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第7話「刻駆けしちゃった少女漫画」

「こんな格好じゃ会えません!」

「いいじゃない別に。いつもそれ着てるでしょ」

「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」

「仲良くなったんですね、夏春教授と二葉さん」

「図書館で人間の新種を発見した気分だった。声をかけたら、わりと趣味があったんだよ」

「趣味?」

「あれ」


 夏春は、壁を作っていた少女漫画を指差した。そして「私のじゃなくて、二葉君から借りてるんだ、全部」と言った。


「全部」

「そう」

「夏春教授!」

「大きな目をしたお嬢さんが多いですね。へぇ、ほう、これは……」

「來花君! それは男の子が見るものではありませんよ!」

「いや、読みますーーえ?」

「え? え? てなんのえ? ですかー!」

「けっこう……」


 來花は照れていた。


「……エッチだね」

「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」


 破廉恥だ。隠すところを隠しただけの、もろセックスが漫画に描かれていた。こういうのは編集OKなんだ。來花は戦慄した。二葉は絶叫した。


「少年漫画のオッパイやパンチラより過激だよねー」と夏春は言うが、來花も同感だった。


ーーダダダッ!


 走る足音、と思った瞬間だ。來花が持っていた少女漫画が取りあげられた。顔を真っ赤にした二葉が仁王立ちだ。からかえばおそらく、顔を踏まれるだろう。彼女の牛のパジャマは、今や猛牛レイジングブルだ。


「読んじゃ駄目!」

「いいじゃないですか、夏春教授に貸しだしてるのはおススメてことなんですよね」

「女の子だからセーフです!」

「女、の子……?」

「來花さん、來花さん。貴方の部屋に、教授権限で立ち入ってエロ本ばら撒いて、ちょっとしたボヤで寮中の人を集めても、いいんだよ?」

「やめてください」


 たぶん軽蔑はないだろうが、「これ好きだろ?」てエロ本サークルに組み込まれてしまう。悪くはないが、性癖が寮中で共有されるのは恥ずかしいものだ。


「なんで來花君がいるんですか」

「角煮を焼いてきたんだ。一個食べる?」

「……食べます……」

「じゃ、あーん」

「あーん!? なんですかそのシチュエーションは! 私を馬鹿にしていますね!? いただきましょう!」

「……夏春教授」

「二葉君はいつもそんな感じだよ」


 大学と印象が違う。


「美味しいです」

「よかったです」

「來花が焼いたのは固いと思うけど」

「私は歯ごたえがあるほうが好きですね」

「固いのですね……」

「いえ、脂は柔らかいですよ?ただ筋が適切な歯ごたえかと」

「やっぱり固いよなぁ」

「固いですねぇ」

「固いのかぁ」


 気をつけよう。


「夏春教授と二葉さんが仲良しだなんて知りませんでした」

「そう?」

「はい。二葉さんてミステリアスでクールというか、もっと孤高で引っ込み思案なんだと思っていましたから」

「彼女、す……ごいおしゃべりだぞ」

「マジですか、夏春教授」

「マジ、マジ。この男の子に寂しい夜を抱きしめて欲しいキャー! て感じだよ」

「いつ言いましたか!? そんなこと!」

「言葉じゃないが、感覚はそんな感じだ」

「夏春教授はもっと自分を疑うべきです」

「僕もそう思います」

「なぜ二人して私をいじめるのか。二対一で勝てるわけないでしょ」


 よよよ、としなだれた夏春は無視された。


「でも、夏春教授て身持ち固そうなのに來花君をあっさり部屋に入れてるのはビックリです」

「二葉さん、そうなんですか? 週にいっかいは来てますよ」

「女性の部屋に男が来るのは怖くないですか?」

「二葉さん、僕も男、男の子、忘れてないですか?」

「そうでした」


 くすり、と唇だけで笑う二葉はどこか妖艶な雰囲気だ。來花は少しだけ、どきり、とした。


「夏春教授こんなのですけどーー」

「こんなのって……」

「ーー悪い人じゃなさそうでした」

「二葉さん。悪い人は良い人オーラをだしています。早まってはいけません」

「そうなのですか?」

「勿論です。本物の悪は、善人として生きています。気をつけてくださいよ。僕はその悪党に銭湯で裸の写真を撮られて脅迫された経験があります」

「まあ、酷いですね!」

「酷いんですよ、悪党は」


來花は夏春を見た。夏春は目を逸らした。


「ーーところで、鵞堂木更君は元気にしてるのかな? 彼女にも会いに行ったんだが、こっちは門前払いだ」


 と、夏春は話題を振り、


「鵞堂君はちょっと気難しい性格だな」

「悪口スレスレですよ、夏春教授」


 來花は、『木更は難しい性格』ということを否定はしなかった。一人称が『俺』の女の子は、聞くだけでも気が強そうだ。実際、木更の気は弱くない。あたりもキツイものがあるだろう。


「鵞堂さんて、意地っ張りな性格ですよ」

「意地っ張り、ですか、二葉さん」

「そうですよ、來花君。意地の塊です。まあ、そのくらいでなければ、ひとりでロボット組み立てようなんて思わないでしょうけど。知っていましたか? あのロボット、鵞堂さんが大学に入学した直後から、委員会に申請して、卒業論文目的て認めさせて制作しているんです」

「入学直後? 研究室もまだ決まっていないのに、思いきりますね」

「新しい教育方針で、義務教育、また高等学校で学んだことは大学での再教育を省略する、ですからね。一年目から、研究室入りです。論文を研究するのに、一年なんてまるで足りませんから」

「でも早すぎません?」

「早いです」


 二葉はうなずき、


「鵞堂さんはーーかなり固い意志をもって入学されたのでしょう」

「固い意志」


 來花の中で、その言葉は重くかかった。


「ロボットて、男の子みたいな夢ですよね」

「むっ! それは私への挑戦ですか? 私も絶対に失わない妖精の友達を作ろうと奮闘しています。研究室には、災害時の小型飛翔探査システムの優位性、で論文を書いていますけど」

「図書館で飛ばしていた奴ですよね」

「はい。虫程小さければ、生存者がいるであろう隙間のほとんどに派遣できると考えています。隙間があれば、ですけど。軍用とかで研究室に出したら、絶対に通れませんし」

「軍用? 二葉さんがそういうことを考えるのは、少し意外です」

「そうですか? 私はミリタリー関連も好きですよ。最小の構成で最大の耐久と成果を求める戦場はシビアだからこそのデザインがあります」

「凄い真面目なんですね。でも軍事に興味があったら嫌がられるでしょう。兵器開発に学生が関わる可能性は、どこの教授も嫌います」

「そうですよ。だからこれは、私と來花君の秘密です」


 二葉は、血の気の良いふっくらとした唇に人差し指を添えた。


「教授がここの部屋の主人だよー」

「あっ、忘れてました」

「夏春教授は少女でしょ。漫画好きの大人なんだから」

「來花、君はもしかして私の少女漫画趣味を馬鹿にしているのか?二葉君、言ってやりなさい」

「はいーー少女漫画の良さを理解できない來花君は生きている必要があるのでしょうか?」

「滅茶苦茶に辛辣だなぁ!?」

「ふふふ」


 來花は、二葉の意外すぎる一面に触れている、そんな気がした。彼女のそれは、もしかしたら寮という家の中での、リラックスした彼女の素顔なのだろうか?


「なんかお腹が空いてきたよ」

「夏春教授、ビール飲んでたのにご飯食べてないんですか?」

「今のところ、摘みのメザシと角煮がそうだよ」

「はぁ……お菓子に精をだすまえにご飯食べましょうよ」

「やだ、女が精をだす、ですって二葉君!」

「來花君、卑猥な言葉ですか?」

「曲解!なんでこの状況で下ネタに繋げるんですか!」

「男がだす精の字で子……ふふっ」

「夏春教授、酔ってますね?」

「來花君、私は保健をちゃんと修めているので理解できますよ」

「そうですか」


「あっ!」と二葉がポンと手を叩くと、


「いいものありますよ〜」


 二葉はそういうと、パタパタと部屋から出て行った。お尻には、牛の尻尾だろうものが揺れていた。


 僅かして、


「炊飯器とすき焼き持ってきましたー!」


 來花は思った。美味しそうだが、それは二葉さんひとりで全部たいらげようとしていたのか?と。


 今晩はすき焼きだ。


 三人で夕飯を食べるのは、初めてだった。

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