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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

職業、冒険者。

作者: は

特に山場も意味もありません。




 最初に請け負った仕事は畑を荒らす猪退治で、籠一杯の甜瓜(まくわうり)が報酬だった。

 甘いものに縁のない孤児院の子供達は甜瓜を大層喜び、十日ほど孤児院の物置小屋を宿代わりに借りることができた。

 最初の武器は炭焼き用に干してあった薪の一つで、サルナシの蔓を巻き付けて握りとして即席の棍棒に仕立てた。ウバメガシという名前の樹と知ったのは随分後の話で、身の丈より頭一つ長い棒をこの材で作ってもらおうとしたら手間賃だけで随分と吹っ掛けられた。

 職は何かと問われたら冒険者と答えることにしている。

 組合に所属しているし、嘘はついていないつもりだ。




 ▽▽▽



 ブルーノと呼ばれる青年がいる。

 雑用専門の下っ端を自称している棍棒使いの冒険者だ。

 実際、冒険者としての等級は下から数えた方が早い。雑用任務を好んで受託し、そのついでに採集と討伐を請け負うような生き方をしている。上昇志向の強い若手はブルーノを見下しがちであるが、丁寧な仕事を怠らないブルーノは同業者よりも依頼主たちから評価される傾向にある。


「親方。コルク樫の樹皮剥ぎ取り、完了しました」


 コルク樫の樹皮は様々な道具の素材となる。

 瓶の栓はもちろん、靴底や防具類の緩衝材としても需要が高い。しかしコルク樫の実である団栗は猪や熊にとって御馳走であり、晩秋以降にコルク樫の森を訪ねるのは自殺行為である。雇用主である職人とブルーノが森に入ったのは初夏だったが、大陸妖精族の案内役を同伴しても万が一の危険性は否定できない。故に手早く目的の樹を定め、的確かつ迅速に樹皮を採取する必要がある。

 職人から借り受けた手斧を使いコルク樫の樹皮を剥がすブルーノの技術は、森に住まう大陸妖精族を唸らせるほど巧みなものであった。


「御若いの、随分と手慣れておりますな。親方の弟子の中でこれほど上手がいたとは初耳ですよ」

「弟子にならねえかと声はかけているんだがよ」


 百年物のコルク樫より樹皮を剥ぎ取りつつ、案内役の感嘆に嘆息で答える職人。

 荷台の半分以上が収穫したコルク樹皮で埋まっており、そのどれもが職人と案内役の御眼鏡にかなった高品質の物ばかりだ。そのまま仲卸の商人に流しても大金が手に入るが、工房で使う一年分だけ採取するのが案内役と職人が交わした契約である。ブルーノの収入は採取の手間賃と護衛代、それから道中で倒した狩猟物の素材となる。


 荷台の残り半分を占めるのは、傷みの少ない大猪と熊の革。数頭分あるそれらには目立った外傷もなく、丁寧に脂肪を削ぎ落とした後に魔術符による防腐処理をされている極上品だ。隅に積んである樽には解体した肉が積まれており、腐敗防止のために塩と香辛料と薬草に漬け込まれていた。

 コルク樫の実を食べて肥えた猪や熊の肉は極上の味である。

 昨晩、ブルーノが樫の枝と団栗の殻で燻し上げた猪のあばら肉を職人と案内役は味見させてもらった。なるほど街の貴族や商家が銀貨を積んでまで買い求めるという噂は紛れもなく真実であったと彼らは確信した。熊肉のジャーキーを食べた時は、荷台に積むコルク樫の樹皮をもう少し減らせないものかと真剣に悩んだのは職人の誇りにかけて口外できない秘密である。


 案内役もまたブルーノの手際に内心舌を巻いていた。

 興奮して暴れる鳥獣の肉は概して不味い。優れた狩人は意識の外から必殺の一撃を試みる。魔術の使い手ならば睡眠か安寧の術式を駆使して獣に穏やかな気持ちを与えようとする。

 ブルーノは酒を使う。

 正確には自家製麦酒や果実酒を搾った後の滓だ。下町の酒場では丁寧に漉しとるのが面倒だからという理由で果皮や穀粒が浮いた雑酒がジョッキに注がれることが多いが、ブルーノは一軒一軒そういった酒場を訪ねては樽の滓を丁寧に取り除いて引き取っている。大規模酒造場ならば滓を蒸留して焼酎を作るようだが、大抵の街では残飯扱いされる代物。田舎なら宿に併設した家畜小屋で豚の餌となっているが、都市部ではそうもいかないらしく、ブルーノはそれらを手間賃だけで入手しているのだ。


 そんな酒滓は、野生の猪や熊にとっては格別の御馳走である。

 焼酎も加えて酒精を高めた滓を食べたそれらの鳥獣は、満腹になる前に酔い潰れてしまう。ブルーノ曰く「熟れすぎた葡萄を喰った猪が酔い潰れたのを見たことがあるんですよ」ということだが、追従する者は少ない。仕掛けを間違えば酒滓は野ネズミや蟲が集って駄目にしてしまう。ブルーノの仕掛けを真似た駆け出し冒険者が桶一杯の酒滓を森の端に置いたところ、翌日そこは猪と熊と巨大甲虫種が森の王座を賭けてバトルファイトを繰り広げる地獄絵図と化していた。毛皮も肉も傷だらけで使い物にならず、それどころか危険な甲虫種を招き寄せたとしてその駆け出しは罰せられることはなかったものの活動拠点を変えざるを得なくなった。

 蟲を退け鳥獣を呼ぶ。

 地味ではあるが容易には模倣できぬ技術であると組合が認める一方で、勇猛さと荒々しくも堂々とした討伐を尊ぶ一部の獣人達からは嫌悪されている。そのためかブルーノは一人前と認められるだけの等級でありながら他に仲間を持たず、日々の雑用的な仕事で結んだ縁をたよりに、このような一風変わった仕事を請け負っているのだ。




▽▽▽




 熊と猪の革は街の革工房に卸した。

 組合から斡旋されたのは護衛と作業補助の仕事であり、狩猟物に関しては特に縛りを受けてはいない。しかしコルク樫の群生地で数泊していたことも、ブルーノの狩猟の腕も組合は把握している。前回の採取作業で御裾分けしてくれたコルク豚の塩漬肉は、組合食堂の料理人が絶賛するほどだった。

 今回は燻製肉だった。

 脂の乗った三枚肉をコルク樫の実の殻で燻したというそれは、ブルーノが組合支部の建物に入った時点で薫り高く、そういったものに目がない獣人達が一斉に視線を向けるほどだ。腐敗を防ぐ抗菌性の高い植物の葉に丁寧に包んであるそれは、職員全員に行き渡るほどの量ではないが、手土産として気軽に渡せるような量でもなかった。思わず生唾を飲む職員にブルーノは小首を傾げ、


「食堂の親父さんに頼まれていた分なんですけど、直接渡した方が良かったですか?」


 などと宣った。

 瞬間。受付にいたすべての職員と冒険者達の視線が、食堂のある方へと向けられる。


「……食堂に納品ですか?」

「家族と食べると聞いてますけど」


 視線に殺意が混じり始めたが、冒険者には稀によくある事だと聞いているのでブルーノは軽く流すことにした。




 ブルーノは孤児院に間借りして住んでいる冒険者である。

 十五歳になって院を出たものの職につけず苦界に身を落としかけた幼馴染の少女達と一緒に暮らし、採集した薬草の加工や狩猟した猪肉の薫製などを作ってもらっている。そのお陰か最近では街の薬師工房や肉屋で仕事を貰えるようになり、職場の若い衆と良い仲になり始めた者も居る。

 幼い頃に流行病で命を落とした姉の姿を少女達に重ね見ていることをブルーノは黙っている。

 少女達が幸せな家庭を築いたところで亡き姉が報われる道理などない事もブルーノは知っている。

 それでも姉の分も、己の分も、と。

 涙と共に呑み込んだ茶の味はいつもよりも苦く、そして青かった。








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― 新着の感想 ―
[一言] お茶ァ!w
[一言] 世はことも無し。と思わせておいての安定の青いお茶… イイゾモットヤレ
[一言] 誰かと思ったら低級妖魔 は さんやないですか…… コミケだったかでセップ島のまとめ本買ったの思い出しましたわ 今でも活動続けられてるようで嬉しいです
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