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硝煙のエリュシオン  作者: すずなか
― Case2:Jaldabaoth ―
28/39

[ 第三章 コール アンド レスポンス ] 2

――彼らは異界より出で、

――我々を幸福の地へと導く

――救済を望むものは信じ、その身を捧げるのです


 ネオン煌めく都会の夜は騒がしい。

 たらふく満たされた腹を抱え、ホテルへ帰る道中だった。死んだような目をした男が、レンの前に立ち塞がる。何てことは無い、宗教の勧誘だった。

「間に合ってるんで」

 にこやかに、かつ強引に。割って入ったダンテが有無を言わせない素早さで、レンを守るように連れていく。

「すげ。ダンテさんあざす」

 レンが困った風に笑った。

「俺、昔から歩いてるとなんかよく声かけられるんだよね。道聞かれたりとか」

「レンはぼやっとしてるんだよ。もっと気を付けてくれ」

 エドのぼやきに、レンは拗ねたような顔をする。

 後方では、さきほどのやりとりを全く気にした風もなく、男の演説がいまだ続いている。足を止めて窺うノアに気付いたヨハンが叱責する。

「ああ言う輩とは目を合わすんじゃねぇよ」

 行くぞ、と腕を引かれ、ノアは慌ててヨハンたちの後を追った。

「あれは何なんです?」

 どこにでもいそうな、一見サラリーマン風の出で立ちのヒューマの男だった。ただし瞳に生気がない。

 ヨハンの言う通り、道行く人々は誰も目を合わそうとしていない。どころか迷惑がられている。それでも叫び続けられる精神力は、ある意味で凄い。

「まあ簡単に言うと、胡散臭い壺を押し付けて、高額な金を巻き上げるのが目的の連中? みたいな?」

「な、なるほど……」

 ダンテの説明で、痛いほどよく分かったとノアは頷いた。

「後学のために一回話してみるのもいいかもな。あいつらは本気で自分たちの思想を信じてるし、善意で押し付けてくる。ほんと会話が噛み合わなくて怖いから」

「何ですかそれ。お二人が助けてくれるんならいいですけど、そうじゃないなら謹んで遠慮しておきます」

「賢明だ」

 ぶんぶんと勢いよく首を振るノアに、ダンテは豪快に笑った。

「……最近よく見かける連中だな」

 ズボンのポケットに両手を突っ込んで歩きながら、ヨハンはコバエが鬱陶しいときの様な顔で呟く。ダンテも顎に指を当て、記憶を掘り下げた。

「あぁ、この前も駅でなんか喚いてたな。アルスマグナが救世主とかなんとか……。幸福の地ってどこだよノア」

「ぼ、僕に聞かないでくださいよ!」

 慌ててノアは否定する。

()()()にこんな反応されちゃあ、あいつらも可哀想だな」

 口ぶりに反し、肩を竦めるヨハンの声音には同情心など欠片も籠っていなかった。



「じゃあノアのことよろしく頼むな」

「もちろん。おいで」

「あ、はい! お邪魔します」

 レンたちに手招きされ、ノアは彼らの部屋へ向かう。帰路の途中で立ち寄った二十四時間営業の商店でお菓子などを買うと、もう少し話でもしようと、誘われたのだ。

 すれ違いざま、ダンテはノアに耳打ちする。

「ちょっとでもおかしなことがあったら、すぐに俺たちを呼ぶんだぞ」

「わ、わかりました」

 思いもよらぬ真剣な声におっかなびっくり頷くノアを見届けて、ダンテはヨハンに向き直った。

「じゃ、俺たちも行くか」

 カードキーでロックを外して、自分たちに宛がわれた部屋の扉を開ける。

 扉を開けたダンテよりも先に、するりとヨハンが滑り込んだ。さながら猫のようだと感心しながら後を追う。コートを脱ぎ捨てて身軽になったヨハンは椅子に座り、がさがさと音を立てながら上機嫌でテーブルにお菓子を並べていく。ダンテは放り出されたヨハンのコートを丁寧に整え、ハンガーにかけた。ヨハンの正面に座ったダンテをおずおずと見上げて、スプーンを咥えたまま小さく首を傾げる。あんたも食べるか? のサインに、ダンテはゆるく笑いながら無言で首を振った。

 ヨハンの青い瞳がつるりと輝く。すくい上げたプリンを嬉々として頬張ると、口角まで上がっている。別腹が存在するらしいヨハンには、夕飯を食べ終えた後と言うのは些細なことらしい。普段からこの調子だが、体型が全く変わらないのは世の中不公平と言うものだ。体づくりに力を入れているダンテは、食事もそれなりに気を使って現在の体格を維持していると言うのに。

「今朝のヤツはどうだった」

 プリンを食す手をそのまま、ヨハンは言った。元々その話をするため、二人は先に部屋へ帰ってきたのだ。

「知り合いの刑事に引き渡して取り調べしてもらってるが、全く口を割らないみたいだ」

 肩をすくめるダンテを見て、ヨハンの眉間に皺が寄った。

「雇われにしては忠誠心の高いヤツだな。それとも自分の意思か」

「まあ傭兵みたいな稼業は信用も大事っちゃ大事だが……、ここまでとなると、その線が濃厚だな。それなりに組織だって動いてるヤツらだと、俺は思う」

 思案するように顎に指を当てていたヨハンが、ダンテの目を見る。

「……そいつらを、ぶちのめす事は可能だと思うか?」

 ダンテは僅かに目を見張った。

 依頼の期間は、彼らがエリュシオンに滞在している間。契約期間が終わった後も、レンは命を狙われ続ける。その組織が諦めない限りは。だから、今潰しておく必要があった。彼らと自分たちは、共にいられる訳ではないから。

 ただ、そうだと分かっていて、ヨハンは依頼以上の事まであえて踏み込むような性分ではない。ダンテにはヨハンの心境が変化する理由は分かりかねるが、どうやら珍しく、個人的にもレンに肩入れし始めているようだ。

 静かな意志が宿る瞳と視線を合わせて、ダンテは悪戯っ子のような笑みでウインクしてみせた。

「まあ俺も、どうせやるなら徹底的に行きたいなと思って多少は手を打ってみた」

 ボタンを吹っ飛ばされたシャツの恨みもある。

 何とも息の合うダンテの言葉が意外だったのか、ヨハンは器用に片眉を持ち上げる。

「可能かどうかハッキリさせる為にも、情報は大事だろ?」

 ダンテは澱みない手つきでスマートフォンをタップする。ビデオ通話に設定しテーブルの中央に立てたところで、ヨハンが椅子を引いてダンテの隣に移動してきた。そして、通話相手を確認したところで盛大に顔を顰めた。

『やあ、こんばんは』

 薄暗いディスプレイの向こうで、淡く光るような銀の髪の男が甘く微笑んだ。アルビオン特有の尖った耳と麗しい面差しを持った男は、一方で同族のクリスとは対照的なチョコレート色の肌をしている。いまだ記憶に新しいこの男、ミカエルは、ヨハンの視線を受けても様相を崩すことはない。

「こんばんはミカエルさん」

「こんばんはじゃねぇよ。ダンテいつコイツと連絡先なんか交換してんだよ」

 ベルフェゴール事件のあと、ダンテは即隔離入院していた。どのタイミングでそんな機会があったのか、見当もつかない。

 ジト目で睨まれたダンテが、何かに閃いた様に目を見開いた。

「お、なんだヨハン。嫉妬かぁ?」

「キモチワル」

「ひっど!」

 スピーカーから、心地いい低音の笑い声が聞こえた。

『君たちは本当に仲が良いね』

「はァ!?」

「そりゃあもう」

 ダンテとヨハンの声が重なり、顔を見合わせる。ヨハンは顔を顰めそっぽを向くと、別の菓子のパッケージを開封し出した。だんまりモードに入る合図だ。ダンテは苦笑を浮かべながら、ミカエルに向き直った。

「それでミカエルさん、今朝の件どうでしたか」

『調べはついているよ』

 ミカエルが小さく指を動かすと、画面の端に証明写真のような男の画像が現れる。ダンテが倒した男の顔だ。

『彼をあえて呼ぶならジョン・ドゥ……どこにも存在しない男。戸籍を消して、傭兵として各地を転々としていた男だね』

 続けて女の画像が表示された。顔に程よく皺の刻まれた、中年辺りの年齢だろうか。化粧っ気は無く、髪に艶もない。何処にでもいそうな、生活に疲れた様子の女だ。

『この男の雇い主はファティマ教団。ファティマ・ロアと言う女をリーダーに、この街で活動している小さな宗教団体。ある日、リーダーである彼女は啓示を受けたそうだ。アルスマグナは異界の楽園に人間を導く使者、彼らを崇め、信じる者にこそ救いは訪れる、とね』

「宗教団体ィ?」

 スプーンを口へと運ぶ手を止めて、ヨハンは眉を顰めた。

 それはホテルへ戻る道中にも聞いた文句だった。先程はたまたまレンが絡まれただけだと思ったが、狙われていた可能性もある。ダンテが腕を組み、唸った。

「宗教がらみの団体がジェナスを狙うと言ったら、儀式の生贄か」

「つっても何だよ儀式って」

『先日君たちが倒したアルスマグナ、覚えているかい?』

 突然変わる話題に、ヨハンが眉を顰めた。情報屋の男にどうしてそれを知っているとは聞かない。だが、ミカエルがここで無関係な話をするような男ではない事は分かっているヨハンは、短く訊ねる。

「そいつが何だ」

 一番新しい記憶は、二日前。駅に現れたアルスマグナだ。

『人間の腹を食い破って出てきたとあった。アルスマグナに慣れすぎたこの街の人間はあまり疑問に思わなかったようだけど、これはかなり特殊なケースだ。そして被害者だと思われた男だが……、ファティマ教団の信者だ』

「何?」

『どういう技術を使ったのかは分からないが、教団の目的はアルスマグナの召喚で、それには人間を使っている。ジェナスは総じて優れた魔力を持って生まれてくるのが定説だ。触媒としてはこの上なく上質だろうね』

「……そして、引き換えにレンは死ぬ?」

 ダンテの呟きに、ミカエルは神妙な様子で頷いた。

『それどころか、喚び出されるのは名前持ちクラスの大物だろう』

 当然、アルスマグナはこの教団が信じているような存在ではない。人とは違う次元を超えてくる彼らに話が通じるとは思えない。相当な被害が出る事は、想像に難くなかった。

『そうなると私としても嬉しくないし、もう少し突っ込んで調べておいた』

 ミカエルの言葉に、二人は目を見張る。ダンテが依頼してから、一日も経っていない。短期間でこの情報だけでも十分依頼通りの仕事をこなしてもらっている。

『この教団はどう言う訳か、ここ最近傭兵やチンピラたちを集めて過激さを増してきている。だんだんと警察も目を付け始めている』

「そんな金、何処から出てくるんだか」

 呆れたようにヨハンが言う。

『ここが中々彼らの侮れないところなんだけど、どうやら雇った傭兵たちを入信させて、逆に貢がせているみたいだ。これは杞憂かもしれないけど、もしかしたら洗脳に何らかの術式を使ってるのではないかと……』

「精神干渉術式か? 禁術以前の問題だろうが」

『まあ、そうだね』

 そうなの? と言いたげに首を傾げているダンテに、ヨハンは付け加える。

「術式の難解さもあるが、発動にかなり魔力を使うモノだからな。素人じゃまず無理」

 しかし、ダンテが捕らえた男の忠誠心を思えば合点がいくのも事実だ。

「ヨハンは?」

「見たことも無い物にどうもこうもねぇよ。俺よかそこのアルビオンさんの方が得意そうだ」

 忌々しげに、ヨハンはミカエルを見た。ミカエルは顎に指を当てて神妙に考える仕草をする。

『どうだろうね。出来そうだけど興味は無いし、やってみた事は無いから』

「……冗談に決まってるだろうが」

『うん、冗談だよ。今のはオフレコね』

 術式を“知らない”とは言わないミカエルが非常に胡散臭かったが、ヨハンはあえて突っ込むことはしなかった。

『アルスマグナを喚ぶゲートを人為的に生み出せる技術を持っているんだ。それだけ力を付けてきている可能性もあると、念頭に入れておいて欲しい。どうか気をつけてね』

「ありがとう、ミカエルさん」

 ダンテがにこやかにお礼を言う一方、ヨハンは半信半疑の様子で肩を竦めた。



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