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硝煙のエリュシオン  作者: すずなか
― Case1:Belphegor ―
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[ 第三章 疫病みの王に関する記述] 1

 昨日ノアが訪れていた病院は、古いながらも頑強な建物だった筈が、今は見るも無残に半壊していた。

 煉瓦造りの壁は見る影もなく崩れ、水道管が破裂したのか辺りは水びたし、更に電気系統にも異常があるのか建物の奥からは、配線が切れているのだろうか、スパークの破裂音が時折聞こえていた。

 崩れた病院の前の通りには、車体に白字でDMOと書かれた黒塗りのビークルが数台と、同じくDMOと書かれた黒塗りの特装車が並んでいて、完全に通りを封鎖していた。夜明け前の薄暗い中でも、その異様さははっきりとわかる。

 並んだ黒塗りの車を横目に見ながら、ノアはぼんやりしている様子のヨハンより先行して、そんな道を早足に歩いていた。病院の手前に張られた、立ち入り禁止と書かれた黄色のテープをくぐり、やや緩慢な動きでテープをくぐろうとするヨハンの為に、テープを持ち上げる。

 急ごうと口を開きかけたノアと、ぼんやりしているヨハンにかけられた野太い声が、二人の鼓膜を劈いた。

「遅いわよぉ!ヨハンちゃん!」

 まだ夜が明けきらず、太陽も昇る前の時間帯に、急遽呼び出しがかかり強制召集されたヨハンは、げんなりした様子で耳を塞ぎ力なく項垂れた。

「朝からでかい声出すんじゃんねーよ……」

「マリリンさん!」

 力なく呟いたヨハンの横にいたノアの姿を見つけ、マリリンはつけ睫のついていない瞳を大きく見開く。

「もぉ!ノア君、こんな危ないところに来ちゃだめじゃない!」

「お2人が心配で……」

 両手を腰にあて、小さな子供を叱りつけるような声で怖い顔を作るマリリンに、蚊の鳴くような声でそう言って俯いたノアは、感極まったマリリンの、非常に肉厚な抱擁を受ける事になった。

「よぉ、お前ら案外早かったな」

 そんな三様の三人に、気だるげな声が掛けられる。姿を見せたのは半壊した病院の医師、ヴィンフリートと、彼に肩を貸しているダンテだった。眠そうな半眼も光のない目もそのまま、白衣はいたるところが焦げて、何かに裂かれたのかボロボロにほつれ、頬には大きな絆創膏を貼り、眼鏡のレンズにはヒビが入っている。ヴィンフリートはまるで爆破にでも巻き込まれたかのような風貌で、二人に向かって片手を上げた。

「おう、死んでなかったかおっさん」

「いやぁ、マリリンが居てくれてよかった」

 マリリンの声で目が覚めたのか、冗談めかして笑うヨハンに、ヴィンフリートは疲れた笑顔で答え、げんなりとした様子で肩を竦める。

 ヴィンフリートの言葉に同調するように頷いてダンテからヴィンフリートを預かり、その背を支えたマリリンは、昨日ノアが見たナース服姿ではなく、濃いグレーの縦縞Vネックセーターにモスグリーンのカーゴパンツ、黒の編み上げミリタリーブーツ、太い首元にはシルバーのチェーンがかかって、チャーム部分があるだあろう箇所はセーターの中にしまわれていた。そんな姿を見つめていたノアに、マリリンが微笑みを返しウインクすると、ノアは少し照れたように笑ってから、少し疲れた様子のダンテを見上げた。

「ダンテさん、おはようございます。朝ごはんおいしかったです」

「おう、おはようノア。口に合ってよかったぜ」

 ノアに話しかけられにかりと笑うダンテに、ノアが不思議そうな視線を向ける。

「えっと、ダンテさんはどうしてここに……」

「俺とヨハンは相棒だから招集も一緒なんだぜ、な!ヨハン」

「……マリリン、何があったんだ」

「えっ、嘘ぉ……」

 サムズアップし歯を見せて笑うダンテを、じとりとした視線を返したあと、ヨハンはマリリンへと向き直る。相棒のあからさまなスルーを目の当たりにしたダンテは、寂しそうにつぶやいた。

 ヴィンフリートを近くの瓦礫の上に座らせていたマリリンは、そんな二人の様子に苦笑いを浮かべたが、眉を困らせて昨晩の出来事を思い出すように首を傾ける。

「夕方運ばれてきた患者さんが急に暴れ出して、大変だったのよぉ」

「患者が?」

 ため息交じりに語られた言葉に、ヨハンは訝しむように首を傾げる。マリリンはその視線に、確かに頷いて言葉を続ける。

「ええ、とは言っても詳しくは先生しか知らないわ。緊急警報で慌てて到着してみたら、先生モンスターの前で尻もちなんかついているんだもの。びっくりしたわぁ」

 頬に手をあてて話していたマリリンは、語りながらその現場を思い出したのか、大きく息を吐き出した。ヴィンフリートが何事か口の中で悪態をついたようだが、ヨハンの意地の悪い笑みをみつけると頬を染めて視線を逸らした。

「私に襲いかかってきたから必死で応戦したけど、私もブランカちゃんが来てくれていなかったら、どうなっていたかわからないわ」

「ライカンスロープの№2が出動する事態だったのかそりゃヤベーな」

 皮肉気に笑うヨハンを見上げ、聞きなれない単語に首を傾けたノアだったが、その後ダンテを見ると、ダンテはこれ見よがしに咳払いをする。そして口を開いた瞬間、彼の後ろから、その場にいた誰のものでもない人物の柔和な声が響く。

「そう、やべー事態だったわけだね」

「ぅお!?」

「あはは、驚かせちゃったかな」

 柔和な声の主が声を上げたダンテの背後から顔を出すと、ノアは目を数度瞬かせてその人物を見つめた。

 柔らかそうなウルフカットの白い髪が背中に流れ、ショールカラーで軽い素材の白のコートと同色のゆったりとしたトップス、黒のスキニーにハイカットのスニーカーという、全体的にゆったりとしたシルエットの男性。頭には尖った三角耳があり、腰の方には髪の毛と同系の柔らかそうな毛の獣尾が揺れていた。ヨハンに負けず劣らずの美しく整った顔立ちは、柔らかな笑みを湛えており、すべらかな肌は白く、瞳の淡い青色を際立たせていた。

「ただいまー、ごめんね先生、マリリン。オレ、仕留め損ねちゃったよぅ……」

 初めのにこやかな笑みから一転し、憂鬱な表情で肩を落としたブランカに、ヴィンフリートとマリリンは顔を見合わせ、ブランカの言葉に首を振る。

「何を言うんだ、こんなボロの病院を救ってもらって感謝の言葉もないさ」

「先生の言う通りよ、ブランカちゃんが無事に帰って来てくれただけで、私とってもうれしいわ」

 落ち込んだ様子のブランカに、ヴィンフリートとマリリンが感謝を伝えると、ブランカははにかんだ笑みを浮かべた。

「役者はそろったようだな」

 和んだその場に響き渡った鋭く低い声に、ダンテとヨハンが顔を見合わせて、あからさまな嫌悪で眉を顰める。嫌悪感を露わにした二人を見たノアが、声の主の姿を確かめるために、辺りをきょろきょろと見回すと、崩れた病院の暗闇の中から黒の服に身を包んだ男が姿を現した。

 DMOと書かれた黒のジャンパーの前を全開にして、白いワイシャツの上に黒のベストを着こみ、下は黒のスラックスに、艶のあるよく磨かれた革靴。やや長い真ん中で分けた髪から覗く眼光は、獰猛な肉食獣を想起させる鋭さで、その場にいる全員を見据えていた。頭には尖った三角の、大きめの獣の耳がピンと上向きに生え、腰の方からは先が丸く、耳と同色の毛でおおわれた長く細い尾が伸び、ゆったりと揺れていた。

「ヴィヴィアン、久しぶり」

「やぁブランカ、今日も一段と美しい。……汗をかいて艶かしいな、この後そのままで一発どうだ」

 やや険のある声で、柔和だがその視線に柔らかい感情を伴わない笑みを浮かべたブランカに、ヴィヴィアンと呼ばれた男はそう言ってにたりといやらしく笑う。

 すると、ブランカはきょとんとして長い睫毛を数回瞬かせ、ほほえましげな笑顔でマリリンを振り返った。

「すごーい、目を開けたまま寝言を言う人始めて見た。よっぽどいい夢でも見ているんだねぇ」

「……そうね、私も始めて見たわ」

 ヴィヴィアンに心底呆れたと言わんばかりの視線を向けていたマリリンは、至極にこやかなブランカからの言葉に、やや力ない笑顔で同意した。

 その様子を見ていたヴィヴィアンは苦々しく笑い、目を丸くしてこちらを見ているノアを見つけて、咳払いする。

「さて、では。何があったのか詳しく話してもらうぞ、ドクター」

「……ああ。昨日夜、三人の患者が此処にやってきた。一人は身元不明のドリフター、後の二人は酒でケンカした男二人だ」

 淡々と語りだしたヴィンフリートのややかすれた話声に、一同は静かに耳を傾ける。

「ドリフターは、何か悪いものでも食ったのか、黄土色の顔色でしきりに皮膚を痒がり、吐血と血便があった。酷い脱水もあったようなので、ひとまず点滴をして診察台で寝かせ、その後ろで男たちの傷を診ていたら、急に男の頭が消えてなくなった」

「頭が?どういう意味だ」

 ヴィヴィアンが、淡々と語られる内容に首を傾げて問いかけると、ヴィンフリートは腕を組み眉を顰める。

「言葉の通りだ、俺にも何が起こったのかわからないが、急に男の頭が無くなった。もう一人の男の悲鳴で、俺はとっさに非常ベルを鳴らし診察室から飛び出して、廊下で他の患者たちに向かって逃げろと叫んだあと、悲鳴を上げていた男とドリフターを連れて逃げようと戻ったんだ。けどとっくに悲鳴なんて聞こえていなくて、もう一人の男も床に倒れていた。それどころかドリフターが、その男に跨って男の頭にむしゃぶりついているのが見えたんだ。それで俺は慌てて、机の下へ駆け込んだ」

「それは......ゾンビなのか」

 ヴィヴィアンが眉を顰めると、ヴィンフリートは眼鏡を押し上げ首をふる。

「いや、憶測だが……違う、ゾンビではなく別のモノだ、おそらくグールとも違う。ドリフター、と言ったが、俺が見た時彼は既に別のモノになっていたよ。体は膨れ上がり、膨れ上がった首に輪郭が埋まり、芋虫の様だった。腕は肘の骨が肘から、突出して変形して巨大化していて、辛うじて人の形をしているといった感じだったか」

「グロいな」

 内容から感じた嫌悪感を隠しもせずに低い声で唸るように言ったヴィヴィアンに、ヴィンフリートは淡泊な様子で頷いて話を続ける。

「あぁグロい。それから、咀嚼音がやんで、足音が部屋から廊下に向かったから、机の下でじっとしていられないし脱出しないとってんで廊下に出たら、逃げ遅れたのか、起きられなかったのか……入院してた患者が一人、その元ドリフターに食われていてな、情けないが腰を抜かしていたら、俺を狙って空振りした腕から、スライムみたいな粘度の膿が俺の顔に向かって、落ちて……」

「ヴィンフリート、もういいわ。落ち着いて」

 淡々と語られていた言葉が徐々に途切れ、声に震えが混ざりだしたとき、マリリンがヴィンフリートの肩に手を置き、背中を撫でさする。

「ここからはアタシが話すから、もういいわよ」

 優しい声色にヴィンフリートは小さな声で謝罪すると、身体を丸めるようにして俯き目を閉じた。

「先生を助けた後、あいつに応戦したんだけど、体中ぶつぶつで気持ち悪いから、直接触らないようにして戦ってたのね。そうしたらそれが正解。弾けたおできから出たお汁が、遺体に飛んでかかった時に、かかった所から同じようにおできがいっぱい」

 その時の光景を思い出してしまったのか、眉間に皺を寄せて腕を擦ったマリリンは、大きなため息を吐いた。

「つまり、何かしらの感染症を持っているということか」

「ええ、......ってアナタ知ってるじゃない。外にたくさんあなた達DMOの疾病対策の車が停まっているのに、知らないふりなんて、嫌な感じね」

「管轄が違うと情報も違っているからな、確認だよ確認」

 ヴィヴィアンの芝居がかったような言葉に、マリリンは鼻にしわを寄せて彼を睨んだが、諦めたように小さく息を吐いた。

「まあいいわ、それで直接触れないし攻めあぐねてたんだけど、緊急でブランカちゃんが来てくれて何とか撃退には成功したわ」

「そうそう、壁崩して押しつぶしたり、ベッド投げつけてみたり、切れた電線をぶつけてみたり……いろいろやってみたんだけど、どうにも殺せなくてさ」

「マジかよ、病院半壊はほぼマリリンとブランカのせいじゃねーか」

「バカ、“クイーン”相手に何言ってんだ」

 にこにこと笑うブランカの言葉に、ダンテが間髪入れずに突っ込むと、ヨハンがものすごい速さでダンテの口を塞いだ。きょとんとした目でヨハンの方を見るダンテに、ヨハンは素早く首を振りダンテを睨む。

「えへへ~そうだね~」

 変わらない様子でにこにこと笑うブランカを見て、ヨハンはそろりとダンテの口から手を離し、視線を逸らした。ダンテはやや不満げな視線をヨハンに向けてから、「ね~」と何に対してかわからない同意をブランカに求め、ブランカも笑って同じように同意した。

 ヨハンは逸らした視線の先で、一連の流れを不思議そうに眺めていたノアと目が合い、何かを聞きたそうな少年の好奇心に満ちた視線に「後にしろ」と短く釘を刺した。

「で、まあその後逃げ出したあいつを追いかけて……取り逃がしちゃった……」

 両手の人差し指を突き合わせて弄びながら、しょんぼりと耳を倒すブランカは、下から覗きこむようにマリリンを見ると、マリリンは目元を和らげて眉を困らせる。

「そうか、これで事実は把握できた。3人とも感謝するよ……失礼」

 大仰にお辞儀するヴィヴィアンは、ジャンパーからスマホを取り出しディスプレイの名前を確認すると、断りを入れてディスプレイを見ながら話を始める。

「ヴィヴィアンです……ええ、やはり昨日の……ええ。了解しました、伝えます」

 電話の相手と軽くやり取りをした後、耳からイヤホンを外し、自分に注目していたその場にいた面々に向かい、高らかに声を張り上げた。

「次元管理局(DMO)は中型アルスマグナ、ケース:Belphegor(ベルフェゴール)の発生を、ここで正式に宣言する」

 どよめいた一同を手で制し、ヴィヴィアンは眉を顰めて憮然とした表情を浮かべたヨハンと、視線を向けられ口端を吊り上げ凶悪な笑みを浮かべるダンテに向き合った。

「イスラフィルのチェイサー、ダンテとヨハン。両名にはベルフェゴールの討伐を命ずる」

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