第14話「それでも抱きしめたいんだ」
僕は何を見ていたのだろうか。來花は自問した。今、目の前にいる鵞堂木更とは誰だ。助けられることが侮辱と思っていても、助けてほしいと願ってしまい、自分で自分を否定する矛盾に打ちのめされた、『本当に助けられるべき人間』なのではないか?
「ドアは、分厚いようで薄い。この先に木更がいるとわかっているから、ドアという物理的な障害があっても、感覚は変わらない。だから、目の前にいるのと変わらない。このまま話を続けよう」
「別にいいさ」
「木更。僕は口が上手いほうじゃないのはわかってると思うが」
「そうだな」
「即答されると、それはそれでなんか嫌だな」
複雑な気分だ。
「お前がいない生活は寂しいもんだ」
「二葉のついでに、だろ」
「そんなことはない。なんでそんな酷いことを言う。木更は二葉にはなれないし、その逆も然り。木更のロボットを二葉は作れない、作る気もない」
「じゃーー俺の好きなところ十は言って」
「十!? 多いな!」
「ないなら引きこもる。誰にも愛されないからもう二度と外に出ない」
「ぐぎぎ……」
來花は記憶を絞った。
「可愛い」
「カッコいい」
「貧乳」
「背が高い」
「うるさい」
「怖がり」
「デカイロボット作ってる」
「豪邸」
「ステーキ遠慮した」
「軽トラ運転できる」
來花は思った。酷いな、と。いくつか悪口みたいなのが混じっている。絶対に、木更が聞きたいものではないだろう、そのはずだった。だが、
「しゃーないな」
ドアノブが回る。開けられた隙間から、ぬるりと人影が出てきた。少し汗とか体臭が気になる木更、彼女だ。
「お前から好きを取りあげちゃ、可哀想だからな」
ふんす、と鼻を鳴らす木更はーーずっと大きく見えた。來花は手を伸ばすべきか悩んだ。しかし、
「ほら、行くぞ! お前が連れ出してくれるんだろう?」
木更に手を握られ、(最後まで締まらなかったな)と思いながら引かれた。
「あっ!」と木更は、意地の悪そうな笑みで、何かに気づいちゃった! と言わんばかりに振り向いた。來花が心の首を傾げていると、
「來花は、俺のこと好きなんだよな?」
やはり意味がわからなかった。來花が手助けしたいなんて、好き以外の理由はないのだ。だから、わざわざ頭に傷を負い、木更の家まで足を運ぶのは間違いなく好きの部類だからである。
「か〜!!」
木更は突然、地団駄を踏み始めた。心なしか顔はーーいや真っ赤で、平常を取り繕うのが見てとれる。モロ顔にでていた。
「モテモテだな俺様ってば! モテるって辛いなぁ。あっ、來花ちょっと待っててくれ」
木更は部屋に駆け足で戻ると、ケータイを持ち出してきた。そして、來花と肩を組むと、ケータイの自撮りモードで、
「ハイ、チーズ!」
ーーパシャり!
写真を撮ったようだ。
「見て! 見て!」
……。
ケータイに撮った写真を見せる木更は、にしし、と笑っていた。心を奪うそんな笑いかただった。「……」來花は自然と、悪餓鬼みたいな笑いで唇を広げる彼女に、なんでも許してしまいそうな愛嬌を感じた。
だから、少し意地悪になってしまう。
「ブッサイクだな、木更」
「ぶ、ブサイクだって!? それが仮にも好きな相手に向かって言うことかぁ!」
「言う、言う。男の子は照れ屋なんだ。大好きな相手にはそれはもうボロクソ言うからな」
「ほう〜、じゃ、言ってみろ」
「そばかす女」
木更は初弾轟沈ノックアウトした。
「そばかす女はないだろ、そばかす女」
「ごめん、そんなに気にしてるとは思わなかった、ほんとごめん」
「謝れると逆に傷つくっての、本当にあるんだな……」
「僕は好きだよ、そばかすあっても」
「あっても!? 無いほうがいいんじゃん!」
「それは、まあ……」
「まあ!?」
「ほら〜、そういうところだよ、声が大きくて嫌われるのは」
「嫌われるまでは言ってなかったのに。……え? この声嫌われてたの?」
「うるさい、て、木更と話した人間の160%が思ってる」
「60%なんだよ」
「60%は、十人に六人は好意的に解釈するけど、やっぱり受けつけられない数字」
「たっかい数字だ……」
「じゃあ!」と木更は訊いてきた。
「お前はーー?」
來花は答える。そんなのは……決まっていたのだ。