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硝煙のエリュシオン  作者: すずなか
― Case2:Jaldabaoth ―
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[ 終章 幕間 ]

 人混みの中であっても、フードを目深に被ったその青年の出立は少しばかり浮いていた。

 青年はすれ違うヒューマの女が一瞬訝しげな視線を送るのを気にも留めず、アグリコラの大男の分厚い筋肉に覆われた体躯にぶつからない様に颯爽と躱す。都会の雑踏に慣れた足取りは軽く、平然としていれば意外にも誰の記憶にも残らない事を青年は理解していた。

 様々な種族が雑多に入り混じるこの街の大通りの光景は、世界的にも中々珍しい。自国から出ることはあまりないとされるアルビオンすら、ちらほらと見かけることが出来る。

 多くの人が、様々な国からこの街にやってくる。アルスマグナが異様に出現しやすい立地で事故による死亡率も高いが、実力主義で成功を掴めば人生を変えるチャンスが巡ってくる。皆、何かを変えたいと願ってこの街へやってくる。

 そして、人の出入りが激しければ、後ろ暗いものを抱えた者もまた、潜みやすい。

(例えば、俺みたいな)

 フードの隙間から見える唇に、青年は綺麗な弧を描いた。

 青年は迷いなく足を進め、駅前の大通りに面した有名チェーン店の喫茶店の扉を開ける。カウンターへ真っすぐに向かうと、愛想の良い店員が迎えた。初夏に差し掛かり、今日は殊更日差しが強い。迷わずアイスコーヒーを注文する。その時、視線が合った店員の笑顔を張り付けた表情が、一瞬だけ強張った。

 チョコレート色の肌に長い尖った耳は、アルビオンの中でもキアランと呼ばれる種族の特徴だ。青年はアルビオンの名に相応しい秀麗な顔つきをしているが、顔の右側の大部分が火傷の痕で爛れていた。大抵の人間はこの顔を見たとき何かしらの反応を示す。この店員の反応にも慣れたものである。寧ろどうでもいいと言っても良い。元々容姿にも頓着がない青年は、魔法の研究以外で世の中に興味が見出せなかった。

 支払を済ませ、プラスチックの容器に入った商品を受け取ると、青年はそこそこに愛想良く店員へと礼を述べた。

 見渡す店内にはまばらに人が居た。休憩中のサラリーマンや、雑談に興じる学生たち。テーブル席を縫う様に歩くと、目的の背中を発見し、そちらへと向かう。

「やあ。待たせたね」

 店内隅の壁際の席。男の正面へ回り、青年は腰を下ろした。

 ヒューマの男の、隈が浮いた陰鬱そうな視線が持ち上がる。責めるでも許すでもない、どちらともつかない目付きだった。

 男は鋭い眼光に無精ひげは伸び、髪も伸ばし放題でざんばらだ。青年以上に自身に全く無頓着な風貌だが、体だけは分厚く、トレーニングだけは欠かさない様子はストイックと表してもいい。立て掛けてある巨大な剣が武骨な光を放っているが、チェイサーが多いこの街では大っぴらに武器を携帯していても違和感は無い。

「成果の方は上々かな。次元を繋ぐ術式は完成したし。ただとんでもなく魔力がいるのがなぁ」

 口数の少ない男であることは数年の付き合いですっかり慣れ切っている青年は、鋭い眼光にも怯みもせず、聞かれていないことをぺらぺらと喋る。昨夜は寝ていないので、少しハイになっていた。

「あの集団もちょっと大きくなりすぎてたし、そろそろ解体しようかなって思ってたからちょうど良い機会だったのかも。洗脳もしばらくはいいや疲れるし。俺のこと天使さま~なんて呼んで、マジ気持ち悪かった」

 天使も神も、この世には存在しないと言うのにと、青年は独り言ちる。いや、存在証明は現代でもまだ難しい。仮にいたとして、只人のために何かをすることは無いだけで。

 少し眉を寄せる正面の男に気付いて、彼は元は聖職者だったなと思いだした。形ばかりの謝罪だけはつけ足しておく。

「ごめんごめん。ただ、あのジェナスの子に平凡な魔力しかなかったのは計算外だったかなぁ。まあ数が少ないし、ジェナスは魔力が高いってのは統計不足の単なる噂話だったんだな。一つ賢くなったよ」

 うんうん、と一人で相槌を打ちながら、青年は続ける。

「あ、でも。新しいおもちゃを見つけちゃったんだけど」

 青年はわざとおどけた口調で、何かを思い出すように空を見る。

 漆黒を着た、血のように赤い瞳の青年をその脳裏に描く。アルビオンの己をも遥かに凌ぐ強力な魔力をその身の内に感じた。希少な血と、強い魔力。理想的な良い素材だった。あの相棒の方でもいい。得体の知れない力を持った大男。アンデッドにしては、生命力に溢れすぎている。どういう原理なのか興味が尽きない。

 酷く切り刻もうか、優しく内側から暴こうか。想像しただけでも青年は背徳感と興奮で恍惚とした表情を浮かべた。

「下種が」

 今まで話を聞いていただけだった男が、口を開いた。

 今日初めて見せた感情は、軽蔑と嫌悪。その視線を受けて尚、青年は艶やかに微笑んで見せる。

「やだなぁ。種類は違っても、鬼畜外道であることにおいて俺たちは同類じゃないか」

 すでに引き返せない血の跡が、二人の歩んできた道には広がっている。

 それでも男にはまだ捨てられない倫理観が残っているのか、嫌そうに顔を顰めた。

「ただイスラフィルなんだよね。ドラゴンを敵に回すのはちょっとしんどいかも。どう? ガビィは出来る?」

 強請る様な青年の視線を受けて、男の眼光は鋭い刃の輝きを見せた。

 その目を見て、青年は満足そうににっこりと微笑んだ。

「それじゃ、次も頑張ろうか」

 二人は店を後にした。



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