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硝煙のエリュシオン  作者: すずなか
― Case2:Jaldabaoth ―
24/39

[ 第一章 胎動 ] 2 

「ダンテさんにヨハンさん! やっと帰ってきましたね」

 イスラフィルの事務所へと帰還したダンテとヨハンを出迎えたのは、ノアだった。どこか焦った様子で駆け寄ってきたが、見慣れない二人の存在に気が付つき、慌てて居住まいを正す。

「こ、こんにちは」

「あらかわいい。こんにちはぁ君がノアくんね」

「えっ、うわわ!?」

 何故名前をと疑問を口にするよりも先に、ノアの顔いっぱいが何か柔らかいものに包まれる。クリスの熱い抱擁だった。

「こらよさないか」

 カエデによって引きはがされたノアは、ほっと一息吐いた。

「驚かせてすまなかったね。君のことは聞いているよ、俺はカエデ。ここでチェイサーをしている……まあ、君やダンテとヨハンの先輩になるな」

「あたしはクリスティン。クリスって呼んでね」

「あの、え…と…」

 ノアは躊躇いがちに二人を交互に見た後、ダンテとヨハンをちらと見て、おずおずと頭を下げた。

「し、新人のノアです。よろしくお願いします」

「緊張してるの? 可愛いわね」

「……怯えてんだろ」

 ヨハンがぼそりと呟いたことは、クリスのひと睨みで黙殺された。

「あ、そうだ」

「遅ぇぞ! ガキの使いもまともに出来ねぇのかお前らは」

 何かを思い出した声を上げたノアを遮り、部屋の奥からドレイクの怒声が飛んできた。

「ああ?」

 全く堪えた様子もなくヨハンが噛みつき返そうと構えたあと、来客の姿に気が付いた。三人の来客はソファから立ち上がり、ダンテたちに向き直ると人の好さそうな笑みを浮かべた。

 翼を持ったオルニットの三人組と、一人のヒューマの青年。真ん中の一人には、角が生えている。

「先日はありがとうございました」

 礼儀正しく頭を下げた、角と翼を持った男性は、先日保護したジェナスの青年だった。

 小づくりな顔に、耳の上から生えた角は捻じれて上を向いている。瑠璃色の髪に、背中から生えた髪と同じ色の翼を震わせる姿が、成人男性にしては幼く感じられる。テレビのモニター越しでは甘くよく通る声音でクールに歌う印象だが、実物は無邪気で溌剌とした青年だった。

「レン、そろそろ時間だ」

「え、嘘。せっかく会えたのに」

 眼鏡を掛けた、スーツ姿のヒューマの青年に促され、レンは残念そうに眉を下げる。青年はドレイクへと向き直った。

「我々も多忙な身。用件だけのご無礼、誠に申し訳ありませんがご理解いただきたく」

「ああ。構わないよ」

 綺麗な姿勢で頭を下げる青年に、ドレイクは一つ頷いた。

「バタバタしてごめんね。用件の方は代表者の方に話してあるんで。ぜひ、お願いしますね」

 去り際、二人の目を真っすぐに見て言うレンに、ダンテとヨハンは首を傾げる。急かされるように名前を呼ばれると、レンは慌てて駆けて行った。

「なんだったんすか?」

 ダンテは葉巻を吹かすドレイクに向き直ると、腕を組んで小首を傾げた。

「この街に滞在する間、護衛してほしいとうちに依頼しに来た。お前たちをご指名でな」

「はぁ? なんで。俺たちはチェイサーだぞ」

 お門違いだとヨハンは眉間にシワを寄せた。異形の討伐はするが、誰かの警護をするような仕事ではない。その上、助けた時はチェイサーだと名乗りはしたが、それ以上に詳しい素性を彼らに話していない。わざわざ事務所まで調べてくる労力を割く理由が理解し難かった。

「そんな事は知らないね。本人にでも聞けばいい」

 ドレイクは脚を組み替えながら、視線でアルマに指示を出す。頷いたアルマはタブレット端末を素早く操作した。

「お二人に依頼人の連絡先をお送りしますね。詳しい打ち合わせは直接、とのことです」

「お、ありがとなアルマ。て言うかこの仕事、請けたってことっすかボス」

 ダンテは情報を確認しながら訊ねる。アルスマグナに関わること以外の仕事を請けるのが、少し意外だった。

「当然だろ。ギャラが破格だったからな」

 人差し指と親指で丸を作り、ドレイクは隻眼を細めニヤリと笑った。



「あっはっは! ウケるー!」

 ひっきりなしに響くハスキーな笑い声に、ヨハンは不機嫌そうに顔を歪めていた。

「姐さん、そんな笑わないであげてよ。あれからヨハンだってほんと大変だったんすよ?」

「あー、ごめんごめん。だって、アルスマグナ襲撃で自宅爆破なんて……ふふっ」

「うるせぇよクリストフ」

「その名で呼ぶなっつってんだろ!!」

 壁にもたれ掛かり腕組みをした姿勢で立っていたヨハンが腹いせにと呟くと、ドスの効いた怒声がびりびりと部屋中を響かせ、次いでダンテが腹を抱えて大笑いする。

「ほんと、やんなっちゃうわぁ」

 クリスは小さく咳払いをすると、手元の作業へと戻った。

 手持ち無沙汰のヨハンは懐の煙草へ手を伸ばそうとして、以前「ここは禁煙よ」と先ほどのような怒声を浴びせられた事があったのを思い出し、小さく舌打ちした。

 ここはイスラフィルの事務所。壁一面分の棚に実験器具の様なものや、分厚い書物などが立ち並ぶどこか実験室を思わせる様な部屋だった。いつもクリスが居座り、ほとんど彼女の私室と化してしまっているこの部屋に、ダンテとヨハンは居た。

 ダンテは長方形の白いテーブルを挟んでクリスの対面に座り、腕まくりした右腕を上向きで差し出すようにテーブルに乗せている。その右腕には針付の管が刺され、透明な管の中では彼の血液が通り赤くなっていた。

「これくらいでいいかしらね」

 クリスは独り言のように呟くと、ダンテから針を抜いた。

 抜き取ったダンテの血液を別の容器に一定量取り出すと、薄ピンクのマニキュアに彩られた指先を翳す。クリスが何事かを呟くと、指先から円を描くように、淡く光る幾何学の文様と古代文字が出現した。光に導かれるように、血液がこぽりと宙に浮き、くるくると回りながら段々と凝縮されていく。最後に、つるりとした真紅の錠剤のような塊が出来上がった。

「はい。ひとまずこれだけあればいいでしょ。残りは後で作っておいてあげるわ」

「ああ。頼む」

 血液が凝縮した錠剤を数個受け取ると、ヨハンは持っていたタブレットケースへと収納する。

「ほんとに全部なくなっちゃったのね」

「だから言ってるだろ」

 ヨハンの動作を眺めながらしみじみと呟くクリスを恨めしそうに睨むが、すぐにその青い目を丸くした。

「大変だったわね」

 碧翠の瞳を柔らかく細めて、クリスは言った。

 哀れみでも冷やかしでもない、慈しむ色がそこにはあった。

「……別に」

 バツが悪そうに視線を逸らすと、凝った体をほぐすように動かしていたダンテと目が合う。すると、ダンテはたちまち表情を崩し、にやっと笑った。

「あんだよ」

「……別に」

 あきらかに先ほどのヨハンを真似たであろう返しをするダンテを小突くが、受ける一方ではないダンテも反撃をする。

 図体のデカい男二人の応酬だが、クリスにはじゃれ合っているようにしか見えなかった。

「そういえば、結構可愛がってるみたいね」

 クリスの言葉に、ダンテとヨハンが手を止めて同時に彼女を見る。テーブルに頬杖をついたクリスが笑みを深めた。

「あの少年のことよ」

 二人は最近イスラフィルに迎えられ、晴れて同僚となった赤毛の少年に思い当たった。

「そうだな。可愛いよ」

「別に可愛くなんかねぇよ」

 正反対の言葉が重なる。先ほど響いていたハスキーな笑い声が、再び部屋に響いた。

 ふいに、クリスは笑みを潜めると真面目な顔になる。

「あの子には、あんたのこと言ってあるの?」

 綺麗に整えられた指先が指すのは、先ほどヨハンが持っていたタブレットケースだ。

「……まだ言ってねぇ」

 ヨハンのそっけないとも取れる返答にクリスはふうん、と相槌を打った。ダンテも無闇に口を挟むことはしないが、どこか案ずるような視線をヨハンに向けている。

 指摘された途端、陰ったヨハンの表情は二人とも見逃さなかった。

 一瞬の事ですぐに平静を装った様だったが、僅かに垣間見せた彼の複雑な葛藤がどれほどのものかは、本人が多くを語らない以上推測するしかない。

「説教なら聞かねぇぞ」

「とんでもない。あんたのタイミングだってあるし、あたしからは何も言わないわ」

 クリスは静かに首を振る。お姉さん顔で微笑めば、ヨハンはいつもの顰め面を作り、小さく舌打ちした。



「おお! カエデさんは器用なんですね」

 事務所の応接室兼休憩場に入ると、ノアの歓声が耳に飛び込んできた。

「お、なんだノア。随分と楽しそうだな」

 ダンテが声をかけると、カエデと机を挟んで向かい合っていたノアが顔を上げた。

「ダンテさんにヨハンさん。もう用事は済んだんですか?」

「まあそんな大した事でもなかったからな」

 言いながら、ダンテは机を覗き込む。カエデの前には皿が置かれ、うさぎの形に切り整えられた林檎が並んでいた。

「さっき林檎を頂いてな。切っていたところだ、お前たちも食べろ」

 ちょうど切り終えたところらしく、カエデがナイフをテーブルに置きながら言った。

「おっさんの割に、可愛らしいことすんだな」

 ダンテの横から手袋を外した手を伸ばしたヨハンは、パクリと一切れを口の中へ放り込む。

「……お前とは三つしか違わん筈だが」

 おっさん呼ばわりされたカエデはヨハンを見て、渋面を作った。そこでノアは首を傾げる。

「逆に、ヨハンさんっておいくつなんです?」

「あ? 俺は大体二十五くらいだよ」

 口ぶりは面倒そうだが、林檎を食べる手はせっせと動かしている。そんなヨハンを眺めながら、ノアは呆れ顔を作った。ダンテが仮想のマイクを向ける仕草でノアに聞く。

「それを聞いたノアの感想は?」

「年齢に大体って付けるものなんですかとか、カエデさんがまだ二十代らしいと言う事実に驚いていたりします」

「ノアは素直だなぁ」

 良い子、とダンテは頭を撫でた。カエデは眉間に皺を寄せたまま、無精髭の生えた顎を無言で撫でている。

「ちなみに俺は、ピッチピチのハタチでぇす」

「えっヨハンさんより年下なんですか!?」

 顔の横でピースサインを作って自己申告するダンテに、ノアは今日一驚いた顔を見せた。落ち着いた雰囲気や大きな体格のおかげか、ダンテはヨハンよりも年上に見えていた。外見何てまるで当てにならないものだとノアは関心する。

「俺なんかより、ボスとフランシスさんの年の方がぶったまげるけどな」

 訳知り顔で頷くダンテ。カエデも同意している様子なのがノアには意外だった。それが、ダンテの言うことが誇張ではなく事実だと物語っている。

 俄然気になる様子のノアを横目に、お前は一歳未満だろうが、とヨハンは林檎を食べながら思った。



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