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名残

「このアヘン戦争の発端についてだが・・・」

 かつてこの教室に存在していたころと同じように、世界史の教師が授業を進めている。俺はそれを、僅かに懐かしさを感じながら教室の後ろで眺めていた。

 公立白北川高校の二年B組、出席番号六番。それが、この姿になるまで俺が保有していた肩書の一つだ。二年からは文理専攻があり、組がアルファベットなのが文系クラス、数字なのは理系クラスとなっている。


 教室の窓側最後列の、誰も座っていない席。クラスから切り離され、取り残されたような印象を与えるそこが、ここでの俺の存在の置きどころだった。久々に座ってみようかとも思ったが、椅子が不自然に動く様を見て、幽霊だのポルターガイストだのと騒がれるのは不本意だったのでやめておく。教師が熱弁を振るっているのに、要らぬ邪魔をするのは無粋以上に迷惑だろう。


 しかし、未だに俺の席が残っているのは予想外だった。俺が世間的には失踪したことになってから、二か月が経過している。それだけ時間が経過しても俺の席が残っているのは、嬉しくはあったが複雑だった。

 俺の事を忘れず、また見捨てずにいてくれるのは本当に嬉しかったが、一方でお前の居場所はここだと縛り付けられているような気がして、窮屈さも感じさせられた。


「では、今日の授業はここまでとする」

 その言葉と同時にチャイムが鳴り、”元”学友達が青春のエネルギーを発散するために席を立っていく。

 相変わらず、平島は隣の席の川田にアプローチしているし、沢木は早弁の最中だ。谷川はいつものグループの中心で話題を提供し、島崎は机に突っ伏している。二か月が経っても、クラスのこういった光景は変わらない。そして、二か月前までは間違いなく、俺もこの光景の一部だったはずだ。そう考えると、途端に目の前の光景が懐かしく思えた。

「これが、ノスタルジーってやつなのかね」

 零した問いに答えてくれるクラスメイトはいない。聞こえていないのだから当然だが。

「せいぜい、窮屈な青春を満喫してくれ級友たち。俺の分までとは言わないけどな」

 そんな捨て台詞を遺して、ドアに手を翳す。手がドアをすり抜けていき、そのまま身体も透過させて廊下へと出る。窓際でたむろして、青春オーラを出している女子を横目に階段を下りていく。

 そのまま、一階にある一年の教室前を通って昇降口へ向かおうとしていると、不意に肩を掴まれた。

 まさかなと思って振り向くと、そこには案の定ナオがいた。案の定だが予想外だ。

「何でここにいるんだ?ストーカーか?」

「それはこっちの台詞!なんであんたがここにいるのよ!?」



 どうやら、世間というのは息苦しいほどに狭いらしい。

 黒板の内容を必死にノートへと書き写しているナオを見ながら、そんな事を想った。

 現在地は、白北川高校の一年三組。ここが、こいつの所属するクラスらしい。

「・・・はい、国語の先生がうんちくタイムに入ったので話してもいいですよ、先輩」

「昨日・・・いや、昨夜と話し方変わってないか?」

「そりゃそうですよ、相手が同じ高校の先輩なんですから。それに、この現象についても先輩ですし」

 俺の当然の疑問に、ナオは当然のようにそう答えた。

「そういうもんか」

「そういうもんです、はい」

「で?話してもいいと言われても、こちらから話すことなんてないが?」

「冷たいですねえ。昨夜出会った特別な事情を抱える男女が、実は同じ高校の先輩後輩だったなんて、これは運命ですよ?ガールミーツボーイです。もっと、テンション上げていきましょうよ」

「キャラじゃない。というか、ボーイミーツガールじゃないのな」

「はい。私の主観ですから!」

「まあ、俺の主観で言うならボーイミーツフールだが」

「どういう意味ですか?」

「英和辞書でも引いてみろ」

 巧くない冗談を押し付けて、ついでに文句もセットでくれてやることにする。

「というか、なんで俺がお前の授業に付き合わにゃならんのだ」

「私が退屈だからです。一人きりで授業を聞くのは寂しいので」

「周りに級友がいるだろう」

「声が届かないなら、一人きりと変わりません。私だけ隔絶されてるみたいでいやなんです」

「事実だから仕方ない」

「そりゃまあそうなんですけど」

「そもそも、授業に出なけりゃいいだろう」

「不良な先輩と違って私は真面目なんです」

「成績は不良どころか優良なんだが」

「自慢ですか?そういうの、嫌われますよ?」

「こんな存在になって、今更誰に嫌われるってんだよ」

「私に」

 自分の顔を指さして、得意げに笑う後輩。妙にその笑みが癪に障ったので、冷たい表現を脳内の引き出しから選んで取り出す。

「お前に好かれるメリットを見いだせない」

「人付き合いは、メリットデメリットだけでは測れませんよ?数少ない同じ存在なんですし、仲良くしましょうよ」

「必要な知識は既に取得している。同じ存在同士なら、触れる事も話すこともできる。それが分かっただけで充分だし、今から仲良くする理由はない」

「じゃあ、私の方から一方的に絡み続けます」

「鬱陶しいからやめろ」

 延々と私語を垂れ流していても、教師が俺達を叱ることはない。教室の後方で同じように私語をしていて注意された二人に対して、変な優越感を覚えた。

「なら、一日に一回は学校で合うことにしましょう」

「俺に、わざわざ青春の甘ったるいエネルギーに晒されにここへ毎日来いと?御免被る」

「じゃあ、どこならいいんですか?」

「関わるな」

「そんなに拒絶するなら、こっちにも考えがありますよ」

「参考までに聞いてやろう」

「職員室に忍び込んで、先輩の住所を調べて押し掛けてやります」

「想像以上に悪質だな、おい!!」

「それが嫌なら、一日一回は会いましょうよ。先輩の心の平穏の為にも」

「こいつ・・・どの口が言いやがる」

 自宅へ押しかけられるのは本当に勘弁してほしい。とはいえ、無条件降伏は癪だったので条件を出した。

「なら、会う場所は昨日訪ねたお前の部屋だ。時間は、授業に出る事を考慮して夜にしてやる」

 毎日自宅に男を入れる。しかも、夜に。この条件なら、毎日会うのは流石に嫌だろうと思ったのだが・・・。

「え?私の部屋でいいんですか?全然いいですよ!ていうか、なんだかんだで授業の事気を遣ってくれるなんて、先輩は優しいですね!」

 そんな目論見は地響きをたてて崩れ去った。

「お前・・・夜に男を部屋に入れるのに抵抗ないのかよ」

「なくはないですよ?でもまあ、先輩は昨夜自分からお招きしちゃいましたし、今更です」

「襲われるとか考えないのか?」

「いえ、全く。むしろ、今まで散々私の事けなしておいて、それでもチャンスがあったら先輩は私の事襲うんですか?もし襲われるような事があれば、その時はむしろ私の勝ちです」

 つくづくいい性格をしてやがる。

「はぁ・・・。明日の夜、八時くらいに訪ねさせてもらう」

「あれ?今夜は来ないんですか?」

「今日はここで顔を合わせたから、それで充分だろうに」

「なら、せめてこの授業が終わるまでは、私とお話してくれます?」

「・・・そうだな。残り二十分なら、この拷問にもどうにか耐えられるだろう」

「酷い言い草ですね」

「心からの言葉だ」

「余計に悪いです!」

 結局、その授業中は延々と会話しながら過ごす羽目になった。時計の針の進行が、いつもより妙に早く感じた。

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