第9話「脂がのった旨味」
「このステーキとドリンクで」
「俺はグラタンとこのスパゲティ」
「肉食べないのか? 僕の奢りだけど」
「俺は小食なんだよ」
テーブルについた直後にやってきた、和風メイドのお姉さんに、メニュー表を見ながらテキパキ注文を伝えた。木更は少しは迷うと思ったが、サバサバしたものだ。
メロンソーダと炭酸オレンジのドリンクをサーバーから貰って、少し話をしている間に注文のステーキ、グラタン、スパゲティはテーブルの上に揃えられた。
チリチリと焼けている肉がたてる音、熱気に上昇する料理の香りが、腹の虫を急かした。
「ロボの話だけど」
來花は、ステーキをナイフで切り分けながら、
「ひとりで無茶しなくても、頼ってくれていいよ。幸い、僕は暇だし。論文も適当な研究室で、適当な先人のを数字弄るだけにする予定。寧ろ終わってる」
「何しに大学来たんだよ、お前……」
「僕は僕で色々事情があって、身の丈超えて背伸びしてんだよ」
グラタンをぐちゃぐちゃにかき混ぜながら、何度も息を吹きかけ冷ます木更が、
「手助けはありがたいけど、なんか乗る気がしねんだよ」
「そっか……」
「いや! 誤解しないでほしんだが、お前が嫌いだったり、信用ならないわけじゃない」
「それ、皆言ってたよ」
來花はもそもそとステーキと、ソースの染みたご飯を交互に口の中へ送っていく。肉はやはり美味しかった。脂が違う。
「……?」
「?」
なんだ?
木更が來花ーーの後ろを見ていた。
「!?」
「どうかしたか?」
「いや……え?」
「こんばんわでーすね! 鵞堂、來花君!」
「うおっ!? ーー二葉さんか!」
來花と背中合わせになっているテーブルの一席からの声。二葉の微妙に感情をひた隠す、平坦な、つまりはいつも通りの声が聞こえた。気がつけばもう、來花の隣の席へ滑りこんでいる。手にはあたりまえのように、ハンバーグ定食を嬉しそうに抱えている。テーブルにもうひとりぶん料理が増えた。
「三人だけが揃うて、実は初めてですね?」
「……俺、前から思ってたんだけど、なんで來花は敬語になるんだ?」
「なんとなくです」
「そんなことより良いことしてますね。奢りレストランですよ」
「二葉、なんか変わったか?」
「二葉さん、ちょっと色々ありまして……」
少女漫画とすき焼き騒動以来、二葉さんはちょっと弾けてる。
「お腹ペコペコで美味しく食べられるだけでなく、三人で食事を囲えるて幸運、そう、幸運と言えるでしょう」
わはー、と二葉のハンバーグは挽肉に原始回帰していった。彼女は基本的に大食いだし、孤高は別に望んでいない。積極的だ。積極的になれる相手がいなかっただけなのかもしれない。今までひとりだったのはただの偶然かも、と行動力ある二葉がハンバーグを食べる姿を見て思う來花だった。
「凄い根性だ……」
「二葉さん、あの木更が褒めてますよ、あの木更が」
「いやだって、來花。突然現れて同じテーブルに移ってきて誰よりも早く食べられるて……凄い根性だ」
木更、驚愕の表情。グラタンを冷ますのを忘れてスプーンを運んだせいで、「あちっ!」と叫んだ。彼女は猫舌らしい。炭酸オレンジが熱をもった舌を冷ましている。
「二葉さん、小型メカの開発は順調ですか?」
「見ますか?」
「持ってきてるんですか?」
「小さいのだからいつも持ち歩いているのでは?」
「お前らなんでそんなに疑問符だけで会話してんの?」
來花はポテトをコーンと一緒に食べながら、ラスボスの人参とブロッコリーを見ないことにした。
「ニンジン残ってますよ、來花君」
「これは飾りです」
「食料です」
「飾りです」
「お前ら仲良いな」
「仲良くなりましたから」
「ふーん。あっ、チビロボ持ってきてるんなら見たいな」
「良いですよ、はい」
「お前は手品師か! 手首からなんか出てきたぞ、ビビったぞ!」
「可愛いから許してくだし」
「……虫じゃん?」
「モデルは虫ですから」
「気持ち悪ッ」
「ーーは?」
來花はフォークに刺していたステーキを落とした。二葉さん怖い、と本能が意識よりも先に察したからだ。
「知ってますよ。鵞堂さん、大きい何に使うのかわからないメカ、作ってますよね?」
「……よく知ってるな」
「広告を見ましたから」
「広告?」
「これですよ」
二葉がテーブルに広げたのは、來花が大学と少々校外で宣伝していた、木更ロボットのチラシだ。
「なんじゃこりゃー!?」
木更はチラシをひったくってワナワナだ。体が震えていた。彼女の顔は茹でられたように赤く、今にも湯気が立ち昇りそうだ。
「木更のロボ、僕が宣伝しておいたよ」
「誰が頼んだよ! 誰が!!」
「パワーを見せつけてやるぜヒャッハーだったでしょ」
「言ってねーよそんなことぉ」
「どうした、どうした、弱気じゃないですか?」
「…………」
木更の歯切れが悪いどころではなく、言葉を返さなかった。
「余計なお世話、だったな。許してくれ」
來花はそれだけしか、言えなかった。
「会計はこっちで済ませておく。伝票は貰っていくよ。ついでに二葉さんのも。その代わり、木更と少し話をよろしく」
「後始末は任せてください」
異常なためらいを感じた。訊かないためには、いなくなるのが一番だ。寮までは、バスを幾つか乗れば大丈夫だ。大学に置いてきた自転車は、バス通学で大学に行った帰りに乗ればいい。
キャッシュレスで会計しようとしたら、レジに和風メイドの娘が気づいてやってきた。会計がはじかれて、ケータイをかざして電子決済を済ませた。
「大変ですね」
一瞬、何のことを言われたのか來花にはわからなかった。だがすぐに理解した。テーブルでの一件だろう。
「大変を楽しめるうちはまだ若いですから、若さを感じています」
和風メイドは小さく笑った。何か、彼女にはおかしかったのだろう。來花も笑い釣られた。
ファミリーレストラン、オールオンの駐車場に出た。明るい照明と街灯のおかげで、夜でも目がよくとおった。だからこそ、木更の軽トラによからぬことをしようとしていた連中が見えていた。
タタッ、と駆ける足音静かに、軽トラのタイヤに『光るものを持って』コソコソしていた連中のひとりを蹴り飛ばした。何をしているのか想像がついた。
「テメェ何しやがる! 気でも狂ってんじゃねーのか!?」
「人様の車に、おめぇこそ何してやがんだ、おら」
不細工に転けたひとりを逃げないように髪を掴んだが、もうひとりには逃げられた。
ーーバタンッ!
車のドアが閉まる音を聞いた。どこかの車から見られていたのか。來花は髪を掴み素早く立たせて、來花の軽トラを背にした。警戒したが、出てきたのはケバケバしい女がひとりで、拍子抜けした。
「ちょっと、あたしの彼を離しなさいよ」
女は手に、ケータイをかざしていた。來花はビデオ録画されていることを勘した。
「ボコしちゃいなよ、そんな変なおっさん」
「わぁってるよ!」
「おっと……」
來花も暴れられると流石に髪を引き千切りたくなくて、手を離した。ただ痛みと無理な姿勢からか、男は足をもつれさせて転けた。しかしすぐに起きあがると、胸からバタフライナイフを取りだし開こうとしてーー
「いや斬るつもりなら最初から出せよ」
ーーバタフライナイフを握っていた手首を蹴った。男は蹴られても握っていられる根性はなかったようだ。カラン、と駐車場のどこかへと、畳まれたままのバタフライナイフは滑っていく。
「な、なによ!録画してるわよ!」
來花は手首の痛みでうずくまる男を放って、女を掴む。暴れるが、そこは抑えこんだ。手首を、鷲が獲物を掴むように、硬く食いこむ。
「痛い! 痛い! 折れる! 折れちゃう!」
「テメェ、俺の女を離しやがれ!」
「呆れたことを言ってくれるな。お前の目の前で、この女を犯すことも簡単なんだぞ?」
「テメェ……」
「はい、お嬢さん。録画を止めて、記録を消そうか」
「……」
「アブノーマルなセックスが好みなら、別だが」
「データ……消すわよ」
データ消去を確認して、二人を解放した。捨て文句もなく車に乗り込み、荒らしい運転で駐車場から出て行ってしまった。ナンバープレートは記憶した。
「帰るか」
転がる音からバタフライナイフの位置を割りだして、危険物を回収した。本格的だな。オモチャと捨てるには危ない。……少し、乾いた血が残っている。刺したわけでもないだろうに、練習で切ったか。そういう意味では、開かせないほうがよかったのかもしれなかった。




