プロローグ
会社の帰り、日は落ちて薄暗くなっているが、約束の時間迄はまだ早い。金曜の夕方は待ち合わせの人でどこの喫茶店も満席だった。普段は電車で通過しているだけの初めて降りた駅で、時間を潰せる場所を探しているとふと【財部書店】という看板が目に入ってきた。特段読書が好きなわけでもなかったが、気がついたときには古びた扉を押して店の中に入ってしまっていた。外から見るより広い店内で、店主は奥にでも居るのか人影は見当たらなかった。古書店のように見えた店内には、漫画や絵本も置いてあって思いの外堅苦しい雰囲気のない雰囲気だった。ただ高い棚の間の通路は狭くその他なには隙間なく沢山の本が並べられていた。
「何かお探しか?」と男性の声が聞こえ、振り返ると店主とおぼしき人影が書棚の間を狭苦しそうに歩いてきた。横向きにしか歩けないなら棚の配置を工夫した方が良いと思ったが、何も言わずに居ると近寄ってきた店主が「お客が来るなんて珍しいからね、言うの忘れちゃったよ。いらっしゃい。」と人の良さそうな笑顔で話しかけてきた。ずんぐりむっくりな、丸眼鏡をかけた、要領の悪そうな、少し昔の言い方をすると窓際俗という言葉が似合いそうな中年の男性。人が良すぎて損をしてそうな、これで店主が勤まるのか心配になりそうな雰囲気だった。
「すみません。何かを探しに来た訳じゃないんです。何となく、、、気がついたら入ってしまっていて、、、。」
「何となく入ってしまったか。面白い。でも入ってきたからにはお客さんだ。何か一冊は買ってもらわないとね。」とさっきの心配を振りきるかの様に売り込んできた。まるで、僕の気が弱くてセールスに遭ったらだいたい買ってしまう性格を見透かされた様だ。これは、困った。高い本を売り付けられる事はないだろうけれど、そもそも僕には本を読む習慣がない。それどころか文字を見ていると吐き気を覚えるほど読書が苦手なのだ。文字を見るのは仕事の書類だけで十分だと思う。
「お客さん、普段はどんな本を読むんだい?」という店主の問いに社交辞令で答えようかとも思ったけれど、思うより早く口から本音が零れた。
「実は本をも読むのは苦手と言うか、もう10年以上読んでないんです。」
僕の情けない答えに、「そうかそうか、苦手か。」と呟きながら店主は奥に行くと、A4判の大きめのだけれど分厚くない本を持ってきた。《日本の絶景》というタイトルの青い海が表紙の本を見せながら、買いとも言ってないのに「値段はねぇ、えぇっと500円って書いてあるけどまぁ売れ残りだし、200円で良いよ」と勝手に値下げされてしまった。こうなっては、要りませんとはますます言えない。仕方なく買うことにしてレジに案内してもらう。狭い通路の本棚には、サイズもジャンルもバラバラに本が並べられている。源氏物語の隣に腹ペコ青虫が並んでいる。不思議な店だ。そう言えば店の名前も読みにくかったと思って「お店の名前、何て読むんですか?」と聞いてみた。
「ん?店の名前?【タカラショテン】だよ。店の名前の通り本を買ってくれたお客さんにはおまけで宝の地図を渡してるんだよ。これ一緒に入れとくね」
そう言って何やら薄い冊子を一緒に紙袋に入れられた。宝の地図なんて普通に考えたら胡散臭いのにその時僕は(面白い店主だな)と関心してしまった。買い物を終えて店を出ると約束の時間まであと10分だった。少し急ぎ足で幼馴染みとの待ち合わせに向かった。
午後から有給を使って美容院とネイルサロンに行ったあと、駅前の居酒屋に向かっていると道端に【よく当たる占い屋】と書いた看板をたてて机に座っている少し大きめの人影が見えた。三十路を過ぎて回りの友人がどんどん結婚するなかいつまで経っても私は婚カツから卒業できずにいる。今日だってその真っ只中。時計を見ると時間には余裕があるし、今日の行方でも占ってもらおうと軽い気持ちで机の前の丸椅子に座ったのだけど、座った瞬間に「私、結婚できますか?」と結婚に焦っている本心が口からついて出て恥ずかしい。
「あんたせっかちだねぇ。占う前から結果を聞かれたってわからないよ。そこに名前と生年月日書いて。お代は千円だけど構わないかい?」と小太りな占い師のおばちゃんは笑って言った。
言われた紙に名前と生年月日を書くと、占い師は何やら本を慌ただしくめくり、ふんふんといいながら色んな数字を書き足してじっとその紙を見つめた。
「旅に出なさい。方角はね西南西から南西。早い方が良いわ。うん、一ヶ月以内。旅よ、旅行じゃなくて旅。」
私の問いに対して全く噛み合ってない様な答えを返されて怒って良いのか、笑うべきなのか判らずに困っていると「大丈夫。旅に出れば解決できるよ。方角が大事だからね」と付け足された。仕方がないので、千円を出すと「納得してないみたいだから半額に負けてあげる」と言って500円を返された。ふと時計を見ると集合時間まであと10分になっていたので、少し急ぎ足で行きなれた居酒屋に向かって歩き出した。