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第4話「妖精は図書館にいる」

ーー本の森。


 図書館の本は紙媒体なわけだが、これは当然、樹木から生成される。図書館を森と例えるのは、そう間違ってはいないだろう。


 五木來花は別に朝早くから大学に顔を出さなければいけないわけでなくても、朝が早いときもある。図書館に足を運ぶ朝がそうだ。


 図書館には、わりと八朔二葉がいたりいなかったり。


「二葉さーん?」とは流石に口に出さなかった。図書館は厳粛な雰囲気で静寂に包まれていると思い込むのは先入観だ。朝から無駄にテーブルを占拠している輩が、新しい利用者を威嚇するし、基本的に図書館は図書館の本に用がない連中のものだ。


 数の力って怖い。


「二葉さん。妖精は見つかりましたか?」

「妖精はいないよ。だから作った」


 図書館三階の片隅、窓にブラインドがかかって薄暗い角で、二葉は胸を撫でていた。


「おっと」


 図書館の音を吸収する絨毯の上で、中腰の二葉。彼女の胸から何か飛んだ。有線のへその緒を引きずるそれは、小さなロボットだ。


「翅はフィルムから作ったやつだね」

「虫を再現する機械分野の課題のひとつに、昆虫の翅の頑強で軽い構造を再現することにあったんです。今はもう、搭載するバッテリーやセンサーに課題が移ってますけど。飛ばすことに挑戦することは終わりました」

「何もこんな片隅で飛行実験をしなくても」

「この子は風に弱いんだ。外じゃできない」


「それに」と二葉は続けて、


「妖精は図書館にいてほしい、てワガママもあるかな」

「そっか」

「ロボットて夢があるんだ。その中でも私は、小さいロボットが好き。見てこれ。小さいでしょう。パーツの最低限で、さらに軽く、軽くと気を使って設計したんだ。大きなロボットも浪漫があるけど、私は小さいロボットが好き。どこでも一緒にいられる。別にロボットじゃなければ駄目ってわけでもないけど。ハチドリとかも好き」

「二葉は小さい生き物が好きだよね」

「うん」


 書架三つ先で、二葉の声とは違う会話を聞いた。


「うわっ、まだいたよ、あの『虫女』!」

「あっち行こ。根暗が感染る」

「図書館じゃなくて、もっと別のとこ行けばいいのに」

「わざわざ図書館てのは困るわよねぇ」


 二葉は、あまり歓迎されない。図書館にも勢力があるのだ。樹液の場所取りと同じだ。そして、二葉はカブトムシやスズメバチよりもずっと下で、下ということは自由な権利は存在しないことと同じだ。


「……」


 來花は大きく息を吸った。気持ちを集中した。


 他の場所に移らないのか? とは來花から訊くことではないと心得ていた。二葉に、声が聞こえない鈍感はなかった。知っていて、固い意志で選んだのだ。


 それをーー忘れるな。


 訊けば侮辱に等しい。


「ロボット、機械系の蔵書コーナーから本を適当に見繕ってくるな。図書館にいると本を読みたくなる」


 とたた、と吸音目的の絨毯を行く來花。書架の木々が天井まで乱立する森は、視界が狭い。だが、見取り図は頭の中に入っていた。中央の人が集まるテーブルを、ドキドキしながら渡って、反対側の窓際に機械系の本がある。その前に、趣味のコーナーを抜けるが、


「わっ!?」

「あっ、すみません」


 書架の死角から現れた、男の子と衝突した。來花に弾き飛ばされて、その男は尻餅をついた。本を抱えていたようだ。バサバサと、騒がしい図書館でもひときわ大きな音が響いた。


「大丈夫?」

「はい!俺は平気です。ごめんなさい、俺の不注意でした」

「こっちも迂闊でした。それに、実害はそちらの方が上だ」


 來花が転けた男の子に手を伸ばした。男の子は少しためらいがちだった。だがすぐに、意を決したような顔で、來花の手を取って立ちあがった。


「よし!」


 來花は男の子の汚れたお尻をパン、パンとはたき、散った本を回収した。古今脅威大全。空想生物の図鑑。それにヨーロッパやイスラムの甲冑の、分厚い本ばかりだ。


「はい、落し物」

「ッーーありがとうございます!」


 男の子は、ぴゅー、と書架の影を伝って消えてしまった。猫みたいな人だった。仮に猫なら、來花は嫌われた。


「尻を叩いたのがまずかったか……?」


 ズボンが汚れていた。だから落とした。だが今生はいかなるものが、揚げ足となるかはかりしれん。迂闊であろう。


ーーとはいえすぎたことだ。


 來花は、二葉が読みたくなるような本を探した。彼女を片隅でひとりにしておくのは忍びない。早く戻ろうと、お節介が気を急かした。


『重鉄戦士メタルカオスと学ぶ三脚歩行』

『マイクロマシンと分子動力学』

『桃太郎はパワードスーツで鬼に勝つ』

『ドラゴンちゃんの流体力学』

『ゴブ賢しこ作戦〜ステアリング編〜』

『スラリンは油圧へ夢を見る』


 重い……欲張りすぎた。


「五木さん、大丈夫ー?」

「平気ー」

「テーブルで読めばいいのに」

「僕じゃお邪魔になるよ」

「阿保をどかせばひとりくらい」

「ひとりじゃないから遠慮」

「そっかー」


 中央のテーブルの新しい人達に挨拶されながら先を急いだ。20mとない、図書館の階ひとつ、その端から端が遠く感じた。


「お待たせしました」

「お待たせされてました?」


 二葉は、書架の隣のクッション椅子に座っていた。幅は広く、隣に少しくらいなら本の山を築けた。彼女は來花が持ってきた表紙を見て、「うわー」て感じだ。


「よくこんな変わった本を短時間で持ってこれますよね。私、驚きです」

「褒められたから、もう一冊くらいサービスできますね」

「褒めてはないですね」

「大丈夫、僕の中では褒められてるから」

「前向きだー」


 会話は切れた。二葉が、並べられて本を読み始めたからだ。集中していた。無表情で、情報を吸収するマシーンのようだ。しかし、來花はそんな二葉の様子に人間としての違和感は感じなかった。


 窓から染みこむ陽の光が本に反射して、二葉の体を複雑な色相に磨いていた。命を吹かれた絵画のようだ。正しい色ではない。人間とは、こんな色ではない。ある種の嘘が起きあがった姿だ。


 だから、この瞬間だけ。


 二葉が離れれば、不自然は自然へと帰る。


「……」


 來花は、ひとつ隣の椅子についた。二葉からは、書架ひとつと通路いっぽん離れた距離だ。


 話しかけるのは不粋だ。


 初めて二葉と出会ったときだ。來花は、綺麗な人だな、と感じた。ブラインドから差し込む、切られた光でまだらに照らされ、薄暗いなかでいた不気味だった。それでも、勘は違った。


 二葉の長い黒髪、少し手入れが不器用で、跳ねた毛先が空調でぴょこぴょこしていた。


 今日は、虫型のロボットを胸に隠していた。あるいは明日も、何か忍ばせているだろう。二葉は大切なものをこの一角に持ち込む。あるいは、逆だろうか。この場所に……。


「來花さん」

「なんですかね」

「退屈じゃないですか?」

「暇ではありません。二葉さんを観察しています」

「ちなみにレポートははかどっていますか?」

「なかなか順調ですよ」

「そうですか」

「そうなのです」


 会話が切れた。


「來花さんは、パワードスーツて知っていますか?」

「倍力機構……機械的に人間をアシストする物ですよね」

「はい。私もパワードスーツを着れば、俵を三俵くらい抱えられるお相撲さんになれるでしょうか」

「今は無理そうです」

「そうですか」

「はい」


 会話が切れた。


「ところでーー」


 二葉が矢継ぎ早に話を振ってくれた。余計な気を使わせているのだろう。彼女が読書に集中できていない。


「そろそろ時間なので、おいとまさせていただきます」

「そうですか」


 來花にこの後の予定はない。だが、二葉がいる図書館の片隅から離れた。彼女には、もっと居心地の良い場所であってほしいのだ。


 ふらりと、図書館を放浪した。


 來花は、地頭が馬鹿だと言われてきた。そんな彼だから、参考書を手に、貸し出し手続きをとった。


 司書が本のバーコードを機械で読み取り、学生証の提示を求めた。


「最近、よく会いますね。レポートの資料以外で使われる人は珍しいですよ」

「色々事情がありまして」

「頑張ってください」


 淡々とした口調の司書が、去り際に言った。頑張ろうか、來花はあらためて固い決意を締めた。

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