2.『堕天使の隠れ家(アインザーム)』
今日は20:00にも更新させてもらいます
この世界には主に七種類の魔法陣の色と五種類の魔法陣の模様が存在する。
そう、この世界の魔法陣はこの5×7種類の例外も存在してしまうのだ。それは物凄く低確率であり逆に奇跡に近いものである。
本当に奇跡ならどれだけいいことか。
第一陣~第五陣に含まれない模様を合わせて第六陣と呼ぶ。
魔法陣の色が2色以上あるものを混魔と呼ぶ。
そしてこの二つの特徴のどちらかを持っているものは『堕天使の隠れ家』と呼ばれている。
この世界に存在する人々は、管理神から指示された天使達が地上の人々へと『魔法陣』を与える。それゆえに『魔法陣』が身分にまで影響を与え、強い影響力を持つ。
そこで考えてみよう。
もし、天使から魔法陣をもらったはずなのにほかの人と異なる者がいたとしたらどうなるか。
ある人の魔法陣は赤色と青色が混ざりあって構成されていたとしよう。またある人は、見慣れている五種類のどの陣よりも複雑怪奇な線を重ねていたとしよう。
人々は考えた。これは何か素晴らしい力があるのではないかと。選ばれた人間なのではないかと。
だが、現実はそうはならなかった。
そもそもの魔法陣の効果について話してみよう。
魔法陣は授かった瞬間に効果を発揮する訳では無い。とは言ってもたいていの者達はその瞬間で力を発揮するが。
どうしてか?
魔法陣の効果を適応するために必要なのが「効果を知ること」だからだ。
一般的に出回る5つの模様の魔法陣については、この地に住んでいた最初の存在がその効力を聞き、伝承してきたために今となっては誰もが知っている。そのために誰でも魔法を使えたり、肉体の強化が行われる。
ここで『堕天使の隠れ家』に目を向けよう
この突然変異の模様は誰も効力を知らない。
混魔についても予想はしても確信は得られない。
第六陣はつまり一般人、ましてや奴隷階級と言っても過言ではない第五陣にさえ劣るのである。全くの身体強化と防御強化と魔法強化が備わってないのであるから。
混魔は合成魔法もちではないかと一時期研究が進められた。
だが、結果として魔法が使えたものは一人もいなかった。
そのために彼らはこう考えられた。
魔法陣とは天使から人間への贈り物である。
その魔法陣が正常に作動しないのは何か問題があるからだ。
天使様が持ってきてはないのではないか。
彼らが不完全なのは堕天使が魔法陣を刻んだからだ、と。
そうして彼らについた名前が『堕天使の隠れ家』
それでも混魔のものは魔法陣の模様さえ効力を発揮すれば日常生活を送ることは出来るので、魔法陣の階級そのままの生活を送ることは出来ることは出来る。
だが、それ以外のものに関しては、男なら暴力のはけ口、女なら周囲の性奴隷。
周りの助けがあれば生きてはいける。
だが誰よりも非力で蔑まれる彼らはこの世界においては最弱なのだ。小さな裏切りによりその存在が吹き飛ぶほどに。
加えて、殺しても刑罰がない唯一の人々なのである。
もし仮に最強の『堕天使の隠れ家』が生まれたとしよう。
世界はそれを許さない。
『第六陣』や混魔は弱さの象徴。
堕天使が与した存在なのである。
羽ばたき始めた彼の者の羽はすぐに引きちぎられるだろう。
どうしてそのような存在を綺麗な天使の恩恵の中に組み込めるだろうか。
天使が正義、堕天使は悪。言わばこのような図式が成り立っている。
第六陣は第六陣でしかないのだ。
どうして処刑されないかという理由は簡単だ。
彼らに力はない。
処刑をするまでもないということだ。
そこらの民間人が代わりにしてくれる。
法に抵触するような人体実験をしてもいい。
人々のヘイト管理をしてくれる。
自分よりも下の人がいると皆に教えてくれる存在。
階級はどれだけ強かろうと、どれだけ国に貢献したとしても最底辺であることが確約されている。やれることと言えば自分を助けてくれるようなより良い環境を手に入れることくらいだ。
だが、足掻くことは自分の心を傷つける。
だから彼らは一度堕ちてしまえばもう飛べない……
「エリー?ねぇ……えりー」
シャロンが弱々しい声音でエリーを揺さぶる。
今目の中に飛び込んでいる彼の右手甲に浮かぶ魔法陣が見えないはずがない。
「ははっ。ははははははははははー」
思わずエリアスは笑ってしまう。
もう見ればわかるのだ。
彼に刻まれたその魔法陣は普通の人生を許してくれないことが。
もしかすると今のうちに自殺した方がいいのではなんて思うくらいに。
異変を感じ取ったのか離れていたところで待機していた神官が早足で彼らの元に近寄りそして……絶句する。
「っ、出ていけ!ここに『堕天使の隠れ家』なんかが存在されては困るんだ。早く出てけ。お前のせいで美しい純真無垢な天使様までもが黒に染まったらどうしてくれるんだ。最後通告だ。早くここを出ていけ」
心ここに在らずの状態のエリアスだが、何とかふらふらしながらも天使像のある部屋を抜けて、彼らの両親が待っている部屋も抜けて外へと出る。
そこで尋常でない様子のエリアスを見つけた両親は彼の右手を見て納得する。
過去初めての出来事が起きていたから。
彼の魔法陣の色は3色──つまり混魔──である。白と黒が入り交じりまるで二色の龍が絡み合っているかのような様子の中に、隙間隙間に現れる黄色が後ろからそれらを照らす後光のように見える。
その魔法陣一つだけでもはや芸術品のようになっていた。
一般人には起こりえないことだが。
そして魔法陣の模様はほかの模様とは一線を画していた。
まずそもそもの話で魔法陣の色は魔法陣の線と線とが織り成し浮かび上がる紋様の上に存在するものである。
何が言いたいかと言えば緻密な芸術品かと錯覚するような魔法陣がほかのものと同様に単純であるわけがないということだ。
それはただの線と線の重ね合わせにしか見えないようで、計算づくめの精密に理論を実践したある種の研究結果であるようにさえ見える。
魔法陣は平面的であるはずなのに3次元のつくりで存在していると言われても信じてしまいそうな程に。
そうして帰り道の記憶が無いままにいつの間にかエリアスとシャロンはエリアスの家へと着いていた。
後に続いて親たちがついてくる。
「エリー、元気出すっていうのは酷かもしれないけどそろそろ元のエリアスの状態に戻って」
シャロンが何度でも壊れ掛けの彼の心に問いかける。
「エリー、ねぇエリー。戻ってきてよ。私はそんな陣気にしないから。私がエリーを守ってあげるから。だから、ね?」
「どうせ僕は両親にも受け入れられず何時かシャロにもほんとに失望されるような男なんだろうよ。そんな僕と関わっているとシャロの価値が下がっちゃうんだよ。だから、ね?
……もう僕にはかかわらないで」
そこで彼らの話を影から聞いていた、エリアスの親──母サリアと父マークレン──が出てきて彼の頬をひっぱたく。
手加減された平手打ちであるのにも関わらずエリアスはその向かい来る手の勢いのままに壁まで吹っ飛ぶ。
「ほら、こんなものなんだよ僕は。第四陣の手加減された一撃でさえ僕には大ダメージに繋がってしまうんだよ。最弱と言われるゴブリンに出会っただけで僕の死はほぼ決定するんだ。そんな僕に価値が……」
先程から突きつけられ続ける酷な現実は彼の中にまだこれが現実として受け入れられることが出来ていなかったが、幼馴染の言葉、両親の喝でこれが現実であると彼に知らしめる。
エリアスの目からは1粒の雫がこぼれ落ちた。
最初の1粒が彼の頬をつたい始めると瞬く間に、新たに留まることなく彼の目は塩分混じりの水滴をつくり出す機械と化す
「もう僕なんて……僕なんて」
「エリアスは私たちのことをなんだと思っているのかしら?私とあなたが小さい頃から目に入れても痛くないくらい可愛がって育ててきたエリアスの事を誰が見捨てるんですって?エリアスはエリアス。いつになっても、どんな魔法陣が与えられようと私たちの子には変わりないのですよ」
エリアスの母サリアの言葉に父マークレンも首肯する。
「エリー、私たちの絆ってそんなものなの?私はエリーがエリーであるだけでいいの。強い弱いじゃない。ハズレあたりの話じゃないの。エリーという1人の『人間』がいればいいの」
シャロンは少し顔を赤らめながら彼の目をまっすぐ見て話す。エリアスの目を見る限り彼女の懸想は届いているようだ。
「僕は、僕は。いい両親と愛しの幼馴染を持てて幸せだよ」
表情には現れてはいない。でもすべてに対しては納得がいっていないが、ここでは一旦普通を寄り添わなければならないという強迫観念に迫られながらエリアスはいつもの調子を演じることにした。
言葉よりも饒舌に彼を語る行動の末に、たどり着くのがこんなに早い様変わりであることに誰もが懐疑心をもったがそのことを指摘する者はいない。
「そういえばエリー?私、エリーのスキルまだ聞いてないんだけど教えてくれない?」
「そういえばそうだな。魔法陣に内包されている力といえ、スキルは誰しもが頭の中に思い浮かぶものだからな」
エリアスの強さというものを少しでも底上げしてくれるものであることを皆が願っていた。
「えーっと。〈収束〉〈放出〉らしいね。僕にはさらに3つのスキルスロットが見えるんだけど、そこはまだ暗くなっていて効果が発動するのにはなにかの条件を変更が足りないみたい」
エリーが言葉を言い終えるのも待たず、みんなが難しい顔をする。いや、未知のものを見て困惑しているような顔とも言える。
「エリアス。私とあなたはそんなスキル今までに1度も聞いたことありませんよ?」
「そうだな、これでも俺たちは昔はギルドに登録してダンジョンの高階層にあがるのを夢見て日銭を稼ぎながら暮らしていたんだが、そんなスキルは一度たりとも聞いたことないな」
「もしかしたらユニークスキルかもよ!」
この世界においてただ1人しか所有者がいないスキルをユニークスキルという。ただ、ユニークであるが故にどんな効果があるのか、使用方法などはわからない点はデメリットに挙げられる。
魔法陣が使用不可能なのに加えて、自らのスキルまでもが使い方がわからないとほんとに自分の生きる価値までもがなくなってしまう。ユニークスキルとは言うもののそこら中に役立たずスキルも沢山転がっているのでなおのことである。
「使えるユニークスキルであればいいんだけどね……」
シャロがむっとした顔で近づいてくる。
「私は知ってるもん!エリーがホントはすごいって!村のみんなに愛されて、天使や神様にお祈りを捧げていたエリーが不遇な扱いを受けるはずがないもん!」
全幅の信頼を寄せてくれるシャロンゆえの言葉ではある。
エリアスとしては、自分の魔法陣の事が噂で村中を駆け巡った時に自分と変わらずに接してくれるような人はここにいる人以外にはいないのではないかとさえ思っている。もしかするとシャロンの立場でさえ悪くなってしまう。
また、シャロンの両親も今の状態のエリアスにシャロンが近づくことをあまりよしとしないだろう。
「ありがとうシャロ。でも真実はこの右手に刻印されてしまったんだよ。僕はもう……無能なんだ」
「そんなこと、そんなことない!」
息を乱して、それに目の端には少し涙を浮かべ、興奮した様子でシャロはさらに反論する、
「私は見たよ。エリーが祈ってる時にエリーに力をさずける影を。たぶんあの神官も一緒に祈ってたから見てないだろうけど、天使の影とは違う、堕天使なんかは的外れなあまりにも『格』の違う何かがエリーに光と魔法陣を与えたのを」
シャロン以外のそこにいる3人は瞠目する。
「その光はまるで生き物のようにうねっていたの。そして、段々とエリーの魔法陣へと吸い込まれて言ったんだよ!私はそこにいた存在は本能的に天使よりも上の存在だとしか思えなかった。だからエリーは、いや、『堕天使の隠れ家』は無能じゃないと思うの。それどころかもしかすると神様から魔法陣をもらった選ばれし人々かもしれないとさえ私は思えたわ!」
シャロンのいうことの真実は彼女のそのどこまでも真剣な顔が物語っていた。だから誰も子供のいうことだからなんてバカにできなかった。
だが、それが真実だったところで今、エリアスがスキル以外に関していえば無能であることには変わりない。魔法陣が堕天使が降り立ったものなんかではない。そんなことはわかったものの結局のところ魔法陣は以前凍結状態であり、この封印を解き明かすことは今の状態では不可能なものである。
逆に真実が垣間見えたが故に小さな希望に縋りながらこれからの人生を消費していく、そんな人生が現実味を帯びてきたために余計惨めな思いをすることになるかもしれない。
そのことを皆は悟った。
シャロンもそれを理解はしていた。
しかし彼女はそれでも言った。
彼女がエリーを思うが故に。
彼女が愛しい人を思うが故に。
そして
エリーがその程度でへこたれるような弱い人間ではないことを彼女は知っていたから。
「そんなこと言われたらしょうがないね。僕はいつか強くなってシャロの元に戻る。だから、それまで辛いかもしれないけど待っててほしい」
そうして3日後にシャロンは帝都へと旅立った。