出逢う運命と出発
その日居酒屋は若者とも中年ともつかない者で賑わっていた。賑わっていると言ってもカウンターと4人掛けのテーブルが3つ有るだけの小さな店なので、大した人数ではない。それぞれのテーブルに男女が2人ずつ座っている。座る席は店に入るときのくじ引きで決められた。いわゆる店主催の合コンというヤツだ。もっとも、ここで行われているのは「見合い」に匹敵する程の意図的なものだ。世話好きな《ひろ》の店主が常連客のうち年頃の独身者に声を掛けて開催している。実はくじ引きだって、引かせたい番号の札だけを入れて引かせている。
そうして、一番奥のテーブルに僕、森谷一と幼馴染みの今越哉は案内された。僕たちは物心ついた頃から一緒にいた。家が近所で、しかもおなじ《ハジメ》という名前だったのだ、気がついたときには仲良くなっていた。気弱で消極的で友達の少ない僕と、社交的で積極的で常に人が寄ってくる明るい性格の哉。真逆な性格なのに、幼い頃から不思議とお互いの気持ちがよく解っていた。同じ名前でややこしかったので、いつからか僕たちは《イチ》と《ヤー》と呼び合っていた。
「イチ、なんで本なんか読まないのに古本屋なんか行ったんだよ?しかもそれ買わされたんだろ?」
「なんでって言われても、自分でもよく分からないんだよ。気がついたら店に入ってたんだよ。」
そんな話をしていたら、二人の女性がやってきて僕たちの前に座った。目鼻立ちのハッキリしたしっかりお化粧をした僕が普段避けている雰囲気の女性と、色白で一重の目の化粧っ毛のない目立たない雰囲気の女性。僕と哉も大概真逆な雰囲気だけど、目の前の二人も真逆な雰囲気の組み合わせだった。
「はじめまして、青藤藍華です。」目鼻立ちのハッキリした女性が、その雰囲気に似合うハキハキした声で挨拶してくれた。続けて「栗畑虹子です。よろしくお願いします。」とおとなしそうな女性もその雰囲気に似合う薄いすりガラスの様な声で挨拶した。僕と哉もそれぞれ名乗った所で、四人同時に「全然タイプが違うように見えるけど、、、」と訪ねていた。僕だけではなく皆が初対面で同じことを感じていた様だ。そしてあまりに揃った声に全員が吹き出して、挨拶しかしていないのにこのテーブルの雰囲気は一気に和らいだ。全員の疑問に真っ先に答えたのは藍華さんだった。
「そうだよね。虹子みたいな清楚な子と、こんなケバい組み合わせは不思議に見えるよね?高校時代同じ部活だったの。虹子は一つ下だけど就職してから偶然に再開して近所同士だから今も仲良くしてるの」
次に答えたのは意外にも僕だった。哉と一緒に居るときに僕が先に口を開くなんてなかったのに。
「僕たちは幼馴染みで、名前が二人とも同じで近所同士だったので、幼稚園から高校までずっと一緒でした。呼び方がヤヤコシイと思うので、僕がイチでこっちはヤーって読んでください。あと、藍華さんケバくないです。お綺麗です。」
僕が答えたことにも答えの内容にも驚いたのだろう、哉がしばらく呆然として固まっていた。あまりに固まっている哉に藍華さんが「どうしたの?大丈夫?」と声を掛けて我に帰った様だ。僕の事を説明しだした。
「いや、こいつ今日おかしいんだよ。本なんか読まない癖に古本屋に行ったり、普段は全然しゃべらない癖に俺より先に喋り出すし。イチ、お前大丈夫か?」
自分でも普段と違う行動は自覚しているけれど、何となくただ認めるだけなのは納得しがたくて、ヤーのせいにすることにした。
「僕はなんともないよ。普段喋らないのはいつもヤーが喋りすぎて、僕が喋るどころか声を出す隙もないせいだと思うよ。」
そんなやりとりをしていると、ここの居酒屋の名物の惣菜が盛り合わされてテーブルに運ばれてきた。きんぴら、唐揚げ、枝豆と一緒に手作りのごま豆腐があった。僕の好物だ。このごま豆腐を食べるために実家暮らしなのに一日おきに外食をしている。飲み物も揃って乾杯をしてからまたお喋りの時間だ。
「そう言えば、お二人同じ部活って言われてましたけど何部だったんですか?」
「写真部だったんです。今でもたまに写真を撮りに一緒に旅行にいくんですよ。」と虹子さんの薄い硝子のような声が答えてくれた。
「僕、さっき古本屋で《日本の絶景》っていう写真集を買ったんですよ。」
「それ、買わされたんだろ?」
哉の一言がうっとおしい。さっき買った本を袋から出すと本より先に、ハラリと薄茶色の古ぼけた紙でできた冊子が落ちた。哉が「何だこれ?」と拾い上げると表紙には見たこともない文字がかかれていた。僕が古本屋での出来事を話すと、藍華さんが目を輝かせて身を乗り出してきた。この小冊子は藍華さんの好奇心に火を点けたようだ。そこからは目を輝かせた藍華さんの怒濤の質問だった。「駅前に古本屋なんてあった?」「宝の地図の宝って、なんだろ?金銀財宝かな?」「この見たことない文字は何のヒントだろう?」聞かれても答えられないのだが、想像するのは楽しい。哉と虹子さんはすっかり会話に置いていかれている。藍華さんの勢いに二人が呆気にとられている間に、僕と藍華さんはすっかり盛り上がり意気投合していた。ついにはこの地図の宝を探しに行こうと言い出した。そこでひたすらカシオレを飲んでいた虹子さんが「先輩、少し落ち着きましょう」と話に入って、初対面の男性と旅行に出る約束をいきなりするのはいかがなものかと諭し始めた。それまでひたすらビールを飲んで黙っていた哉も「その地図、古本屋のオッサンが作った架空の地図だろう?行くのはさすがに無理じゃね?」と普段のノリの塊の様な性格からは珍しい慎重な意見を投げ掛けた。普段ならここで引き下がるのだが僕はなぜかこの地図を信じていたし、たから探しに行ってみたいと思っていた。それに楽しげに行く気になっている藍華さんをガッカリさせたくないとも思っていた。
「あぁそうだね。まずは行けそうな場所か確認してみよう。」と答えて、冊子を開き、1ページ目を4人で覗き込んだ。そこには歪んだ楕円の様な四角のような図形の右端に勾玉の絵が描かれていた。あまりにも手掛かりがなくページをめくっていくが1ページ目以外は白紙だった。
「ほら。こんなんじゃ宝には辿り着けないって。」と言う哉の言葉に僕もガッカリした。手掛かりが少なくて諦めかけていると「オーストラリア?」と虹子さんが口に出して、すぐあとに「違うよ。これ四国よ。ここが室戸岬で、こっちが足摺岬。虹子はまだまだね。」と言って藍華さんがニヤリと笑った。
そして、藍華さんから「一ヶ月以内に旅に出ろ」と告げられた不思議な占い師の話を聞かされた。曰く、同じ日に不思議体験をしたのは運命だと。そして藍華さんが占い師から言われた『南西の方角』に四国が丁度一致するのだと。そして、その勢いを止められなかった虹子さんと哉は僕と藍華さんが旅に出るのを放っておくことにしたらしい。まぁみんな大人だし。
居酒屋での出会いから2週間後の金曜日の夜。彼女は赤色の軽自動車で僕の家にやってきた。旅慣れない僕が大きな鞄をいくつか抱えて出ると「長くて2泊なのに、そんなに大荷物が必要?」と笑われた。彼女の荷物は小さなリュックが一つだけだった。女性の荷物にしてはあまりにも少ない事に驚きながら、「僕は用心深くて用意周到なんだよ。」と笑って誤魔化しておいた。本当は旅行なんて行ったことがなくて何が必要なのか悩むうちに荷物が増えてしまったなんて言えない。
この2週間、宝探しの計画を建てながら毎日電話していたので、すっかり打ち解けて気軽に話せるようになった。パソコンで、あの図形を四国の地図に重ねると確かにぴったり一致した。重ね会わせた状態のデータを地図を見慣れている彼女に送ると、あっと言う間に場所を特定できた。場所を特定した後も何となく毎日連絡を取り合っていた。そうしてすっかり彼女ペースで旅の予定は立てられた。三連休の週末に出掛けようという事になって、僕は土曜の朝の出発で十分だと思っていたのに「宝探しには時間がかかるから、早めに出発しよう」という彼女の意見に押しきられて金曜の夜に出発する事になった。
彼女は夜のうちに移動するために、夜通し運転できるように金曜の午後を有給にしていたという。時々パーキングエリアで軽食を食べたり仮眠をしたりしながら、真っ暗で道中の景色は全く楽しめなかったが、朝日の上る前に目的地にはたどり着けた。彼女はどうしても日の出る前に着きたかった理由が有ったらしい。出発前の僕にはその理由は教えてくれなかったが、とても楽しそうにしていたので、悪い理由ではないと判断して気にせず彼女についてきた。