第10話「君はそこにいてくれますか?」
五木來花の大学生活はわりと忙しい。あちこちに散らばっている、最近はどういうわけか検討もつかない場所にいる、八朔二葉と鵞堂木更をお迎えして工房に行かなければいけないからだ。
「いないねぇ」
大学構内を放浪とする不審者がいた。五木來花だ。刺さる視線が、あちこち行ったり来たりの來花に向けられた。心がキツかった。けっこうデリケートな精神なのだ。
「あっ」
変人だ、不審者だ、と言われ続ける中でやった件の二人を見つけた。珍しいことに、木更と二葉が一緒にいた。
「木更さん、木更さん」
「なんだよ、二葉」
「握手しましょう」
「握手〜? まあいいけどいきなりだな」
「はい、ぎゅー、です」
「いい歳して何言ってんだーーだぁぁぁッ!!」
なんということだ。二葉が木更と握手したと思ったら、袖からワーム感のあるなにかが木更の腕に絡んだ。
「新型のロボです。ポピュラーなタイプで、芋虫みたいなみためです」
「お前わざとやったろ!」
「工房に侵入したんですけどーー」
「ちょっと待て、鍵はどうした?」
「ーーやっぱり完成してなければ、ロボットは意味がありませんねぇ」
「聞けよーーてかなんでそんな喧嘩売るんだ! あと早くこれ取ってくれ!」
「技術を売りに来ました」
「いらねーよ!」
「では、なんでも自力やるということですね。それではでは、であります」
「ちょっと待て、こいつーーこいつなんとかしろよ!」
なにやってんだ? というのが來花の素直な感想だ。
「いやどうしたのさ」
「來花君、発見です」
「來花これ取ってくれ!」
「はいはい」
木更の腕に巻きついていたワームロボは、開発者の二葉に返された。
「ひでぇぜ、酷すぎる」
「まあまあ、二葉も悪気はなかったですよ?」
「ちょっと悪戯したかっただけです」
「ごめん、これは悪意100%だね」
「まさかこんなに驚かれるとは……悪戯冥利につきます」
「全然悪びれてねー」
少し、木更と二葉の仲が深まっているように見えた。悪いことではない。とても良いことだ。
立ち話は足が疲れると、ラウンジへと移動した。隣に教員待機室があって、あんまり大声で騒げば怒られるが、基本的に賑わっている。幸いなことにテーブルがひとつ空いていた。
「あのさ、昨日は悪かったな」とまるで別れ話のように切り出した木更は、
「お前が色々考えてくれてたのに、俺は自分のことしか考えてなかった。言い訳になるが、あんまりそういう経験がなくって、迷惑だ! てあふれたんだ。でも、そのあれだけやってくれてたなんて知らなかった」
「回りくどいですけど、木更さんは、ごめんなさいをしたいのです。善意に暴力で答えましたから」
「暴力してねぇよ!」
來花はそんなことか、と安心しながら、
「気にしてませんよ。あれは、木更さんに何の相談もしなかった僕に大問題ですから」
「そんなことはない! 嬉しかったぞ。ただ、あの時はーー」
「ーー余計なことを! ですか?」
「……そうだ」
「僕だって、あずかり知らぬところで勝手にやられたら怒ります。自分の責任の範囲を超えたところで勝手に動かれると大変ですから。だからこれはむしろ、僕が謝らないといけないことなんです。木更さんーー」
「な、なんだ?」
「僕を許してくれますか?」
「当たり前だ!!」
來花にはそれが充分どころではなく、何よりもありがたい言葉だった。
「あっ」
「よくできてますね」
「うおっ!?」
「木更さんは、絶対に肝試しとかできない系女子ですよね」
テーブルに手を置いていた二葉の袖から、またロボットが出ていた。木更を驚かしたワーム型とはまた別だ。手品師かな?
「思ったんですけど、肌に取り付いていても痛くないんですね、ロボ」
「來花君、その質問は私に対して愚弄に等しいですよ」
「そっか」
「扱いがぞんざいです。……この子達の関節や歩脚は工夫してあって、お毛毛を挟みこんだり、カブトムシみたいに爪が食いこみはしません。ヤモリやカエルに近いですね。吸盤みたいなものです」
「気……もち悪ぅ!!」
「大袈裟ですねぇ、木更さん。気持ち悪いというのは本物がありますよ?」
「絶対見せるなよ、絶対だぞ、名前もだすな、フリじゃないからな」
「わかってますよ。触手ねちょねちょは私も怖いですから。AIが色々学習しています」
來花はたまにどころか、頻繁に二葉の考えていることがわからないが、考えないことにした。
「來花にだけあれこれさせるのは駄目だろって、色々イベントでやることを考えてみたんだ。やっぱりパワーを証明するなら、わかりやすい何かを破壊するのが良いと思う」
「なにそれ凄い気になる」
「そ、そんなに食いつくなよ、來花」
「私も気になります。それ、バックダンサーいりますか?今なら色々お得ですよ」
「二葉のなんていらねーよ!」
触手バックダンサーかもしれない、と來花は想像した。
「ん?」
「どうかしたか、來花?」
「いや……」
來花達のいるラウンジは階段の隣にあるが、講義室を挟んで反対側にも階段がある。ただ、その反対側にはラウンジもなく、過ぎ去るだけのはずだが……男が見ていた。目が合うと、スッと階段のほうへと消えてしまった。
「なんだ?」
來花の中で、警戒心があがった。最近は妙なことが多い。つい先日も……來花は、木更を見た。
「木更。身の回りで何かおかしなことはなかった?」
「別に」
木更は、刺々しいまでに、ぶっきらぼうに吐いた。「二葉さんは?」と訊けば「今はありませんね。今後はわかりませんけど」という答えだ。
「引っかかりますね」
「大したことでは。私、あんまり人付き合いて得意ではありませんから、まあ、それがらみで色々」
「本当か?」
「私、いじめられっ子でしたからね。いじめっ子を半ごろーーおしとやかな学生生活が、キザでお高く止まっていると反感を買うんです」
「今……」
「私は木更さんのほうが心配です。殴られても、なんでもねぇ、で済ませてしまいそうですから」
二葉の言いたいことは、來花にも少しわかった。來花の中で何か、冷たいものが吹きこむ。
「木更、真面目な話だーー本当に大丈夫、なんだよな? もしーー」
「ーーはぁ……人様に頼らなきゃ生きられないほど、俺は自立できてないように見えるか?」
「木更! そういう意味じゃないだろ。俺は……」
「平気だよ。なーんも問題なし」
「本当か? 人間には限界があるんだぞ。お前が作ってるロボットだって、本当はひとりで作るものじゃない」
「だから? 俺を馬鹿にしてんのか、來花。誰にも頼らなくて充分、むしろ邪魔だ」
「……木更。もっと真剣に……」
「お前さっきから、なんだよ!!」
「き、木更?」
來花は、吼えた木更に気圧された。何が彼女の逆鱗に触れたのかわからず、心が戸惑った。
「俺はなんだ!? お前達に一から十まで心配される可哀想で弱い女て言いたいのか!」
ーーガンッ!
ラウンジに響いた音は、木更がテーブルを殴った音だ。重く、怒りがこめられていた。他に使っていた学生が、肩をすくめて視線を何事かと向けてきた。
「ーーッ!」
「木更!」
『視線に耐えられないかのように』木更が階段へと走った。「二葉、僕行ってくる!」「気をつけてください」來花も後を追った。階段を飛び越えて、木更を追うが中々追いつかず、死角の多い階段の中でどこに行ったのかわからなくなってしまった。
「はぁ……はぁ……」
だが木更はすぐに見つかった。息を荒げる來花以上に、死にかけみたいな呼吸の木更が影に隠れていたからだ。
「何やってんだよ」
「……」
木更はすぐには答えられなかったが、息を整えてやっと喋りはじめた。
「うるせぇよ。かまうんじゃねえ」
「馬鹿。気になるよ」
「なんでだよ。『他人』だろ」
「好きな女が取り乱してるのに、知らん顔なんてできるか」
「はっ! こんな女の何が好きなんだ。背が高くて胸がないからか? 特殊な体が好きなんだな。胸もない、背だけが高くて体力もない」
「やけに捻くれてるじゃないか」
「ふん! 俺は元々変人だからな」
「まったく……」
來花は木更の手をとった。少し傷が多くて肌がガサついているのは、ロボットを作っているからだろう。それでも女の子の手だった。
「離せよ」
「おんぶしてやる」
「絶対やめろ!」
來花の手を引いて立ち上がる木更だったが、眩んだのか、足をふらつかせた。
「おっと」
ぽすん、と木更を胸に受けとめた來花は「大丈夫か?」滑り落ちてしまわないように、抱きしめる。木更も無意識に、來花の腰に手をまわして落ちないよう張った。
「はぁ……」
「やっと諦めたか?」
「なぁ」
「どうした、木更」
「お前はさーー」
「うん」
「ーーやっぱなんでもねぇ」
「何もないならいいさ」
「ん……」
「もし悩みがあったら相談してくれ。これさえ約束してくれたら、僕も体を張る」
「考えとく」
「ちゃんと考えてくれよ?」
「どうかなぁ〜」
來花の胸の中で、木更少し元気を取り戻したようだ。