ちょっと、仮にも乙女が寝間着で出てくるんじゃないわよ。早く着替えてらっしゃい!」
「なんたる勝手……早起きの魔女なんて、この世に存在しないんですからね……知らないけど……」
しょぼしょぼと目を擦りながら現れたリコリータに文句を垂れ、勝手にキッチンでゴソゴソと茶を入れている。
寝室に戻って着替えながら、リコリータはふわふわと浮き上がる嬉しい気持ちを噛み締めた。
また来てくれた。そのまま行きましょ、ということは、まだ諦めずにいてくれるのだろうか。
カップの柄に文句を垂れ、着替えた服を見て文句を垂れ、持参してきてくれたらしい朝食を広げて、早速ジブリルは興奮した面持ちで計画を話し出した。
「魔力を込めずに持つ限度が一週間なら、一週間しか持たない服として売り出せばいいのよ」
徹夜で考えたらしい。美しい目の下に隈を作ったジブリルが語るには、こうだ。
魔法で作った品は価値が低く見られがちだ。とはいえ材料費や製作費がほぼかからず、早く作れるというのは紛れもないアドバンテージ。安く、早く、それでいて長持ちするとなるとライバルたちに僻まれる。
となればいっそ、一回切りしか着られない服として売り出すのはどうだろう。
「ドレスはおろか、オーダーメイドで少し気取った服を何度も作れる家なんてそんなに多くないわ。でも、世界に一着のドレスってやっぱり憧れよ。 今度のパーティーで一度だけ、次のデートで特別なオシャレをしたい! そういうところを突くの。デザインを安売りする気はないけど、無暗に高値を付ける気もないもの、手の届く価格で提供できるはずよ」
「はあ。ドレスで有名なお店って高級なイメージがありますけど、お手頃価格でいいんですか」
「いいのよぉ! 私は幅広い人に私のデザインを褒めて欲しいんだもの!」
「……着て欲しいのではなく?」
「そりゃあ着て欲しいけど、結論、努力を褒められたいの! 私はね、努力したことを褒められるのが大好きなのよ!」
ジブリルは自他共に認める美形である。昔から顔ばかり褒められていたらしい。
「顔ばっかり。顔ばっかりよ。生まれ持ったものばかり褒められたって、そんなの私の功績じゃないのよ」
中身を褒めて欲しいと考えた少年ジブリルは、己をマネキンにしながら服飾業界に足を踏み入れたと言う。己の容姿に辟易しつつも、ある物は使うという根性が素晴らしい。
「でも私ってば美しいじゃない。女性客を相手にすると、本人からの秋波もパートナーの嫉妬も面倒くさくてね。試しにこういう口調にしてみたところ、当たりだったってわけ」
思いがけないことを聞いて、ぽかんと無防備に口を開けた。
仕事を始めてから口調を変えたということは。
「え、じゃあ、それまではただの美男子だったわけですか」
大きな口でパンを頬張った彼は、似合わぬような、けれどとんでもなく似合うような悪い顔でニヤリと笑った。
「そうだよ。俺は顔がいいからな。客引っかけて旦那に恨まれたら商売にならないだろ?」
「うわ、こわ……」
「なによぉ。私の貴重な素顔にドン引きすんじゃないわよぉ」
フンと鼻を鳴らして口調を変える。
「ま、今となってはもうこっちで慣れちゃったから、男口調は……そうねえ……喧嘩売るときと、ちょっと格好付けたいときに出るくらいかしらね」
「相手はびっくりするでしょうね」
「面白いわよぉ」
それで、と仕切り直して。
「どう? オーダーメイドで作る、魔法の一夜の美しさ。店の名前は、虹なんてどうかしら!」
「いいんじゃないでしょうか」
「反応が薄いわよ!」
「とってもいいと思います」
本当に、心からいいと思っているのだが。
ただ、大きな問題が解決していないだけで。
「普通に作った方が早くありません?」
「………………そんなことないわ」
眉間に深い皺を寄せ、たっぷりとした溜めを挟んで言われても説得力がない。
「どうしてここを人間の皮膚みたいな質感にしちゃったの。私のドレスは前衛芸術じゃないのよ、リコ」
「肌触りがいいかなって思って」
「中にもう一枚着るから、肌触りは考えなくて大丈夫よ。……あ、消すのはちょっと待って。そこの模様写させて。いいわねこのパターン。どこで見たの?」
「どこでしょ……確か、東の島国の……」
方針が決まったからといって、突然リコリータのセンスが世間一般に沿うはずがなかった。
今は店を閉めているというジブリルは、リコリータの家に足繁く通い、作った物に細かく修正をかけて、ゆっくりと形を整えていく。修正する際の解説はリコリータも納得できるものだったから、同じ失敗を繰り返すことはない。
ときに彼は、リコリータの独特なアレンジを取り入れた。王都にいては得られないデザインを、リコリータの記憶の欠片から拾い上げては自分のものにしていく。
あまり一般的な感性を持っていないらしいリコリータから見ても、元々ジブリルのデザイン画は素敵な物だった。だが、様々な様式を取り入れて出力された新しいデザイン画の数々は、より一層素晴らしい物だと思った。
リコリータが褒めることをジブリルが喜ぶかどうかは微妙だろう。そう思いながらも素直に感想を伝えると、彼は子供のような笑みを浮かべて喜んでくれた。
「そうでしょう、いいでしょう! さあ、ホラ、早く作りなさいな!」
急かすジブリルは、ついに近くの村から通うのが嫌になったらしい。今日は大量の荷物を併設してある小屋に持ち込んで、今日からここに住むと言い放った。家賃代わりに都会のオシャレなご飯を三食作ってくれると言ったから、迷うことなく了承した。
何を隠そう、リコリータは魔法の物作りが得意な反面、己の手でじっくり物を作るのは苦手なのだ。料理など最たるものである。一人で生きていけるのと、美味しい物を食べたい欲は別だった。
……これはご近所付き合いにあたるだろうか。特に嫌悪感はないし、煩わしさも感じない。
朝から晩まで、ああでもないこうでもないと試行錯誤を繰り返す日々。楽しい楽しい毎日だった。
「ところで、今まで一番嬉しかったのは、誰に褒められたときですか?」
「そうねえ……美貌の伯爵令嬢に、変わり種のドレスを褒められたときかしら」
王都には、光り輝く美しさで知られるご令嬢がいるという。微笑みは薔薇のよう、声は鈴のしらべのよう。
ジブリル曰く、抜群のセンスで己の美貌を引き立てているところが素晴らしいらしい。自分に似合う物をしっかりと把握しており、装いに妥協したところがない。
「流行を詰め込んだドレスを褒められるより、やっぱり自分で考えたドレスを褒められた方が嬉しいもの。相手がファッションに詳しいなら尚更ね」
ならばリコリータに褒められてもやはり微妙ではないのかと思ったが、とやかくは言うまい。大であれ小であれ、喜んでくれたなら嬉しい。
「独立する前はご来店のたびに私を指名してくれたし、独立してからも新しい店に足を運んでくれたのよ。ああ、新しい店にもまた来てくださるかしら」
「頑張りましょうねえ」
「フリルを増やさない!」
「可愛いでしょうが」
「そうね、フリルは適度な量なら可愛いわね。でも今作って貰ってるこれは仕事着なの。可愛くありつつも、動きやすくないといけないのよ」
「ちょっとだけならいいですか?」
「……本当にちょっとかしら」
「ちょっとだけ。本当にちょっとだけ」
「…………ちょっとならいいわよ。ちょっとだけよ」
案の定フリルを増やし過ぎて怒られること数回。初めてジブリルからOKが出た。
完成したのは、仕事着と言うにはオシャレな、メイド服に似た服だ。最高に可愛い。思わず体に当てて、硬めの表情筋を緩ませてしまった。
「うーん、さすが私。似合ってるわ。早速着ておいでなさいな」
ご満悦という表情で着替えをすすめられて目を瞬かせる。
「私が着るんですか」
「そうよぉ。あなたのサイズで作ってって言ったでしょう」
それはあなたの仕事着よ、とジブリルはチェシャ猫のように笑った。
「従業員は動くマネキンよ。私のデザインセンスをアピールしなきゃ。あなたが可愛く見えれば見えるほど繁盛するんだから、後で髪も整えましょうね」
仕事着、ということはそこそこ長く使うのだろう。言われるままに着替えつつ、服に魔力を注ぎ込む。思ったよりずっと多くの魔力が流れてしまったので、一年以上は持ちそうだ。
仕事着を身に纏ったリコリータは、自画自賛になるが、可愛らしかった。くるくるしたくせ毛の茶髪に、茶色い目。可もなく不可もなくの平凡な容姿が、服を変えただけで華やいで見える。
無造作に纏めた髪を解き、せっせと手櫛で整えた。再び覗いた鏡には、先程よりもきらきらと輝いた自分が――。
「あっ」
なんだか明るいなと思ったら、家が消失していた。壁がなくなったらそりゃあ明るい。
「ちょっと、家が消えたわよ!」
「いやあ、もう少し早かったら危うく素っ裸を晒すところでした」
前回の制作からそろそろ二年。家はついに耐久期限を迎えたらしい。森の中に色彩豊かな家具が整列している光景は、製作者であるリコリータをもってしても中々に不気味だった。
しかし、このタイミングは困ってしまう。
新しく家を作ろうにも、この仕事着にだいぶ魔力を使ってしまった後だ。併設の小屋はジブリルが占領している。
家具をいくつか潰して魔力に戻せば、物置のような小さな家なら建てられるだろうか。
「……ねえ」
思案するリコリータに、ジブリルらしからぬ控えめな声がかけられた。
顔を向けると、迷うように青い瞳が揺れる。あざとい上目遣いをして、少し尖らせられた唇から心細げに言葉を紡ぐ。
「よければあなた、このまま私と王都に行かない?」
一瞬何を言われたのかと思ったが、考えてみれば当たり前の勧誘だった。
長く住んだ森を見渡す。人里から離れた、人の手の入らない場所。こんなところにいて商売などできるはずがない。作成した日から一週間だけ存在する服を、何日かけて輸送するのだ。
人里に住むことを拒否しつつも、仕事は断らなかったリコリータ。ジブリルはどういうつもりなのか悩んでいたはずだ。思い当たらなくて悪いことをした。
共に店を開くと決めたのだから、そうしなければならないとなればリコリータに否やはない。軽く頷こうとして――脳裏に浮かんだ過去の記憶に唇を噛む。
俯いたリコリータに、ジブリルは歩み寄った。解いた髪を梳くように撫でて、弱ったような声で言う。
「卑怯なタイミングだとは思うのよ。もっと前に移動を打診しておけば、リコだって心の準備ができたんでしょうし。でも、その……断られたくなくて、これはチャンスだと思ってね……」
「いえ、卑怯とは、特に」
誘いを躊躇ったのも自虐を混ぜるのも、思うにジブリルの優しさゆえだ。
雑談に混ぜて過去を語るたび、彼は作業の手を止めてリコリータを見詰めていた。あれはトラウマの深さを量ってくれたりしたのではないだろうか。
「何事からも私が守るなんて無責任なことは言えないわ。少なからず魔女を胡散臭く思う人がいるのは事実だし、私は魔女としてのあなたの能力を頼って声をかけたんだから、それを隠すこともできない。やっかみは必ずあるはずよ」
真摯な言葉に目を閉じる。
ゆっくりと深呼吸をして、目を逸らし続けてきた古い悪夢を思い出す。
ダニーと見た沢山の景色に、ジブリルと過ごしたたった一月程度。数々の鮮やかな思い出に押され、それは随分と小さく、薄くなっていた。遠くに見えるモノトーンの家族の怒り顔が、虹色の世界で過ごすリコリータをどう傷付けられるというのか。一体自分は何を怖がっていたのだろうと思うと、少し笑ってしまう。
「それでも、できる限りはあなたを守れるよう努力するわ。共同経営者として……それから、友人として」
「行きます」
「え?」
「行きますよ。だって、一緒にお店をやるんでしょう。この国の王都は初めてなので、色々教えてくださいね」
唖然とした顔は、端正な顔を少しも損ないはしなかった。飄々と返した言葉を咀嚼して、宝石のような瞳が煌めきを増す。
「ええ、ええ! お気に入りのご飯のおいしいお店を教えてあげるわ! 楽しみにしててね!」
両手を取られて強く握られる。大きな手は思わぬほどの熱を伝えた。
なんだかやけに気恥ずかしくて、よろしくお願いします、と返した声は蚊が鳴くほどに小さくなった。
残る家具を野晒しのまま放置するのも景観が悪い。作った物はおよそ魔力に返し、代わりに作った大きな鞄に必要な物を詰め込んだ。
自分とは縁遠い王都は、もっとずっと遠い場所だと思っていた。けれど旅立ってみればそんなことはなく、整った道や馬車を使えば、さしたる苦労もなく辿り着いた。ダニーと旅した町から町は、あんなにも苦労したのに。いかに僻地を歩いていたかを今更実感してしまう。
「さあ、ここが私の城よ。そして今日から私たちの城! ようこそ、アトリエイリスへ!」
「そうだ、看板も作りましょうね。名前の通り虹色にすると目立つのでは」
「勝手に作るんじゃないわよ。私の指示を待ってからになさい」
リコリータには立地のよさや店の規模などは全くわからないが、恐らく悪くはない店だと思う。
大通りから一本中。日当たりのいい一軒家は、一階が店舗で、二階が生活圏となっている。基本的に、ここでオーダーを受け、デザインを相談し、制作は工房に発注していたらしい。作業用のスペースが必要ない分広くはないものの、一人で経営していた店としてはそこそこ立派なのではないだろうか。
その家の二階の空いた一部屋を貰って、リコリータはジブリルと一緒に生活することになった。いい歳をした男女であるのだから、本来ならひとつ屋根の下で暮らすべきではないのかもしれないが、森の奥で二人で暮らすような日々を送っておいて今更だ。
必要な家具は勿論自分で作った。部屋は片付いたかと覗きに来たジブリルが発狂していたが、自室を好みに改造して一体何が悪いのか。壁紙には手を付けていないから安心して欲しい。
早速店を開くのかと思えば、まずは王都に慣れろと言う。ただの観光客のようにあちこちを案内され、独立前に勤めていたというファッションショップにも顔を出した。
あらかじめ手紙で話を通していたらしく、意外にも好意的に迎えて貰って驚いた。なんでも顧客となるターゲットが違うから、ライバル関係にはならないらしい。
ありがたいことに工房まで見学させて貰えたため、より細部までイメージできるようになって、一段と服の完成度が上がった。
家に帰ると、ジブリルが描いたデザイン画を基にドレスを作る。前よりリテイクが少なくなった。リコリータが人間社会に慣れてきた証だろう。ここら辺のフリル具合など、全く素晴らしい俗世ぶりではなかろうか。
「虹色のフリルは止めなさいね。コンセプトってものがあるから」
「そんな……うっすらとならどうです?」
「駄目です」
人類には早すぎるとジブリルに評されたリコリータの鋭角的なセンスは、まだまだ埋没を知らぬらしい。
毎日ドレスを作っては解く作業。互いの意思疎通にも慣れ、一着につき一週間ほどかければ、複雑な意匠も要望の通りに完成させられるようになった。
いくつかのドレスは魔力を込めて固定化し、展示用とした。平民用のオシャレ着のサンプルも、アクセサリーの類もショーケースに飾り付ける。流行の物から、リコリータの知識を混ぜた一風変わった物まで様々だ。店を訪れたジブリルの師匠にも、面白いデザインだとお褒めの言葉をいただけた。
意気込み、胸を張って店先に看板を掛ける。
誰の目にも魔法の店だとわかるよう、看板の文字は淡く燐光を放つようにした。魔法のファッションショップ、アトリエイリス。リコリータたちの城は、この日、小さな城門を開いたのだった。
「いらっしゃいませぇ!」
客が来なかったらどうしようかとドキドキしていたリコリータの心配は、あっさりと覆された。休む暇もなくというほどではないが、程々の間隔でドアベルが鳴り響く。
前の店に勤めていた頃からジブリルの作風が好きな客は、変わり種が好きな人が多かった。彼のデザインは流行に呑み込まれず目を惹くのだそうだ。そういう人たちは、魔法を面白い物として見てくれる。
開店から一か月、早くも常連となっている婦人が朗らかに笑った。
「ジブリルさんは私の魔法使いだもの。魔法のお店だなんて、今更よ」
彼女は子爵家の方だったという。
「流行のドレスが全く似合わなくて困っていた私に、ジブリルさんが一生懸命デザインを考えてくれてね。今までに見たことのない素敵なドレスだったわ。おかげさまで、歴史ある伯爵家の方に見初めていただけたのよ。あれはまさに魔法だったわ。彼は善き魔法使いさんよ」
「ふふ、ご夫人の魅力があればこそですよ」
「あら、謙遜しちゃって」
彼女の口調は、どことなくジブリルの口調と似ているような気がした。親近感を覚えて、高まっていた緊張が僅かに薄まる。
今日は具現化させたドレスを調整する日だ。柄を変えたいとか、装飾を増やしたいとか、そういう要望にも対応している。
「それでは、袖口のボリュームを少し落として、裾にこちらの模様のレースを足して作り直しますね」
リコリータはこのときが一番不安だった。パフォーマンスも兼ねて、目の前でドレスを作り直すのだ。うっかり常人とは一線を画するセンスを垣間見せてしまったらいけない。リコリータのセンスのことをリコリータ自身は気に入っているが、さすがに一般受けが悪いことは理解しているので。
トルソーに着せたドレスが魔力に戻る。
目を閉じて、婦人がドレスを着ているところを思い浮かべた。魔力に戻したドレスを着せると、途端に空気が華やいだ。ジブリルが魔法使いだと言う婦人の言葉に納得する。
彼女をもっと美しく輝かせるため想像力を巡らせる。ジブリルの魔法を、もっと素敵にするのがリコリータの魔法だ。袖口と裾を少し変えてみると、たったそれだけで可憐な花が瑞々しさを増すようだった。
3、2、1と指を振る。きゃあ、と楽しげな声がして口角が上がった。
「凄いわ、私の魔法のドレス、本当に全部が魔法でできてるのね!」
そう言って笑う伯爵夫人は、まるで少女のようだった。全身で喜んでくれる様に、体温がぽぽぽと上がる。
疎まれ、避けられ、微妙な顔をされてきたリコリータの魔法。それがこんなふうに喜んで貰えるだなんて思わなかった。喜んで貰えることが、こんなにも嬉しいだなんて思わなかった。
「ありがとう、魔法使いさんたち!」
「こ、こちらこそ、ありがとうございます!」
「うふふ、いっぱい宣伝してくるわね」
ぱちりとウインクを残して帰って行く背を見送って、上機嫌にデザイン画を片付けるジブリルへと視線をやる。
「ジブリルは魔法使いだったんですね」
「は? 違うけど?」
否定を返されたことを不満に思った。額で熱を計られながら主張する。
信用度の低い魔法の店と知りながら客が訪れるのは、ジブリルが積み重ねた功績と人望だろう。そういう人たちはきっと、程度の差はあれ彼を絵本の中の魔法使いのように思っているに違いない。彼の魔法で綺麗になりたい。そう願って店に来るのだ。
そして、長年魔法に対して抱いていたリコリータの微妙な気持ちを、あっという間に晴らしてくれた。これが魔法でなくてなんなのか。
「ダニーはナイフをプレゼントされて、喜んでくれなかったの?」
喜んではくれたけれど、彼が一番喜んでくれていたのは「リコリータがプレゼントをくれたこと」だったから、魔法の有無は関係なかったのだ。自分で金を稼いで購入しても、同じだけリコリータの気持ちを喜んでくれただろう。
彼はあくまで肉親だった。魔法という奇跡めいた能力を二の次にできる人だったから、リコリータは魔法の価値より人としての愛を知れた。
ジブリルは他人であるからこそ、リコリータに魔法の価値を教えられたのだと思う。
「なるほどねえ」
「だから私にとってのジブリルは、世界をひらいてくれた『善き魔法使い』なんですよ」
「そう」
ふい、と顔を逸らされる。悪いことを言っただろうかと思ったが、覗き込んだ先には照れた子供のような顔があった。
「……あなただって善き魔法使いよ。デザインしたものがこんなに早く作れるだなんて夢みたい。ありがとうね」
突然の賛辞に思わず笑顔を浮かべると、彼はなんだか眩しい物を見たように目を細めた。
昔はあんなに硬かった表情筋が、今では嘘のように柔らかく動くようになっている。これもジブリルの魔法だろうか。
増々やる気が漲って、もっと頑張ろうと拳を握る。喜んで貰えるのだと思えば仕事が楽しくなった。好きこそものの上手なれ。意欲が溢れ、集中力が増して、魔法の完成度は一段と高くなる。
素材の価値というものが介入しないから、魔法で作った物の価値がそれだけ低く見られるのは仕方がない。しかし、安価で、納品が早く、目の前で制作するのは華があるとして、アトリエイリスは評判を高めた。
魔法なんてとボヤく客も来店するが、目の前で服を作り直すと、意外と皆目を輝かせて見入ってくれる。
「魔法使いは希少だから、そもそも存在を疑って、手品とか詐欺だと思ってる人が多いのよ」
そうなのか。旅の途中でちらほら出会ったので、存在を疑われるほど希少だと思われていたとは知らなかった。
生活をし、商売をしていれば、知り合いは増える。あんなに躊躇っていた近所付き合いは、いざ目前にしてみると、なんでもないことだった。おはようございます、今日もいい天気ですね。そうして挨拶を交わすだけだ。制御できる魔法が迷惑をかけることはないし、魔法に怯える人もいない。
小さな嫌なことはある。でもそれは森で過ごしていても同じことだ。一人で嵐に怯えるのも、人の悪意に触れるのも、どちらも嫌なことなので。
「おい、魔女。あんた、胡散臭い魔法で商売してるって――」
「あ? 俺のツレに何か用か?」
ちょっかいをかけられそうになった矢先、ジブリルが声を低めて威嚇した。男は化け物でも見たかのように驚いて走り去って行く。
さもあらん。ファッションオネェたる彼に突然男口調で凄まれたら、誰だってああなるだろう。
「リコ、大丈夫?」
「何も起きてませんよ。ジブリルが助けてくれたので」
どちらも嫌なことなら、隣で支えてくれる人がいる方がずっといい。
一人で森に暮らすのを苦痛とは思わなかったが、王都に出て来てよかったと思うことは多かった。想像より温かくて、彩りに満ち、リコリータを受け入れて。
連れ出してくれたのは、ジブリル。行動力に満ちた、リコリータの優しい魔法使い。
笑顔を向けると笑い返される。荷物を分け合い、今日の予定を確認する。アレが食べたいと言えば、また今度ねと却下され、また今度、の未来を語る。
その一連が全て、奇跡の魔法のようだった。
そうして月日は流れ、ほんの一部とはいえ上流貴族までもが我らが城を気にするようになった頃。今までで一番大きな嵐が訪れた。
「まあ、クラリッサ様、いらっしゃいませ」
ジブリルが弾んだ声で迎えたドアベルの音。一心不乱にデザイン画を見詰めていたリコリータが顔を上げると、店の入り口に大輪の薔薇のような女性が立っていた。
豪奢な金の巻き髪に、長い睫毛に縁どられた美しいエメラルドの瞳。身に纏うドレスは街に出るのにふさわしくボリュームを落とした物なのに、その美貌をくすませていない。
出迎えるジブリルと並ぶと、物語の王子と姫のようだった。途端にリコリータとの間に線が引かれたような気がして、少しだけ胸が痛む。
「……ええ、お久しぶりですね、ジブリル。独立してお店を開いたと伺って来てみたのだけれど」
耳に届く声は、柔らかながらもよく響く鈴の音。洗練された身のこなしは白鳥のように優雅だ。
彼女は物憂げな顔をして、ゆったりと店の中を見渡した。リコリータの前で一度止まり、通り過ぎて、再度こちらに戻ってくる。
「魔法のお店だと聞きましたわ。彼女が魔法使いの方?」
「はい。私のパートナーです」
口元には微笑みが浮かんでいるのに、眼差しにどこか冷たいものを感じて背筋が伸びた。慌てて頭を下げて、メッキの礼儀作法で挨拶をする。
クラリッサは言葉を返さず歩み寄り、テーブルの上のデザイン画を拾い上げた。
「素敵なデザインね。実物を見てみたいわ。……ねえ」
近い距離で囁かれ、星を散りばめたような瞳に射竦められる。
「魔法使いさん。あなたの魔法を披露してくださらない?」
挑戦的な瞳だった。確かな悪意にゾッとして一歩下がる。ソファに足を引っかけて、思わぬ不意打ちに心臓が跳ねた。
「クラリッサ様、それは他の方のためのデザインで」
「でしたら、そうね……私が着ているドレスと同じ物をお願いしたいわ。それならいいでしょう」
「……恐れ入りますが、魔法とはいえ準備が必要となりますから、すぐに作れるものでは……」
今ここで、一度も作ったことがないドレスを制作するわけにはいかない。なぜなら未だ、一発目はデザイン画とはかけ離れた物ができあがるからだ。デザイン画ではなく見本を得ても同じである。ましてや今、リコリータは平静ではない。一段と、そう、酷いことになるだろう。
フォローをくれるジブリルに、令嬢は穏やかな声を崩さず、無邪気な様子で目を瞬いた。
「まあ……魔法使いといえば、杖を振ったら魔法を使えるものだと思っておりましたけれど、案外普通の人のようですのね」
そして無邪気さとは裏腹な目をして、テーブルに縋るようにして立つリコリータを睥睨する。
「それとも、もしかして……人に見せられないような魔法なのかしら。何か、生贄を必要とするだとか」
「そんなことはありません!」
カッとなって言い返すと、護衛らしき男が腰の剣に手をかけた。クラリッサは怯えたような顔をして距離を取る。
「怒鳴るだなんて。ほんの冗談でしたのに」
今更失態を悟っても遅かった。悪質な冗談だと怒っていい相手ではなく、まるで図星を突かれたようだと言われたら、無害な魔法だという証拠を見せるしかない。
「ご無礼を、申し訳ありません。ですが」
悪意を直接浴びていない彼も気付いたはずだ。クラリッサは魔法を、あるいはリコリータを嫌っている。
庇うように間に立ったジブリルの目が揺れ、言葉が切れた。
魔法は使えない、と言いたいのだろう。魔法でドレスを作れば、リコリータの独特なセンスを晒すことになる。クラリッサはそれを嘲笑うのか、蔑むのか。どちらにせよリコリータは更なる悪意に晒される。
でも、そうしたら彼女は恐らく、悪意のある可能性を言いふらす。
「で、でしたら、そこのドレスの複製を」
「私のドレスを作って欲しいと言ったのだけれど、聞いてくださらないの?」
必死で探した逃げ道を塞がれ、涙の滲む目を強く閉じた。覚悟を決めてクラリッサのドレスをじっと見る。得体の知れないプレッシャーに、ガタガタと手が震えた。
「リコ、落ち着いて」
背中を擦られて、呼吸を思い出す。覗き込むジブリルは、やや顔色を悪くさせながらも安心させるようにリコリータに笑いかけた。
「大丈夫よ。どんな物ができたって、形が違うだけで悪い物じゃないわ」
「でも、素敵な服を作るのが、アトリエイリスで」
「素敵な服よ」
絶対に嘘だ。いつもボロクソに言うではないか。
あからさまなリップサービスに睨み付けると、彼は軽やかに片目を瞑る。
「私、最近はあなたのセンスが嫌いじゃないの。インスピレーションをくれるもの」
「申し訳ないけど、私、あまり暇ではないんですの。早めにお願いできるかしら」
それは果たして服が素敵なのか、と突っ込む前に、苛立ちを露わにしたクラリッサが先を促した。
「い、いきます」
目に焼き付けたドレスを頭に思い浮かべる。雑念を取っ払い、見た物をそのまま映すよう努力をしながら、3、2、1と指を振る。
できあがりは、案の定だった。
「なんですの、これ……気持ち悪い」
心の底から嫌悪しているとよくわかる声だった。
クラリッサのドレスの面影はある。ただ、ジブリル曰くの過剰なフリルは抑えられていないし、この世の全ての色を取り入れたと言わんばかりにカラフルだ。おまけに動揺が現れたのかあちこちに妙な突起があるから、一見して服と認識するのが難しい。リコリータをもって、酷いと言わざるを得ない完成度だ。
「ようやく平民の店を出たかと思えば姿を消して、こんな汚らわしい物を作る穢れた魔女に引っかかるだなんて。ねえジブリル、私の贔屓の店にお出でなさいな。私の服をデザインさせてあげますわ。あなたはセンスもいいですからね」
蒼褪めるリコリータの肩を抱くジブリルが、あ? と柄の悪い声を出した。
ちらりと令嬢を見たが、幸い聞こえなかったらしい。毛虫を見るような目を直視して、すぐに顔を俯けた。
「今度、小さな茶会があるの。あなたに私をエスコートをさせてあげてもよろしいわ。特別ですよ」
勝ち誇るように吐息で笑うクラリッサの言葉には、ジブリルにとって癪に障る言葉が驚くほど詰まっていた。
「あ、あの」
「嫌だわ、話しかけないで。すぐに出て行ってくださるかしら。私やジブリルが毒されてしまったらいけないもの」
彼女はそっとジブリルの腕に触れ、ね、と同意を求めた。
言い方は悪いが、ジブリルへの悪意のつもりではなかったに違いない。美貌の伯爵令嬢は、気位が高くて、だからああいう言い方になってしまったのだと思う。
でも、ジブリルは元いた店が大好きだったから、平民の店と蔑まれたら気を損ねる。自惚れでなければリコリータとジブリルは仲がいいので、汚らわしいとか穢れた魔女とか言うのはいけない。そして、ジブリルは容姿を重視して、能力を侮られるのが嫌いだ。センス「も」いいというその言い方では、まるで見栄えがいいから贔屓をしているみたいだ。
「……そうね、すぐに出て行ってくれるかしら。私たちは毒されたりはしないけど、不愉快だもの」
案の定、低い、低い声がした。
落とされた言葉に顔を輝かせたクラリッサが、ジブリルを見上げた途端に小さな悲鳴を上げる。リコリータも怖いもの見たさで恐る恐る顔を上げると、そこにいたのは王子ではなく悪鬼の類だった。
「クラリッサ様のことは、センスがよくて、美しくて、本当に尊敬してたけど」
あらまあ、と声がした。驚いて入口を振り返ると、常連の伯爵夫人がご主人と共に困り顔で立っている。一体いつからと時計を見れば、いつの間にか予約の時間だった。
いけない。色んな意味でいけない。
「ジブリル、お客様!」
「腹の中が汚すぎる! 俺の店からとっとと出て――あっ、お見苦しいところを! いらっしゃいませぇ!」
ドアを勢いよく指さした手を流れるように組み合わせ、声を高くして愛嬌を振り撒く切り替わりの早さは凄いが、取り繕うにはちょっと遅かった。
幸いおよその話を聞いていたらしい夫婦は寛容で、クラリッサの暴言を嗜めてくれるほど好意的だったから事なきを得たが、これが他の貴族であればどうなっていたことか。いや、そもそもクラリッサを追い出すこと自体、夫妻のとりなしがなければ大問題になっていただろう。
「問題になっても、命さえ取られなければどうとでもなるわ。あなたと二人でまた国外にでも店を持ったわよ」
「まあ、さすが私の魔法使いさんは格好いいわ! でも国外に出てしまったら私に魔法をかけて貰えないから、できるだけここに留まってね」
「うむ。我が家が後ろ盾となろう。ときに、本日は妻とお揃いコーデなるものを頼みたいのだが」
クラリッサと護衛が逃げるように帰って行って、謝礼とお詫びを述べた後は、もういつも通りの営業だった。二人掛けのソファで夫婦と対面しながら、デザイン案を話し合う。
いつも通り……なのだが、ジブリルとの距離がこころなしか近い気がした。
残念ながらクラリッサという上客は失ったが、歴史ある伯爵家の後見を得て、店は益々賑わった。
時が経ち、服を具現化するのに一週間かかっていたものが、五日になり、三日になり、やがて一日でデザイン画の通りに仕上げられるようになった。この快挙はリコリータが慣れただけではない。リコリータの知識の粗方がジブリルに受け継がれ、デザイン画に最初からリコリータの好みが適度に反映されているため、脳内補正される箇所が少ないのである。
服や装飾品だけでなく、美容関係の消耗品も置いてみて、少し問題が起きた。初日にジブリルの手を潤した保湿力のある魔法の布。あれに手を加えて、肌の調子を整える顔パックとして販売したところ、驚くほどの売れ行きを見せたのだ。
顔パックへの加工は魔法ではなく美容液を作る職人が行っているが、布はリコリータが作らねばならない。評判が評判を呼び、単身で手が回るものではなくなった。作りたいのは服なのに、副産物に時間を取られる。
どうしようかと悲鳴をあげていたら、昔リコリータに魔法を教えてくれた魔女からコンタクトがあった。
『魔法使いに仕事を与えて欲しい』
聞けば、リコリータがそうであったように、魔法使いは皆、およそ肩身を狭くして暮らしているらしい。彼女は迫害された子、一人では生きられなさそうな子を見付けては引き取っていたそうだ。
リコリータと会ったのも偶然ではなく、不安定な魔力を追っていて発見したのだとか。幸いにもよい保護者と共にあったようだから、魔法使いとして安定するよう知識を授るだけで別れたようだ。
魔法使いが寄り集まっていれば、十分に生きていくことはできる。攻撃魔法があれば自衛も狩りも可能だし、治癒魔法、制作魔法があれば快適に過ごせるだろう。
けれど数が集まれば、いつかは住処が人に見付かる。きっと魔法使いを恐れる人間はそれを脅威と感じる。いくら魔法を使えようとも、数の暴力には敵わない。
どうにか人間と融和できないか。
額を突き合わせて皆で悩んでいたところ、王都で有名になっている魔法の店を知り、人に受け入れられてることに驚いた。
土台があれば、どうにかなるかもしれない。少しずつ魔法使いを増やし、いずれは魔法使いの存在が当たり前になればいい、と考えたという。
「渡りに船だわ!」
ジブリルは諸手を上げて喜んだ。
早速、一番顔パックを早く作れるようになりそうな魔法の持ち主を呼んだ。複製の魔法使いだ。
魔法は各自性質が違うため、リコリータには布の作り方を教えることができない。ひとまず複製で窮地を脱し、他の制作系魔法使いに研究を頼んだ。全く同じ布でなくてもいい。同じような性質の布を、あるいは布のように顔に貼り付けられる素材の開発を任せ、最終的にはパックの権利を売り渡した。
ジブリルとリコリータのやりたいことはそれじゃない。魔法使いたちには感謝されたが、こちらの気持ちとしては丸投げである。
攻撃魔法を使う魔法使いたちも、ジブリルの知り合いの職人たちに雇われて、素材の採取を担当したり、綺麗な水を出したりと活躍しているそうだ。
順調な進出に、リコリータは思う。美貌を磨くことに余念がなかった伯爵令嬢クラリッサは、近い将来、魔法を認めることになるだろうと。そうしたらいつか、もう一度店を訪れて欲しい。ジブリルのセンスを、容姿や所在を抜きにして認めて欲しいと思った。
一方、次代を考えていなかった魔法の店、アトリエイリスにも新しい人材が来た。
「ジブリルさんのデザインに憧れて勉強しています。ぜひ弟子入りさせてください!」
リコリータの創造魔法は希少で独特だ。だから魔法のドレスはリコリータ頼りにならざるを得ない。でも、ジブリルのデザインの知識は受け継げるものだ。
散々に悩んだジブリルは、押し掛けた弟子を受け入れた。
「リコと出会ってなければ、多分、一生弟子なんて取らなかったわ。弟子に教える暇があれば、その分デザインを考えていたいもの」
険しい山の上の寂れた村、魔物はびこる遺跡、ダンジョン。リコリータが色々な場所で仕入れた知識は、ジブリルへと継がれている。その知識の中には、創造魔法を持つリコリータがいなければ、伝わらずに儚く消えたであろうものも多い。
「私のデザイン、改めて見ると随分変わったものね。リコの知識を取り入れて作られたデザイン画は子供のようなものよ。このまま消えてしまうより、ずっと生き続けて欲しい」
一人弟子を取ると、希望者はどんどん増えた。
「あなたたちには私の知る全てのパターンを教えるわ。それを自由に使って、自分が一番いいと思うデザイン画を持ってきて。私はアドバイスをするけど、納得できなければ反論なさい。自分の感性を大事にするの。見よう見真似じゃない、自分だけのデザインを育てるのよ」
リコリータと目が合うと、彼は少しだけ頬を染めた。それは意識的ではなかったものの、リコリータがジブリルのデザインに影響を与えたのと同じ手法だ。
弟子たちが帰り、二人きりになったアトリエで、横に並んでソファに座る。依頼のデザイン画を見ながら、ぼんやりと考えに耽った。
なんだか不思議な気持ちだった。リコリータは捨てられた子で、つまりは必要のない子供だった。ダニーとの旅はリコリータに与えられた、虹のように儚い幸福の時間だと思っていた。ダニーが亡くなり、虹は消え、あとは一人で生きていくだけだと思っていたのに、またこうして虹が出て、その上リコリータの過去が人の役に立っている。
まるで。
「まるで、私の人生に意味があったみたい……」
バチンと耳元で大きな音がして目を白黒させた。
怒った顔をしたジブリルが、両手の平を真っ赤にさせている。一体何をしたのかと考えて、リコリータの頬を叩くフリをしたのだと理解した。
「あなた」
お怒りだ。キュッと首を竦めると同時、両手で顔を掴まれた。
「今そこ? 私はリコに感謝したわよね? あなたがいてよかったって言ったんだけど?」
「い、いてよかったのと、私の人生に意味があったかどうかはまた別の話で」
「リコがそういう人生じゃなきゃ、そもそも出会ってないでしょ!」
「仰る通りです」
そういえばそうだった。
もしも捨てられずに家にいたなら、リコリータは別の国にいる。創造魔法は覚えられず、ダニーとは旅に出られず、様々な文化を目にすることもなく、森に住まず……ジブリルとは会えない。
想像するだけで悲しいことだった。解放された頭を振り、しゅんと肩を落とす。そうなると、自分は元家族に感謝をするべきなのだろうか。
「子供を捨てるのはクズの行為よ。貴重な才能を捨てる見る目のないアホども、ざまあみろと思っておきなさい」
「はぁい」
「……それにしても、癪に障るわ」
「なんです?」
放り投げたペンを転がしながら、ジブリルは細い眉を吊り上げた。
まだお怒りなのだろうかと隣を見れば、青い眼差しが強い光を帯びてこちらを流し見ている。
「元とはいえ、リコにとって家族って付くのは、あなたを捨てた人たちなのね。ダニーはあなたの家族ではない?」
「ダニーは……ダニーなので」
家族だと認識したことはなかった。家族というのは優しい存在ではなく、怖い存在だったから。
「そう」
頷いて、のっそりと立ち上がる。
何をするのかと目で追うリコリータの前で、彼は長い足を使ってテーブルを退かした。空いたスペースで片膝をつき、リコリータの足元に跪く。
小さく咳払いをして両手を取った。熱い大きな手に、ふと王都に来ると決めた日を思い出す。
下から見上げる、宝石よりも美しい目。長い睫毛の装飾が青色をより深く魅せる。その目に映るアホ面を見て、口元を引き締めた。
「この指を飾るアクセサリーを描かせて欲しい」
静かに言って、左手の薬指を撫でられる。
「俺と、元の家族を忘れるくらい、幸せな家族になろう」
……ジブリルは魔法使いだ。
人里に出るのを怖がっていたリコリータから、あっという間に苦手意識を取っ払ってしまった。だからきっと、今度もその通りになるだろう。リコリータは家族を幸せなものと感じられるようになる。
喜びを満面に浮かべ、リコリータは何度も何度も頷いた。
「あなた、表情豊かになったわねえ」
「ジブリルのおかげですよ」
抱き締められると、捨てられてこの方、なくなっていたかと思っていた涙腺がじわりと滲む。本当に、ジブリルにはリコリータのおよそ全てを作り変えられてしまった。
「根本的なセンスは変わらなかったけどね」
「嫌いじゃないんでしょう?」
「部屋はさすがに原色過ぎるわよ」
「自室は好きにするんです」
「まあいいけど」
そうは言うけれど、気付いているだろうか。以前より、家具の模様が少しシンプルになったり、派手な色遣いが多少なりとも落ち着いていることに。好き放題にやったって、ジブリルの影響は確実に受けているのだ。
「末永くよろしくね、私の魔法使いさん」
「こちらこそ、私の魔法使いさん」
穏やかで、平坦で、代わり映えのしない日々。それが終わったあの日、ジブリルと出会ったリコリータは、多分あの日から歩き始めた。
数年でこんなに変わった自分は、この先どんなふうに変化を遂げていくのだろう。
未来を想像しながら、今日もリコリータは物を作る。
心境のまま、虹のように色鮮やかに。
お時間ありましたら、過去作も読んでいただけたら嬉しいです。




