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第12話「錆びた歯車が軋む」

 不穏な空気を嗅いだ。


 動けば、頭蓋を砕く覚悟があった。何を、何をしようとしているのか。顔を知っている男のこめかみを人差し指と親指で挟む。


 いや、やっぱり流石に片手の二本の指で砕くのは無理だわ。


「痛い! 痛い! 痛い!」


 カラン、と男の手から落ちたのは斧だ。赤い頭に黄色の柄。防災用斧として見覚えがある。


「あんま動いてくれるなよ。滑ったら目玉が潰れるぞ?オーケー?」

「ーー!」


 オッケー。


「舌は切りとってないんだから喋ってよ、ねぇ。防災用斧で何を、叩き割るのさ」

「いや、何も、これはちょっと、誤解ですよ! こんな暴力が許されるわけないでしょ!? このことはーー」

「ねぇ、ねぇ。僕は今、なんて?」

「くっそ!」

「まあいいや」


 腹の下は、骨に保護されていない、剥きだしと同じ大腸や小腸が渦を巻いている。その腹に來花は、膝を打ちこんだ。苦悶して、呼吸がままならず背中を折る男の頰を張り手して、掴み、床に落とす。ごしゃ、と嫌な音がしたが、男の頭は砕けていないし、血が咲くほどの傷もなかった。


 男は声にならない、痛みを声にしていた。だが、來花の知ったことではない。


 工房の襲撃。なら迎撃しないと。


 絹を裂く悲鳴と、男が二人、押さえこまれているのは、鵞堂木更だ。下手人の末路は、決まっていた。


 尋問すれば、犯人の正体がわかった。木更と二葉を気に入らない連中の連合だ。二葉が襲われなかったのは、來花がいたから……と、二葉がすこぶる手酷い報復をしてくる可能性が高いからだそうだ。


 だが木更は、ひとりで、しかも人気のない工房にいつも篭っていて襲撃をやりやすかった。


 中には、前に木更の工房で怒鳴り散らしていた男もいた。


「あいつのせいで! 僕の人生はメチャクチャだ! 教授に啖呵きったのに、あいつ馬鹿で何もわかっちゃいない。無駄なことばかりして周りは大迷惑だ!」


 來花の中の暗い怒りが報復させていた


 木更は呆然とーー瞳を殺していた。乱れた服は破られ、直すことは、今は不可能だ。強姦されかけた。あくまでも未遂だったとはいえ、直前だった。


「ーーイッ!」


 頰を叩かれたのはーー久しぶりだ。あの時ほど、強くはなかった。駄目な男、産むんじゃなかった、頭のおかしい失敗作。頰を叩かれるのは、來花は慣れていた。木更のはずっと、痛くなかった。


「誰が頼んだ!? 俺はーーお前に哀れまれなきゃならない女か!」

「そういうつもりじゃーー」

「ーー木更さん!」


 乾いた音を、聞いた。


 それは、二葉が……木更の頰に平手を打った音だった。情けも容赦もない一撃は、あまりに強く、鼻が切れたらしい。ポタリ、ポタリと木更の鼻から血が、規則的に垂れた。鉄の臭いがした。嫌な、臭いだった。


「いやいやちょっと待て!」


 二葉の思わぬ衝撃に、來花は面食らいはしたものの慌てて抑えこんだ。後ろから彼女の腹に手を回し、胸を押しあげるように引き剥がした。二葉に筋肉がまるで別の生き物のように膨れあがり、柔らかな肉は鋼のような硬さに変わっていた。


「なんでですか! 歯のいっぽんもへし折らなければ、木更さんは変われません!」

「それ物理的に変形してるだけ! 少し落ち着いて、二葉さん!」


 ほえる二葉もだが、そんなことよりも木更のほうが心配なのだ。適当に二葉を解放して、平手を張られた木更に寄った。木更の頰は赤く腫れていたが、泣き腫らした目元や……。


「木更。もう大丈夫だから。大丈夫。僕に任せて」

「……」


……來花を叩いた威勢は完全に、消えていた。何も言葉にしない、静かで、考えることをやめていた。目を見れば、全てを『見ない』選択をしていた。


「木更……」

「來花君。病院に電話しますか? レイプ検査キットや内臓に損傷がないかの検査も。ハッキリと言えば何があったのか見当もつきません。万が一があります」

「二葉さんは冷静ですね」

「來花君ほどではありません」


 だが、來花のなかでは迷いがあった。


「木更何かされたのか? いや、どこまでいった。残酷だがハッキリと言ってくれれば、僕達はこのままアイツらだけを処理する」

「海に沈めます」

「ーーかはともかく、良いようにはしないと誓う。二葉、好きにしていいから、逃げないようにしてください」

「喜んで、です」

「指を切り落としてはいけませんよ」

「ちっ! 誰もそんなことしませんよ」

「二葉さんクール美少女だけど信頼できないんですよ」


 犯行人達は少し、怖いめにあうかもしれないが、二葉は楽しそうだ。


「木更」


 來花が隣に座っても、拒絶はされなかった。あるいは、気力が完全になくなったかだ。


「僕は約束を守ったぞ。困っていたら体を張るって約束しただろ? 見てくれ、この頭! 病院でホッチキスで止めてもらうか悩みどころだ」

「ごめん……ごめんなさい……」

「なんにも謝ることなんてないよ。木更は、謝る立場じゃないんだから」

「でも、でも『私』のせいで血が沢山流れてる!」


 木更は、ポロポロと急に泣きはじめた。來花はそれを止めることはないし、言うこともない。彼女は泣きじゃくる。普段の俺様とは、まるで違った。木更は何も悪くはないのに。


 それだけに……。


 來花は、自分を恥じていた。何も理解できていなかった。二葉よりもずっと、そう遥かにずっと、來花は気づくべきだった人間なのだ。見ていなかったから、木更は襲われた。


『ちょっとした事件』として処理されたそれは、当事者として残ったものに深い跡を残した。


「帰ってくると思いますか」

「わかりません」


 生まれることもなくたたずむ巨人の下で、來花は首を横に振った。


「木更の傷は深い。致命的は過言ではありません」

「チャットで話しかけても、効果はありません」

「完全に閉じていますね」

「引きずりだすべきなのでしょうか?」

「さぁ? ……もしもがあれば、その時は僕に任せてくれますか」

「それはいいのですが、やれますか、來花さん」

「少し悩んでいます、二葉さん。やるなら、直接会いに行くべきでしょう。しかし本当に話しかけても良いものか悩みます。望んでいないことが、どれほど不幸であったとしても、本人が決めた道を尊重したい。どんなものでも」

「はぁ……」


 と二葉は溜息を吹きかけ、


「たまには積極的にいきましょう。受け身では勝てませんよ。負けないだけです」

「二葉さん、知れば知るほどギャップ酷いですよね。儚そうで、助けてあげなきゃオーラありましたよ」

「そうですか?」

「ごめんなさい、嘘吐きました」


 二葉は、助けられるというより助ける側だ。人間は見た目によらないな、と思う來花だった。彼女を助ける必要があり事態なんてあるだろうか? しかしそれでも、


「困っていることがあったら教えてください。好きな人には、好きでいてもらえる理由を作っておきたいですから」

「機会があればよろしくお願いしますよ。ただ、私の万が一はかなりえげつのない事件になるかもしれませんけどね?」


 二葉の美人なウインクが飛んだが、ハートを射止められる前に來花の口からは乾いた笑いがでるだけだった。

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