祖父の遺した物祖父との絆
読んで貰えると嬉しいです。
午後5時30分。
カルロスが、数冊の資料を抱えゲイルの居る寝室へ入ると、ゲイルはぐっすり眠っていた。
「布団も掛けずに腕まで捲って寝たら風邪引くじゃないか。それじゃなくても熱が高いっていうのに。本当にまだまだ子供だな……」
呆れた様に笑い、持っている持っている資料をベッドの傍の低い棚に置き、ゲイルの傍へ行ってその白衣の袖を戻そうとして、カルロスはゲイルの腕の発疹を見付け慌ててゲイルを揺り起こした。
「……ん……カルロスさん、どうしたんですか?」
眠そうにゆっくりと起き上がり、ゲイルがカルロスの方を見ると、カルロスはゲイルの右腕を掴み、
「これどういう事なんだよ!やっぱりお前バグに刺されてたんじゃないか!」
と悲しみに充ちた顔で怒鳴った。
「……ボクも、ここに来るまで気付かなかったんです。本当に薔薇の棘で傷付けただけだって思ってたんです……」
ゲイルがそう言い俯くと、カルロスは力強くゲイルを抱き締め、
「お前は絶対死なさねぇ、死なさねぇ、俺が絶対救けてやる」
と言い、ゲイルから離れて棚に置いた資料を持ってゲイルの前に立ち、
「資料、見付けたんだ」
と資料をゲイルの傍に置いた。
「読めない字で書かれてる物もあるんだが、一応バグの事が書かれている様だから持って来た。それから……こんな物も見付けた」
カルロスは、白衣の胸ポケットから一枚の写真取り出し、写っている物が見える様にゲイルに差し出した。
写真には、小さな子供を抱えた老人が写っている。
「この小さな子供……ボクだ……という事は、この人は……」
「お前の祖父さんだ」
「で、でも、この人、ボクと同じで右目が青で左目が紫ですよ」
「裏を見てみな、そうすれば謎は解ける」
不思議に思いながらゲイルが写真を裏返し見ると、そこにはとても細かい文字が沢山書かれていた。
「それは、祖父さんからお前に宛てて書かれた手紙だ、読んでみろ」
『ゲイル、お前が今これを読んでいるという事は、もう儂はこの世に居ないという事だろう。しかし、どうか悲しまないでおくれ。儂はいつでもお前の傍に居るから。ただ、一つだけ、お前に今まで隠していた真実を自分の口で伝えられなかった事が儂は心残りでならない。ゲイル、お前は儂の一人娘と、その夫との間に生まれた子。儂の血の繋がった本当の孫だったんだ。だから、お前が本当の両親だと思っていた人達は全くの赤の他人なんだ。それなら、何故お前がその夫婦の所に子供として居て、血の繋がった祖父である儂がお前を金と引き換えにして育てる事になったのか。それは、お前が生まれた直後に起きた事件でお前の両親が死に、お前が行方不明になった事から始まる。行方不明になったお前は、産婦人科の医師によって、子供を死産させてしまった女にその子の身代わりとして、死産を隠したまま本当の子供として渡されたんだ。夫婦は、余り自分達に似ていないお前を、自分達の子供ではないと言い張ったが、真実を知られたくない医師は全くその主張を認めず、お前はその夫婦の子になった。お前はその後、その見た目と余りにも良過ぎる頭脳の為に売られる事になるのだが。儂はその時お前を必死に探していた。そして、途中寄った街で、金髪に左右違う瞳のとても頭の良い子供が売りに出されているという話しを聞いた。儂はすぐにそこへ行きお前を見せて貰った。娘に似ていて、すぐにこの子だと確信し、儂はこの子の本当の祖父だから返してくれる様に頼んだ。しかし、タダでは返せないと言われてしまった。いくら説得しても聞いては貰えず、儂は仕方なく金を払う事でお前を取り戻した。金で買われたと知ればお前は悲しむと思ったが、お前と共に暮らすにはそうするしか無かった。でも、これだけは覚えていて欲しい。お前が本当の両親に愛されて生まれてきた事、儂が心からお前を愛していたという事を。だから、どんな事があっても自分の命を粗末にしたり投げ出したりぜず、儂等の分まで生きて幸せになって欲しい。儂もお前の両親もいつもお前の傍に居る。愛してるよ。大切な孫ゲイルへ、お祖父ちゃんより』
ゲイルは、写真の裏に書かれた手紙を読み終えると、堪え切れずに泣き出した。
カルロスは微笑みゲイルの頭を優しく撫でると、
「良かったな!お前はちゃんと愛されてたんだ」
と、ゲイルの涙を指でそっと拭い、
「だから、祖父さんの言う通り、こんな事で死んじゃ駄目だ!諦めずに助かる方法を見付けるぞ!」
と、力強く言い、ゲイルの目の前で握り拳を作り見せた。
そんなカルロスを見てゲイルが、
「そうですね」
と涙を拭い微笑むと、突然扉が開き、小さめの鍋や皿やスプーンを載せたトレイを持ちルークがゆっくりと入って来た。
「ローリング博士……どうしてここに?」
ゲイルが驚いた顔でルークを見ると、ルークはカルロスが用意したサイドテーブルにトレイを載せ、鍋から皿にスープを注ぎ入れ、
「彼に連絡を貰って、貴方達の手伝いが出来ればと思い来たんです」
と、カルロスの方をチラリと見て、スープの入った皿とスプーンをゲイルに渡し、カルロスが用意した椅子に座った。
「家が遠い所にあるので、来るのが少し遅くなってしまいましたが」
「でも、博士に来て貰ったお陰で、あの大量の資料の中からこれ等を一人で探さずに済みましたからそんな事構いませんよ」
「そうですか、そう言って頂けると私も来た甲斐があります」
「あのう……それで、これは何ですか?」
ゲイルが、ルークに渡された皿に入ったスープを見ながら訊くと、
「あぁ、それはお粥です」
と、ルークは微笑み答え、
「おかゆ……ですか?」
と、首を傾げてゲイルが再び訊くと、ルークはどう説明したら良いか考え、
「私が生まれ育った国の食べ物なんですが、体が温まって栄養があって、それでいて胃にとても優しいんです。キミが頑張れる様に作ったんです。お口に合わないかもしれませんが、体に良い物なので食べてみて下さい」
と、食べる様にすすめ、
「あ、出来立てで熱いんで、少し冷ましてから食べた方が良いですよ」
と、食べようとしているゲイルに教え、言われた通りに冷ましたお粥を口にしたゲイルの顔をジッと見詰めた。
「どう……ですか?」
ルークが心配そうにそう訊くと、ゲイルは味わう様に口をモグモグさせて考え、
「薄味ですけど、美味しいと思いますよ。これなら、余り食欲の無い時でも食べられそうですね」
と微笑み、再び食べ始めた。
「そうですか、それは良かった」
ゲイルに美味しいと言って貰い、ルークは安心して微笑んだが、ゲイルの腕を見るとその顔は少し曇り、それに気付いたゲイルが白衣の袖を戻すと、慌てて視線を戻し、
「さ、どうぞ、どんどん食べて下さい。お代わりが出来る位多目に作ってますから」
と再び微笑んだ。
お粥を食べ終え、ゲイルが傍に置かれた資料を一冊手に取ると、
「それが、さっき言った読めない字で書かれた資料だ」
と、他の資料を見ていたカルロスが、ゲイルを目だけでチラリと見て言い、再び手に持っている資料へと視線を戻した。
「読めない字……ですか?」
ゲイルが資料を見ようと開くと、ルークが興味津々でゲイルの持っている資料を覗き込み、
「本当だ、読めないですね。……でも、何かこの文字見た事がある気が……」
と独り言の様に呟き考え込んだ。
ゲイルは資料に書かれた文字に目をやると、
「これ、ボク読めますよ」
と言った。
すると、ルークはまだ独り言を呟き考え込みながら少し驚いた様にゲイルの方に目をやり、カルロスは驚いて持っていた資料を落としてゲイルの傍へ駆け寄った。
「ゲイル君、それ読めるんですか?」
「はい」
「本当か?それじゃあ、それにバグの殺し方書いてあるか?後、寄生された人間が助かる方法も」
「待って下さい……駆除と助かる方法……」
ゲイルはパラパラと資料を捲り調べ、途中で手を止めるとそのページを見詰め、
「あった!ありました!」
とカルロス達の方を見た。
「何て書いてある?声に出して読んでみてくれ」
「はい。……この虫を駆除するのも、寄生された人が助かる方法もただ一つ、それは……」
そこまで言うとゲイルは急に黙り、固まった様に動かなくなってしまった。
「それは?それは何なんだ?ゲイル、どうしたんだ?どうしたらバグを殺せる?どうすればお前を救ける事が出来るんだ?」
カルロスが、ゲイルの体を揺すり必死に訊くと、ゲイルは俯き首を横に何度も振り、
「分かりません」
消え入りそうな声で答えた。
「どういう事だよ、それにバグの殺し方書いてあるんだろ?何で分からねぇんだよ」
少しイライラした様にカルロスが言うと、ゲイルは深く溜め息を吐き読んでいた資料をカルロスに見える様に差し出し、
「肝心な所の文字が消えてしまって読めなくなってしまっているんです」
と言い渡した。
「……本当だ、文字が消えている……それじゃあどうすれば良いんだよ!」
カルロスが頭を抱え悩んでいると、ルークが急に、
「思い出した!」
と叫び立ち上がった。
「急にどうしたんですか?ローリング博士」
カルロスが少し驚きつつ訊くと、ルークは、
「その資料に書かれている文字を私は以前何処かで見た事があったのですが、何処で見たのか思い出せずにいたんです。今、それをようやく思い出したんです」
と嬉しそうに微笑んだ。
しかし、カルロスは、その言葉を聞くとガッカリした様に溜め息を吐き、
「なんだ、そんな事か……」
と呟き、持っていた資料を置いて出口の方へ歩き出した。
「何処へ行くんですか?」
ルークがそう訊くと、カルロスは振り向きもせず、
「他に何か無いか探しに行くんです。時間が勿体無いですから」
と足早に出て行った。
「ゲイル君は私の話しを聞いてくれますか?」
ルークが少し不安そうにゲイルに訊くと、ゲイルは、
「良いですよ」
と頷いた。
「これは、貴方のお祖父さんである、ライグ・J・ハイネスト博士の所で私が助手をしていた時に読み方を教えて頂いたのですが……」
「祖父に……ですか?」
「えぇ、もしもの時には孫にこの言葉を伝えて欲しいという事だったのですが、今がその時の様ですから伝えますね。ただ、意味については教えて頂いてませんので、それはキミが考えて下さい。宜しいですね?」
「はい」
ルークは、椅子に座り居住まいを正すと、聞いた事の無い言葉で話し始め、ゲイルは聞き逃さない様に真剣に聞き入っていた。
ルークが話し終えるとゲイルは少し考え込み、急に白衣の袖をたくし上げ自分の腕を調べ始めた。
すると、腕にあった幾つもの発疹が消えて無くなり、ゲイルがそのまま腕を見ていると、慌ただしい足音と共にカルロスが急いで部屋の中へと駆け込んで来て、そうかと思うと休む間も無く扉を急いで閉め、外から開かない様にその前に大きなタンスを動かし始めた。
「カルロスさん、どうかしたんですか?何かあったんですか?」
ゲイルが心配そうにカルロスの方を見てそう訊くと、扉の前にタンスを移動し終えたカルロスは疲れた様にしゃがみ込み、
「バグの……奴が……この家に……入り込んで……いやがったんだ……」
と言い、白衣の袖をたくし上げ、
「俺も刺されちまった……くそっ」
と力無く項垂れた。
「アイツを殺す方法も助かる方法も分からない……このまま死ぬのを待つしか無いのかよ」
カルロスが悔しさを抑えきれずに握り拳で床を何度も叩いていると、ゲイルは、
「助かる方法ならありますよ」
と言いベッドから降り、机の引き出しを開けて中から鍵を取り出した。
「本当か?」
カルロスが床叩くのを止めゲイルの方を見ると、ゲイルは、
「えぇ」
とカルロスの方を見ずに答えた。
「先程、ローリング博士が思い出された言葉の中にヒントが隠されていたのです」
「さっきの?」
「カルロスさんが聞こうとしなかった言葉です」
「あの、俺達が読めない文字で書かれている物を前に何処かで見た事があったっていうやつか?」
「そうです」
「で、どうすれば良いんだ?何をするんだ?早くやろうぜ」
「そうですね。では、まずはカルロスさん、そこのベッドに横になって下さい」
「ベッドに横になれ?何するんだ?」
「今は一刻の猶予も無いのですから、黙ってボクの指示に従って下さい」
カルロスは、ゲイルにそう言われ厳しい顔で見られると、
「分かったよ」
と呟きベッドに横になった。
ゲイルは、机の横にある不思議な箱の鍵を開けて中から赤い液体の入った点滴セットを取り出し、それを持ってカルロスの横に立った。
「何だ?それ……何をするつもりだ?」
「ローリング博士の言葉に、この言葉を理解出来る者に蜂の姿の悪しき虫を殺せる血が流れている、虫蘇る時その血で滅ぼせ。というものがあったんです。つまり、ボクの血はバグを駆除するのに使えるという事なんです。だから、今からボクの血をカルロスさんに輸血します。輸血直後は、発熱や倦怠感を感じると思いますが、すぐに治まるので我慢して下さい」
と言いながら、ベッドの枕元の壁の高めの所にあるフックに点滴を引っ掛けた。
「本当に効くのか?それ」
カルロスが不安そうにゲイルの方を見ると、ゲイルは白衣の袖をたくし上げた腕を見せて、
「ボクはこの通り治りましたよ。どうします?やりますか?止めますか?」
と訊いた。
カルロスが少し考え白衣の左袖をたくし上げ、
「やってくれ」
とゲイルの顔を見た。
ゲイルは手際良くカルロスに輸血の処置を施し、安心した様な顔でカルロスを見た。
「で、バグを殺す方法は分かったが、どうするんだ?アイツらは色んな所飛び回ってるし沢山居る。それをどうやって殺すんだ?」
「その事でしたら心配無用です。方法はかんがえてありますから」
「本当か?」
「えぇ、今から実行してきます」
「私もお手伝い致しましょうか?」
「いえ、ローリング博士はカルロスさんを看ていて下さい」
「分かりました」
「ゲイル、無茶すんなよ」
「はい、行ってきます!」
ゲイルは、カルロスとルークに向かってお辞儀をすると、壁にある隠し扉を開け出て行った。
はじめましての方もそうでない方も読んで下さりありがとうございます。
長い!
でも、良かったなぁ(´ー`)
では、次の作品でお会い?しましょう。
ここまで読んで下さりありがとうございました。