第13話「助けたいは罪なのか」
ーーあの日以来。
鵞堂木更が大学に姿を見せることはなく、工房の中には煤が溜まるばかりとなっていた。
來花は、謝花の元を訪ねていた。彼は木更について多くを知らず、彼女に最後の助けを求めたのだ。
「木更、か……いや何があったかは聞かない。だが酷く心が折れてるな」
「木更はどこに?」
「家だよ」
「謝花さん……」
「どうした? 五木來花」
「僕は木更を、鵞堂木更を救うことは可能なのでしょうか? 彼女は今とても苦しんでいる。助けたい気持ちが強いんです。でも木更にとっては、最大の侮蔑になってしまう」
「行っちまえばいい」
「謝花さん、安直すぎます」
「何が? 城を攻略するのはいつだって最後は力攻めだ。あの子はーー弱い! だが根が深い。折れても芯が残ってしまうほどに。攻城戦は勝つか負ける、二つにひとつ。お前は賭けられるか? 賭けるのは、鵞堂木更の未来だ」
自分のものでさえない。もしこれが、來花の人生であったなら迷わず賭けていた。だが関わるのは、木更の人生だ。それは來花をためらわせ、即答を拒んだ。
「まあ勝手に悩んでろ。ほら」
謝花がメモを書いた。二つ折りのそれには、「木更の家の住所」だった。
豪邸だ。
庭で1200m走とかできそうなレベルの豪邸がそびえていた。『鵞堂』と表札があった。鵞堂木更の家ではあろうが……。インターホンを鳴らせば、数秒とかからずに、
『なんの御用でしょうか?』
木更の声ではなかった。
「僕は五木來花。謝花さんの紹介で、木更さんの様子を見に来ました」
『謝花様の?』
謝花の名前を出したらトントン拍子で話が進んだ。あるいは、謝花が前もって一本電話をしていてくれたのかもしれない。あっさりと木更の部屋の前に通された。ただ、
「この先は、わたくしの一存では決められません。申し訳ありません」
「いえ、ありがとうございます」
綺麗なドアだ。
ーーコン!
ーーコン!
ーーコン!
ノックの後に、
「木更。僕だよ、五木來花」
「來花?」
「うん。謝花さんに聞いた」
「あの人は、まったく……」
「覚えてるか? 約束を果たしてもらいに来たんだけど」
「約束?」
「僕も体を張ったんだから、話を聞かせろって、約束」
ドア越しの会話は奇妙なものだが、ケータイで話すのと大して変わらなかった。來花と木更は、ケータイで通話したことはないが。
「話したくない」
「意固地!」
「うるせぇ! どいつも知ったように土足で踏み込むんだ! そして言う! 可哀想に、てな!」
「言わないよ」
「じゃあなんだ!? 大変でしたね、か! 大丈夫だから一緒に大学に行きましょう、か! それともお綺麗な他の言葉か!」
「そう言われたら何も話せなくなるな。ぶっちゃけ、僕は木更と一緒に大学にいたいわけだし」
「俺にかまうなよ」
その言葉は、悲痛の色が染みていた。來花の心が締めつけられた。來花はそれでも、潰れてしまわないよう、勇気を膨らませて。
「かまう。約束だ。約束は破られるべきではない。裏切られることはあっても、裏切りたくはない」
「なんだそりゃ」
「僕の信念だよ。生きていれば、裏切られることは必ずある。でもだからって、僕までが裏切る側に立つべきではない。木更を裏切りたくはないから、約束したんだ」
「來花の都合だ」
「まさしく! だからこそ、僕が僕を裏切るのはよくない」
「そうか」
「ロボットはどうするんだ? まだ未完成だろ。完成させてやらないと、クリエーターをどこまでも求めて大学を破壊しだすぞ。クリエーターは、どこだ! てな」
「なんだそりゃ」
ぷっ、と吹きだし笑う声が忍び聞こえた。
「アイツに意識があったとしても、そんなおふざけな口はつけたくないな」
「AI載せるか、木更」
「まさか! 頭は、ここにあるんだ、俺が、な。今更AIは載せない」
「木更の信条?」
「そう! ロボットは、ロボだけで独立できるものじゃなくて、人間と合体することで完成される存在であるべきだ」
「二葉とは逆だ。二葉はどこかで、友達としてのメカを求めてるよ」
「だからこそ、二葉とは気があいたくない。でもその他は、けっこうウマがあうのがな……」
「例えば?」
「レンチを回せる」
「なんだそりゃ」
來花は笑ってしまった。
「……」
「……」
木更と上手く会話が繋げている。そうとは來花は思えなかった。ドア越しの固い空気、意地だけで膨れている木更の気を感じたのだ。
「なぁ、木更」
「あんだよ」
「仲良くしよう」
「なんでだよ」
「僕が木更を好きだからじゃ駄目?」
「いい言葉を返してやる。ふざけるなら帰れ」
「ふざけてなんかない。初めて会ったとき、なんで僕が声を掛けたと思う、木更」
「気の毒だと思ったからじゃないのか」
「木更は少し、自分を好きになったほうがいい。僕は木更がとても好きだからな」
「好きねぇ」
「一目惚れというやつだな」
「俺に? ありえないだろ」
「ガサツな物言いで、一人称は俺だし、機械いじりで手の肌はボロボロ、すぐに大声をだすから?」
「來花お前……けっこうグサグサ言うな。事実だからキッツい」
「悪い意味は良い意味にもなる。ガサツは芯が強いということ。俺の人称は大した問題じゃない。昔そういう女の人もいた。機械いじりで少し傷ついた手は働きものの優しい手だ。大声はまあ、もっと静かにしろって思うけど」
「おい、悪いことのまま残ってるのあるぞ!」
そう言われればそうだ、と來花は思った。