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自室の迷路

玄関のドアが閉まる音で眠りの園から呼び戻される。

上体を起こして伸びを一つ。

正面に見えるのは、ライトノベルのシリーズが収められた小さな本棚と、その上に鎮座するクレーンゲームでとってきたキャラクターもののぬいぐるみ。

右には、昼の太陽光を部屋へと呼びこむベランダへの窓。

左には、小さなテレビと繋がったコンシューマーゲーム機。

首を捻った後ろには、折りたたまれたノートパソコン。


新鮮味もない、いつもの自室。


階下からは一切音がしない。いつも通り母親が買い物に出たのだろう。コンセントにプラグを差し込んで、携帯ゲーム機と音楽プレーヤー、それにスマートフォンの充電を始める。そして、ドアをすり抜けて廊下へ。さらに階段を下って一階へ。


冷蔵庫を開き、ミネラルウォーターを喉へと流し込む。

喉の渇きは簡単に満たせるのに、心の渇きはそうもいかないななどと、埒もないことをふと思う。

カウチソファの上には、俺の写真が詰まったアルバム。母親が、それを眺めている時の表情を思い出すと、申し訳なく思う。そして、まだ罪悪感を覚える心が残っている事に安堵する。どうやら、本当の意味での人でなしにはなっていないらしい。

俺が幻体になってから二か月以上が経つが、両親が失踪届を出した様子はない。その事を嬉しくと思うと同時に、早く俺の事なんて忘れてくれとも思う。

普通の人間として生きられず、何者でもなくなってしまったろくでなしの息子の事なんぞ、いつまでも引きずらなくていい。身勝手は重々承知しているが、消えてしまった存在の記憶など、さっさと風化させて過去にしてほしい。俺としても、その方が気楽だ。

一方で、自分がいた証が一切なくなることを恐れている自分もいる。学校の席や公的なデータが消えるのは構わないが、自室までなくなれば完全に根無し草だ。


「そんな未来が、いずれ来る。覚悟はしていたはずだろう?」

「ああ、そうとも」


そんな一人芝居をして、自室へと戻る。

機器の充電を待つ間、幾度となく読み返したライトノベルを手に取って読み流していく。ネタとギャグの詰まった小気味良いやり取りに昔は大笑いしたものだったが、今では含み笑い程度しか出てこない。

何度も読んで飽きてしまったからなのか、それとも感性が変わってしまったのか。あるいは・・・これが大人に一歩近づいたという事なのだろうか。


ガキの頃は、全力で遊んで全力で笑っていたっけか。あの頃はそれでよかったし、今みたいにごちゃごちゃと物事を考える必要もなかった。視界に移る景色は単純で、まだあの頃は心もきっと純粋で。

今ではすれ違う幼稚園児などを見ると、羨ましさと妬ましさの混じった感情が湧きあがるようになってしまった。

見えない何かに縛られ、同年代の仲間と共にゆっくりと飲み込まれていくような感覚。大口を開けて待つ”それ”から、逃げ出したくて仕方がなかった。

”それ”に当たる単語が何かは、今でも判然としない。”大人”か、”社会”か、あるいは”普通”か”常識”か。

友人にそんな話をしたときは、「中二病が再発したんじゃねーの?」などと笑われた。

そうして、表ではいたって普通の学生を演じながら、裏では鬱屈や不安を堆積させていった。


その末に、辿りついた末路が”ここ”だ。

これは、社会に適合できなかった事に対する罰だろうか。あるいは、大人になり損ねた子供のなれの果てだろうか。

そして、こうなる前に見たあの夢・・・。


スマートフォンの振動で、思考が遮られる。充電完了の合図だった。ナオとの連絡以外には使っていないから、ほとんどバッテリーは消耗していない。充電が早いのも道理だ。

他の二つも、八割程度は充電完了している。

落ち着いてしまうからか、単純に室内にある物から連想してしまう為か・・・ここにいると、過去が次々と思い出してしまって気が滅入る。このまま自室にいても鬱々と思考を重ねるだけだと、ドアを透過して自室を後にし、玄関から外へと出る。


「ま、帰れる場所があるだけでも恵まれてるのかもな」


なんとなく浮かんだ台詞を呟いて、自宅に背を向けた。

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