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17.ダンジョンへの適応


ドパン


ダンジョンの通路内に何かが破裂する音が響き渡る。


「むー、しっぱい」


アイリスであった。


その美しい顔に悔しさと焦りの感情をブレンドしてはりつけている。


「そんな簡単にできるようになったら苦労しないからね……」



初戦闘から数日が過ぎた。



アイリスはスキルの力を利用して毎日敵を倒すことに専念している。


で、何が失敗なのかというと……


「どうしても、過剰攻撃」


私不機嫌ですというオーラを纏わせアイリスは頬をふくらませている。


これまでの数日で10体程度の魔物を倒してきている。

レッサースピリットはスキルが脳筋気味のアイリスでは倒せなかったが、それ以外のゴブリンメイジ、ゴブリンソルジャー、オークは難なく倒していった。いや、瞬殺だった。


ゴブリンメイジから魔法を放たれた時はエリアスはヒヤッとしたものだった。


けれども、アイリスの速さは魔法上の上をいっており、らくらく回避していた。

それどころか魔法発動直後のすきをついて相手の背後に回り込み、知らない間に魔石へと早変わり。


ぼーっと見ていたエリアスの方向へとそのまま直進するファイヤーボールが当たりそうになりかけたところでなんとか〈収束(インテグレイス)〉を使用して大事とはならずに済んだという裏話もあったりする。


「ねぇ、エリアス、なんかアドバイス、ない?」


数日間の鬱憤の溜まったアイリスは縋るような目つきで、エリアスを神様かなんかのように頼ってくる。


「練習あるのみじゃない?」


「エリアスの、役立たず、、、」


「レッサースピリットたくさん連れてこよっかなー」


サッと顔を青くするアイリス。


「ひどい、ぐすん」


その単語に過剰に反応するアイリス。



ちょっと時を戻してみよう。


初めてアイリスがレッサースピリットと戦った時、3体同時に相手取ったのであった。


「私なら、いける。余裕、だから見てて」


アイリスはこう話した。

そうして突っ込んでいった結果起きたことは……


「ぐすん、ぐすん。どうして、もっと早く、助けに来てくれなかった、の?」


別に勝てなかった訳では無かった。


ただいつまでたっても攻撃は当たらない。物理的に。


焦った結果行動はさらにから回る悪循環へと入り込んでしまっていた。


そして逆転の一手をアイリスが考えている間に事件は起きた。


相手は全てが青色、つまり水属性だった。

長時間魔法を打ち合った結果の地面はどうなるだろうか。


答えは


ツルン……ベチャ。


水を含む地面に足を取られた。


泥にまみれ汚れたアイリスの元に現実とは非常なものであり、堕ちた精霊たちは好機だとばかりにいっせいに魔法を放ち始めたのであった。


目の前にそれらの魔法が迫ってきた時に思考が停止してしまうアイリス。


ダンジョンという場所を、魔物と戦うということを改めて実感し学んだ瞬間であった。


やばい、あたる


目前に迫った魔法たちは突如として方向を変える。

エリアスの手元へと集まっていた。


それを見てほっとするアイリス。

そして恐怖心が今になって呼び起こされて最初の状態に戻るのであった。


格下も格上もないことを知ったのだ。

ダンジョンでは強いから生き残れるというのが常ではない。

強かろうと、弱い魔物の毒で命を落とすものだって沢山いる


一度戦闘における恐怖を知ること。


それが行動を慎重にし、生存率を上げる。


アイリスはこの時になって初めてその本質の一端を見たのであった。






「あっ、レッサースピリットだ!」


「エリアス、お願い」


エリアスの背後に隠れるアイリスであった。


負の感情以外の感情がまだうまく表せないアイリスをエリアスは心配しながらダンジョン探索を進める。








1ヶ月後


「どう、エリアス?」


アイリスの目の前にいるのはオーク。

その相手の傷跡は同じ強さ同士の者が戦ったような様相を呈していた。


「かなりうまくなってるよね」


エリアスは素直にアイリスに感心する。


実を言うとエリアスの〈収束(インテグレイス)〉〈放出(ハリケーン)〉は帝国から王国への移動時間に両親と協力して効果の研究をしたけれども、故郷の村での出来事はビギナーズラックだったかのように、簡単に物を引き寄せたり反対に斥力で遠ざけることくらいしか出来ていなかった。


〈収束〉を得た直後もそう。


なんとか耐え抜いた。

けれどもその力のコントロールは生半可なものではなかった。


実は定期的に死地を潜りながらなんとかその力を第六陣時代の自分でも使えるように昇華させていっていたのだ。


それに比べてアイリスの調ったスキルの使用。


優秀。優秀すぎるくらいに。


「えいっ、」


最初と変わらない可愛らしい掛け声とともに可愛くない威力の拳が相手へと飛んでいく。


敵を木っ端微塵にすることは無くなり、命を確実に狩る一撃へと化していた。


「この階層の、相手、私はもう、大丈夫」


「そうなんだよね」


「でも500体討伐しないと……」


どっちにしろ階層は広すぎて先は長いし。

そんな言葉を思い浮かべるが頭の中だけに留めるエリアス。

今のアイリスの精神状態を損なうような言葉をかけるべきではないという判断。


「今何体?」


「まだ、100体」


「レッサースピリットは?」


「怖い」


エリアスはアイリスの真面目くさったその答えに笑いで応える。


エリアスの様子を見たアイリスの表情も少し緩む。


プラスの方面に感情のベクトルが向いてもまだ表面的に強く現れないが、欠片が所々に散らばっている。


この欠片を集めて彼女に返してあげたい。


この思いがいつしか今のエリアスの生きるための一つの道標となっていた。


決まってそういう考えをする時のエリアスは年齢に似合わず、笑顔をしているけれども少し遠い目をしているのであった。


エリアスは微塵も自覚は無いものの、アイリスは経験からか人の言葉の機微には聡くなっていた。


そんな様子のエリアスを心配そうに見つめるのであった。


その目の先にあるものが自分ではないことを願って。








さらに1ヶ月が過ぎる。


「これでやっと、200体、だね」


目の前に転がる魔法使いのゴブリンの杖。

隣にはゴブリンジェネラルの剣も落ちている。


1体1での攻防だけではなく、多対一でも有利を保ち戦えるようになっていた。


「そうだね。僕の獲物も必要だからなかなか伸びないね。そうだ、今日はパントリー行ってみる?」


その瞬間アイリスの顔がわかりやすいくらいに強張りひきつる。


「やめとこっか。じゃあ今日の夜行ってくるよ!」


生半可なことではこの階層にいる探索者には負けないほどの実力を有するようになったアイリスではあるが、人間、特に男への不信感は未だ絶えない。

エリアスを除いて。


夜は一般的な探索者の思考とは反対に安心材料が多い。


探索者たちはセーフティーエリアという名前そのままの安全地帯でレストをとることになっているために出会う確率は極端に少ない。


加えて、魔除けの結界石があるため魔物からの干渉もシャットアウトできるために気をつけるのはトラップ、ダンジョンの設置物くらいだ。


でも一人であることには変わりない。


アイリスにとっては死への恐怖よりも一人になることで過去の自分に戻ってしまう恐怖の方が怖い。


「私も、いく……」


エリアスの服の裾をつまみながら遠慮がちに、ブルーの瞳に怯えの色を灯しながら訴える。


何度か同様の場面はあったけれど、アイリスは人間と会うことを極端に避けていたので連れていくことは無かった。


心境の変化があったのだろう。


「じゃあついてくる?」


「うん」


回避された孤独な空間を抜け出し、エリアスのそばを歩いていくアイリス。


パントリーはそこそこ遠いところにある。

食料調達のために行く場所であるので、近くには必然的に人が集まる可能性が高くなる。

エリアスたちに取ってそれは致命傷になりかねないのでいつも距離をとって行動している。

だからそこそこの距離を移動しなくてはいけない。


とは言うものの、ある場所なんて階層が広大すぎて分かったもんではないのだが。


見かけたら離れ、非常事態に寄ることの出来るようにわかりやすい道を歩くようにしているため行きたい時には辿り着けるように準備はしてあった。


と、一つ歩きながらエリアスが行動を開始する。


「はい、アイリス」


エリアスは懐から魔石を数個取り出したと思えば、素早く

等価交換(エクスチェンジ)》を使用して一つの対価を得る。


それは『第六陣(ステアーズ)』を隠すためのもの。

もし見つかったとしてもエリアスたちのことを知っている人たちは存在しないはず。


魔法陣さえ隠してしまえば余計な騒動を避けられると踏んだエリアスの考えだ。


「エリアスからの、プレゼント……大切に、する、ね」


アイリスは渡されたシンプルな白一色のグローブを大事そうに手にはめる。


これで二人の素性がバレる要素は年齢のみに絞られたと安堵をするエリアス。

アイリスといえばいつまでも嬉しそうにエリアスから貰ったグローブを眺めていた。


「わたし、プレゼント貰ったの、なんて初めて。うれしい」


ぎこちなくも少しずつ現れ始めた笑顔がここで炸裂する。


エリアスは赤面しながらもなんとか前に進んでいる感を出しながらアイリスを先導していく。


すると、ちょうど良くパントリーへと出ることに成功した。


「ほへー、、、緑、ばっか」


ダンジョンに入らないと見れない光景に感動とも珍しいものを見た時の驚きとも取れるような声を上げるアイリス。


「ここがダンジョンに住む人たちの食料庫でもあるからね」


点在するパントリーがダンジョン内全ての人々の生活を支えているのだ。


パントリーは普通のルームよりは広く、ボス部屋よりは狭いという位の広さをした円形型ルームである。


木に成っている食物もあれば、地面から掘り出すものなどたくさんの食料が存在している。


一階層に留まっているだけでは食べることも見ることも出来ない希少な果物などもあったりする。


「うわー!」


果物を見て突如としてアイリスの感情が子供のように振り切れる。


早く行きたいと顔に書いてあるアイリスの手を引いて、エリアスはパントリーへと2人で足を踏み入れた。





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