勾玉 はじめの場所
「僕にはこの景色が十分宝物だと思う」
僕がそういうと、嬉しそうに目を細めた彼女が振り向いて、日の出前にここに着きたかった理由を教えてくれた。
「私、実家が海の近くでね、小さい頃から海に昇る朝日を見るのが好きだったんだ。イチの実家って海のない県でしょ?どうしても見せたかったんだ海に昇る朝日。すっごくきれいでしょ?まぁ、この朝日は私も初めて見る景色だけど。」
僕たちが見ているのは、色々な条件が重ならないと見れない【だるま朝日】という一年に数回しか起きない珍しい朝日だった。どういう条件なのかは分からないけれど、海面に太陽が映り赤いだるまの様に見える。
だるまの胴体、海面に映っている部分はさざ波と一緒に揺らいで一層幻想的な雰囲気を作っている。二人でただただ黙って日が昇りきるまで見届けた。日は昇りきるとよく知る朝日のオレンジ色になっていた。
日が昇りきるのを見届けた途端、さっきまでの幻想的な雰囲気を振りほどく様に「おなかすいた!」と大きな声で言った彼女がどこからともなくお弁当箱を出してきた。あの小さな鞄のどこに入っていたのだろう。お弁当箱の中には三種類のサンドウィッチが二つずつ入っていた。
砂浜に座って二人でサンドウィッチを食べながら、改めて地図を覗き込んだが、地図の勾玉の場所は詳細まで検討をつけれなかった。海岸の端から端までは十分に見渡せるほどの広さしかないので、歩いて探しても十分に探せそうだという意見で一致した僕たちは浜辺を散策してみることにした。
ゆっくり周りを観察しながら歩いていたが、彼女が急に走り出した。自慢じゃないが、僕は運動が苦手だ。走るなんてとんでもない。やっと追い付いた時彼女は白いキラキラとした石を持って「この浜、キラキラした意思が沢山落ちてて綺麗だね」と満面の笑顔で振り返った。残念な事に僕には彼女の言う、沢山落ちているキラキラした石は見えない。
彼女は吸い寄せられる様にキラキラした石を拾いながら浜の端に向かって進んで行く。落ちている石は見えないけれど、彼女が拾い上げると確かにキラキラ輝く石が見える。
彼女が石を拾い集めて歩いていくのをついていくと急に大勢の人の声が聞こえてきた。ふと見渡すと狭いと思っていた海岸が急に広がり全く違う景色の中にいた。
よくよく見ると歴史の教科書で見た古代人の様な格好をした人が大勢おり、米を研ぐような仕草で何かを洗ったり、石と石をぶつけたりしている。奥の方には建物があり、白い煙が細く風にたなびいている。キョロキョロと見回していると、一人の男性がこちらにやってきた。
「おお!!こんなに沢山持ってきて頂けるなんて。さあさあ使者様こちらへいらして下さい」
何が起きたのか分からず呆気にとられていると、建物の方からカンカンという甲高い金属音が聞こえてきた。
するとどこからともなく、小さな子供たちが乾燥した植物で編んだ籠を持ってきて、拾った石を籠に入れるようにジェスチャーをしてきた。言われるまま籠に石を入れると今度は数人の男に拝まれた。
最初に声をかけに来た男性が「急ぎますので、どうかお待ちください」と言い、魚を焼いて差し出してきた。 こんな所に来てまで押し売りに遇うのかと思い、「お代はいくらですか?」と尋ねると非常に不思議そうな顔をされてしまった。隣にいた彼女は一瞬だけ不安そうな表情をしたがこれ以上はないという笑顔で魚を受け取り食べ始めた。どうやら歓迎されているような様子ではある。
待つように言われた場所に腰を下ろして人々を眺めていると、みんな真剣ではあるが切羽詰まった印象は受けなかった。目の前で子供が転び持っていたカゴから石が散らばると、あっという間に子供たちが集まり散らばった石を篭に戻す。それぞれがまた何も言わず自分のカゴを持って運んでいく。 誰一人その時に怪訝な顔をする者はいなかった。
女性たちは、水辺でカゴを揺らし何かを洗っている。言葉は聞こえてこないが終始目を細めた笑顔であった。
少しすると 先程の男性が五十センチ四方の箱を持ってやってきた。
「ではお願いします」と言うと蓋を開けて中身を見せてくれる。 中にはまたしても歴史の教科書でしか見たことがない銅鐸、銅鏡と勾玉の装飾品が入っていた。
「あのお願いしますって言われてもどうしたらよいのですか?」
尋ねると反対に不思議そうな顔をされた。
「いつも通りに」
ニコニコと笑いながら、帰り道を指し示される。言われるままの道を歩いて来るときには気付かなかった柵の手前で、振り返れば大勢の人が並んで頭を下げている。柵を出てもう一度振り返ると並んでいたはずの大勢の人も、遠くに見えていた小屋や立ち上る煙も消えている。
夢でも見たのかと思ったが手の中にはずっしりと重く大きな箱が残っていた。
重たい箱を車に積むと、僕の大きな荷物の上が光っていた。まさかと思うが宝の地図が光っている。いよいよ彼女は面白くなってきたようだ 。ウキウキと地図を開いて、一ページ目に雫のマークが増えているのを見つけて報告してくれた。
そして二ページ目には表紙と同じような見たことのない文字で何やら文章が書かれている。見つけた彼女の目が生き生きと輝いた。
「これってまだお宝があるって事じゃない?このマークの所に行こう。あーでも、でも場所がよくわからないね」
困り顔の彼女の横で僕は、大荷物からノートパソコンを取り出し、彼女に笑いかけた。
「僕に任せて。すぐ調べるよ」