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第5話「強いヒーローには」

 巨大ロボットーーには少々小ぶりだ。


「なぁ、木更。提案があるんだけど、二葉を工房に呼んでもいいかな」

「あン?なんで?」

「ブレイン枠欲しくない?」

「イラネー」


 製作所というのは、切り屑や塗料が埃を集めながら転がっていたり、あまり清潔な感じはしない。だが、木更が大学に借りている工房は清潔だ。ただの組み立て場所であるからだ。


 木更は、ロボットを作っている。


「そこに立ってると、クレーンで頭コーン! なるぞ」

「危ねぇ! 安全大事!」

「まだボタンに触れてもいねーよ」

「二葉の話だけど、今日も図書館で会ったんだ」

「会いにいったんだろーよ」

「……ちょーとサイズが違うけど、ロボットて共通の、熱いがあった」

「ロボットも色々だ。知ってるか? ロボットの語源はーー」

「一九二〇年代、チェコスロバキアのカレル・チャペックが作った戯曲ロッサム万能ロボット商会で使われた造語だろ。チェコ語のロボタ、スロバキア語のロボトニクの造語。どっちも奴隷とか労働の意味だったはず」

「人間コンピュータだな」

「本読んだ」


 物知りとは、知ることから始まるのだ。


「綺麗だな」

「未完成だぞ」

「男の子は剥き出しの機械に惚れるのだ」

「変なの。完成してこそだろ」

「未完の夢もある」

「ねーよ」


 木更は黙々と搭乗できるロボットを組み立てた。もしかしたらこのロボットが彼女の論文なのかもしれない、と來花は考えた。教授がよく許可をだしたものだ。門前払いされそうな、荒唐無稽の『無駄』と捨てられそうな夢だ。


「あれ!? 君、またここにいたんだ」

「どうもです」

「はい、どうも」


 名前も知らない学生。だが來花には覚えがあった。時々、木更の製作所に現れる男だ。もしかしたら、木更と同じ研究室なのかもしれなかった。


 彼は足音が言葉になったように、大股で木更に近づいて行った。「あっ」と來花は声を漏らしていた。今までの彼は、近くで見ていくだけだった。物珍しさからだと思っていた。


「鵞堂!」

「……なんですか?」

「教授が大激怒。私の言うことを聞かないなら研究室から出ていけー! て」

「ふーん」

「ふーん、てお前、退学になるぞ」

「なんで。卒論だせばいいだけじゃん」

「その卒論を教員会代理で目をとおすのは教授だ」

「……めんどくさ」

「資材も金も、浪費する余裕はない。卒論は、卒業した先輩の実験の追試験でーー」

「ーーふざけやがって」

「は?」


 彼の声色が変わった。來花は、男に怒りを感じた。男はそれほど木更を気にかけているのだろうか?もしかしていい奴なのかな。來花は僅かな情報から、好意的な答えを導いていた。


 怒声。


 罵倒。


 顔を赤くした男。


 僕の鼓膜を破壊したいのかと思うほどに空気が震えた。男は酷い罵りを吐き、工房の壁を蹴り憂さを晴らしながら去った。


 これはひょっとして、あの男は怖い系なのではないだろうか? と來花が思い至った。


「木更ー、お前なんかすっげー怒られてたな」


 めっちゃ怖かった。


「うるさいだけだ。後輩を思っていますアピールと、良いことしてる自分は偉くて優秀な人間だ、て確認してるだけ」

「そうなのか?」

「そう。つまり短絡的てこと。自分の求めるものと違ったらすぐ怒ってただろ?」

「うん」


 罵倒だ、罵倒。僕はあんなの、父と姉と兄と弟と妹と母と祖父と祖母しか言われたことない。


「ガキなんだよ。大人のフリをした」

「……? 大人って、大人と思いこんだ子供だろ?」

「はっ! お前もはっきり言う。…………そうだな。俺も同じか」


 木更は、賢いからか時々、答えを飛ばしがちだ。來花には、過程も、導かれたものもわからなかった。


「ところで、コイツをどう思う?」


 木更は組み立てていた巨大ロボットを叩いた。金属の音が鳴った。


「カッコいい」

「だろう。男なら素直に言いたいな。カッコいいと。どうも大学の男は、ガキっぽいと馬鹿にする。インテリとは合わないんだろ」

「そうなのか? 木更」

「知らねーよ」


 カッコいいのに。


 來花は、そのロボットを見上げた。見上げたのだ。人間よりも大きいが、2mという現実的な巨大ではない。5mはある、まさに巨大ロボットだ。流石に、アニメの人型兵器である18m級とはいかないが、それでも確かに、巨大ロボットの迫力が溢れていた。


「古い言葉なら、イケてる、と言うのかな」

「見ためだけじゃねーぞ。コイツは強い! 強いってのは、美しいと同じなんだが……ちょっと待ってろ」


 木更は、ロボットの中央周りで作業を始めた。本来の工程とは違うのか、何かをでっちあげるような無理矢理を取り付けていた。彼女のロボットはまだまだ未完成だ。


「ちょいちょい」と木更は手招きして、


「試運転だ」

「免許はあるのか?」

「ロボット免許はもってねーな。私有地だからへーき、ヘーキ」


 ちょっと不安だ。木更が周囲をやたら気にしながら、ロボット背中のエンジンに火をいれた。溜まっていたオイルにでも引火したのか、排気管の先から少し火を吹いた。


「うぉっ!? 本当に大丈夫か?」

「エンジンだけで何度か回したから、その時にオイルが溜まったんだろ」


「それより」と木更は手を伸ばした。


「ロボットに乗るのは、男の子の浪漫からズレてたか?」

「まさか!」


 來花は、木更の手を取ることに迷いはなかった。剥きだしのコクピットに座り、その隣では溢れた木更がロボットに半身だけで乗った。


「危なくないか?」

「箱乗りと同じだから大丈夫。それにステップとかでっちあげたから、持ってりゃ落ちない」

「あぶねー」

「ほら、運転してみろよ」

「僕、MTの免許一回落ちてるんだよね」

「車と同じだ。わかりやすいだろ? アクセルとハンドル。これだけだ。本当は、三ないし四脚で、マスタースレイブ方式で歩かせたかったんだが、妥協だな。装輪式で勘弁してやった」

「ゆっくり慣らしていこうかな」

「壁にぶつかってもいいが、壁を崩すにはやめてくれよ」


 正直、背の高いトラックとあまり変わりはなかった。アクセルを踏めば走り、ハンドルを回せば回る。言ってしまえば、それだけしかできなかった。


 だが確かに『彼女』はロボットなのだ。


「お前の両肩あたりに腕が付く予定だ。頭は当然、視界を確保した密閉式だぞ。全身を金属で覆って、自由に走り、腕が動く」

「でも今のシステムじゃ、腕無理だぞ」

「そこがネックだ。二人乗りか、腕の稼働をパターン化してコマンド入力するスタイルにするか、だな」


 來花は少し踏み込みを強めながら、大きくハンドルをきった。するとロボットは腰あたりから傾き、上半身でバランスと進行方向への曲がりを補助した。


「腰を傾けて左右に曲がる補助は、オモチャからヒントだ。バイクと同じだな」


「面白いなぁ」と左右に切り返して、体も左右に振り回された。


「やめい! 気持ち悪くーー酔うぞ」

「大丈夫、大丈夫」

「こっちがーー」

「ーーえ?」


ーーとん。


 仮設の足場だった。木更の足が、激しい動きで滑るのもありえた。危ない、急ブレーキとハンドルから手を離すのは同時で、機材に削られないよう木更の体を抱きよせた。


「ごめん」


 つんのめるように急停止したロボットの中で、來花は素早く手足を確認する。幸い、服や肌が削りとられるような傷はないようだ。


 來花と木更はだいたい、同じくらいの背丈だ。男の來花が包みこむ、というには些か木更は大きすぎた。


「木更?」と來花が心配するが、


「あはは!」


 木更は腹を抱えて笑うばかりだ。何がおかしいのか、忍べない笑いで身を震わせた。


「あー、やっぱりな。こいつは強いんだ。人間よりもずっと。俺を簡単に吹っ飛ばせるくらいに!」


 あはは!と木更は笑い続けた。

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