6.不思議な王女様と予感
王国へ来てから2ヵ月ほどが過ぎた。
エリアスの両親は毎日騎士達への訓練と相手として実戦経験を与えながら過ごしている。
エリアスはいつも通りに部屋で本を読んでいることも飽きてきたのか、外へと散歩に行くことにした。
エリアスはいくら想定以上な高待遇を受けているとはいえ『第六陣』であることには変わりない。
例えば、騎士達への稽古を両親とともに見に行った時にはもちろん城の騎士たちは白い目線を向けられる。
あちらこちらで陰口を叩かれる。
「アレが無能と噂の堕天使の隠れ家か」
「弱そうだな。まあ弱いのか。」
「可愛い顔してるじゃないか。あっちにも需要があるかもしれないな。」
そんな連中がたむろしている場所で城の敷地内とはいえエリアスを野放しにしておけば早々に危険な目にあうことは想像に難くない。
それゆえに彼は安全がほぼ確保されている場所のみでしか活動が許されていないのだ。ましてやそれが国王からの命令でもある訳なので(建前上の安全確保、本音は目に入れないように)そうせざるを得ない。
そうして彼は庭園へとやってきた。
そこは彼の心を浄化してくれるお気に入りの場所であった。
そこは色とりどりの花が咲き乱れていた。
赤、青、黄、白、紺色が主となって色と色とが重なり合いグラデーションが彼の心を軽くする。
それに加えて土の茶色と葉の緑色も加わることでさらなる深みが表現されていた。
朝露に濡れる葉からこぼれ落ちる雫を眺めてみたり、 花たちから風に乗って流れ出てくる匂いを楽しんだりしていたりした。
だが、エリアスにはその花壇が庭園がとても遠く感じ、それゆえに尊く感じていた。
庭園に咲く花々の色を数えてみると大体7色。
基本属性の色たちがそこにはひしめき合っていた。
エリアスはそこにも一つの小さな社会、小さいながらのこの世界の理を感じて、絶望を感じることを避けることは出来なかった。
人間という枠組みを離れてもなお結局はこの『堕天使の隠れ家』が自分を縛り付け、無能の、仲間はずれのレッテルをはられ続けることは決まった未来なのであると。
あえて自分を例えるのであるとすれば庭園に作られた経路にあるゲートに絡みつく蔦のようなものであろうか。
何かにしがみついていないと生きることを許されず、決して日向に干渉できない場所にいるこの植物にどうにも同情心が芽生え、ここに来る度にさらにこの植物が好きになってくる。
そんなことを考えながら、ベンチに座って花を眺めて時間を浪費していると突如として前方から人影が現れた。
エリアスがこの庭園に来始めてからはこの庭園の中で人に会ったことは無い。管理人の人たちが見回りや警備を庭園の外周でしているのは知っていたが、この庭園は魔道具による見張りが充実しており、だからこそのこの綺麗な光景が、小さな植物たちの世界が保たれていた。
エリアスがここへの立ち入りが認められている要因の一つもそれである。
二人とも女性のシルエットをしており、1人は髪の毛は束ねて一つ結びにして自分の邪魔にならないようにしており、整った顔かつ穏やかそうな表情から一転して、エリアスの姿を認識するとともに腰に帯剣している剣を取り出し、もうひとりの女性をかばうようにして前方に立つ。改めてその姿を見ればスカートではなくズボンを着用し、遠目からでは気づかないような場所の局所局所に彼女と彼女の後ろにいる女性を守るためのの白銀色の金属片が光を受けて煌めいていた。
抜剣した護衛に守られ、後ろに存在している女性は彼女の前にいる者とは正反対の装いをしている。
服はシンプルながらもそこから上品さが伺えるような、ドレスではないけれども普段着ではないといったようなものであった。もちろん上品で素晴らしいものを着ていることには変わりはないがエリアスの目はそこには止まらなかった。
───彼女の頭上で金色のティアラが存在感を放っていた。
この国でティアラをつけられる人は決まっている。
ましてやここは王城の中。つまりはそういうことである。
頭が十全に動いていないエリアスでもその事実は決定したも同然であった。
そうして長い思考のトリップから何とかして抜け出した彼はまずは自らが害意を持っていないことを証明することから始める。
両手を上にあげ、敵意が微塵も存在しないことをアピールする。そもそもの話、護衛らしき人の発している圧でエリアスは今にも崩れ落ちそうな状態にあったためにもしエリアスが賊であろうがどうこうなったことではない。
「私はエリアス・ウォードと申します。少しばかり前に父マークレンと母サリアとでこの国に移動してきたものにございます。この庭園の観覧の許可は国王様から頂いていますゆえにどうか剣を収めてもらえないでしょうか。証拠なら存在しますもので……」
まゆを潜めた剣を携えた女性へと呼びかける。
「ならその証拠とやらを見せて貰えるか?」
「分かりました。」
エリアスは自分の両手をおおっていたグローブの右手のみをとる。もちろんそこから現れてくるのは『第六陣』、つまるところ『堕天使の隠れ家』である証明な訳で、、、
「これは……そういうことか。うむ、問題がないことは把握した。時間を取らせて悪かったな」
そう言って護衛らしき女性が去ろうとする中、後ろにいるお嬢さまもとい王女様は……
「ふわー!やめてくださいよ〜喧嘩はダメですって!えっ?主様の言葉しか聞来たくないってことですか?うーん。それならしょうがないですね〜」
何故かエリアスの方向を見ながら一人で会話を始める。
もちろん見つめている先にはエリアスがいるのだが、どこかエリアスでない何かが彼女には見えているようにも見える。
「いつになったら主様とお話できるかって?うーん。生きてるうちには難しいんじゃないですかね〜。えっ?友達もそう言ってた?つまりはそういう事なんですよね〜」
護衛の女性は「またか」みたいな顔をしながら額に手を当ててやれやれと言った表情をしている。そして目の前で起こる怪奇現象をエリアスに説明するために再始動した。
「私はこの国の騎士でありますエルナであります。そしてこちらのお方がミゼリア第二王女にございます。私は殿下の専属の任を承っているのです」
護衛の人改めエルナさんが思いのほかあっさりと自己紹介をするとともに、目線をこちらへと向けてくる。
どうしてそんなに簡単に自分の身分をばらすのかなとエリアスは少し考えてみたが、自分が『第六陣』であることを思い出し、どうせ何も出来ないからであると言外に言われているような被害妄想か真実かはわからないがそのような感情に取り憑かれていた。
「殿下は昔から少し変わっておりましてね。時たま私たちの見えないナニカが見えているかのような行動を取られるのです。そのためか皆からは少し気味悪がられて孤立しがちなようで……」
なんとなく納得したエリアスであったが、ミゼリアが言った言葉の中に気になる言葉があったので聞いてみることにした。
「あのー」
「だから〜喧嘩しちゃめっ!だぞ〜」
どうやってもこちらの声が届いていない。
横にいるエルナさんを見ると首を横に振っており、しばらく待てとジェスチャーで指示を貰う。
そしてミゼリアが異次元トリップしているタイミングを見計らってもう1度エリアスは声をかける。
「あのー、」
「あっ、私ったらまた……どうもこんにちは。エリアスさんでしたか?」
「はいそうです。」
何とかこちらの世界にいるうちにミゼリアを捕まえて彼女自身の世界に入ってしまうことを阻止する。
第六陣を見たはずのミゼリアには何故かエリアスへの嫌悪感を感じない。
「あなたも私を気持ち悪いと思われますか?私には"見える"んですよね」
いつも言われてあろう言葉を初対面の男の子からも受けるであろう場面を想像して表情を曇らせていくミゼリア。彼女の言葉を聞く前に、周りはミゼリアのことを頭のおかしい妄想癖のある人物であると決めつける。
「でしたら僕はぜひとも何が殿下に見えているのか知りたいと思ってしまいました。礼儀を知らないゆえ、無礼な言葉遣いはお許しください」
エリアスの反応は他の有象無象とは違い、彼女を気味悪がる前に彼女自身のことを見ていた。
それがミゼリアにもわかったので彼女の心の中身は喜色で一杯になっていた。無礼なんて考えてもおらず、自分としっかりと向き合ってくださる人物であるならば友達という存在となることも夢見ているフシがあった。
「いえ、構いませんよ〜」
エリアスから見れば、謎にミゼリアの笑顔が深まったためになにか自分がしてしまったのであろうかと軽い混乱状態に落ちていた。だが、彼女の言葉を聞けば悪い方向には進まなさそうなのでホッと心をなでおろすという転々と変わる感情に翻弄されていた。
「殿下は何が見えていらっしゃるのですか?」
単刀直入にエリアスは質問を投げる。
「えっとですね。できれば私はエリアスくんに敬語をやめてもらえたらなーって思ってます。ほぼ同い年でしょ?私には友達がいないし、対等に話してくれる人なんていなかったからそういうのに憧れているのです」
「ですが、平民の僕と王族であるミゼリア殿下となると……」
「これは命令です♪私のことはミゼリアと呼んでくださいね」
「命令ですか……」
横にいるエルナさんは今度は首を立てに振り、この言葉にうなずけと、彼女の助けになってくれるならこのことは周りに目を瞑るからと目線でエリアスに訴えてくる。
「わかったよミゼリアさん。これでいい?」
「ありがとうございます!私嬉しいです!」
エリアスが名前でミゼリアのことを読んだ瞬間に彼女の顔からは嬉しさがにじみ出ていた。少し興奮しているのか白くて綺麗であったお肌には赤味がさして、健康的な印象を抱かせる、普段の儚い印象とはまた違った彼女の魅力がそこにはあった。
正直エリアスはドキッときて動揺中。
だが、エリアスはなんとか気を引き締めながら元の話題に戻る。
「それでミゼリアさんには何が見えているのかな?」
「えっと、うまく説明出来ないんですけど、私が見ると人は皆が光って見えるのです。そして、彼らの横には必ず一つの色で光る光の球が飛んでいるように見えるんです」
こんな大事な話を誰も聞かなかったなんて周りは何をしているのかという気分にエリアスはなっていたが、エルナの様子を見る限りミゼリアの話す言葉の意味を正しく捕えられていないようである。
「ちなみにエルナさんは何属性なのか聞いてもいいですか?」
突然話を振られて、普通に考えれば話の流れをぶった切っているようにしか見えないエリアスの言葉にエルナは頭にはてなを浮かべている。
「私は土属性であるが?」
「ミゼリア、エルナさんの近くにいる光ってる存在って何色に見える?」
「茶色ですね。毎日一緒にいるから私もなんだか仲良くなっている気がします」
エルナはミゼリアの言葉を聞いてエリアスの質問の意味を今になって察する。
碌でもない幽体の類の亡霊になりかけの魂でも見えていたのではないか。そんなふうに言われて気味悪がられていたミゼリア殿下が、まさか魔法の行使の源となるような精霊様が見えているかもしれないなんて誰も思いもしなかった。
そんな事があればすぐに分かるなんて思っていたけれども、彼女は城にひきこもりがちで魔法を見たことはほとんどないという点でもエリアスの思考にうなずけるかもしれない。
そんなふうにエルナは考えを改めようとしていた。
だが、確証のないのも事実である。
そこにエリアスの追い討ち?とも呼べるような追求が走る。
「さっきミゼリアさんは僕に対して何やら喧嘩してるって言ってたよね?それってどういうことが教えてもらえないかな」
ミゼリアは少し不思議そうな顔を浮かべたあとに話し出す。
「私にとっては周りの人々がひかりで溢れていることが日常なのでちょっと考えてしまいました。えっと、エリアスさんには珍しいことに本人の輝きの強さだけでなく、周りを3つの光球が中悪げに存在しています。その色は黒、白、黄の3色です。なんというかお互いの存在が干渉しあっている膠着状態というのでしょうか?そのような様子でありました」
ミゼリアは自分の見えていたものがある程度は何であるかわかっているような顔をしていた。しかし、相手にされないことがわかっているからか他人に伝えることはなくなっただけである。自分のステータス情報に書いていない能力であるだけである。
信じてくれる人、自分に向き合ってくれる人を探していた。その人が別に第何陣であろうとは関係なかった。
それと同時に、エリアスの可能性という点をまじまじと見たという点では彼女が初めてのことではないだろうか。
彼女の目に映るエリアスはこうであった。
過去最強になるほどの強さを秘めており自らと仲良くしてくれるいい人、ちょっとカッコイイ異性のお友達。
世間の評価とは真逆である。
「僕の陣の色と一致してるね。ほんとにミゼリアさんには精霊が見えているのか!すごいね、でもどうしてそれなら混魔は魔法が使えないのかな?ミゼリアさんはわかる?」
「たぶん光さんたちが争っているためにまだエリアスさんに誰も力を貸せていないのではないでしょうか」
「そうかもしれないな。うん。でも僕も精霊を見えなきゃならなさそうだな。魔法は諦めるか」
そしておしゃべりをしていると知らないうちに時間は過ぎていく。すぐに別れの時間がやってくる。
「ではまた、エリアスさんもお元気で」
「またミゼリア殿下のお相手をしてやってくれエリアス殿」
「こんな卑しい僕でよかったらまたお願いしますね」
そう言ってそれぞれの帰路へつく。
「エルナ、私の見えてるものは秘密にしておいてくださいね」
「どうしてですか?ミゼリー」
「そんなのめんどくさいことになるからに…………エリアスさんとの秘密の共有みたいでいいじゃないですか」
本音と本音の境目に挟まり両方の本音が結局漏れてしまうミゼリア。
少々呆れた表情をしながらもエルナも大筋で同意見のようで
「わかりました」
「それと絶対にエリアスさんに危害が及ばないようにしてください。大変なことが起こります。私が見える本人の光の輝きは本人の魔力量がそのまま見えるということなんです。
もし、何らかのきっかけでエリアスさんが強くなったら誰にも手に終えません。彼らの両親でさえ止められないほどの素質を兼ね備えています。決して『第六陣』は劣った魔法陣ではないと私は今日確信しました」
一息ついて核心部分に迫る。
「あれは言わば「封印」
その封印が解けし時、私たちの国についてくれているといいのですが……」
ここでもシャロンと同じようにエリアスに希望を見出したひとりの人物が誕生した。
エリアスの帰り道で。
何者かがエリアスの後ろから薬品のようなものを塗った布切れをエリアスに押し当てる。
エリアスの体全体から力が失われる。
そうして彼らはエリアスを背負って向かう。
ダンジョンの上階層へと。
奇しくもミゼリアの心配事は現実となってしまっていた。