[ 第三章 疫病みの王に関する記述] 2
今回少し長めです。
ベルフェゴールと名付けられた怪物の討伐を命じられたダンテとヨハンは、討伐命令の報告をするべく、ノアを連れてイスラフィル本社へと向かうため、人通りの多くなった道を歩いていた。
「名前持ちのアルスマグナを、二人で討伐ねぇ……」
「あの、もう質問してもいいですか」
含みのある言い方で、誰ともなく呟いたヨハンに、ノアが横から覗き込むように問いかける。完全に好奇心にとらわれた視線を向けてくるノアの顔を見て、ヨハンは呆れたように首を振った。
「後にしろ」
ため息と共に吐き出された短い否定に、ノアは肩を落として、哀れっぽい視線をダンテに向ける。その視線に気づいたダンテは口を開きかけたが、自分を見ている相棒の不愉快そうな視線に気が付き、苦笑いを浮かべノアの頭を無造作に撫でる。ノアはあからさまな子ども扱いを、子供らしからぬ苦笑いを浮かべて受け入れた。
「そもそも、二人で中型を討伐するとか、無茶言うにも程があるだろ」
「まぁまぁ、それだけ俺とヨハンの実力が認められてるって事だって」
不満げに唸るヨハンに、後ろからヨハンに大股で追いついたダンテが肩を組み、柳眉が顰められるのを横目に見ながら少し体重を預けると、不満を向ける対象がダンテへと移る。
「アンタなぁ重いんだよ……近ぇし、離れろ。実力ったって俺らの階級に見合ってない討伐命令はただの嫌がらせだろうが、二つ返事で引き受けやがって。戦闘狂が」
「喧嘩っ早いヨハンに言われたくないでーす」
「何だよケンカ売ってんのか」
「ほらすぐ喧嘩しようとするぅ」
険のある言葉をのらりくらりとした口調でかわして、反撃してくるダンテに、言葉を詰まらせて言葉を探すように視線を泳がせる。これ以上の議論は無駄だとでもいうようにため息をついてダンテのにやけ顔を押しやり、振り返ってヨハンは辺りをきょろきょろと見回す。
「おい、ダンテ」
「どうした」
ヨハンは、しばらく辺りを見回して、それから再び深いため息を落とすと、目を細めて眉間を押さえる。相棒の心底からのため息から状況を察したのか、ダンテは苦笑いを零して後ろ頭を掻く。
「どこ行きやがったアイツ……」
「探すしかないなー」
ヨハンは眉を顰めて、ダンテは苦笑いして、お互いに顔を見合わせた二人は、ため息を零して小さく首を振った。
◆
「……ダンテさーん、ヨハンさーん」
目立つ二人の背中を追いかけていたノアは、雑踏にもまれ完全に二人の姿を見失ってしまって、途方に暮れていた。
「うう、迷惑かけっぱなしだ……何とかして見つけないと……」
自分の情けなさに落ち込みながら、蚊の鳴くような声で二人を呼びながら辺りを見回すが、人ごみにあってもあれほど目立っていた二人の姿は見つからない。急に心細くなりどうしようかと思考を巡らせていた時、急に誰かに腕を引かれ、雑踏から裏路地へと引き込まれた。
「だ、誰ですか」
自分の腕をしっかりとつかむ何者かの腕から逃れようともがいていたノアは、己のうかつさに冷や汗をかく。
しかし、しっかりつかまれた腕は存外とあっさり離され、後ろに思い切り体重をかけていたノアは尻もちをついてしまう。臀部への痛みに、心底情けなくなって、いよいよ本当に泣きそうな心持になった少年の頭に、男のゆったりとした穏やかな低い声が降ってきた。
「ああ、大丈夫かい?」
座り込んだままの姿勢のノアに、先ほどまで手首を掴んでいた男が手を差し出す。その手を見つめていると、男は情感豊かに困ったような声を出す。
「……そんなに警戒しなくても、私は君の味方だよノア君」
「な、何で僕の名前……」
両の掌をノアへと向けて武器や、敵意を持っていないとアピールする男の、暗い中でも薄く光るような銀の髪が見える。薄暗さから表情や顔は見えないが、穏やかで優しげな声で男は自己紹介を始める。
「私の名前はミカエル、ここエリュシオンで、しがないなんでも屋さんをやっている者さ」
「なんでも屋さん……ですか」
ノアが小首を傾げると、男からくすりとほほえましげに笑った様子が伝わってくる。
「そうそう君、ダンテ君とヨハン君を探しているんだろう」
「えっ、あの二人とお知り合いなんですか」
「彼ら、これから私の店に来るはずだから、ひとまず僕のお店においで」
差し出された手のひらと、薄暗いだけなのにぼんやりとして、どうしてかよく見えない男の顔を交互に見て、少しだけ間を開けてノアはその手を取った。
◆
イスラフィル本部にある、ドレイクの執務室。街が見渡せるような大きな窓を背にするよう設置された、彼女の大きな執務机の前には、正座の姿勢でダンテとヨハンが小さくなって座っていた。もちろん二人の前には長い足を肩幅に開いて腕を組み、怒りで顔を歪めたドレイクが仁王立ちしている。
「テメェらはガキ一人の面倒も見れねぇのか!」
「言葉もございません!」
空気を震わせるかというほど迫力ある恫喝に、ダンテは光の速さで頭を床に叩きつける。それをやや引き気味に見つめたヨハンを、ドレイクがぎろりと睨みつける。
「……ヨハン!」
「わ、悪かったよ」
ドレイクの鋭い声に身を竦ませると、ヨハンは決まりが悪そうにおずおずと下から伺い見る。そんな二人の様子を見たドレイクは満足げに頷いた後、二人の後ろで苦笑していたアルマに声を掛けた。
「アルマ、例の場所の詳細をこのバカ共に教えてやりな」
「はい、ボス」
胸に抱えていたタブレット端末を、足を崩したダンテとヨハンに向かって差し出す。そこに表示されている画面を見て、ダンテは不思議そうに眼を丸くして首を傾げ、ヨハンは片眉を引き上げ眉間に皺を寄せた。
「お二人にはこの方の所へ向かっていただきます」
提示された画面には、ほとんどが不明と記述された個人のデータが表示されていた。その中で記載のあった言葉に目を止め、ヨハンは訝しげに片眉を吊り上げた。
「《フィロソフォス》か……誰だ?」
「えっと、それは名前ではなく通名のようです。この街の事で知らぬことなど無いという、超腕利きの《情報屋》。神出鬼没で連絡を取る事すら難しく、本当に必要としたときにだけあちらの方からふらりと現れるとか……。顔も名前も性別も、その存在すらいろいろと謎の多い人物です」
「へぇ、そんなすげー人が居るのか」
「……うさんくせぇな」
ヨハンとダンテは床に座ったまま、身を乗り出して床に差し出されたタブレット端末の画面を覗き込み、対照的な反応を見せる。
「……居場所は此処です」
アルマがタブレット端末を操作して地図を表示させると、とある場所を指さした。そこはどうやら、ダンテとヨハンも訪れたことのある、何の変哲もないカフェだった。
「……ちょっと待てよ、神出鬼没で連絡も取れないんじゃなかったのか?」
訝しむようなヨハンの視線から逃れるように、アルマは視線を泳がせた。しばらくの間沈黙が辺りに落ち、やがてアルマではなく様子を見守っていたドレイクが口を開いた。
「今回の事件の情報を集めるため、私からアポイントを取っておいた」
「へー流石ボス。何でもアリか~、じゃあ先にノアを見つけて……」
笑顔で立ち上がったダンテと、しぶしぶと言った様子で腰を浮かせたヨハンを見ていたドレイクは、鋭く静かな声で制する。
「物事の優先順位を間違うんじゃねぇ、事件解決が先だ」
ドレイクの有無を言わさぬ視線が二人に突き刺さり、ダンテとヨハンは互いに視線を合わせると頷いた。
「了解です、ボス」
「わかったらさっさと行きやがれ」
表情のない顔で返事を返すダンテと、無言で視線を送ったヨハンに、ドレイクは邪魔だと言わんばかりに手で追い払うと、踵を返してデスク椅子を回し、背を向けてしまった。アルマが苦笑いを浮かべて、ダンテとヨハンに向かって手を振ると、二人はお互い顔を見合わせてから、部屋から出て行った。
◆
甘く苦いような、ただし決して不快感のあるものではない香りが包む部屋には電燈が無く、オイルランプの暖色の灯りに照らされていた。何かの工芸品が飾られた壁には、怪しげな瓶や本が並ぶ棚が数個あり、妖しげな魔法陣の描かれた紙が置かれた机、薄い木材で繊細な装飾のされたパーテーションには薄布が掛けられており、奥は見えないが香りは、存在感のあるパーテーションの奥から香ってくる様子だった。
ノアが一通り辺りを見回して、正面に視線を戻すと、湯気を立てるマグカップを差し出している青年が、物珍しそうにあたりを見回した少年を見て微笑んでいた。
蝋燭の火の橙色が浮かぶ、緑色の瞳は優しげに細められ、やわらかい光を受ける白に誓い銀髪は襟足だけが長く、三つ編みにして肩にかけられていた。薄く光っているように見えるその銀髪は、チョコレートのような、濃い褐色の肌とのコントラストがどこか神秘的にさえノアには感じられる。
「え、えっと、ミカエルさんはこの街の事お詳しいんですね!じゃあ、少し聞きたいことがあるんですが、教えてくれませんか?」
不思議な色の瞳と優しい微笑みに、何故かドキドキと高鳴る鼓動を見透かされたような気がしたノアが、慌てて笑顔を作ると、彼をその部屋に案内したミカエルは、柔らかい微笑みのまま首を傾けた。
「それは、一体どんなことだい?」
ノアが部屋の灯りでよく見えるようになったミカエルの、ゆったりと弧を描いた口元を見て、ノアは一度口ごもるが、そのまま言葉を続けた。
「あの、チェイサーって、何なんですか」
「……へ?」
ノアの問いで一瞬フリーズし目を丸くしたミカエルに、ノアは申し訳ない気持ちになり、眉尻を下げて呆気にとられているミカエルをおずおずと見上げる。
「やっぱり知らないとおかしい事なんですよね……」
「あーっ、もしかして君、そうか……」
「えっ」
「そうだな、まずこの世界にもたらされている脅威について、説明しようか」
何かに納得したかのように何度も頷いて、不安げな視線を向けてくる少年に向かって器用に片目を閉じたミカエルを、ノアは椅子に座りなおして見つめる。ミカエルはひとつ咳払いをして話し始めた。
「我々が存在するこの次元とは、違う次元がある。それはエネルギー次元と言うんだが、そこから、たまにやってきてしまう存在が居るんだ。我々はその存在を《アルスマグナ》と呼んでいる。何が目的なのか、どうしてそうするのかはわからないけれど、彼らは此方の次元を破壊しつくしてしまうほど強大な力を持っているんだ」
子供にものを教える時と同じような、優しい口調に似つかわしくない話の内容に、ノアは表情を硬くして唾を飲む。
「そのアルスマグナが現れた時、それを狩るのが《チェイサー》の仕事だね」
「じゃあ、チェイサーとは、すごく危険なお仕事なのでは……」
話しを真面目に聞いて少し青ざめ、眉間に皺を寄せるノアに、ミカエルは困った様子でにこりと笑う。
「そうだね。ただ、アルスマグナはこちらに来るときに門を通り、その過程で存在が削れてごく小さなものになるんだ、普通より少し大きい虫程度のサイズにね。それは勿論そこまでの力を持っていなくて、そんなものを狩るのが多くのチェイサー達の、主な仕事な訳さ」
多少大げさな身振り手振りを加えながら、説明を続けるミカエルに、ノアは何度も頷いた。
「なるほど。あ、そう言えばヨハンさんが言ってるのを聞いたんですが、クイーンって何ですか?」
「ああ、チェイサーには階級があるんだ。下からポーン、ナイト、ビショップ、ルーク、クイーン、キング……という順に。ほとんどのチェイサーがポーンなのだけど、上の階級になるにつれてその数は少なくなり、キングともなれば現在は3人しか居ないんだ」
「さ、3人ですか……」
「そう、それだけ狭き門なわけさ……ま、詳細については割愛させていただくよ」
「教えてくださってありがとうございます」
深々と頭を下げるノアの小さな頭を、ミカエルは目を瞬かせて見つめていたが、苦笑いを浮かべて頭を上げさせる。
「いいんだ、後進に物を教えるのは先人の務めだから......なんてね」
にこりと柔らかな笑みを浮かべたミカエルに、ノアは再度お礼の言葉を述べた。
「さ、そろそろ彼らも来るころだ、お出迎えをしようか」
そう言ってミカエルが立ち上がるのにつられてノアが立ち上がると、強烈な違和感が彼を襲った。
「え……」
違和感の正体を確かめるために慌てて辺りを見回すと、先ほどまで居た怪しげな部屋ではなく、立ち上がったはずだったノアはどこかの喫茶店のテーブル席に座っていた。
怪しげな瓶や本が並ぶ棚も、妖しげな魔法陣の描かれた紙が置かれた机も、甘く苦いような決して不快感のあるものではないあの香りも、それどころかそんな部屋など初めから存在していなかったかのように、ただそこには喫茶店の店内の一角で、正面の席には薄い銀髪の褐色の青年がこちらを見て微笑んでいるのみであった。
「な……え……?」
「ふふ、餌をねだる雛鳥みたいで愛らしいね、どうしたんだい?」
至極楽しそうな声色で笑みを深くするミカエルに、ノアは目を瞬かせながら何度か口を開いたり閉じたり、聞きたいことが山ほどあったはずだが、にこにこと笑っている目の前の青年のグリーンの瞳を見ていると、そんな気持ちがどこかへ行ってしまうようで、最終的には口を閉じた。
「そいつから離れろ」
急に、鋭い声がテーブルに叩きつけられ、ノアの身体が誰かによって引っ張られ、強引に席から立たされる。
「お前、誰だ」
見下ろす形でテーブルの傍に立つ人物の、不快気にゆがめられた口からは心底不機嫌そうな低音が零れ落ち、澄んだ青の瞳は相手を値踏みするように細められる。柳眉が片方吊り上げられ、相手の反応を待っているようだった。
「よ、ヨハンさん!ダンテさんも……」
驚くノアを自分の背に隠すように、ダンテはノアとミカエルの間に入り込み、ヨハンは相変わらず微笑みを崩さないミカエルに射るような視線を送る。二人の顔を見上げたノアは、狼狽えて言葉が出なくなっていた。
「ふふ、そう警戒しなくても大丈夫。君たち、私に会いに来たんだろう?」
そう言ってカップに口を付けたミカエルの言葉に初めに反応したのは、一歩後ろから様子を窺っていたダンテだった。
「……ああ、兄さんが“情報屋”か」
「何でテメェがそのガキ連れてんだよ」
納得がいった様子のダンテの言葉を遮って、納得がいかない様子のヨハンが噛みつくように言葉を掛けるが、ミカエルはそれを愉快そうな笑みで受け流し、首を傾けて敵意の滲む青い瞳を見上げた。
「迷っていた少年を、私が保護していただけさ。……ね、ノアくん」
「はい、そうです。……はぐれてしまって、すみませんでした」
ミカエルにウインクをされたノアは、ダンテの背から身を乗り出して大きく頷くと、申し訳なさそうにヨハンとダンテ、二人を交互に見上げてから頭を下げた。
「いや、謝るのはこっちの方だ。一人にして悪かったなノア」
ノアの視線に合わせるように屈み、眉尻を下げるダンテと、無言ながら少年の頭を乱暴に撫でたヨハンを見上げて、ノアはむず痒いような心持になって俯いた。
「“情報屋”、悪かったな。ヨハンはノアが急に居なくなったものだから、誰かに誘拐されたんじゃねえかと思って、すごく心配してて……」
「心配してねえ、やめろ」
緊張を解き、歯を見せて笑ったダンテの言葉を、ヨハンの地を這うような声が遮った。その様子をほほえましげに見ていたミカエルは三人に座るよう促し、三人はそれに従いその席に座った。
「私の事は、ミカエルと呼んでほしいな。……その呼び名は長いだろう?では早速だが、仕事の話といこう。君たちが知りたいのは、一昨日発生した中型アルスマグナの事だね」
「……何か知った風な口ぶりだな」
一言一言に反応して、片眉を吊り上げるヨハン、にミカエルは苦笑いを浮かべる。
「君たちのボスから連絡があったからね、先に少し調べておいたよ」
「へぇ」
疑わしげに細められる青の瞳を、興味深げに見つめ返したミカエルは、口元にゆったりとした笑みを浮かべる。ミカエルの余裕の様なものを感じ取ったのか、ヨハンは苦々しげに顔を歪めて舌打ちをし、視線を外す。
「それで、何かわかったんスか?」
二人の様子を珍しいものを見るかのように、目を瞬かせていたダンテが首を傾げて尋ねると、ミカエルは柔らかい表情で向き直る。
「ふふ、疫病みの王とは大層な名前を付けられたものだね」
言葉の意味を捉えられないのか首を傾げているダンテに、ミカエルはにこりと微笑みを見せる。
「今回のアルスマグナにつけられた名前の、元になった悪魔の事さ。その伝説についてだが、今回の事には関係がないだろうから割愛させてもらうね。さて、今回は随分と特殊なケースのようだ」
優しげな微笑みをしまい、片眉を上げたミカエルは机を指でとんとん、と叩きながら言葉を続ける。
「今回のアルスマグナは、とあるヒューマを取り込み変質しているようだ」
「うわ、ヴィリー先生も言ってたけど、やっぱり本当なんだな……」
眉を顰めたダンテと、横で同じように首を縦に振るノアの様子を見て、ミカエルは少しだけ表情を和らげる。
「捕食はよくある事だけど、それから融合、変質だなんて、数件あるかないかだね」
おずおず視線を向けてくるノアに、ミカエルは穏やかではない事を、穏やかな声でもって告げる。
「さて、今回哀れにも捕食され、アルスマグナとして変質してしまったのは、元教師で現在はドリフターとしてロードウェイパークと、その通りを縄張りにしていた、ロバート・マッソン。56歳の男性だね」
「……おい、何でお前が捕食して変質したって事とか、それ以前になんで身元まで知ってんだよ」
静かに話を聞いていたヨハンだったが、不審げに眉を顰めた。静かな言葉で疑いの視線を向けてくるヨハンに、ミカエルは肩を竦めて見せた。
「ただ単に、実力を見せようと思ってね……さて、私と仕事をする気になったかい?」
自信満々の笑みを浮かべるミカエルの様子に、アイコンタクトをとるダンテとヨハンだったが、ヨハンが視線を逸らすと、ダンテは非常に穏やかな笑みをミカエルに向けた。
「ああ、是非ともお願いしたい」
「……商談成立だね、よろしく」
力強く頷いたダンテの顔を見つめたミカエルは、そのまま一拍の間を置いてから手を打って笑顔を作る。
「じゃあ何かわかったら、こちらから連絡するから」
立ち上がってその場を離れようとしたダンテとヨハンに、穏やかな笑みでそう声を掛けたミカエルに、慌てて立ち上がったノアは再び頭を下げた。
「あ、あのミカエルさん。本当に、ありがとうございました」
「うん、もう迷わないようにね」
「はい、気を付けます」
悪戯っぽい笑みを浮かべたミカエルに鼻の頭を指で押され、照れるような気持ちを何とか押さえつけて、ノアははにかんで答えた。喫茶店の出入り口からダンテに声を掛けられ、再度頭を下げたノアに、ミカエルは微笑みを返しひらひらと手を振った。
◆
昼間の雑踏は幾分か和らいでおり、まばらに人どおりのある通りを歩くダンテとヨハンの背に追いついたノアは、ダンテに頭をぐしゃぐしゃと撫でられる。
「う、すみませんでした……」
「いいって、さっきも言ったろ?俺たちが目離したのが悪いってな」
苦笑いを浮かべるダンテを見上げ、申し訳なさそうな顔をしていたノアの頭を、今度はヨハンが軽く小突く。
「これに懲りたら、あんまり離れるんじゃねぇぞ。……あの情報屋に変なマネされてねえだろうな」
「すみません……変なまね、とは」
しょんぼりとしてしまったノアの肩を掴み、ヨハンが真剣な瞳で見つめながら聞くと、ノアは目を丸くして首を傾げた。不思議そうな表情を見て小さく息を吐き出すと、ヨハンはくるりと踵を返して通りを歩きだす。
「……あいつ、なんか信用ならないんだよ」
その背を追って歩き出したダンテとノアに、ヨハンは背中を向けたまま不機嫌そうな顔をしてそう聞こえるようにつぶやいた。
「そうですか?いい人そうだけど」
「これだからガキは」
すこし不満そうにノアが言うと、ヨハンが小ばかにしたように笑う。
「というか、お二人とミカエルさんは知り合いなんですよね?」
「いや?……そう言われたか?」
少しむきになって言い返すが、ヨハンはゆっくりと振り返りノアを見ると口の端を吊り上げ、それを見たノアは悔しげに口ごもる。
「ほら怪しいじゃねぇか……なあダンテ、アンタはどう思うんだよ」
にやにやと意地悪く笑うヨハンが相棒の方を見ると、ダンテは何か考え込んでいるようで、腕を組んで唸り、ヨハンの声は聞こえていないようだった。
「おい!聞いてんのか?」
眉間に深い皺を寄せたダンテは余程深く考えているのか、ヨハンの声にも反応せず、しばらく首を傾けて目を瞑っていたが、不意に目をぱちりと開け、ぱかりと口を開いた。
「……あぁ!思い出した!」
「っだよ!急にでけー声出すな」
そう言って手を打ったダンテから出た大きめの声に、びくりと身を跳ねさせたヨハンは、反射的に手を打ったダンテの二の腕をぴしりと叩く。
「あいた、ごめんって。それより思い出したんだよヨハン」
「あ?な、何をだよ……」
自分の腕を叩いた手を掴み、上下にぶんぶんと振りながら詰め寄るダンテから逃れるように、ヨハンはたじろぎ数歩下がりながら疑問を返す。
「ミカエルさん、俺見たことあるぞ!」
「ハァ?どこで」
「俺の副業の店で」
ヨハンは、目を輝かせながら自分を指さし、笑顔を浮かべたダンテを見て固まり、それからゆっくりとノアの方を見て、不安げに眉を寄せて自分を見上げる少年の顔をまじまじと見つめた
「……ノア、お前マジで何もされてねえだろうな」
「ど、どうしたんですか……」
「……いや、何でもねぇよ」
不安そうに二人のやり取りを見つめていた少年の無垢な瞳に耐え兼ねたのか、ヨハンはそのままがっくりと肩を落とし、「もういい」といまだ握られたままだった自分の手を、ダンテの手の中から奪い返したのだった。




