第15話「新しい関係」
イベントは終了となった。中止でも、延期でもなく。ただ……完成のお披露目会は、木更の工房でとりおこなわれた。彼女の『力』が確かに公開された。
「おぉ!」
ささやかな集まりは、ロボットが好きで見にきた物好きだけだ。教授がいて、学生がいて、そんな連中の兄弟や姉妹、知り合いが引っ張られていた。両手両足の指の数で数えられてしまう程度だが、
「すげぇ!」
熱気はーー凄いぞ。誰もが熱気をこもらせたまま帰り道に去っていった後に残されたものは、一日の終わりと、ロボットと、木更に二葉、それと來花だ。
夕陽の赤さに染められていたのも一瞬で、山から降りてきた長い影が夜を一足早く運んできた。冷たい光が肌に寒さを感じさせ始めていた。
「汗かいたからか、ちょっと寒いな」
「じゃ、この後は何か温かいものを食べに行こうか。木更の奢りで」
「えぇ!?」
「僕の奢りでいいよ」
「いけません! 騒動を大きくした木更の奢りーーもしくは割勘です」
「二葉、大きくしたって……木更も怖い目にあったのに」
「警告を無視した結果です。なぜ相談しなかったのか、なぜやれると勝手に判断したのか、あまつさえ頭を縫う怪我をした來花君に逆ギレで暴力を振るったのです。報いるには軽すぎます」
「むっ」
「肉! 肉!」と浮かれてロボットをしまっていた木更が思い出したように止まった。ジッと來花を見ていた。來花には髪がない。頭の傷を留める為に、周辺を剃ったからだ。見栄えが悪いと、最終的に丸坊主になった。來花は坊主になったことじたいは気にしていないが、痛々しい傷跡を隠す為に普段は帽子を被った。
「よーし、奢りだ俺様の! 食べ放題なんてケチなことは言わねぇ本物の肉を食べさせてやる!!」
木更はロボットのコクピットから片足を立てて高らかに宣言した。最後の夕陽が木更を照らし、眩しかった。
「女に二言はない!」
「ひゅー! ひゅー!」
「ただし二葉! お前は奢らないからな! 日頃の迷惑行為でチャラだ、チャラ!」
「ケチです! どケチがここにいますよー!!」
「やかましい! 人生初奢りがお前であってたまるかー!」
ロボットに乗って高くなった木更を、下から手を伸ばして捕まえようとする二葉。二葉は足で落とすような『真似』を木更はしていた。可笑しい、と來花は今まで溜めていた気を一気に吐きだした。少し、軽くなった、そんな気がした。
「飯食いに行くぞー!」
「おー! 目指せステーキ十人前!」
「なにそれ!? 食べすぎじゃない!」
「今夜のお腹は空いてますから! ちょっと金欠で」
「なんで?」
「頭縫ってたら、バイト首になってしかも治療費です」
「マジかーーいいだろう、俺が責任をもつ。來花を屋敷に雇おう!」
「木更オーナー、私も新型の資金援助か、あるいはバイトさせてくだい」
「絶対来るなよ、お前は何か仕掛ける、絶対」
倉庫の中に置かれたロボットを脱いで、木更が帰ってきた。大きく、そして小さな巨人、ロボットの頭脳でもある。そんな彼女の生は貴重かもしれない、と來花は見ながら思った。
少し男っぽく、声の大きい女が鵞堂木更だ。八朔二葉と比べれば……と考えたところで、「二葉もおかしな部類だな」と思いなおした。木更は木更であるし、二葉は二葉だったのだ。
「ーーで、どこの焼肉屋に行くんだ?」
「ふふーん! よくぞ聞いてくれましたなぁ、五木來花君。よい着眼点だ」
「……來花君」
「はい……僕も微妙な気配を感じています、二葉」
「なんだなんだ、酷いぞお前ら」
木更はプリプリと怒るが、來花と、そして二葉の不安は拭えなかった。顔にでていた。
「焼肉屋マジックアーム! このお店の何が凄いって、ロボットが受付や何やらをしてるんだ! 従業員は遠隔操作でーー」
木更は楽しそうに語る。それに対して二葉が、失笑というにはあまりにも温かすぎる微笑みを浮かべるのを見た。「あぁ、本当に好きなのですね」と言っているようだ。
大学から、マジックアームまでは歩いて少しの距離だ。今しばらくは、木更のロボット談義が続きそうだった。
ただ、
「……」
二葉と目のあった來花は、自然、表情を崩した。それを見た木更が「ちゃんと話聞いてるのかよ!」というから「えぇ、勿論」「聞き逃したものはない」と答えた。