7.死闘の連続
「ここは……?」
エリアスは目を覚ますと今まで見たことのないような場所にいた。周りはどこまでもトンネルのように続いており、少し薄暗く、所々にあるクリスタルのようなものが淡い輝きを放っているおかげでなんとか視界を確保できる。
そして雰囲気が全く違う。
今までエリアスが過ごしてきた世界は平和とは行かないまでも張り詰めたものではなかった。人々が生活するのに適した場所であるといえばいいのだろうか。
だが、ここは違う。そして確信する。
ここはダンジョンの'中'だ。
空気の小さな振動が鼓膜を震えるだけでも、身体がぴくりと反応しそうになる。あたり一面の空気は言うのであれば殺気に近いもので満ち溢れていた。
生憎、エリアスの近くには人はいた。
だが、友好的な様子ではなさそうだ。
「対象が起きましたよリーダー」
「おー起きたか。みんなはこいつをそこの転移トラップに放り込んでおさらばするか、こいつをココで処理するかどっちがいいんだ?」
「そりゃあもちろん……」
獲物を見るような目でエリアスを鋭く貫く。
「聞くまでもなかった。じゃあ誰がやる?」
さらっと交わされる言葉にエリアスは背筋が凍る思いをしながら寝ぼけ気味な思考をなんとか回転させ、どうにか逃げれないかということだけを考える。
しばらく話し合いをしていたようだが、結論が出る気配は全くなかった。だが、エリアスもいい策が思いつくことはなかった。
「早くやらなきゃいけないから俺がやるけど文句はないか?」
どうやら話がまとまらなくてリーダー格の男が殺ることになったらしい。
「恨まないでくれよ『堕天使の隠れ家』くん」
彼はエリアスには視認できないような速度で、腰に差した鞘からの居合切りがエリアスを殺しに来る。
この世界で珍しい刀だ。そして、彼は全く殺気を纏うことなくエリアスを殺そうとしていることからも殺しなれていることがわかる。
誰も逃げれない初見殺し。
エリアスが真っ二つになる所しか想定していなかった彼は驚く。
彼の刀はエリアスに届く前の空間に止められていた。
いや、止められているよりは吸い込まれ引きずられていた。
さすがと言うべきかそんな行動をされても彼は焦ることなく次の行動を開始するために懐をあさる。
短剣を取り出し、それで死角からの攻撃を放てば仕留められるのは確実だと踏んでいた。
そこで、エリアスは誰もを裏切る行動をした。
自らの背後に広がる転移のトラップへと自ら突っ込んでいったのだ。
一拍子遅れて、そこに探検が投擲されるが一瞬発光した後エリアスの姿は短剣が刺さるよりも早くに消えた。
そこにはエリアス殺害に失敗した暗殺の集団のみが残っていた。エリアスのユニークスキルに対応がうまくいかなかったというところだった。
任務成功であると言うことにかわりはなかった。
エリアスは変わった光景にまず目を見張る。
先ほどとは真逆の光景といえばいいのだろうか。
さっきまで岩が重なってできていた階層部分がすべてクリスタルによるものに様変わりし、逆にちょこちょことしかない岩が貴重に思えてしまう。そんな階層だ。
エリアスは暗殺者集団との戦いの前から先に〈収束〉を仕込んでいた。
間違いなく雰囲気からしてもエリアスという存在を認めていない者達であることにはアクションを起こされる前から確信を持っていた。というかあの場所に拉致している時点でそんなことはわかっていた。
なんとか生き残れたのは、オリジナルスキルと思われる二つのスキルを王国に告げなかったことが功を奏したと言えよう。
逆に、このスキルさえ伝えればこのようなな事にならなかったのではと考えてしまうが、結局のところの最大の要因は『第六陣』が気に入らないと言った所であろうから自分にはどうしょうもないことだ。
エリアスは暗殺から逃げられたが、ダンジョンは甘い場所などではない。自分の見ている世界が変わったということは、それだけ自分に降りかかる危険の度合いが大きくなることを意味する。
今まで1度だって入れてもらえなかったダンジョンに、たぶんさっきのルームが10階層と言っていたからそれよりも進んだ階層であることは確実なことであろう。
そんな場所へいきなり飛ばされて何ができようか。
なんとか手持ちには暗殺者から奪ったと言うか〈収束〉を使うことでなんとか止めた刀と最後に確実に仕留めるための道具として投げられていた短剣をエリアスは手にしていた。
食料に関してはダンジョンの中には一定間隔ごとに恵みの森林が存在し、そこで容易に食料調達ができるために気にする優先順位としては高くないだろう。
「はぁ。」
それでも。それだからこそエリアスはため息が出てしまう。
もう、今の彼の頭の中ではここで暮らしていくことを前提として考えてしまっている。
そもそも生き残れる確率の方が低いだろう。
今のところの戦闘でわかっている事だが、エリアスには〈収束〉〈放出〉以外の戦闘方法がない。
ないというのは語弊があるが、この階層で使えそうな戦闘方法を数えてみればそれしかないのだ。
それでもやるしかない。それだけ。
「はぁぁ」
もう1度今度は先程よりもため息をつく。
「よしっ。やるしかないな」
そうして1歩を踏み出した。
そしてコケる。
記念すべき1歩目でエリアスはコケた。
だがそれは偶然にしてはラッキーすぎた。
ヒュン…………ドガーーーーン
エリアスの髪の毛先を掠めながらそれは壁面に着弾した。
記念すべき1歩目の転倒はエリアスの命を救う意味ある一歩目となったのだ。
急いで起き上がり攻撃の主と対面する。
それはふよふよと空中に浮いていた。
緑色の光の塊である。
それは奇しくも先程まで聞いていたミゼリアに聞いていた精霊の特徴と酷似していた。
エリアスは両親からダンジョンについての知識を覚え込まされていた。それは魔法陣が現れるまではいつかエリアスと一緒にダンジョンに潜るために。魔法陣が現れた後は今回のような不慮の事態を想定して。そう、今回のように。
堕ちた下級精霊
それが今回相対する相手の名前。
彼らは実体を持たない。物理攻撃でどこまで殴ったところですべてがすべて無効されてしまうという厄介な敵である。
当たらないのだから当然ではあるが。
それゆえに魔法で倒さなければならない。
だが、エリアスは魔法など使えない。
つまり〈収束〉を適切な場面で使用をしながら切りぬけなければならないのだ。
エリアスはこのスキルを手に入れてから、両親のススメでこのスキルについての考察を帝国から王国へと行く道中に使用を繰り返しながら積み重ねていた。
そんな思考をしているエリアスに向かい、さすがは堕ちても精霊であると感嘆させられるほどの素早いインターバルでレッサースピリットは次々と魔法を放ってくる。
エリアスには身体能力強化が無いために、自分の身を魔法が来る度に左右に投げ出しながらなんとか避け、どうしても避けられない魔法を収束で逸らしながら何とかといった戦いを強いられていた。
レッサースピリットが放つ魔法が視界に入った瞬間に身体をその魔法の射線から逃れないと、それだけでエリアスの生命活動が停止してしまう程度の威力は有しているのだ。
エリアスもなんとか合間合間に〈収束〉した攻撃を〈放出〉でレッサースピリットの体力を削ろうとするが、回避行動の最中に起こす行動としては困難を極めるがために命中させることは厳しいものであった。
そうして両者は7mほどの感覚を空けて初めての正面から見つめあった。
レッサースピリット。
それは言葉で説明することは難しいのだが何故かエリアスに不快な気分を与え続けている。
一瞬の間しか見えなかった相手は緑色の光の塊としか認識出来ていなかったがここでそれを改める。
それは元々は鮮やかな緑色であっただろうが、今はその色がくすみ、所々に黒いモヤがかかったような姿をしている。
そのモヤの中には、何故か虹色のエネルギー体のようなものが見える。
そしてエリアスは納得する。
先程までの攻撃の中にはその存在の表す風だけではなく、ファイヤーボールもアイスエッジもさらにはライトニングさえエリアスに牙を向いていたのだから。
精霊から変質してしまったその存在は殊更厄介な相手であった。
そしてエリアスは動き出す。
間合いをとった戦いは遠距離攻撃を持った相手に対して不利だと判断し、間合いを詰める。
それに対応してレッサースピリットは魔法をたくさん打ち込む。威力はないが連射可能なファイヤーブリットやエアブリッドなど。
エリアスはなんとか避けながらもその目の前の敵へとたどり着く。
流石に全てを避けて、〈収束〉させることは叶わなかったので自滅覚悟でかするような攻撃は防御を捨てて、痛みに歯を食いしばりながらなんとか相手の目の前へと到達する。
ボロボロになった服、その下からは火傷痕や血が滲み始めているがエリアスはそんなことを気にしている場合ではなかった。
彼の集められる全てを〈収束〉した攻撃をゼロ距離からなんとかレッサースピリットへと繰り出した。
これがエリアスの中で必殺の一撃にして、最後の希望であると言っても過言ではないものだ。
だが、現実はそう簡単に上手くいくものではないとは誰が言った言葉であろうか。
「うぉぉぉーーーー」
掛け声とともに突っ込むエリアスには無慈悲な結果をもたらす相手の攻撃が襲いかかる。
それタダの風であった。
だが、体の色からも分かる通りの元は風の精霊である彼の生み出す風はノータイムでそのルーム一帯に嵐を巻き起こした
エリアスの攻撃は発射された。
掛け声とともに強い想いのこもったその一撃はまっすぐレッサースピリットへと向かっていった。
けれどもその暴風により、進路を歪められてしまっていた。
ズドーーーーーン
それはエリアスの放った魔法が、敵に少なくはないダメージを与えたものの倒すには至らなかった、全身全霊の攻撃が無慈悲にもクリスタルの壁によって相殺された音だろうか。
ルームに吹き荒れる暴風の余波を思いっきり受けたことによってエリアスがクリスタルの壁面に突き刺さる音だっただろうか。
クリスタルの壁に衝突してからずり落ちるエリアスの身体は満身創痍であった。
最後の一撃に全てをかけるために、多少の犠牲を払って突貫したこともここではダメージの加算に不幸なことにも役立ってしまう。
細かな攻撃でエリアスの身体は歯車を少しずつ狂わされ、最後の嵐は彼の体に大きなダメージを与えるような攻撃ではなかったにも関わらず、エリアスの身体のずれた歯車が取り返しのつかない所まで壊れかけていた。
エリアスは体がもう動かないのだ。
壁に背をもたれ、レッサースピリットを見すえるが足や体が動く気配が全くない。辛うじて腕と手だけなら動かせるがどうしろと言うのだろうか。
弱った敵は輝きが小さくなってきているものの、まだ生命活動の維持には問題は全くなさそうである。
動け。今だけでもいいから動いてくれ。
ここであと1発だけが必要なのだ。
心の中で何度も自分の体にムチを打ち、激を飛ばし、命令するものの動く気配は皆無。
「あぁぁ」
終わったな。
エリアスはそう思った。
普通なら心が折れる場面だろう。
だが、エリアスはこうも考えた。
これからだ
そう思った。
限界を突破しろとかそんな精神論ゆえに出た言葉ではない。
シャロンとの約束を守るために己を騙して出た言葉でもない
自分のプライドのため。ただそれだけの言葉だ。
惨めに終わる第六陣とこれでは自分も何も変わらないのではないか。いや、ダンジョンに放り込まれてただ野垂れ死にする方がさらに格好がつかないものだ。
この理不尽に真の意味で対抗するための彼の心が覚悟がこの時に決まった。
だがそんなエリアスの心のうちを嘲笑うかのようにレッサースピリットはエリアスへ向けて、エリアスが動けないことをわかっているのか時間をかけて大きめの魔法を練る。
そいつの前には大きな風の刃が光粒によって形作られていき、その場に具現化した。
直径1mほどの刃渡りを持つ風の刃は今までの攻撃の中で1番の凶悪なものであるのは間違いない。まるで罪人の首を断つためのギロチンのようにそれが見えるエリアスの余裕は皆無だ。
思わずエリアスは喉をならす。
そうしてそれは撃たれる。
レッサースピリットのから放出されると正真正銘の風となり、不可視の攻撃へと変貌した。視認できる範囲でエリアスの見たその攻撃は地面に垂直方向な斬撃、つまりエリアスを体の中心から真っ二つにする事が容易に想像できる進路をとっていた。
エリアスは一度諦める。
自分にはあの風刃を受けて無事なはずはないから。
しかも魔法の威力がこれまでとは全く違うあの攻撃には〈収束〉では役不足なことも本能的に理解した。
だからエリアスは〈収束〉するものを変えた。
これが失敗したら命を失う。
あの村で起こったことと記憶が重なる。
『第六陣』になってからは試練続きであると本当に思う。
だが、自分は生きている。
何だかんだいいながらそれらを跳ね除けることに成功している。自分の力だけではないことも沢山あったが、それでも生きていることがすべてである。
どうせここで死ぬくらいなら新たなことを試すのもいいだろう。どうせまた命を狙われるのだ。それならここで自分は高みに登るしかないのだ。
死ぬ覚悟はできている。
その事がエリアスにさらなる強さを与えた。
エリアスがレッサースピリットの生み出した風の刃から変えた〈収束〉対象は……
──魔法情報自体である──
風の斬撃──エアースラッシュ──をエリアスは理解する。
そして唯一動かすことの出来るその彼の腕を上げる。
魔力なんてものはエリアスには微塵も理解出来ていない。魔法の事象改変のイメージなんて全く想像がつかない。
それでも体の中で活性化する魔力を、寝ている時の掛け布団のように心地よく、また暖かいものだと感じた。
そしてエリアスの伸ばした右手、その不幸な刻印が刻み込まれたその手に魔力が収束される。
これが本当の最後だ。
近づく風の刃に対して焦りは感じるものの、不思議と自分が負ける心配はしていなかった。
空間を切り裂き、振動させ、ごうごうと音を立てながら近づいてくるその攻撃に逆に心が踊った。
やっとだ。
そう思ってしまった。
両親の実力までは知らなかったけれども男の一端として、人並みのダンジョンでの命を懸けたやりとりにロマンを感じずにはいられなかった。『第六陣』をその身に宿した今でも、表面上では理性で抑えていても心のどこかでこの光景を望んでいる自分がどこかにいた。だからこそ……
「エアスラッシュ!」
右手からレッサースピリットが放ったものと同じ魔法が射出される。
「うおおおおおおおおおおおおーー」
自分の力を限界まで込める。
魔力の出し惜しみもしない。
最初で最後の戦いになるかもしれない今、自分のできる最高のパフォーマンスで終わらせる。
二つの不可視の衝撃がぶつかった瞬間、そこには先ほどの暴風が比にならないほどの大嵐、いや銀白色の爆発が起こった。強大なエネルギーの二つの塊がぶつかり合う瞬間に透明から色を取り戻したことによる銀の輝き、魔力の残滓のこぼれ落ちていく翡翠色の輝き、そして周りを取り囲むクリスタルの光の反射によりそこには人為的には作り出せないような、本物であるからこその幻想的な空間が描かれた。
爆発に飲み込まれまたもや吹き飛んでいくエリアス。
そんな中でもこの景色からは目を離さなかったし、目を離せなかった。自らの力の片鱗を、実にはならなくとも発芽したようなその感覚を残して彼の意識はその演出に一役買っていたクリスタルのステージに刈り取られた。
その一瞬前に自らの魔法が相手を魔石に変えたことを確認し、微笑んでいた。
そしてその部屋には動く者はいなくなった。
ルームの中心には一つの魔石が落ちていた。
エリアスのダンジョン探索においての初勝利の証であった。
その時、『第六陣』が光り輝いた。