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硝煙のエリュシオン  作者: すずなか
― Case1:Belphegor ―
16/39

[六章 灰色の群像] 2

 澄んだ夜空に浮かぶ月の光を思わせるしっとりとした声は、鋭いギターの旋律や腹の底にたまるように響くベースの音、早いリズムを刻むドラムの打音。中性的な声で歌いあげられるサビ部分は、キャッチーな音楽で心地よく耳に残る。

 ロードウェイパークへ向かう為に乗ったドレイクの車の中では、3日前の夜と同じ音楽が流れていた。

 ヨハンはただ無言で、手の中の銃を見つめている。そこには初めにあった金の装飾はなく、その装飾の模様に、溝があるだけだった。ヨハンが意識を集中させると、青い光が、装飾のあった溝を滑っていく。

「いい調整だな」

 隣に座ったドレイクが、ヨハンの手の中で光る銃を見て唸る。光が収束するのを見届けたヨハンは軽く首を振って、皮肉めいた笑みを浮かべた。

「あいつ勝手に、その辺にあった普通の工具で調整したとか言って」

「ほう、それはいい」

 皮肉交じりに鼻で笑ったヨハンに、ドレイクは感心したような声を上げる。

「……ああ」

「ん?お前にしては素直じゃないか」

 それに皮肉の一つでも帰ってくるだろうと予想したドレイクは、素直に頷いたヨハンに意外そうな視線を向ける。するとその視線には予想通りの苦い顔が返ってきた。

「何が言いたいんだよ」

「いやなに、お前にも他人を思いやる余裕ができたのかと、少し驚いてな」

「チッ……勝手に言ってろよ」

「ふふ、そう拗ねるな。純粋に褒めているんだよ……しかしそうか、整備士なぁ」

 艶のある黒髪に指を滑らせて頭を撫でるドレイクの手を、煩わしそうに振り払うヨハンの事を意にも介さず、彼女は窓の外へと視線を外した。そんなドレイクを睨んだヨハンだったが、いつものようにしつこく噛みつく気にもなれず、ドレイクとは反対側の窓から視線を外へと向ける。

「ああ、そうか。わかった……あー、お二人とも集中しているところ失礼」

 ドレイクの車を運転していたヴィヴィアンから、後部座席の二人に声がかかる。ヨハンはその声に反応も示さず外を眺めているが、ドレイクの強い視線が、バックミラー越しにヴィヴィアンへと視線を返す。肌がびりびりと粟立つ視線を受けて身震いすると、一つ咳払いをして呼吸を整え、ヴィヴィアンは口を開く。

「今、報告がありまして」

「アルスマグナの反応が大きすぎる、か?」

 自分が今言おうとしたことを先に言われてしまい、ヴィヴィアンは呆気にとられるが、すぐに心の内で自分の身体を叱咤し口を開く。

「あのぉ、ですからぁ。本当に後詰めは必要ありませんか」

「あ?まだ言ってんのか、俺が片を付けるって言ったろ」

 ヨハンから帰ってきた不機嫌そうな声にヴィヴィアンが安心したのも束の間、すぐに背中を冷たいものが這い上がる。

「なあ、教えてくれないか」

 何のことは無い普段通りの穏やかな声には怒りも滲んでいなければ、その視線に苛烈さもない。穏やかな様子のドレイクを見て、ヴィヴィアンの身体には怖気が這い回る。

「私が後詰めに入ることに、一体何の不満があるんだ」

「いえ……不満という訳では」

「ならば問題はないな」

 穏やかに微笑み、それきり目を閉じてしまったドレイクに、ヴィヴィアンは内心汗をかきながら、いつの間にかハンドルをきつく握っていた手から力を抜いた。

『ボス』

 暫く続いた沈黙に、控えめな声が聞こえてきたことで、ドレイクは微笑んだ。

「ああ、聞こえているよアルマ。どうした?」

『あのぅ、その……ですね』

 言いづらそうにしているアルマの声に、一度は首を傾けたドレイクだったが、パークの入口が近づき、DMOの特装車が並び、DMOの人員が慌ただしく行きかうなか、入口前に立っている、ひときわ目立つ色彩の人物を見つけて盛大にため息を吐いた。

「ああ、いい。こちらからも確認した」

 その声色は優しくいつも通りの筈だったが、アルマは嫌な予感がこみあげるのを感じて「あう」とも「ふえ」ともつかない声を漏らし、その様子を自身も耳に装着していた小型の通信機から聞いていたヨハンは、大きくため息をついたのたのだった。


 ◆


 公園は既に封鎖され、可視化されたドーム状の壁が公園全体を包んでいた。壁は辺りを包む闇よりも深い闇色で、しかしそれでも薄くぼんやりと不可思議な光を帯びていた。

「……、一部って話はなんだったんだか。どこの化け物だ、こんな範囲のシールド……」

 公園全体を覆うように作られたエネルギーの壁を見上げたヨハンは、そう独りごちた。

 入口周りにはDMOのビークルがずらりと並び、待機している。慌ただしく辺りを行きかうDMOの構成員の喧騒の中に、ドレイクとヨハンが車から降り立つと、ざわざわと騒がしかった辺りの声は、一瞬にして静まり返る。DMOの構成員たちが見つめる中を、早足に入口へと向かっていたヨハンは、入口の前に佇む姿を見て、眉を顰める。

「ヨハンさん」

 そこで不安げに立っていたのは、ばつの悪そうな顔をしたノアだった。泣き腫らして赤くなったその瞳に、走り去る前に見たのと同じ絶望が浮かんでいないのを確認したヨハンは、ノアの正面に立ち鋭い瞳でその眼を見据える。すると、不安そうにしていたノアが、口を開いた。

「あの、僕は……」

「お前が何を言いたいのかに興味はねぇ。ただ……ケリはついたんだろうな」

 苦しそうな言葉を遮って、ヨハンはノアを見つめる。薄く光る青い瞳で真っ直ぐ見つめてくる瞳を、ノアは目をそらさず強い意志を込めて見つめ返した。

「はい」

「……邪魔すんじゃねぇぞ」

 ぶっきらぼうにそう言うとノアから視線を逸らし、ヨハンは公園入口から奥の闇を睨みつけた。そこに何を見ているのか、怒りを研ぎ澄ませるヨハンの横顔に、ノアは眉尻を下げて小さく頭を下げた。


 ◆


 二人の様子を遠巻きに眺めていたドレイクの左側に、ノインがするりと音もなく立つ。するとドレイクはちらりとその姿を一瞥し、わざとらしくため息をついて、一般的に販売されている物より細く長い煙草に火をつけようとちらりと視線を動かした。

 しかしいつも火をつけてくれる秘書(アルマ)はここには居ないし、気の付く部下(ダンテ)からはもう火を差し出されることもない。苛立ちに似た感情を覚えたドレイクは、内心だけで舌打ちをして口元から煙草を離した。

「グランマ、火をお探しかな」

 白い指先に灯った小さな火を差し出しながら、ノインは妖しい笑みを浮かべてドレイクを見る。ドレイクは初めそちらを見ることもしなかったが、やがて煙草を銜えなおしてノインの指先に灯った小さな火にその煙草を近づけた。少し屈むように顔を指先に近づけてくるドレイクの姿を見たノインは、妖しさなどなかったような無邪気な笑みを浮かべて指を差し出す。

 すると、ノインの灯したその火に触れる直前、ドレイクの煙草の先に鋭い閃光が走ったかと思うと、勢いのある火が立ち上り煙草の先端に収束した。唐突に燃え上がった紅い火は、近くにあったノインの指先に灯る小さな火を打ち消してしまった。

「っ!あ、ぶないではないか」

「悪いな、たった今必要なくなった」

 咄嗟に引いた腕を胸に抱えて、涙目で訴えるノインに、ドレイクは初めて笑顔を向ける。ただしそれは、決して和やかではない、鋭くとがった歯を見せる、獰猛な獣のような笑みだった。

「儂が親切を行おうとしたというのにこの扱い、死に近いとこうも気が立ちやすくなるものか、恐ろしいものだ」

「ふん、ガキの面倒を見てやれるほど、私は暇ではないんでな」

 バチリと音が鳴りそうなほどの張りつめた空気に、運悪く周りに居合わせてしまっていた数人のDMO構成員は息を潜め、気配を断ち、そして自分はそこに立つ樹木だとか転がる石ころだとか言い聞かせ、身じろぎをしないようじっとしていた。弾ける火花がこちらに飛んでこないように、そしてもしも飛んできたときにはすぐに退避できるようにと、視線だけ動かして辺りの様子を窺って、逃げ道の確認を行っていた。彼らのそんな内心を知ってか知らずか、二人にやや間延びした低い声が掛けられる。

「あ~っと、お二人とも、お遊びはその辺にしてもらえますかね。ほら、ヨハンちゃんがもう、気持ちを押さえきれなくなってきたたみたいなんで」

 ヴィヴィアンのそんな言葉に、構成員たちは冷水を頭からぶちまけられたような心もちになった。自分たちの組織の権力者であるノインと、チェイサーの中でも最高峰である≪キング≫の称号を持つドレイクに、どうしてそんな冗談めかした言葉を、軽々しくも口に出来るのだろうかと。

「そうだな、オイ糞ガキ。さっさと仕事して来い」

「ふん!わざわざ挨拶に寄った儂に何たる物言い。もう来ぬわ、糞婆め」

 戦々恐々としていた構成員たちをよそに、二人はすんなりと言葉の応酬をやめた。ノインは踵を返すと、頬を膨らませながらヨハンとノアの方へと向かってく。

 ドレイクはノインの事を見送るでもなく、冷たさを帯びた藍色の空へ煙草の煙を吐き出していた。その横顔を見つめているヴィヴィアンの視線には気が付いたのか、ちらりとそちらに視線を向ける。

「何だ」

「いえ、いつも申し訳ないな~っと思いまして」

「そう思うなら、ガキの管理位自分たちでやれ」

 言葉とは裏腹に、含み笑いをするヴィヴィアンに、ドレイクは冷たく言い放ち、横をすり抜けるように乗ってきた車へと戻って行く。車の前にいた若い構成員が慌ててドアを開けると、ドレイクは振り返ることもなく車内へと乗り込んでいった。

「あちゃー、車内禁煙なのになぁ」

 ヴィヴィアンがぼやくと、周りで嵐が過ぎるのを待っていた構成員が恨めし気な視線でヴィヴィアンを一斉に見る。じっとりとした視線を向けてくる職員たちを見回して、パチリとウインクを返した後、ヴィヴィアンは足取りも軽く公園入口とは別の方向へと向かい、歩いて行った。

新年明けましておめでとうございます。

1話のエンディングまでもう少し。

本年も、懸命に書かせていただきますので、お付き合いの程、よろしくお願いいたします。

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