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辰砂 山から見下ろす

 雫のマークは太龍寺というお寺ではないかと俺達は推測した。


 山道ではあるが 快適な道を一時間ほどドライブするとそのお寺に辿り着いた。八十八カ所巡りの二十一番札所のお寺は驚くほど賑わっていた。

 観光バスが何台も停まり、ぞろぞろと白い装束を着て杖をついた人達が並んで降りてくる。その駐車場からお寺まではロープウェイで行けるらしいが、観光客の多さに尻込みしてしまう。チケット売り場でロープウェイに乗らずにお寺に行く方法があるかと尋ねると時間はかかるが登山道があると教えてもらえた。


「お宝には関係無さそうだけど、ロープウェイも乗ってみたい!」


 無邪気な彼女の一言で結局ロープウェーに乗ることになった。 チケット売り場の女性が帰りのロープウェイの時間を教えてくれる。


「少しペースの速い参拝になりますが四十ぷん後のロープウェーで帰ってきてください。この団体さんはもう一本あとのロープウェーの予定なので」


 落ちるのではないかと思うほど満員のロープウェーだったが 俺達は最後に乗り込んだので扉の窓から外の景色を眺めることができた。ガイドさんが載っていて景色を説明してくれている。遠くに見える十二番札所のお寺や僕らの窓からは見えない空海の銅像など短い乗車時間にいくつもの見所があった。


 ロープウェイを降りてから本堂だけでもお参りしようということになり、山道を登って行く。スロープや階段も整備されているが土の狭い崩れそうな道もあった。彼女はなぜか嬉々として、狭い崩れそうな道を選んで歩いて行く。本堂で簡単にお参りをしおみくじを引くと彼女は大吉で、僕はなぜか末吉だった。


 乗る時に教えてもらったとおりの時間のロープウェーに乗るとガラガラで 貸切状態であった。

 来るときには満員で気付けなかったが、床の一部が鉄格子で足元を覗けるようになっている。僕はあんまり覗き込みたくない。けれど、彼女が大喜びではしゃぐから、恐る恐る覗き込むと山を走る鹿の群れが見えた。

 駐車場側の駅に近づくと、 流れている川の美しさに目を奪われた。およそ五百メートルの高さから見下ろした川は透き通り川底の岩がはっきりと見える。


 駐車場を出て、来た時と逆方向に進んでいくと道はどんどんと狭くなりいくつものカーブがあるために見通しの悪い道が続いた。途中で道沿いの民家もあったが、人の気配は薄く舗装はされているものの、獣道と呼びたくなるような道だと思った。

 少しひらけたところで三叉路になり、曲がると車の乗り入れ禁止と書かれた立て看板と一緒に太龍寺を示す矢印があった。登山道の入り口の横にスペースがあったので車を止め、浜辺で受け取った箱を持って登山道を登ってゆく。ある程度は覚悟していたが、想像以上に坂がきつく落ち葉で滑り何度か転びそうになる剣しい道だった。三十分程歩くとまた唐突に視界が開けた。


 海岸で出会った人たちと同じような格好の大勢の人がせわしなく動いている。そして海岸よりも立ち上る煙の筋が多く、異臭を伴っている。


「待っていましたよ」


 不意に聞こえた声に振り向くと、髭を蓄えた大柄な男性が立ってこちらを見ている。案内されるまま進んで行けば、屋根の高い木造の建物に辿り着いた。中は土床で、真ん中に土で造られた大きな窯のようなものがあり、その周囲には真っ赤な顔で薪をくべている人が何十人と並んでいる。


 釜の奥には数人の男性がおり、釜から出てくる銀色の液体を何かに塗っている。俺たちが持ってきた箱をその内の一人に渡すと、また別の建物に案内された。その建物には女性たちがいて、先程男性たちが銀色の液体を塗りつけた器などに砂をこすりつけている。

 見ていると砂をこすりつけた部分は、よく反射し女性たちの顔を映し出した。


 しばらくすると案内してくれた男性がやってきて、僕たちが渡した箱を女性に渡していた。銀の液体を塗られた箱や中に入っていた銅鏡たちは砂で磨かれ美しく輝いていった。

 箱の中にはどこから持ってきたのかわからないが美しい濃紺の布が敷かれ、もともと入っていたのと同じように銅鏡や銅鐸が収められていく。箱の外側にも朱色の塗装が施されいよいよお宝らしくなってきて僕たちに返された。


「では、よろしくお願いします。」


 先程案内してくれた男性が頭を下げてそう伝える。どうやらまだ行く場所があるらしい。ぼくたちは顔を見合わせたが、不思議な体験も二回目になると要領を得てきており、声を揃えて返事をした。


 受け取った箱は装飾された分重たくなり 滑りやすい山道はきた時より歩くのに苦労した。海岸の時もそうだったように、車に帰ってくると十分程しか経っていなかった。そうして地図を開くと今度は金のマークが増えている。ただ海岸から来た時より少し遠そうな場所だと思った。ページをめくれば三ページ目にも不思議な文字が増えている。


 時間はもうすぐお昼になろうとしている、どこかで昼食を食べながら地図に増えたマークの場所を調べようということになった。登山道を探して曲がった三叉路に出ると来た時と反対方向の方が道が広そうに見えた。


 少し行けば透き通った川の上に車一台分ほどの幅の橋がある。渡りながら見える景色は道幅が狭い上に欄干が目線より低いせいか美しくもスリルを感じた。太陽が反射する川面と目の前の山の紅葉は、日常を忘れさせるには充分な美しい景色だった。

 しばらく道なりに細くなったり二車線になったりする道を進んだ所で道が分かれた。運転席の彼女は地図を見ながら、何故か脇道に入っていく。五分も行けば先程にも増してスリリングな橋が現れた。 川面からの高さは低いのだが車一台分程の幅の橋には欄干が全くない。


「潜水橋だ! 初めて見た!」


 彼女は嬉しそうに歓声を上げると、橋の手前のわずかなスペースに車を止めカメラを持って下りていく。 僕の事など振り返らず何枚もの写真を撮っている。

落ちないのか心配になってしまうほど、夢中になって写真を撮っている彼女は、今まで見た中で一番綺麗だと思った。


 橋を渡ったところから 片側一車線の田舎道が続き、時々曲がりながら国道と名のつく大きな道に出た。その道に出る手前に回転寿司屋があったのでそこで昼食を摂ることにする。


ここまでの道のりで、見つけた食べ物屋に入らないと空腹のまま過ごすことになるのはふたりとも痛いほど学んでいた。

 テーブル席に着き、回ってくる寿司を食べながら、僕のパソコンで金のマークの場所を調べると、今度は雨乞いの滝という場所のようだった。


 午後からでも行けそうだったけれど、さっきの山道でかなり足が疲れている。地図を見るとまたも山道のようだったので、僕たちは滝のある神山町に宿を取ってその日は休むことにした。少し贅沢な気もしたがせっかくなので天然温泉付きのホテルに泊まることにした。


 夕方早めであったが、里山の落ち日は早く谷間に位置する街の中心は影の部分が多くなっている。夕食は十八時と言われたので先に温泉を利用することにした。川に面した温泉はぬるっとした感触のあるいかにも温泉らしい温泉で、だからといって熱すぎることもなく一日の疲れを癒すにはほどよかった。


 夕食は部屋に運ばれてきた。せっかちな彼女が全部一緒に持ってきてください、などと言うわがままを言ったせいだ。

 メニューは野菜が中心で物足りない気もするが、 このホテルの売りの里山の暮らしを味わうというところには合っている気がした。夕食を食べながら彼女は今日見た景色について話始めた。


「あの人達、忙しそうだけど幸せそうだったね」


 僕も彼女と同じ感想を抱いていた。僕たちが働いているのとは違う姿だと思った。目を合わせ、微笑みあい、助け合って働く。昔はあんな風に仕事をしていたのだとしたら、少し羨ましい気がする。


 夕食を食べ終われば、二人で地図の二ページ目と三ページ目に描かれた不思議な文字を眺めて、あれこれと話をした。僕が地図の場所を探す時と同じようにスキャンしてパソコンで探せばこの不思議な文字はヘブライ文字だということが分かった。ヘブライ文字を初めて見た僕たちには読み方も意味も地図との関係も見当がつかない。翌日のことも考えて、早めに寝ようなどと言う間もなく、疲れきった僕たちは十時にはぐっすりと眠っていた。

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