第8話「強襲広告塔」
「よろしくお願いしまーす!」
広告ビラを大学構内で配っていたら、誰かが教授陣に通報したのかしこたま怒られた五木來花。大学運営委員会みたいな組織の認可なしに、営業活動じみたものは原則禁止だった。
空き教室で、こってり絞られた。
絞った教授は三人。機械や電気系の男の教授だ。「だがしかし見てください!」とお手製広告を宣伝した。ただでは倒れない起きあがらない男、五木來花だ。
「ロボットには夢があります!」
「夢が今歩こうとしているのです!」
「鵞堂木更ーー彼女はひとりで組み、ひとりで戦い、ひとりで死のうとしています!」
「ロボット、それもドローンやAIではありません。有人人型搭乗重機!このワードにワクワクしない、興奮しない男は少ない!」
「見てください、走行試験での安定性に関する資料、また将来発展型の設計はすでに終了していて、時間と資材、場所の問題に移っています!」
大学内での広報は保留となったが、いくつかの掲示板と、大学ホームページの教授紹介欄に載せてもらう交渉がなった。機械が好き=ロボットが好きの教授は陥落した。
「あの、すみません」
「はい!はい!ロボット好きの、ロボット好きの!五木來花になんでございましょうか?」
「今朝から広告配ってましたよね?」
「配ってましたね。一枚いりますか?」
「いえ、もう持ってます」
「やや!これは失礼を……精悍な美男子のお顔を忘れていたことに恥じいるばかりです」
「いや、それほどでも……」
「御用はなんでしょうか?」
「あっ、はい。ーーこのロボットて、もしかして鵞堂さんが作ってたロボット、じゃないですか?」
「その通りです。鵞堂木更、彼女本人の力作です。チラシにも製作者の名前はありますよね?」
「はい。ただ少し、気になって……」
「気になった?」
「いえ!確認できたので、もう充分です!」
來花は立ち去る背中に何か、違和感を感じた。違和感は、無視するべきでではない。
「木更ー」
「今日も来たのか、來花」
「あり、今日はオイルの匂いも鉄の匂いもしない?」
「触ってないからな、ロボット」
「完成したの?」
「いんや、パーツ待ち。腕の油圧がない」
「その他は?」
「発注して届いていないのは、それくらいだ。色んなとこに分散して注文してるから、あっという間だよ」
「準備がいいな。それこそ、加工場だってすぐにすぐ作れないだろうに」
「設計やら何やらは、許可がおりるまえから調整してたからな」
木更の工房には少し、焼けた金属とオイルの臭いが染みていた。
「初めて会ったとき覚えてるか?」
「うん?あぁ、パソコン殴ってたな。なんかのサイトを見ていたような」
「俺が何を見ていたか気になるか?」
「いんや」
「だと思った」
いひっ、と木更は笑い、自分の笑い声が好きではないのかシブい顔をした。
「作ってる奴の、資金調達の足しにってSNSに投稿してたんだ」
「大人気だろ」
「そうでもない。パソコンを殴ってたろ?嫌なコメントだけは大量に湧くんだ。しつこく粘着に」
「……」
「でもね、俺は軟弱な連中よりもずっと強い!もうじき完成するよ。馬鹿どものオモチャにされても、きっちりやり遂げられるくらい強いんだ。なんにも生みださない糞どもがそれでも馬鹿にしてきたら両手で中指出してやる。テメェらにできるかよ、バーカ!てね」
「随分とひとりで頑張ってたんだな……」
木更は両脚を揺らして、ジッとはしていなかった。
「これはあれか、頑張ったご褒美が欲しいということでいいのかな?」
「ご褒美!?」
「あんまり持ち合わせないけど、ここは木更の奮闘に敬意を示して、ファミリーレストランを奢らせてくれ」
「おー、じゃステーキが俺食べたい!」
「ステーキ。男の子だな」
「肉好き女子だ。忘れてくれるなよ」
「レディ、勿論ですとも」
「レディか。それ言い続けられる勇気が來花君にあるかな?」
「え?全然問題ないからいいぞ、木更」
來花の頭の中では、ケータイに入っている残金を計算していた。銀行引き落としで二〇万円はあった、はず。ファミリーレストランで二人だ、精々一万円くらいだろう。充分だった。
「どこで食べましょうか」
「メイド喫茶てのはどうだ?」
「喫茶店、ですか」
「モーニング以外もでる。昔流行ったメイド喫茶になぞって呼んでるだけで、実質ファミリーレストランだよ。メイドいるけど」
「おススメ?」
「勿論!」
「決まりだね」
「車は俺が出そうか?軽トラで良ければだけど」
「助かるよ。こっちは自転車なんだ。車と追いかけっこはしたくない」
大学のいくつかある駐車場の何ヶ所かは、学生用の駐車場だ。小綺麗で初々しい車が並ぶ中で、村のドンみたいな迫力を放つーー普通の軽トラックが止まっていた。二人乗りで、荷台は大きく白色。田舎でよく見る。荷台には機械の匂いと、少し、森の匂いが混じっていた。
「お世話になります」
「おう、助手席な」
二人が軽トラに乗ると、少しだけ窮屈に感じた。木更がシフトノブに手を伸ばすと、來花の右手と触れた。
「ーー!」
來花は慌てて膝の上に手を乗せたが、木更は気にしてはいないように見えた。リバースから駐車場をでて、ガチャガチャと変速機が動く音を聞きながら、大学の長い坂を軽トラが走った。
木更は、エンジンの音に負けないよう声を張り、
「ドライブは初めてだったか」
「知り合いの運転も初めてだよ」
「お前、あちこちに友達いそうだろ。キャンプとか、バーベキューとか行ったことないのか?」
「全然。友達がいない」
「面白い冗談だ」
「本当だ。小学校以来から、友達がいない。ボッチだな」
「信じられねーな」
「色々あってね」
「ふーん」
「木更は友達いないのか?僕以外で仲良くしてる人間を見たことがない」
「お前が友達だろ」
「嬉しいけど、ずっとひとりじゃん、木更」
「わりと忙しいからな」
ロボットを作っているからだろうか。
「たしかに、アレを完成させるのは難儀しそうだ。しかも、ひとりだし」
「まあな。だが、アレがあるからこそ……なんだろ?生きる目的みたいなもんだ」
「へぇ。じゃ、木更にとってロボとは?」
「力だ!」
木更は力強く即答し、
「後付けできる力だな」
「木更は強くなりたいの?」
「あぁ。ーー謝花とは知りあいだったよな」
「リングに引きずられてコテンパンにされてる」
「あいつがやりそうだ。謝花は強い、女なのに滅法強い。でも男だからって皆強いわけじゃないよな?」
「僕ももやしっ子だ」
「肉体だけが力なら、原始時代と変わらない。科学の時代なら、万人がその挑戦を夢見てもいいんじゃないかなって」
「ロボのアームで握り潰すの?人間を……怖い」
「例えだよ。強い、を纏う。パワードスーツでもよかったんだが、力の象徴と言えば、大型で搭乗式の人型ロボットだろ」
「大きいと迫力あるよね。象よりも強そうだ」
「オモチャの銃を持っていても強くは見えない。アリが強いといっても、トラより強いとは思えない。重さや背の大きさで、ひとめでわかる、そんな力があのロボットなんだ」
「わかる。絶対に勝てない相手を倒せるからな、ロボット」
でも、と來花は、
「大学の施設や備品を使う以上は、大学にメリット、学生としての必要なものを説得できる材料が必要だったろ」
「そこは、まあ……」
來花が珍しく言い淀んだ。
「騙しだな?」
「騙し」
「自前で材料や経費を払ったから、研究室の教授に申請書を書かなくていいんだ。中間報告だけ。教授は最近まで、俺があの工房で建造しているのは複脚の多目的作業車だと思ってたはずだ」
「間違いではないな。脚がある」
「そう!ただ、ロボットて名前がついた瞬間オモチャ扱いだけどな」
「工房に来てた男の人が言ってたな、教授が怒ってる、て」
「自分の研究室の学生が、オモチャを作って遊んでるのは許せない性格なんだろ」
「なんだか興味なさそうだな。存続の危機だろ」
「なに、成果物を持って夜逃げ、別の研究室に逃げこむだけだよ。あまり前例がなさそうだが、それは学生が教授の下についてなんでもやるスタンスがあるからだろう。別に、研究室は自由に変えてはいけないなんてことは、規則に入ってない」
強かだな、と來花は思った。
「誰かの手を借りなきゃできねーのは、弱い人間だ」
「じゃ、僕もその弱い人間だな。寂しいと思ったから、二葉さんやーー木更に声をかけた」
「面白い冗談だ」
軽トラはいつのまにか、ファミリーレストラン『オールオン』の駐車場に入っていた。ファミレスの大きな窓からは、中でくるくる歩くメイド服が忙しそうに働いているのが見えた。




