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硝煙のエリュシオン  作者: すずなか
― Case1:Belphegor ―
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[六章 灰色の群像] 3

「さて希少種よ、覚悟はよいか」

「ヨハンだ、希少種じゃねぇ。それに覚悟も何も、テメェのフグみたいな面で気が抜けちまったぞオイ」

 頬を膨らませたままのノインに、ヨハンはあきれ顔でため息を吐く。ヨハンの横からノインの様子を窺っていたノアは、初め目を丸くしてノインを見つめていたが、不意に不思議な色の瞳と視線がかち合うと、すぐに視線を下げてしまった。

「ふむ、お主らに、良いものを授けよう」

 頬を膨らませた少しあどけない表情から一転、にんまりと笑みを浮かべると、どこから取り出したのか二人にガスマスクを差し出した。素直に受け取った二人に笑顔を見せると、一つ咳払いをして見せる。

「坊やの粉は厄介故な、魔法の、いや古より伝わる伝説の……」

「次元エネルギーを阻害するマスクですね、なるほど、これもマキナの一つですか?」

「マキナ……とはちょっと違うかも知れねえが、まあそんなもんだな」

「……」

 話を聞いてもらえず頬を膨らませたノインは、そのまま手で二人に下がるようにジェスチャーする。それに従って、ノアとヨハンは一歩下がり、月明りでうすぼんやりと白く光る背中を見つめた。

 小さく息を吐いたノインの細く白い指が、流れるように持ち上げられる。肩の高さまで腕を上げ、公園を包むドーム状の防壁にその指が添えられると、コロナ放電が起こる時のようにジーと音を立てる。スパークする様子はないが、ベールのようにやや視界を阻んでいた防壁が、徐々に薄くなっていく。指先を滑らせなぞると、色の薄くなった部分がその範囲を広げていく。

 ヨハンが通れそうなほどの範囲の壁が薄くなったころ、ノインが二人を振り返る。すると蝶が鱗粉を散らすように、薄い光がノインの身体からふわりと舞い、わずかな間漂いやがて消えた。神秘的な瞳に見つめられたノアは、見惚れていた自分に気が付き小さく頭を振る。

「さあ、力を籠めて打ち抜け」

 薄い唇が美しい弧を描き、歌うような美しい声色がヨハンを導く。ヨハンはベルトにとめていた愛銃を取り出し足を踏み出すと、ブーツの下で踏みしめられた砂利がなった。そのまま迷いなく薄くなった壁に銃を向けると、ガチンと重い音を立てて遊底を引き構える。ヨハンの手の中で青い光が、装飾のあった溝を滑って行く。そうして障壁の奥で渦を巻く闇を睨みつけると、引き金を引いた。

 ―ガァン  キイィン 発砲の音が鳴りやむ前に、銃弾が障壁にぶつかり甲高い音を立てた。そしてガラスが割れるように、内側へ向かい薄くなった障壁ははじけ飛んだ。

「ノア」

「は……!?う、うわっ」

 その様子を見届けたヨハンがノアを呼び、ノアもそれに応えようとした。だが、二人にとって予想外の事が起こる。

「っな、んだ、クソ!」

 空いた穴へと風が流れ込む。それは近くに立っていたヨハンとノアの背中を弾き、足を掬ってなお突風となって流れ込む。両足に力を籠めて居なければ成人男性の中でも、鍛えられたヨハンの身体が若干浮きそうになるほどの吸引力を持ったその突風は、ノアの身体をやすやすと跳ね飛ばしてしまう。そんなノアの腕を掴んだヨハンも、その重さに引っ張られるようにして、ついに体を風にとられ、穴の中へと文字通り転がりこんでしまったのだった。ノアは、庇うように自分の事を抱えてくれたヨハンの腕の中で小さくなり、穴の中に引きこまれる瞬間はっきりと見てしまった。自分たちを指さして、高笑いしているノインの姿を。


 ◆


「くっそ!あのくそ野郎!」

 文字通り公園内に転がり込んだヨハンは、身体を捻って反転し態勢を整えると、抱えたノアをすぐに地面に放り出し、すぐに元の形に戻ってしまった防壁を蹴りつけて悪態をつく。

「笑ってやがりましたよあの人!くそっ!」

 地面に転がされたが、悪態をつくヨハンの横に駆け寄って、一緒になって憤慨して見せたノアを見て、ヨハンはきょとんと眼をまるくした。

「こうなる事を、わかっていたんですよあの人っ!」

 怒っているノアを見つめていたヨハンだったが、少しだけ口元をゆるめて首を振った。

 防壁の中は、これからそこで起こることなど知らぬような、平穏な姿をしていた。静寂が横たわり睨めつけている辺りには、わずかながらの風も、鳥や虫のざわめきもない。外側からは全く中の様子が見えなかったが、中からはぼんやりと外が見えている。

 悔しげに防壁を叩いたノアは、ヨハンを振り返りうつむいた。

「あ、す、すみません」

 消え入るような声を闇がさらう前に、ヨハンはノアの頭に手を添えてから、そのまま暗闇の中へと歩き出す。点滅を繰り返す電灯の頼りない明かりが、二人の足下を照らし出す。足下で舗装されていない道が、ジャリッと音を立てた。

 ノインから渡されたガスマスクを装着すると、昼間ほどとはいかないが、辺りが見渡せるほど視界が明るくなる。顔を見合わせた二人は、お互いに頷いて静かな公園の中を奥へと進んでいった。

「ヨハンさん、そのまままっすぐ進んでください」

 広くはない公園内、適当に歩いていればベルフェゴールの元へとたどり着くだろうと思っていたヨハンの耳に、先ほどの弱々しい声とは似つかない声が聞こえてくる。振り返った視線の先には、ぼんやりと光る瞳で、まっすぐ前を見つめる姿がある。その姿に特に何も言うことはなく、その言葉の通りにまっすぐ歩みを進めていく。

 辺りを明るく照らしていた月光は木々に遮られて、遊歩道は闇に包まれていた。ぽつりぽつりと点在する電灯に照らされていたが、その明かりは頼りない。

 しかしノインから渡されたガスマスクをつけた二人には、その頼りない光に目を細めるほどの光量に感じられた。さらに頼りない明かりの下を通るたび、ジーという弱い放電の音が耳につく。足下で摺り合わされる砂利の音と、電灯の音、二人の間にある音はたったそれだけだった。

「……あの」

「……無駄なおしゃべりならしねえぞ」

 控えめにかけられた声を、ぶっきらぼうな言葉がはたき落とす。その言葉にひるんだような呼吸が聞こえたが、ヨハンはそれにわざと気がつかないフリをして、足を止めずに歩いて行く。その背中を追いかけるノアは、口の中に溜まっていく唾を飲み込んで口を開いた。

「……ベルフェゴールを倒したら、ヨハンさんにお願いがあります」

 歩きながら告げられる言葉に、ヨハンは答えない。その先にある言葉を知っていかのように、歩く速度を速めていく。ノアはヨハンの答えを聞くつもりはなかった、自分の言葉のその先を告げれば、願いは叶えられるだろうという、確信めいたものをその背中に感じていた。だから、それ以上、ノアは言葉を続けない。

 沈黙したままの背中を、ただ必死に追いかけていた。


 ◆


 それまで存在を感じなかった風が、不意に二人の頬を撫でる。突然視界が開けた先に、木々が避けるような広い場所がそこにはあった。元々広場になっていた場所ではないのは、そこに歪な円筒形のものがそびえており、腐食し倒れかかった周囲の木に、糸のようなもので固定されている事から、明らかだった。

「蛹、みたいだ」

 ぽつりと感想を漏らし、後ろへと下がったノアは辺りを見回して、周囲に危険がないか暗闇に向かって目を凝らす。その目に見えるベルフェゴールのエネルギーが、ほかの場所にないか探していく。

「……やっぱり、それがベルフェゴールのようです」

 辺りを一通り確認し、蛹の前に立つ背中にそう声をかける。すると、ヨハンは音もなくそびえる“蛹”を見上げて、奥歯をかみしめる。

「……呆気ねえな」

 低くつぶやいて、ヨハンの力が巡り青い光を帯びた戦乙女(ワルキューレⅡ型)を蛹に向けた。

「……!?ヨハンさん!!」

 銃口に光が収束していくのを後ろで見ていたノアが、目の前で膨れ上がるベルフェゴールのエネルギーを見て叫ぶ。背中にたたきつけられた声に、弾かれたように後ろに飛んだ。ヨハンがそれまで立っていた場所には、鋭い棘のようなものが突き刺さっていた。

 ――メキ、バキン  芋虫は、蛹になった後堅い殻を破り捨てて、美しい羽を広げる蝶となる。

 水に浮かぶ死体のような肌、ぶよぶよとした腐った肉のような色だった芋虫のような腹は、形はそのままに毒々しいコーラルに黄色と茶色の斑文が蠢いていた。

 芋虫のような腹の上には、膨れ上がった腹に見合った巨大な人間の上半身が繋がっていた。ミイラのような肋の浮いた腹、その脇腹からは人間の手のひらが、背中に生える粘液にぬれて萎びた羽根を支えるように後ろに向かって無数に連なって生えている。人間の上半身、肩の部分と腹の境目から異常に長く痩せ細った、先が二又のかぎ爪のように変形した人間の足が大腿から全部で六本三対生えていた。

 中身を失いぽっかりと空いた眼窩からは櫛歯状の触覚が生えていて、赤子のように首が据わらないのか頭はぐらぐらと揺れている。背骨が大きく変形して鶏冠のように飛び出した、ガリガリの背中からは、体の何倍もある大きな山吹色で縁取られた毒々しい色の、ぬらぬらと光る皺だらけの羽が、広げ切れないままそこに垂れ下がっていた。

「ぃいイぃまいましイ、ニンゲンめえぇぇ!」

「そう来なきゃなぁ!」

 ずるりと、粘着質な音を立てて、蛹から現れたベルフェゴールが、獣のような咆哮を上げる。ヨハンはその醜悪な姿を見据え、顔を歪めて2挺の拳銃を向ける。

「シネ!しネ!シねえエェぇぇええェえ!」

 ぶくぶくと、赤い泡を吐き出しながら、呪詛のような叫び声を上げるベルフェゴールの咆哮と、鋭い銃声が公園に激しく響き渡った。

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