[ 第四章 降臨の儀式 ] 3
「瞬殺してやる」
物騒な呟きと同時、トリガーを二度引く。飛んできていた瓦礫が空中で弾けた。
複数の目らしきものを忙しなく動かしながら、アルスマグナが咆哮する。ビリビリとした振動が、強風の中にいるヨハンの頬を撫でた。窓枠に掛けた片足とダンテが握るワイヤーに全体重を預け、両手で銃を構える。背中から受ける強風に煽られる鬱陶しい髪は無視し、オルトリンデに魔力を集中させる。漆黒の銃身に、魔力が通る回路が淡く浮かび上がった。魔力が満ちたのを確認し、トリガーを引く。光速で放たれた光の帯が、アルスマグナの脳天を貫いた。
「ビィィア゛ァァアアア゛ア゛」
汚い咆哮を上げて、巨体が落ちる。
生命活動が停止し、肉体の崩壊が始まるのを遠目で確認したヨハンは、小さく息を吐いて車内へと戻ると窓を閉める。車内まで入り込んで来ていた風も止み、静かになった。
「おら。見てたか」
ワイヤーを外し、尊大にヨハンは言った。
「え、運転してたから見てないわよ」
「てめぇ……」
拳を震わせるヨハンを、ダンテが宥める。
「まあまあ、俺は見てたから! ピカって凄かったぜ。さすが俺の相棒」
親指を立ててウインクでキメ顔を作るダンテを見たら、ヨハンはどうでも良くなった。
◆
港の倉庫群へ到着したころには、日は沈んでいた。車から降り立てば潮を含んだ空気が頬を撫でる。まだ薄明かりが残り視界は見えるが、じきに闇に包まれるだろう。
倉庫とは言え、大企業が所有しているものも多く並ぶ建物は大きく、敷地は広大だ。一件一件探していれば夜が明けてしまう。ヨハンは見えない何かを探るように、目だけでゆっくりと周囲を追った。
「ここまで来れば何か分かりそうか?」
「……ざっくりとした方向だけなら」
淡々とダンテに相槌を打つヨハンを横目に、感心したようにクリスはへえ、と呟く。
「便利そうな術式ねぇ。後でアタシにも教えてちょうだいね」
クリスに預ければより実用的に改良されて返ってくるだろうと、ヨハンは頷いた。
「それじゃあ…」
呟いて、クリスは背丈ほどありそうな長杖を慣れた手つきでくるりと回した。周囲を見渡さずとも分かる。人とは違う、こちらへ敵意を向ける異形の気配が無数にこちらを見ている。
「派手に暴れて引きつけておくから、アンタたちは行きなさい」
周囲が眩い光に包まれたと思ったら、雷鳴が耳をつんざく。ごろりと、炭化した塊が転がった。クリスが放った雷電系の魔法だった。
「気をつけてくださいね姐さん」
太い眉を下げるダンテに、クリスは視線だけ向けた。
「誰に向かって言ってんのよ」
その言葉は自信に満ちていた。ダンテとヨハンは振り返る事なく走る。背後では閃光と雷鳴。わざと目立つための魔法だろう。おかげで二人が見つかる事がない。
入り組んだ路地裏のような道を駆け抜けて、ふとヨハンが足を止めた。
「ここか?」
気付いたダンテもすぐ立ち止まり、ヨハンに聞いた。眼前に黒く聳え立つ建物を見上げる。三階建てになっており、大きい。こそこそと何かをやるには十分な広さの建物だった。
建物を見上げるヨハンが神妙な顔付きで何かを思案している。先を促す様にダンテはヨハンを見つめた。
「レンに渡した魔具の反応がない」
「と、言うと?」
「追跡術式の誤作動か、本来仕組んでおいた防御魔法が発動して壊れたか」
ダンテは眉を顰めた。防御の魔法が発動するのは攻撃を受けた時。魔具は魔法の心得がない者が持っても発動するのが利点だが、一度きりで壊れるので後がない。レンに何らかの危害が加えられているなら、一刻を争う。
ヨハンは冷静なままスマートフォンの画面を見たかと思うと、すぐにポケットの中へ片付けた。
「一応ノアの信号も拾っておいて良かった。この建物で合ってるはずだ」
「急ごう」
表側は大きなシャッターで閉ざされていた。恐らくはトラックが直接出入りして、荷物の搬入をするのだろう。正面から右側へ回り込むと、人が出入りするためのドアがあった。取手は無く横へ引くタイプのドアだが、触れてみても当然だがロックされていて動かない。その気になればいくらでも壊すことは出来るが、大きな音が出ることは避けられない。見つかるリスクは上がるだろう。
どうするか思考を巡らせようとしたところだった。
小さな電子音がしたと思ったら、扉が開いた。
はっと息を呑んだのはヨハンだ。運が良いのか悪いのか、ちょうど中から出て来たのはスーツ姿の男。男が懐へ手を走らせたのを見て、ヨハンも咄嗟に銃へ手を伸ばそうとした。その視界の隅で、白い影が動いた方が早かった。
鈍い音がしたと思えば、拳を振り下ろした状態のダンテが居た。
「ダンテ……?」
「あっ」
はっとした様子のダンテは、自分の拳と男を交互に見る。
現れた男は、床で完全に伸びていた。ダンテが慌てて胸ぐらを掴み頬を叩いてみるも、反応がない。ヨハンの方を振り返り、ダンテはへらっと笑った。
「ま、まあドアは開いたし!」
「情報は聞き出せなくなっちまったけどなぁ」
「それ言わないで!」
眉を下げて落ち込むダンテの背を叩き、ヨハンは大笑いする。
恨めしそうに横目で睨んだあと、ダンテは咳払いした。
「とりあえずコイツは縛っとくか」
ジャケットの内ポケットから取り出された結束バンドを見て、ヨハンは片眉を上げた。
「何で当然のようにそんな物持ってるんだ」
「備えあれば何とやらってな。とりあえずどっか物置にでも押し込んどこうぜ」
肩に担ぎ上げると、ダンテは重さを感じさせずに立ち上がる。通路を少し進めば、正面にあったシャッターの内側らしき場所に出た。車を直接搬送する作りらしく、駐車場のように開けている広い空間になっていた。
一階には部屋は無さそうだと、階段を使い二階へ進んだ先に、職員用の休憩室のような部屋があった。男のポケットを探ると鍵があったので、それを使うと解錠する音が微かに聞こえた。
ドアを開けるなり、思わず担いでいた男をどさりと放り投げた。
後ろ手に縛られた状態のノアが、力無く項垂れていた。
「ノア!」
「え、ダンテさんに、ヨハンさん!?」
ハッとして顔を上げたノアは、瞳を大きく見開いた。
「腫れてるじゃないか大丈夫か!?」
駆け寄ったダンテは、素手でぶちぶちとノア拘束していた紐を引きちぎっていく。右の頬を赤く腫らしたノアは焦った様子でがくがくと頷いた。
「僕はなんともありませんが、レンさんが……!」
「ノア、一先ず落ち着け」
言い募ろうとするノアを制して、ヨハンが腫れた頬にそっと手を這わせた。
「ヨ、ヨハンさん…?」
近づいてくる秀麗な顔に狼狽えていると、温かい光を感じた。魔法の輝きとは違う、澄んだ青とそこへ絡む赤の光は、ノアしにか見ることができないヨハンの魔力の色だ。
光が収まると、頬の痛みが無くなっていた。
「すごい……。ありがとうございます」
「で、レンはどうした?」
問えば、ノアは顔を辛そうに歪ませる。
「すみません。あのマネージャーの人に儀式をするとかで連れて行かれてしまって……」
「この野郎」
ヨハンが舌打ち混じりに、伸びた男を横目に睨んで悪態を吐く。
「レンさんは僕が人質に取られたから抵抗出来なくて……!」
項垂れる頭を、ダンテが撫でる。
「あまり自分を責めるな。俺たちがここまで来れたのは、ノアが居たからだ。よく頑張った」
「ダンテさん……」
すでにドアへ向かうヨハンが、肩越しに振り返る。
「分かったら立て」
「はい……!」
ノアは力強く頷いた。三日月の様な虹彩が揺れる瞳には、光が宿っていた。
◆
無数の蝋燭が、薄暗いホールのように作られた広い空間に明かりを灯している。人ひとりが横になれる台には、レンが横たえられていた。そこを祭壇に見立てる様に、黒いローブに身を包んだ人々が囲っている。一人だけ装飾を身に付けた豪奢な女が、この集団のリーダーだろうと推測出来た。女は祭壇の近くに立ち、手を胸の前で組み何やら呪文のようなものを唱えている様子だった。
いかにも怪しい儀式の真っ最中だ。薄闇に潜むように出口付近の柱の影で待機しながら、ノアはレンの様子がどうしても気になって何とか見えないだろうかと目を凝らしてみるも、多くの人々の背に阻まれて叶わない。小さく息を吐くと、祈るような気持ちでダンテとヨハンの行動を待った。
闇に溶けやすい出立ちのヨハンは、上から見下ろせる通路に身を潜ませ反対側に隠れたダンテに目配せした。ダンテが頷くのを確認したヨハンは、オルドリンデを構える。中央の祭壇へ照準を合わせて引き金を引く。
ドンッと、彼らの頭上でヒトを傷付けない程度に調節した爆発を起こす。
「……なっ!?」
誰の口から漏れたか分からない驚愕の声。人々が衝撃に怯んで身を竦ませている隙に、ダンテが軽い身のこなしで躍り出る。レンの側へ着地すると、拘束を引きちぎる。意識の無いぐったりとした様子が気掛かりだったが、ダンテはすぐさま抱き抱えると、一番近くに居た女から距離を取った。
「何なのです! 彼を返しなさい!」
教祖の女がヒステリックに叫ぶと、屈強な体格の男が前に出てダンテを掴もうと手を伸ばす。
ダンテが身構える前に、頭上から二度発砲音が響いた。ヨハンだと頭で考えるよりも先に、ダンテは動き出す。引き金を引いてから時間差で発動すると聞いてあった目眩しの光が辺りを眩く照らす。呻き声を上げ目を押さえ蹲る人々の間を駆け、ノアの元まで辿り着く。
「わわ……っ」
レンを抱えたダンテに力強く首根っこを掴まれたノアから、浮遊感に思わず声が出た。ダンテの身体越しに追いかけてくる信者達が見え、ノアは思わず怯んだ。
「こっちだ」
すくんでいる体をレンを抱く反対側の腕で抱き上げて、ダンテは走る。その背に追い縋ろうとして来た手が届く前に、氷結音を立てて巨大な氷柱が聳え立った。
床から次々に連なって生える氷柱は信者達を囲み、牢獄のように閉じ込める。
身動きが取れなくなった女が睨みすえた先では、出口の扉が閉まる所だった。




